※この作品はR-18です。

波間の向こうを目指して(新・本編side)   作:夢枕 七変化

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記憶

 俺の手配した料理人を断り、材料だけ得た様子のナミはどうやら風呂を終えているらしい。いつもより少し強い蜜柑の香りに、風呂上がりなんだなと呑気に思う。

 部屋に入ると同時に紡がれた小言を軽く受け流せば、楽しそうに何かを作り始めた。それを見ていた鷹の目が食べ物のリクエストをすると、ナミは初めそれを拒んだ。

 受け入れられて当然と思える、鷹の目が信じられねェ。そもそもお前、ナミとずっと前から関係があるように見せかけて、あの日に初花散らしたんだろうが……!!

 俺の苛立ちは知らないナミは、妙に楽しそうに手を動かしていた。だが、鷹の目の様子を見て溜息を落とすとそのリクエストを受け入れ、赤髪からの要求も飲んだ。

 そんな姿に、昔から押しに弱いのは固定だったのかと笑いそうになる。まァ……そうだよなと、同時に納得もしちまったが。

 

 〝ナミ!魚以外のも食べたいえ!!〟

 〝ロシー……その口調、気を付けなさいよ?……とは言っても、魚しかないし……〟

 〝最近魚しか食べてないえ!!〟

 〝腐ってない物食えるだけ喜べよ。ロシー〟

 

 呆れた俺が少し苛立ちも込めて言ったそれに、ロシーは泣きそうに顔を歪めた。この後は兄上に嫌われたと泣き出すと知ってるから、余計に苛立つ。

 いっそ嫌えたらどれ程楽だろう。ドジで間抜けで、泣き虫で……いつもこの優しい存在に優先される弟。

 

 〝兄上が……冷たい……。もう、あにうえは……〟

 〝……仕方ない。少し待ってて。何か捕まえてくるわ!!〟

 〝〝え!?〟〟

 

 そうして兎を三羽捕まえて戻って来たナミが、見事に肉で食事を用意してくれて、揃いの物を造ってくれた事を思い出す。それは今でも王宮の金庫に大切に保管してあるとは……誰にも教えるつもりは無いが。

 成長した事で使えなくなった小物も、記憶が無かった頃でさえ捨てる事も出来なかった。ロシーも、今もあの時作って貰った物を持っているのだろうか。

 父上と母上の物は、形見分けでロシーにもやるべきだったのかと思う為か、今でも扱いに困る時がある。それでも結局、俺の物と1緒にして金庫の中で眠っているんだがな。

 その中でも鞄だけは、今でも持ち歩いている。コートの下にそっと忍ばせているのは、これだけが今家族と俺を繋いでる唯一の物だからだろう。

 幾度もこの鞄が傷付けられて、相手を容赦無く拷問にかけた事を知れば、ナミは持ち歩くなと怒りそうだな。だが、俺はナミから貰ったこれを手放せないでいる。

 

 「ドフィの希望は?」

 

 突然の声に思考が過去から現在に帰ってくる。それにより反応は遅れたが、ナミはそんな俺に僅かに心配そうにその瞳を揺らすから笑いそうになっちまう。

 

 「……良いのか?」

 「2人の意見だけ聞けないでしょ」

 

 優しく笑うその表情は、あの頃と何も変わってない。あの頃はロシーが言ったその言葉を、知らないとわかっていて音にする。

 どんな反応をするだろうか。今は状況も違い過ぎるのに、そんな事を思っちまう。

 

 「肉が食いてェな」

 「……了解。何か考えるわ。その間大人しくしてて」

 

 そうして動き出したナミの手際の良さに、内心で驚かされる。そして、確かにこれならあんなに何も無い所でも、何かしら作って食わせてくれる筈だよなと思い至った。

 寝る前に罠を作り設置して、朝それを確認すると捕まっていた動物を捌いて食べていたのだ。捕まえやすかったのか、やたら兎を食った気がする。

 だから俺は今も蜜柑色の兎が主食なのかもな。だとしたら、それはそうなるように育てたナミの責任だ。

 そんな事を思いながら、完成したらしい物を運んで行くとナミが驚いた顔で俺を見る。どうやら、俺が手伝うとは思わなかったらしい。

 

 「働かざる者食うべからずだろ。本当にナミは、怖いもの知らずだよな」

 

 言葉を向ければ感心した様子で頷くが、お前が言ったんだよと笑っちまう。完成した物を見て、ナミを見て、俺達は恐らく同じように穏やかな気持ちになっているのだろう。

 そのまま奇妙な四人組での食事風景となるが、ナミはその異質さに気付いていない。その中で懐かしい料理と似た物を見付けて問えば、作ろうか?なんて言われる。

 だが……今はいいだろう。別に、これが最後という訳でも無い。

 ならば、ナミにまた作って貰えば良いだけだ。これだけ今の俺を懐に入れてくれたのならば、頼めばまた作ってくれるだろう事は間違いない。

 そうして賑やかしい食事を終えると、ナミが徐ろに立ち上がったのでその手首を掴む。どこへ行くのかと問いかければ、カジノと言うのだから止める事は難しい。

 俺と鷹の目が共に向かい、遅れて赤髪が姿を見せる。その後はまさかの俺をスタッフ扱いするナミに笑っていれば、赤髪が邪魔をして来て、その先は鷹の目の乱入だ。

 その後文字通り荒稼ぎしたナミは帰って寝ると言うので、誰が共に寝るかで争い……結局ナミは1人で寝ちまった。安眠するナミの寝顔を眺めつつ、俺はカジノでの女帝を思わせる様子を思い出す。

 カジノなんてモノは、運だけで勝てるものじゃねェ。つまりは、通常のそれはイカサマによるものだ。

 だと言うのに、ナミはそれを計算で補い、後暗い所がないという奇跡。……賢いとは知っていたが……ここまでとはな。

 だとするならば、もう少し早く荒稼ぎする美女と言うのに反応していれば、もっと早くナミと再会できたのか。それならばナミはまた手付かずの状態にあり、あの小僧のモノにもなってなかった筈だ。

 考えた所で過去には戻れねェんたから、仕方ねェとわかっていても……叶うならばその頃から囲いこんで、俺のモノにしちまいたかった。そうなったら、俺の過去を助けには行けなくなっちまうんだろうがな。

 朝まで結局牽制し合い1睡も出来なかった俺達とは真逆に、快眠したらしいナミに苦笑する。何せまだ少し寝惚けているのか、当然のように風呂に向かうんだからそれ位は許される筈だ。

 しかし入る前に気付いたらしく、動きを止める。そうしてその場で困ってますと全身で示すから、俺は仕方無く立ち上がると壁の中に隠してあるスイッチを弄り、硝子の前に壁を出現させた。

 すると驚愕の表情で俺を見て、明らかに動揺するナミに可愛いもんだなと思う。だからそれを見せないように、淡々とした様子で声をかけた。

 

 「こうすれば見えなくなる。安心して使え」

 「なっ……!スイッチ!?何処にあったの!?」

 「普通は分からねェように隠してしてある。……それで、朝食はどうする」

 「とりあえず、お風呂から出てから考えるわ。今はシャワー浴びたい」

 

 朝食を俺に用意してくれと頼んで行けば、風呂を出てすぐに食えたものを。まァ、俺が作る訳じゃねェからナミが食えないリスクは高いか。

 風呂にのんびりと入ってるらしいナミに、三人で揃って溜息を落としたが出て来たその様子にそれ所ではなくなる。ナミを問答無用で近くまで来させて、その頭を拭いてやる。

 こんなんだから、泉で水浴びしてたのとかが俺にバレたとは……教えてやらないが。本当に、ナミもロシーも昔から手のかかる……。

 

 「……相変わらず拭くのが下手だな。ロシーもナミもいくつになっても手がかかる」

 「ちょっと待って!ロシーと同じ枠なのは、流石に許せないわ!」

 「ロシーもアレで、ドジが無ければ優秀だ。俺の弟だぞ。無能な筈があるか」

 

 ロシーは基礎は出来てるし、能力もあるのに昔から作為的な何かを感じる程にドジ過ぎた。ナミは賢く強く優しく、何でも出来るのに、鈍くて自分に関してのみ蔑ろ過ぎる。

 本当は俺じゃなく、ロシーとナミの血が繋がってんじゃねェのかと半ば本気で思った事も1度や2度じゃねェ。どちらも考えが甘過ぎるのが、その考えに至った理由でもあるのだろう。

 その後鷹の目からの問い掛けに答えれば、赤髪が怒りだして、髪を拭き終えた所で我関せずなナミが笑った。……ナミが笑うなら、それだけで良いだろ。

 その内ナミの様子を見ていた鷹の目が、当然のようにナミの髪を直し始める。それにより自由人共めと思った俺は正しい。

 その様子に俺と近い考えを持っていたらしい赤髪が何事か言い出すが、それに優しくしてやるつもりは無い。身近な存在に確認取れば真実が分かるだろうと口にしたそれにより騒ぎ出す赤髪が五月蝿ェ。

 俺の幹部達は、俺に問われれば客観的な意見を述べるから他所もそんなもんだと判断して、そう提案してやっただけだろうが。その身近な存在がお前を否定するなら、お前がそう言う存在であると言う事だろうとつい言っちまい、騒ぎが大きくなる。

 そんな様子をナミが呆れを滲ませた苦笑で見詰めていたが、その後ナミが用意してくれた朝食は優しい物だった。それを運んでやればナミは慌てた様子でついてきて、その様子が何とも幼い。

 ……本質はまだまだガキなんじゃねェかと、こんな時に思わされる。だとしたら、ナミは子供でいられる期間が無いままに大人になっちまったのかもな。

 そこまで考えてハッとする。ベビー5よりも、今のナミは若いのだと言う事に。

 たったの2歳、歳が違うだけで頭でも口でも戦闘でさえローの足元にも及ばない事を考えれば、十代や二十代の時は年齢というのがいかに大きい事か。だと言うのに、この落ち着きと戦闘能力だと言うのか。

 ……確か、アーロン1味だったか。情報集めて引渡しを要求してみるかな。

 そんな事を考えつつナミを眺めていると、視界の端で朝から甘い物を食い続ける鷹の目がいた。それに苦笑してから、俺はナミの手料理を満喫する。

 見るとも無しに入ってくる野菜を嫌がるガキみたいな様子が気になって、世話を焼けばいつものファミリーじゃ無かったと遅れて気付く。ベビー5達にやってたから、つい癖だったとは言い訳にもなりゃしねェ。

 逆に野菜しか食わない雰囲気のナミには、望んだ物は渡さないと言う小さな嫌がらせをしておいた。デザートまできっちり食ってから、ナミの様子を眺めれば絡んでくる赤髪と自由人の鷹の目により、俺の平穏な時間は挑めそうにない。

 そうしていざナミを見送るとなった時、赤髪がナミに謝罪を始めたのでそれを見詰める。すると、今回呼ばれてる理由の〝エース〟の名を聞いて納得した。

 ……ナミは戦場に来るだろう。場所を考えれば、どうやってと思わなくもないが、これは確信に近い。

 誰かの為にしか戦わないナミは、けれども戦った時案外強いのだ。それを知っているのは、俺に戦い方の基礎を教えたのがナミだからと言うのがやはり大きい。

 それに……守ろうとする時は、本当に死ぬその瞬間まで無理し続けるからな。強制的に寝かせて、荷台に寝かせて移動させた幼い日を少し思い出す。

 けれども現状目の前で壊れるナミを見て、俺は言葉を無くす。こんなにもこの女は脆かったか。これ程脆かったにも関わらず、俺達の為にあれ程の無理をしていたのかと……細すぎるその肩を見つめちまう。

 いつも強くて、優しくて、暖かく……そして、賢く大きかった。それが今は……こんなにも小さい。

 赤髪からの接吻で意識を取り戻したナミは、赤髪が零した恐ろしく衝撃的な単語に気付かない。……巫女、か。

 納得しちまいそうになる。そんな神聖なる存在を犯してる俺は極悪人だなと嗤う俺に、ナミは気付かない。

 強がるばかりのナミを送ってやると提案しても、ナミは三人全員からのそれを拒む。それでも、差し出された物を拒めないのはそれにより相手を傷付けると知っているからだろうか。

 ただ、そのまま持ち帰ろうとする赤髪を押さえ込めばナミがホッと息を吐き出したから、今はこれでいいと自身を納得させた。そうして憎まれ口を叩くナミを見詰める。

 

 「ナミ……」

 「ドフィ……」

 

 優しかった俺達の〝姉〟は、これから生まれるんだろう。だから今は逃がしてやる。

 その日が来るまでは、見守っててやるよ。そう思って唇だけで言葉を伝える。

 

 〝またな〟

 

 それを正確に受け取ったらしいナミに頷いてから、赤髪を強制的に引き摺り船内に戻ろうと足を進めれば背後からかかる声。それに振り向けば、困ったように笑う戦女神がそこに居た。

 

 「シャンクス、ミホーク、ドフィ……次に会うのは戦場かも知れない。その時は、邪魔しないでね」

 「おいおい、そこは〝助けて〟だろう」

 「邪魔しないなら、それ以上は望まないわ」

 

 その言葉に偽りは無いのだろう。だが俺は、きっと可能な範囲でナミを守っちまうんだろうなと思い知らされるばかりだ。

 俺の過去に関わった後のナミに再会するのが、楽しみであり恐怖だ。俺をガキ扱いするだろうナミに、だが俺に抵抗できなくなるだろうナミに、俺は今度こそ容赦無く奪い尽くそうとするだろう。

 ……俺は、お前しか愛さないと……あの時誓ったんだ。全てを知ったナミが、俺を選んでくれたなら……それが1番望ましいんだがな……。

 戦争の足音は、すぐ側に迫っている。俺はいつ来るとも分からない未来より、近い未来に思考を切り替えて、フッフッフッ……と笑い出した。

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