波間の向こうを目指して(新・本編side) 作:夢枕 七変化
俺の方を不思議そうに見ているナミに、そっと読んでいた本を差し出してやる。それにより固まったナミに、お前隠し事できないにも程があるだろうと素直に思う。
そんな所が憎めないし、絆されちまうところなんだがな。何せナミが偽れないのは、身内に対してのみだ。
つまり、俺は嫌われちゃいねェって事だ。完全な身内にはなってねェが、この反応なら少なくとも敵だとか嫌いだという枠ではない。
「俺の判断では、過去に俺を助けたのはナミだが、今のナミじゃねェ。未来で何かがあり、お前は過去に飛びそこで俺を助ける。……その筈なのに、どうしてお前はこんな話を書けた?」
俺の問い掛けから逃げるように視線を逸らすナミに、それは思い当たる事があると言ってるのと同じだと内心で溜息を落とす。……まァ、今は気分も良いから今は逃がしてやるか。
「まァ……実際とは随分違うがな」
あの地獄の日々の中で、ナミが俺達を庇い、母上を治療し、生かしてくれた。確かに俺達親子三人が火の上に吊るされ攻撃を受けたが……俺が父上を殺した訳じゃねェからな。
あの時、ナミは大怪我して死にかけてたのに助けに来てくれた。どんな時でも、ナミは俺達を助けようとしてくれたし、実際助けてくれた事を覚えている。
「この本にはナミがいねェし、母上はもう少し生きた。父上も俺が撃ち殺した訳じゃねェ……だが、ナミが居なければこうなっていたかもな」
「違ってるの?なら、なんでドフィは〝悪のカリスマ〟で〝JOKER〟で〝国王〟なの?もう少しその歪んだ性格が変化しても良かったんじゃない?」
……色々ツッコミどころ満載だが、この阿呆猫どうしてくれようか。機密情報をサラッと口にしやがって。
その上〝歪んだ性格〟って……ナミらしいっちゃらしいけどな。それをわかってて、ナミはそれを俺として認めてくれるんだから勝てねェ。
「……成程、ナミは別なルートの俺の過去と未来を知っていて、散々俺に犯されたにも関わらず〝子供〟だからってだけで俺達を庇ったのか」
「あ……」
漸く失言だらけだったと気づいたらしい。まァ、ナミだからな。
ただ、愛しさばかりが募っていく。ナミへと手を伸ばせば抵抗もせずにいるから、あの頃の優しいナミが目の前に居るような、そんな気がするのも仕方ないだろう。
可能な限り優しく抱き締めると、ナミは驚いた様子を見せるが抵抗しない。……このまま、囲っちまいたいと言ったら、抵抗するのは分かってるんだがな。
「俺にこのまま素直に抱かれるなら、お前の部屋を用意してやっても良い」
「チップで普通に借り……「それが、通常ならできねェんだよ」」
俺はそれからナミに、この船について簡単にシステム等の説明する。だが本音としては、ナミに何と言われても部屋を用意するか、俺の部屋に留めておくつもりではあるんだがそれは教えねェ。
俺がナミを求めてる現実は変わらねェ。苦しめたり傷付けたりする気はねェが、手放すなんて選択肢が存在する筈ねェだろう。
だと言うのにナミは、俺の腕の中で冷たい声を響かせる。凛とした様子は、穢したいという衝動を募らせるが流石に今は耐える予定だ。
「気にしないで結構よ。ずっとカジノで稼いでるから」
「お前の体を、今夜好きにさせるなら、部屋の他に金も支払うが?」
「巫山戯ないで!私は、娼婦じゃないわ!」
「海賊の女なんてのは、娼婦以下の扱い受けてるのが普通だろうが」
俺の言葉に傷付いたような瞳をするから、賢い癖に馬鹿なナミに溜息を飲み込む。例えナミが娼婦だとして、それは最高級のランクにしか居ないだろう。
それ以下の扱いを受ける女の多さは確かにそうだが、自分は違うとそう言えば良いだけなのにそれさえできない。……そんなにも自分の価値が分からないのか。
「……そんな事教えて頂かなくても知ってるわ。年齢の問題もあるから、海賊歴はドフィに及ばないけど、私は5歳の時から1人で海に出て生きてきたの。6歳から海賊だったわ」
「それなのに、その甘さか……」
「そんなに、甘いかな」
恐らく心の中で呟いたつもりだったのだろう。声に出した事に驚いた様子を見せるナミに、俺は静かに頷いてやる。
それからそっとその頭を撫でつつ言葉を向ける。自然と声は優しくなっちまうが、そればかりはどうにもならねェ。
「甘ェな。だが、ナミはそのままでいい。多分直らねェだろうし、俺はそんなナミを愛している」
「……へ?」
「なんだ、伝わって無かったか。あんなに抱いたのに。お前本当に鈍いな」
昔から鈍いとは思ってたが、そうか俺が子供だから適当に流してたとかじゃなく本気で鈍いんだな。他が完璧に近い性能だから、つい見落としちまう。
そして、気付いた時にはそういうフリでもしてるんじゃないかと疑っちまうけど、ナミはこれが素なんだな……。若い頃も、ナミだと知らずに手にしたが……いや待て、だとしたら……。
その時ナミが何よと言わんばかりに睨み上げて来るから、これ幸いとその唇を貰い受ける。だが即座に武器へと伸ばされたその手。
それを迷い無く捻り上げるが、ナミは武器から手を離さない。あの頃は、そういやこれ、持ってなかったな。
……俺が壊したとかか?
この流れなら、武器を破壊した所でおかしくは無い。ナミは恐ろしく強情だ。
それにしても、随分渇いてるな。こんな体調で、よく俺に逆らう気になるもんだ。
脱水症状は間違いない。力を入れるだけで震えてる様子から、栄養失調にもなってんな。
俺が殺さないタイプの海賊じゃねェ事は、知ってるだろうに。寧ろ快楽的な意味でも、ストレス発散の意味でも殺すのをナミは良く知ってる筈だ。
自分を特別に想ってるから大丈夫だとか、そんな事を考える生き物じゃねェから、そうなるとこれは生来の気質。……奴隷として人生の半分を生きて来てこれなら、相当に生きづらかっただろうな。
そっと唇を離して、揶揄うように言葉を口にする。ナミは、どうしてこう、賢い筈なのにも関わらず妙に頑固で愚かしいのか。
「ナミは、そんなに無理矢理されるのが好きか?」
「そんな訳ないでしょ!?私は、ルフィ以外に性的に触れられたくなんか無いわよ!!」
「……やはり、ルフィか」
脳裏で幸せそうに笑うナミが、ルフィルフィと歌う。そして、同じくらいの想いを込めて、瞳を揺らしてルフィと切なく鳴いた。
まァ……それの過去である筈のナミは、その名を俺に教えまいと必死だったのだから、その名を直接聞いたのは初めてになるんだろうが。紙のように白くなったナミの顔を見れば、苦笑位するのも当然だろう。
「知ってたから怯えなくていい」
分かりやすく首を傾げるナミを見て、困った奴だと思う。だが、そんな絶望したような顔はして欲しくなくて、つい必要以上に教えちまった。
結局俺はナミに甘ェんだよなァ。ローにもロシーにも甘いと自分でもわかっちゃいたが、特にナミには甘い。
モネ辺りに言わせれば、可愛い存在と幼い者に甘いのは若様の魅力ですわ。ってところだろう。
「……俺は、俺の過去で未来のナミと会っている。その時に散々ルフィルフィと惚気られてるからな。だがまァ……今んとこ、その〝ルフィ〟に何かするつもりもねェ」
「本当に?」
「……今は俺の方が格が上すぎて、戦いにならねェんだろ。そんな雑魚の内に叩いても何も楽しくねェし……使えそうなら、手を組むのも視野に入れてやる」
戦えば、殺しちまうだろう。そうなれば、ナミは二度と俺に笑いかけない。
いや、それだけならばせめて身体だけでもと繋ぐ事もできるだろうが、恐らくナミはその生命を迷い無く捨てちまうだろう。周りがどれ程止めようと、指の隙間を縫うように、その生命を散らす事は間違い無い。
「ルフィは、ドフィとは考えが違いすぎるから無理よ」
「だろうな」
眉間に皺を寄せて言うナミに、小さく笑う。可能ならとうに俺の部下に、ファミリーに海賊団のメンバー揃って受け入れてる。
溜息を飲み込み、そっとナミを解放すると置いてあった林檎を投げ渡す。それを何の気なしに受け取ったナミは、林檎と俺を見比べて首を傾げる。
「食っとけ」
言いながら皿を探すのは、昔の癖だろうか。いくら何かを食べる時に警戒するナミでも、果物は食べてたから問題ないだろう。
皿を差し出せば、素直に受け取る様子に頬が緩む。だが……そうだよな。
「1つ俺にも剥いてくれ」
俺の言葉に対して、素直に頷いて剥き始めたそれは手慣れている。そして当然のように用意された兎林檎に、変わらねェなと思いつつそれを貰う。
林檎だけって訳にもいかねェかとナミを見て、水も難しいならと考える。ふむ。
「白湯なら、飲めるか」
「……えぇ、飲めると思うけど?それより、なんで突然林檎?」
「果物なら食えるだろ。今キスして分かったが、少し脱水になりかけてる。水分と栄養を取れ」
俺の言葉にその瞳を大きく開くから、なんだか昔に戻ったような気分にさせられる。まだ、ロシーもいて、父上と母上も生きていたあの頃に……。
ナミの後をついてまわり、ナミが内緒よと言いながら何か買ってくれたりするのを食べてる間に取り残されたりもしたな。あの、内緒よって響きが悪ィと思う。
「……ナミは、昔から林檎を俺に剥く時兎にしてたが、この頃からなんだな」
「林檎の皮って栄養沢山だから食べた方が良いのよ。でも皆皮を剥いちゃうでしょ。そういう意味では兎って良いのよ。それに、可愛いでしょ」
「……ナミ、俺に可愛い物を寄越してどうなる。お前らしいとも言えるがな。ほら、サイドテーブルに置いとくから飲め」
その後変わったのは俺の方だと思い知らされる。そうだ、ナミは何も変わってねェ。
俺が変わったから、ナミも対応を帰るしか無かったんだ。だからといって、今更ガキの頃に戻れる筈もねェだろう。
少しの会話の後、ナミに声をかける。今夜は……耐えてやるさ。
「……飲み終わったら寝るぞ」
「え?」
「今夜は、何もしねェから腕の中にいろ」
逃げないでくれ。今その体調で逃げようとされたら、それこそ壊してでも傍に縫い止めちまう。
俺にはそれができる。だが、したくないんだ。
そっとナミを抱き締めると、俺は言葉を重ねていた。まるで縋ってるようだと自覚する。
「お前には、嘘は言わねェよ。今夜は、何もしねェし、守ってやる。だから……その顔色早く治せ」
「ありがとう」
穏やかにお礼を言うナミに、俺の方が礼を言いたいと思いつつ素直に眠るナミに苦笑する。襲う気は無かったが、こうまで無防備にされると……な。
だが直後に微かに震え始めたのを見れば、夢でまで襲われてんのかと気付く。まだ、悪夢は追いかけて来るのか。
「何も考えるな。今は、眠れ……」
今夜は俺が、夢の中まで守ってやる。だから早く回復してくれ。
昔から俺は、ナミに泣かれるとどうしていいか分からなくなる。俺の事を愛しげに見詰めてくれるその眼差しが、俺の心を掴んで離さねェんだ。