※この作品はR-18です。

波間の向こうを目指して(新・本編side)   作:夢枕 七変化

57 / 101
思い出と現実

 部屋で書類を眺めながら酒の瓶に口をつけた時、突如入る連絡に眉が寄るのが自分でも分かった。赤髪の女であるそれを、赤髪がソファやベッドで好きにした後に、片付けを依頼したからと言っても、別段おかしい事は無い。

 ……だと言うのに、その報告に嫌なものを感じたのは間違いなく、その部屋の清掃を行った部下達を呼べば何処かホワホワとした空気を纏っていた。……なんだ、この不快感は。

 

 「赤髪の所で何があった」

 

 不機嫌である事を隠さない俺の問い掛けに、即座に気を引き締めた様子だが、その報告を聞けばまさかと思う。だが、もしそうなら……!

 蜜柑色の長い髪の美少女が、こいつらの前で〝犯された〟と聞かされ……見たのはここに居るお前達だけかと確認すると頷かれた。そして詳細を問えば、涙を流しながら喘ぐ姿の妖艶さを饒舌に語ったそれ等を苦しまないように始末してやれば、俺の足は自然と動き出す。

 

 「部屋を片付けておけ」

 

 廊下に出て最初に見た奴に命じる短い言葉。俺の命令に逆らう者は居ない。

 それは俺が生まれた時から、普遍的な事項だ。それが違ったのは、ほんの僅かな期間。

 そして……僅か数人だけだ。俺の命令に逆らうのは……いつも〝家族〟で、今俺の手の中にそいつらは1人も居ねェ。

 今は命令に従う〝ファミリー〟がいるのは勿論で、それ等を守る事に否は無ェ。だが、今でも俺が求めているのはきっとあの頃の、暖かな〝家族〟なんだろう。

 そのまま廊下を歩けば、フラフラとした足取りで伝うように壁を頼りに進む女の姿が見える。体格も髪の色も、何よりも香りがナミであり、間違えようが無いと思う。

 だが、あまりにも弱っているその姿に自信が失われていく。休憩用に点在させてあるテーブル席に腰を降ろして、身体を小さく震えさせるその姿はいつも俺達を庇っていた、あの強いナミの姿を思い出す事も難しい。

 そして、俺相手に不敵に笑ってみせた気高いナミもまた、思い出せなくなりそうだ。その時聞こえた声に、人を苦しませいっその事殺してくれと言われるのが常な俺なのに、胸が傷んだ気がした。

 

 「シャンクス……」

 

 泣いていないのに、泣いているように見えた。それにより気付かされる。

 恐らくはあの頃もそうだったように、ナミは1人の時にしか泣けないのだろう。誰かに弱さを見せる事が、出来ないのだろうと。

 当然のように隣に腰を降ろせば、漸く俺を認識したらしくあげられた顔。しかし明らかに怯えている様子に、ここまで弱らせた赤髪に対して殺意に似た感情が過ぎる。

 

 「お前……赤髪に守られてた女か。……匂いも、体型もナミなんだがなァ?」

 

 わかっていて声をかけたのは、ナミがいつもの調子を取り戻すのではないかと期待したからだ。そんな壊れそうな姿は、もう……見たくねェ。

 無力な自分を思い出しちまうから。あの時もっと俺に力があれば……そう、思っちまうから……。

 俺に向けられたその顔は、俺の知るそれとは明らかに違う。いつもの可愛い顔ではなく、美しい顔になっている。

 声音を明らかに変えて話すそれに、器用なもんだと内心で賞賛しちまうのは、口調まで変えてきたからだろう。そういや昔も、俺たちの為にと演じてくれてたよなとそんな事を思い出す。

 

 「ナミ?人違いですわ」

 

 化粧をしていても分かるその顔色の悪さと、無理に抑え込んでると分かる震えに、とりあえず休ませるしかねェなと思う。だが……これ迄にして来た事を思えばナミが俺の言う通りに素直に休むとも思えず、内心で仕方ねェかと思いつつ表面は笑みを浮かべて手を伸ばす。

 それと同時に糸を使い操ろうとすれば、弱っていても瞬発力は高いのか、ナミは短剣で俺の糸を斬り割いて振り払う。戦う姿が美しいのも、ナミとしては望まぬ得点だろうな。

 

 「……やはり、ナミか。その姿も良いな、美しい」

 「私に、触らないで」

 「赤髪には可愛がられたんだろ?報告は受けてる」

 

 反応を見る為に口にした言葉で、その頬を赤く染める姿は愛らしいが、その瞳には悲哀と怒りが滲む。その様子に諦めにも似た感情と共に、赤髪の姿が浮かび上がり、いつかしめると心に誓ったのは不可抗力だろう。

 コレは俺のモノだ。勝手に傷付けてんじゃねェよと、そんな事を思いながら。

 

 「相変わらず、ウブで可愛いな」

 「なっ!?」

 

 驚愕に彩られたその表情を楽しむ間もなく、俺はナミを抱き上げると歩き出す。力の入らない身体で、赤髪の匂いに包まれながら言葉で抵抗を示すそれに多少苛つく。

 わかっている。ナミは被害者だ。

 俺が幼い頃に会ったナミは、今のナミよりも未来の筈だ。そのナミが、信頼出来る大切な兄のような人で、でも手が掛かってね……なんて愛しそうに瞳を細めていたのを思い出すからこそ、赤髪が憎くて堪らねェ。

 何であんだけ愛されてて、こんな傷付け方してんだよ……!

 ……まァ、俺も人の事は言えねェがなと、細く息を吐き出す。最近だけじゃなく、ナミの事は何度も傷付けて、泣かせて来た自覚はある。

 それに恐らく、ナミのそれを見た男達はもうこの世に居ないと知れば……悲しむだろう。無関係の人が自分のせいで死んだのだと、嘆くだろう。

 ナミは、どうしてこうも……甘いのか。ただ、もう知る者は居ないのだと喜べばいいものを、そう出来ないだろうナミが憐れに思えてならねェ。

 無駄に足掻くナミを覇王色の覇気で静かにさせるが、完全には意識を失わないそれに、やはり勘違いじゃねェよなと眠っているだろうそれに溜息を落とす。ナミは、何の王として生きる運命なのか。

 ……今後はナミに優しくして、これ迄の事を償いたいが……難しいだろうと自分の性格を思う。ナミを、泣かせたくないのだと……今更思い知らされる。

 

 「はな、し……て……」

 

 掠れた声で、それでも負けまいとする様子が痛々しくも美しい。俺はナミが欲しいだけなんだが、上手くいかねェもんだよな。

 

 「本当に良い女だ……」

 

 そして何よりも、残酷な女だ。いつもその視線の先に居るのは1人の男で、他は家族としてしか愛しちゃくれねェんだから。

 部屋に入るのと同時に鍵を掛けて、ナミをベッドに降ろすと怯えを宿した瞳で俺を見詰め、その細い身体を震わせる。その姿に劣情を刺激される前にとコートを脱いでナミに被せると、完全に見えなくなる小さな身体。

 ……これを犯して、辱めて、その癖、護られ続けて居たのか、俺は。珍しく罪悪感なんてものを感じつつどうするのか眺めていれば、コートから顔を出したナミが驚いてますって顔に書いて俺を見て来た。

 

 「……化粧してても青ざめてると分かる程になっていて、手を出せるか。……抱いて欲しけりゃ抱くが?」

 

 望んでくれるなら、なんでもしてやる。何かを忘れる為でも、欲しい物があるからでも、何でもいい。

 もしもナミが世界を望むなら、それさえ与えてやるのに……。ナミが望むのはいつも、俺には縁遠く叶える事の難しい事ばかりだ。

 

 「望む訳、無いじゃない……」

 「分かってるが、そう言われるとキツイなァ。……ナミは少し寝てろ」

 

 素直に心のままに言葉を告げて背を向ける。すると背後から気遣うような声で問い掛けられて、思わず振り向いた。

 

 「ドフラミンゴは、どうするの?」

 

 この馬鹿は、こんな傷付いて弱ってても、最悪な事しかして無い男を気遣うのか。……どうして、自分を顧みないんだかな。

 そう思ってナミの傍に腰を降ろし、その頭を撫でると微かにその身体から力が抜けたのに気付き、今すぐ赤髪を切り刻みたくなる。……俺に甘えそうになる位弱らせるって、何したんだよ……!

 

 「……こんなに弱ってるナミを見たのは、久々だな。良いから、寝てろ。今は何もしねェ」

 「ドフ……」

 

 何故か名を呼び掛けて辞めたナミは、少しの間をおいて問い掛けてきた。明らかな戸惑いを、その瞳に宿らせて。

 

 「……ドフィ、と、私は呼んでいたの?」

 

 未来で起きる事である以上、ナミは知らない筈だ。だと言うのに……どういう事なんだ。

 動揺する俺にナミは慌てた様子で言葉を繋ぐ。だが、正直今は理由なんざどうでもいい。

 

 「夢でね、小さなドフラミンゴを見たの。だから、聞いてみただけ。気にしないで」

 「……呼んでいた。お前は、俺を……ドフィと、呼んでいた。だから、これからはまた、そう呼べ」

 

 理由なんかどうでもいいから、俺をまた、昔のように呼んでくれるなら……。俺を愛してくれるなら、それだけでいい。

 俺はナミにただ、愛されたかっただけなんだ。ナミを忘れなければその別れに耐えられない程に、強く愛していたんだと……認めてしまえば簡単な事だった。

 欲しい欲しいと渇望するのも、傷付けたくないと思うのも、笑って欲しいと願うのも、理由は1つ。ただ、俺はナミの愛に溺れているんだ。

 そんな俺にナミは微笑み、静かに頷くとそのまま眠った。……俺に何かされるなんて、考えてもいないと伝わるその行動に、俺はサングラスを投げ捨てる。

 目元を手で覆うと、俺は溢れるものを抑えられずに暫しそのまま、動けずにいた。枯れ果てたと思っていたそれを、どうしたら止められるのかがおれには分からなかったんだ。

 俺が落ち着いた頃、今度はナミが魘され始めた。色っぽい声で苦痛を訴えるその姿に、とりあえずナミを苦しめていた魚を切り刻むかと仄暗い思考が動きそうになる。

 だが、甘過ぎるナミは其れを望みはしないだろう。もし知れば、己を責めるだろう。

 

 「やっ……んっ……!ぁ……!」

 「痛いのか……。夢の中でまで苦しむ事、ねェのにな……」

 「しゃん……す、べっく、たすけ……!」

 「違う人間で悪いな……」

 

 そう言いながら頭を撫でると、苦しそうなそれが次第に落ち着く。俺は寝ているナミに施されている化粧を落として、そっと眠るナミにそっと唇を重ねた。

 

 「はっ……ん……」

 「……寝てても反応するのか。そこまで敏感で、良くもまァあれだけ理性を残して、俺の与える刺激に耐えたり抵抗したり出来るもんだ」

 「……ふぃ……だいすき」

 

 ふにゃりと笑うナミの顔を見て、自分に向けられたものじゃないとわかっていて、それでも今だけは自分に向けられたものだと思いたくて、そっと抱き締める。どうやら今夜は、眠れそうにねェな。

 気分を落ち着かせる為に軽くシャワーを浴びて戻ると、ナミはまだ安心した様子で寝ているから、ナミが目覚めた時に食えそうな物を用意させつつ宝玉の出した書籍を数冊持って来させる。これで時間は潰せるだろう。

 ナミが魘される度に読むのを中断して頭を撫でてやれば、また深く眠る。それを繰り返しながら空いた時間に俺の知らない、俺と似た主人公の話を読み進めて行く。

 これが俺だと想定するなら、ナミは俺の未来を変えて……俺を守ったのだろう。少し違うおかげで誰も俺を連想しない話は、だがおかしな所もなくて……それでも……。

 

 「あの地獄の日々の中で、ナミが居なかったなんて……生きていられたのが奇跡だな。俺」

 

 相見える事は有り得ない、別な過去を経験したであろう遠い俺へと静かに語り掛けるが、当然ながら返事はなかった。それから暫くナミの傍で読書を続けていれば、ナミが目覚めた事に気付く。

 栞をはさんでからナミの元へと近寄ると、まだ頭は未活動なのか、俺を無防備に見詰める瞳。それでも顔色は幾分かマシになったのが分かれば、肩から力が抜ける。

 化粧を落とした事等を告げて、けれども驚くばかりで攻める様子のないそれに内心で笑う。その時ナミが、突然礼を伝えて来た。

 その無駄に礼儀正しい様子が、どうにも心配になる。頭が弱いんじゃなかろうかと心配した俺に怒るその様子は、在りし日のナミを思い起こさせて……。

 俺は泣きたくなるのを堪えながら、今手元にある幸福を手にいれたいと、手放したくないと強く願う。それでありながら、本に書かれているそれについての答え合わせを頼む事にした。

 そうでもしなけりゃ、攫って行きたくなる程度には、ナミの反応は可愛く、俺を喜ばせていたから。俺はもう……ナミを苦しめねェ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。