波間の向こうを目指して(新・本編side) 作:夢枕 七変化
夜中に俺のせいで腫れている腕に気付いて、その細い腕に湿布を貼ったり、魘されると撫でてやったりしていた。その為に疲れていたのか、それともナミを抱いている安心感がある為か、やたらと深く眠った気がする。
ただ、魘される時の言葉が〝シャンクス〟なのは些か気に入らねェ。魘される程に傷付けられたのか……。
自慢の兄貴じゃ、尊敬する師匠じゃねェのかと思えばこそ、苛立つ。だと言うのにナミは俺が半覚醒の状態にある時、俺を置いて何処かへ行こうとするから、それを止める為に力を込めた。
「ん……ナミ、どこ、行くんだぇ?」
自らの声で飛び起きて、今何を言ったのかと思えば顔が熱を持つ。クソ……ガキの頃に感覚が戻ってやがった。
俺とロシーに挟まれるように寝ていたナミを思い出す。その頃も、ナミからはいつも蜜柑の香りがしていた。
顔を見られたくないのもあり、だがそれよりも1度抱きしめたこの細く頼りない身体を離したくないと願ってしまった。そんな俺にナミは少女のように笑うから、そして、あの頃とよく似た雰囲気で俺を見詰めるから……俺のナミが、帰って来た気がした。
「シェフを呼ぶ。目の前で作らせるから、喰いたい物を言え」
「そんな、悪いわ」
「何が悪いんだよ。まァ、気になるなら……その代わりに、何があったか話せ。それだけでいい」
「何がって……」
言い淀んでいるナミに、初めから全てわかってて連れてきた癖にまるで違うように言葉を告げる。ナミに、そんな男辞めて俺にしとけと言えないのは、それを拒絶される事が怖いからか。
誰よりも尊い血筋であろうと、王であろうと、海賊の船長であろうと……恐ろしい者は恐ろしい。求める相手は、求める心は、昔からずっと変わらずにナミだけなんだ。
「〝シャンクス〟と呟いて怯えた様子を見せていた上に、赤髪から逃げて来た。何も無かったとは言わせねェ。……まさか、犯されたか?」
その瞬間ナミがビクリと身体を震わせ膿んだ傷口をそのままに、心だけで嘆いているのがわかってしまう。これは、飯とか言ってる場合じゃねェな。
「飯は後だ」
言葉と共にベッドに押し倒せば、何故か臨戦態勢になり辺りの気配を伺う阿呆。今の言葉と現状を考えれば、通常その反応はねェだろう。
昔から抜けてるとか、鈍いとか、お人好しだとは思って来たが……。もうこれは、なんと言えばいいんだろうな?
呆れと疲労から溜息を落とせば、ナミは首を傾げる。本気で、わかってねェ。
男に、ベッドで、押し倒されて!どうして理解しねェんだよ。
「そうだ、これがナミクオリティ」
俺の呟きの後ナミは俺に見惚れるでは無く、明らかに観賞物を眺めるような様子で俺を見て来る。俺の行動を観察してるとかでさえ無い。
全くこいつはと思いながらも、状況を軌道修正する為に声をかける。その時無防備に俺の愛称を呼ぶそれに笑み崩れそうになるを耐え、問い掛けた。
「赤髪は、お前の兄がわりで、師匠で、甘えられる泣き所だったよな」
「ちょっと待った!私は……!」
「俺が〝昔聞いた〟情報だ。……何してんだかなァ、まァ赤髪も〝海賊の男〟って事か」
結局女の意志よりも、自身の欲望に逆らえねェ。欲しいと願いつつ、相手が己を選ばないなら壊しても構わねェと手を伸ばす。
どれ程愛されようと、それが己の望みとは違う形ならそんなものに意味はねェ。畜生……赤髪と俺は同種かよ……!
ナミの着ている物を全て脱がせて、ナミを糸で動けないように固定する。それから身体を見てみれば、凌辱と呼ぶ他ないだろう行為であった事と、その狂気が見えちまう。
「成程な」
これでは魘される。寧ろよく狂わなかったものだ。跡をなぞるように指を動かせば、敏感過ぎる肌がそれに反応し色付く。
唯一自由になる首を左右に振りながら泣きそうな顔をするナミに、逆効果だと内心で呟く。確認だけで、終われる筈も無かったよな。
そっとその耳に唇を近付けて、触れる程度のキスをしながら囁く。この場所へのキスの意味をナミは、知っている。
俺にキスの場所に対する意味を教えたのは、ナミだ。夜には星座を、昼は食える草を、そうやって知識を与えてくれた中にその知識もあった。
文字の読み書きを教えてくれて、狩りのやり方を教えてくれた。そんな日々の中で、大切な人へ贈るキスだから、その意味を知っておけと笑ったナミが知らない筈はない。
耳へのキスは誘惑。少しでも誘惑されて欲しいと願うのと同時に、ナミが欲しいのだと伝えてやる。
「……全て、俺が塗り替えてやる。だから、忘れちまえ」
「なに、言って……」
「ナミは、俺に愛されていればいい」
驚愕と動揺を示すその表情を見ながら、胸を揉みしだく。それにより即座に反応を始める素直な身体を、全身全霊でもって愛していく。
今だけは、ただ乱雑にではく、欲望をぶつける為ではなく、ナミを愛する為に触れたいと思う。だが嫌がりながらも、俺を愛称で呼ぶようになったナミのそれに煽られる。
本当に昔から、短剣のないナミの弱さには驚かされる。弓も銃も、罠を張るのも得意だったのに……その短剣を用いて戦う時の気高さと悲哀は筆舌に尽くし難い。
足を広げさせれば、散々に男達に襲われ使い込まれてる筈のそこを見て素直に驚く。未使用だと言われても納得できそうな程に、その場所は美しい。
「散々抱かれてきた後だとは思えねェ程に、ナミは全てが綺麗だな」
「もう、見ないで……」
「ナミは我儘だなァ。触るな、入れるな、揉むな、舐めるな、見るな……何も出来なくなっちまう」
「当然でしょ!?されたくないって言ってるのよ!」
睨み付けてくるナミが可愛い。いつもなら、煽られるだろうが今は、俺を〝ドフィ〟と呼んでくれるナミには、劣情よりも先に懐かしさが俺を包む。
そっと髪にキスをして、笑いかけた。自分でも驚く程に、気持ちは穏やかだ。
「赤髪の事を忘れるように、抱いてやる。俺が全て塗り替えてやるから……だから、そんなに悲しむな」
「いや!ルフィッ!私はルフィじゃなきゃっ!んっ……いやぁぁぁ!!」
いつものように〝ルフィ〟と鳴くが、その心は俺では無い理由で泣いている。だから言葉を最後まで聞かずに己の熱を挿れてやれば、言葉は悲鳴へと変わった。
それ程までに、赤髪は特別か。〝ルフィ〟に並ぶとも劣らない位に、想っている事が伝わって来る。
「……特別、なんだなァ。赤髪の事が」
「なに、言って……」
「だから、傷付いてる。ナミは、俺に犯されてもこんなには傷付かねェ……妬けるな」
俺は初め敵で、今は弟か何かで、そのうち過去を思い出したなら……息子枠にでもされそうだ。そして、ナミの中で俺が息子となったとしても、こんな傷つき方はしねェだろうとわかる。
華奢なその身体を抱き起こすように支えて、素直に泣けないなら鳴いておけと思う。俺は人にどうすれば優しくできるのか、そんな事は知らないままに生きてきたから……これが俺に出来る精一杯の優しさなんだよ。
愛してる。その言葉でナミが俺を少しでも男として見てくれるのなら、いくらでも口に出すが……無駄とわかっているから、想うばかりで言葉にするのを躊躇う。
ただ、サングラスを外して、裸の心でナミを想う。ただ、ナミだけを、想う。
「ナミ……俺の、最愛」
「あっ……ドフィ……!」
「全て、忘れさせてやる」
甘い喘ぎが俺の五感を刺激して、俺の心を揺さぶり続ける。叶うなら、ずっとこうして、甘やかしていてやりたい。
嘆きの声も、哀しみの喘ぎも、美しい歌声に思える。悲しみと、切なさを滲ませた涙が甘露のように思えて、それで潤されたいと願っちまう。
「俺は、ナミが愛しい。ナミを、このまま国に連れ去りてェなァ」
「やァ……!ドフィ、辞めて!あっ……!」
苦しげに、悲しげに、そして恐ろしく淫らに……ナミは鳴く。心は聖なる乙女のまま、身体は淫乱な娼婦を超える妖艶さで……。
零れ落ちた涙は、天使の涙か。はたまた淫夢に誘う悪魔の雫か。
どちらでも構わねェ。そう思ってナミのそれを唇で拭い舐め取れば、塩辛い。
「塩辛いな……そんなに、つらいか」
「あたり、まえ、でしょ……。もう、辞めて」
「ナミが俺だけのものになるってんなら、会う度に犯したりしねェよ。だがな、お前は俺のものにならねェ」
俺の言葉にハッとした顔をしたと思った直後、自嘲するそれが妙に胸を締め付ける。そしてナミは艶やかな眼差しを俺に向けた。
魅せられる。その僅かな変化に、翻弄される。
「私を娼婦として、体だけでも欲しいの?」
「当然だろう。心を求めても寄越さねェなら、体だけでもと願って何が可笑しい。それでもナミから何もかもを奪うだけって訳にいかねェから、何かをと思っている。それなのにナミは何も欲しがらねェ。だから、金を払うって……「なら、私がここに滞在する間の部屋と、飲食費を無料にして。それと、最低でも1回触れるのに、億は支払って」」
俺の言葉を遮ってまで言われたそれに、俺は目を伏せる。そして、その交渉に乗ろうと決めた。
恐らく、ナミはそうやって生きてきた。艶やかな笑みを浮かべるナミの瞳の奥が、泣いている事に気付いて息を飲む。
もし今ナミが何かを演じなければ自分の心を守れないと言うのなら、俺の事もそれくらいには思ってくれてるのだと理解出来る。頭を働かせて、凛とした姿で、けれども性的なそれを売る事に躊躇い等無いのだと演じなければ……俺と向き合えない程度には、想ってくれているんだな。
「……なら、中に出した分、払ってやるよ。それなら、好きにしていいんだな」
「嫌だと言っても辞めないなら、それくらい払いなさいよ。当然でしょ」
「……後悔、するなよ」
買ったものをどれ程激しく扱おうと、跡を残そうと……屈辱に身を焦がすような事を強要されても、責められはしない。お前にそれが、耐えられるのか。
美しく気高く、恐ろしく甘い俺の初恋の女。同時に母であり、姉であり、師匠だった。
あの頃は大きく見えていたその背中が、頼りがいのあるように思えたその身体が、今はまるで悪魔の生贄にでも捧げられた少女のように頼りない。妖艶な身体と、愛らしい顔と、賢すぎるその頭脳。
全てがアンバランスで、だからこそその矛盾に惹かれている。思い出の中と何も変わらないのは、その蜜柑の香りだけ。
「私に娼婦でいて欲しいと願ったのは、貴方よ、ドフィ」
蜜柑の香りが、ナミは本気なのだと教えて来る。妖艶に笑んだナミに、俺は容赦無く貪り着いた。
それでも何故だろうな。胸が痛い。
思うままに腰を振るい、突き上げ跡を残しても……苦しいばかりだ。叫びたいような、泣きたいような気持ちになっていた俺に、ナミはそっと手を伸ばす。
頬に触れたその細い指先が、俺を案じていると分かる。……こんな状態になってさえ、お前は甘いのか。
「どんな反応して欲しいの?望み通りにしてあげるわ」
こんな時でも残酷な女。だが、望みを言っていいのなら……頼む、俺を、愛してくれ。
「……俺を、求めてくれ」
「了解……。ドフィ、もっと……ね?」
艶やかな笑みと共に俺を求めるように足を絡め、強く抱き締めてくれる。腰を引けば反射的にだろうが、やぁっと言って首を横に振った。
だから、辞めないで欲しいと望んでくれたと思う事にして、1気に突き上げ中に放つ。その身体から力が抜けるまで、意識を失うまで……俺は幾度もナミの中に欲望を吐き出していた。
力の抜けた、意識のない華奢な身体をそっと抱き締めて、届かないとわかっていて……震える声で想いを繰り返し伝える。俺は、本気でナミを愛している、と。
いつものようにナミを清めて、残酷な女の額にそっとキスをしてから綺麗になったベッドにバスローブを着せて寝かせる。それから部屋と専用のコックを用意してから、俺もまた1風呂浴びるかとその場を後にした。
相変わらずナミは、天使らしい残酷さで俺の心を傷付け、癒す。それなのに求め続ける俺の、なんと滑稽な事かと……シャワーを浴びつつ誰にも悟らせないように自嘲したのは、ナミが目覚める少し前の出来事。