波間の向こうを目指して(新・本編side) 作:夢枕 七変化
助けないでくれ※
その手配書を見た時、俺は思わず立ち上がっていた。それにより訝しげに俺を見るローと、驚いた様子を見せるクルーの中で俺は漸く理解する。
明るい笑顔の写真の下に書かれた名前、あの時に聞いていた特徴とそれが1致する。明らかにあの頃にはまだ彼氏にはなり得ない存在であるからこそ、真実として突き付けられた現実に手が震える。
「そういう事か……!」
「コラさん、どうした」
冷静なローの声を聞きながら、蘇る記憶により乱れる心を落ち着かせる。脳裏では、幾度時を隔てて出逢おうとも姿の変わらない、初恋の人の姿がある。
優しく頭を撫でて、抱き締めてくれたその温もりを俺は今も求めている。どうしてあの時……そう何度自分を責めたか既に分からない程だ。
「ロー……俺達を助ける前のナミが、生きて、存在している」
「意味が分からねェ。分かるように説明してくれ」
それから俺は、ローと共に兄上から殺される可能性の高かったあの日に、助けられたのより更に以前にナミとは会っていた事を……幼少期の生活を含めて説明した。幼少期、生き地獄とは正にと言いたくなる環境の中で、俺達家族を護り微笑んでいた優しい人。
当時は姉のように思い慕っていた。兄だけは、どうやら違っていたらしいが、それでも皆ナミを大好きで、だからこそナミが姿を消してからは大変だったのだと。
消える直前に、ナミは〝未来で会える〟と言った。そして、その時同時に〝それは過去の私だから、皆の事を覚えてないの〟と、そう言ったのだと言えばローは喘ぐように言う。
「時を遡り、俺達を助けたのか……!?」
「そういう事になる。その頃よく話していた〝恋人〟の手配書だ」
そう言って俺は1枚の、手配書とは思えない明るい笑顔の少年の写真を見せる。それにローは震える手で触れて、小さく呟く。
皮肉な事に、彼もまた〝D〟の名を持つ。ナミは、そのDの意味を知っているのだろうか?
「今は、少なくとも今は、ナミが生きているのか……」
「あァ……。それでだ、確証を得たいから、探しに行ってもいいか?」
「居場所が解らねェだろう」
「……想像は出来る。だから……頼む!」
俺の言葉に少し考えるようにしたローは、静かに眼を伏せると溜息を落とした。それから決意を込めた眼差しで、真っ直ぐに俺を見据えて来る。
「嫌われる覚悟はあるか?コラさん」
「……嫌われる覚悟?」
「俺達を助けに来た時、ナミは〝ロシーに嫌われる様な事したのかしらね。虐められちゃったのよ〟と話していただろう。……ならば〝虐め〟では済まない事をする覚悟はあるか?」
「ロー?」
「無理なら、俺が行く」
「ロー……説明を頼む」
意味が分からない俺に、ローは言い放つ。過去で自分が助けられずに死んでも構わないから、ナミに生きて欲しいと。
助けに等、来ないで欲しいと……。それは、過去を変える為に、ナミを生かす為に嫌われろと言う事だろう。
……そうだな、俺も例え自分が死んでもナミには生きていて欲しい。でも、ローには生きて欲しいから……葛藤する。
どちらにしても、ローがナミに嫌われるような事出来る筈もねェし、そんな事したら傷付くのはローの方だろう。そう思って俺はローの頭を軽く撫でる。
「嫌われて、憎まれるような事を会えたらする。叶うならば、連れて来るさ。そうすれば、生きているナミを守れるだろう」
「あァ、だが無理はするなよ。ナミを殺すような事は、絶対するなよ」
「……あのな、ロー。俺もずっと愛してる相手だ。殺せる筈ねェだろうが」
「そうか?恋人のいるナミなら、俺は間違えば殺すだろうと思うぞ」
……こんな時、ローと兄上は根本的なところが似ていると思わされる。そして、俺に育てられたが故に兄上とは違う甘さを持つようになったと。
愛する人に生きていて貰えるならば、嫌われる事も、憎まれる事も自分が消える事さえ厭わねェ……。だから、逢いに行く。
俺のそれをローは困ったように笑って、背を押してくれた。気を付けて行けよと。
必ず、帰って来いと言って手渡されたビブルカードを手に、俺は笑って出発した。最愛の人を傷付ける為に。
とは言うものの、どうしたら嫌われる事が出来るのか分からない。兄上が大暴れしてナミを殴ったりした時も結局許してたし、大切な相手を傷付けられた時の他は基本的に怒ってる姿は見た覚えがない。
だからと言ってナミの恋人や仲間を傷付けるのは、駄目だろう。そいつ等は無関係だもんな……。
そんな事を考えつつ、記憶の中でナミが俺と会ったと言っていた島を目指す。その島に到着して3日、俺は街の中で会うのは諦めるべきかと小船に乗り島の外へ向かおうとした。
その時、街の人達の悲鳴が聞こえて振り向くと暴走ブルに乗った美少女が、長いオレンジ色の髪を風に揺らしつつ必死な形相で通り抜けて行くのを見た。あの頃と何1つ変わらないその姿に、必死になっている様子から大切な相手に何かあったのだろうと分かるが……やっと〝生きている〟ナミに逢えた。
泣きそうになりながら震える俺の目の前を、尋常ではない速度で通過したそれを俺は慌てて追い掛ける。だが……追いつける筈は無くて、俺は麦藁の1味の船として得ていた情報を元に船を探す事となった。
島の外からその船に近付き、船の傍に自分の使っている小船を泊めてからひょいと甲板に飛び乗れば、キャラベルの愛らしい船だと思う。それと同時に甲板の板の様子や、継ぎ接ぎだらけの柱等を見れば、どれ程過酷な冒険をして来たのか分かろうというものだ。
〝ルフィは無茶ばっかりするのよ。でもね、間違った事はしないし、彼は私の太陽だから……迷子にならないように、行きたいと言われたところに私は導くって決めてるの〟
〝そんなにそのルフィを好きなのかえ?〟
〝私は、ルフィを好きなんかじゃないわよ。私はルフィを、愛してるの。私の全てをかけて、ね。それより、その口調直しなさいってば!〟
幼い頃のそんな会話を彷彿とさせたのは、この船の悲惨な状態が見えるからだろうか。俺は溜息1つ落として、空を見上げる。
船内から漂う香りは、恐らくナミの料理だろう。ナミは、食べられない事は無いって程度の物しか作れないわと言って笑っていたが、相当に料理の腕はあったと思っている。
好きな相手が作ってくれたからって理由で、毎日不味い物を食うとか出来る筈も無いからな。……考えてみれば、俺の料理の基礎はナミだ。
となれば、ローのそれも同じかと小さく笑う。原型となるナミは、今何を作っているのか。
「ロシー……?」
甘やかな、懐かしい声が俺を呼ぶ。不思議そうに、不安そうに、名を呼ぶ。
それを見て、聞いて、俺は顔が勝手に笑うのを自覚した。ナミが、生きている。
「ナミ、久し振りだな」
戸惑いと困惑、罪悪感と混乱をその瞳に宿したのが分かり、俺は夢で見ていたと話していた事を思い出す。なら、俺を知らない筈だ、ここに居るナミは過去のナミなのだから。
「覚えてないんだろ、俺の事。……正確には〝夢で見ていた〟だったか?」
「なんで、その事……」
思わずと言った様子で呟かれた声に、俺の唇は勝手に言葉を紡いで行く。それに対してナミは、困惑の声を出すばかりだ。
だから俺はここに来た経緯を伝える為に言葉を紡ぐ。ローの許可も得ているのだという事を含めて。
「ロシー……」
「逢いたかった……。ずっと、探していたんだ……」
俺の言葉を受けてナミはふらふらと歩み寄ってきて……俺を抱き締めてくれた。小さくなったナミは、いや、大きくなり過ぎた俺の為に、抱き着いているように見えるがこれは……俺を抱きしめてくれているのだと分かる。
甘えたくなる。変わらない温もりと優しさに、溺れそうになる。
抱きしめたら、壊してしまわないだろうか。そう思う程に、ナミは細く頼りない。
それでも、その温もりが幻ではないと知りたくて、小さな体に合わせる為に甲板へと膝を付きその細い体を抱き締める。その時、何も知らない筈のナミが言う。
「ごめんね、何も分からなくて」
「ナミが何も知らないと、分かっていて、探してたんだ。だから気にしなくていい」
賢過ぎるナミは、俺の体が震えている事や先程の説明だけでどうやら全て悟ったらしいと分かる。見上げてくる心配そうな瞳に、俺は吸い寄せられるようにしてその唇を自らのそれで塞いでいた。
俺からのそれにナミは遅れて状況を理解した様子で暴れるが、もう少し待ってくれ。ナミお前、何で出来てるんだよ。
甘い、甘い口付けは、泣きたくなる程に甘美だ。小さく、俺を傷付けないように気遣いながら抵抗するその細い腕に、理性が焼き切れそうになる。
こんな状況でもナミは俺を……気遣うのか。知っているのは夢で見ていた姿だけの筈なのに……それでも、傷付けまいとするのか……!
「……っ……やぁっだ!」
僅かに出来た隙間で抵抗するように顔を背け、俺を拒絶する言葉を音にするナミに心が軋む。昔も、恋人がいると言っていた。
その恋人に……全てをかけて愛しているのだと、晴れやかに笑って……。少女のようにその頬を染めていた、あの日を思い出す。
「ナミ……好きだ、ずっと、幼い頃から、憧れて、愛してきた。今のナミは俺を知らないのだと分かってるが……悪い。止まれそうもない」
俺の言葉に怯えたような瞳を向けて、泣きそうな声で抵抗する。その力の弱さに、これで俺達を守っていたのかと愕然とさせられる。
凛々しい表情で、俺達を背に庇いながら戦っていた。その強いお姉さんが、実際はこんなにも儚かったのか。
「やっ……!やだ!ロシーやめ……!」
拒絶の言葉を聞きたくなかった。抵抗して暴れるナミを抑え込むのは恐ろしく簡単で、だからこそこれが有効だと気付く。
これをやれば、そんな事をする俺をナミは嫌うだろう?
そうしたら、俺を助けたりしないだろう?
船内へと連れ込み押し倒せば、後は理性を捨て去るだけだ。そうすれば……俺は体だけでもナミを手に入れられて、ナミは死ぬ事もなくなる。
俺達の為に傷つく事も、死ぬ事も無くなる……。生きてくれ、ナミ。
「んんっ!?」
素直に反応する敏感な体は、若く美しい。あの頃より以前なんだから、当然といえば当然か。それでも、あの頃と同じ蜜柑の香りがする。
「いやァぁ!ルフィッ!ルフィ!」
「ナミ、ごめんな」
言葉を告げるのと同時に、ナミの声が外に聞こえないように、けれども俺を呼ぶ声は聞こえるように、罪を認識できるように、凪を使う。体には愛されている証拠とでも言うかのように、跡が残されていてそれがまた卑猥に思える。
それでも俺の体格を考えれば、嫌がられても高めてからじゃ無ければナミが壊れる。ナミが生きてくれる事だけを、俺は望んでいる。
「ロシー!もう辞めて、私には恋人がいて、こんなの、ドフラミンゴと変わらないっ!」
突然聞こえてきたナミの言葉に1瞬動きが止まる。どういう、事だ?
「兄上……?まさか、ナミは兄上に襲われてるのか!?」
「そんなのどうでもっ「良い理由があるかっ!なら、どうして俺と兄上を助けた!?どうして、俺とローを生かしたんだ!……普通なら、見捨てるだろう」」
今のナミは知らないのだと分かっている筈だ。それなのに言葉は音となり……そして、それを受けたナミが鋭い視線で真剣な声で問い掛けてくる。
「ロシー、どういう事?」
男に組み敷かれてるって事、わかってるのか?
だが……嫌われたら助けないで生きてくれると思ったなんて言ったら、お前……助けるだろ?
だから俺は思い出話をして、真実を隠す事にした。それにより真剣に考え始めるその姿は、あの頃と少しも変わってない。
「ロシー……そうして、次に会った時の私はそれを知らなかったのに、またローちゃんを助ける為に尽力して姿を消したのね?」
「あァ……その為に俺は、少なくとも〝俺達を助ける前〟のナミになら会えるかもしれないと思っていた。助けた後のナミは、あの状況を考えれば……普通なら死んでるだろうが、よくわからねェ。時間軸が把握しきれねェんだよ」
俺の言葉でまた考え始めたナミから、その衣服の全てを剥ぎ取る。何かを考えてる時は無防備になるから、これが有効だ。
美しい肢体を晒し、そうとは気付かずに真剣に考え込むナミに変わらないなと思う。無防備で可愛い……。
正気に返ったナミが悲鳴を上げるのを待ち、俺はナミに残酷な宣言をする。悪いとは、思うが……嫌って貰う為なら……そして、泡沫の夢と消えるのだとしても……ナミを手に入れられるのならば……。
「ロシー!?」
「大人しくしていてくれてると、助かる。傷つけたくはねェからな」
恐らくはナミが泣けば辞めるしか無くなる。それくらいにはナミを愛してる。
それなのに、強がりなナミは涙のひとつも見せはしない。恋人にしか涙を見せられないのか?
俺は、ナミを容赦無く抱き潰す。恋人と、仲間の名を呼ぶナミに、他の男の名を呼べないように弱い所を刺激してやる。
嫌がる事、悲しむ事、それを行いつつ俺の体だけが満たされる。艶やかな声が、俺にだけ聞こえると言う事が罪の意識を高めて行く。
嘆く声が、俺にだけ向けられる。熱を何度となく放出しても、その度にナミの瞳が絶望に歪むのを見てしまえば、苦しいだけだ。
ごめんな、ナミ。憎んでくれ、嫌ってくれ、そして助けないでくれ。
そして……少しでもいい、俺を忘れずにいてくれ。憎しみでもいいから、俺に縛られてくれ。
優し過ぎる初恋の君が悲鳴を上げるのを聞きながら、無意識の内に許しを請おうと愛を紡ぐ。それにナミは悲しそうな顔をするばかりだ。
そんな中でナミが言った。ハッキリとした音で。
「いっそ、殺して」
巫山戯るな。ナミを生かす為にやってるのに、誰が殺すか!
その言葉を飲み込んで、俺はそっとナミの首筋に触れる。細いその首は、簡単にへし折れるだろう。
「……少し、眠れ」
死にたいくらいにつらいのならば、もう俺を助けようとはしないだろう。俺達を、見捨ててくれるだろう?
意識を刈り取れば、力無く倒れるナミが居て……。その身を清め、衣服を着させておく。
ごめんな、ナミ。こんな選択肢しか、俺は持たない。
兄上を〝ドフィ〟ではなく〝ドフラミンゴ〟と呼んだ事が、ナミがあの頃よりも過去の人だと言う何よりの証拠だ。……そう言えば、兄上はもう、ナミの事を思い出しているのだろうか。
それとも思い出す事なく、ただ、何度でも恋に落ちてその狂暴な愛情を向けたのだろうか。俺を普通に受け入れてしまった体を思えば、恐らく適当に1発ヤリ捨てたとかではないだろう。
〝ドフィ!ロシー!2人共どうして勝手に街に行ったの!?……心配したんだから……〟
〝僕が、怪我して、兄上が薬を……〟
〝余計な事言うなえ!俺が、悪かった。ロシーは叱るな〟
〝誰かに襲われなかった?無事なら……それだけでいいわ。2人共大好きよ〟
優しく笑うナミが、俺も大好きだと思っていた。あの頃は、兄上も……優しかった。
庇ってくれていた、優しい兄の背を今も覚えている。俺達を庇い、小さく謝ってから街の人達に剣を向けていたナミを覚えている。
過去の記憶を思い出して溜息を落とす俺の、なんと情けない事か。それから少しして目覚めたナミは、姉の顔で俺を叱る。
その体は小刻みに震え、怯えを微かにその瞳に宿しているから、抱き締める事ももう、出来はしない。手を伸ばせば、怯えるだろう。
そして、怯えた事で俺を傷付けるのではないかと心配して、俺を気遣うのだろう。優しくて、甘くて、だからこそ残酷な最愛の君。
誘ってみたが、共には来ないと言われ、それはそうだよなと思う。強姦魔と共に来る筈が無い。
それでも愛しているのだと伝えて、だからこそ憎んでくれと願う。こんな身勝手な奴を、助ける義理はもう無いだろう。
1人船から離れた俺は、見聞色の覇気でナミの様子を確認して、崩れ落ちて震えているそれに、自らの声が誰にも聞こえないようにしてから、慟哭の雄叫びを上げる。他の手段が思いつかなかった、ただ、ナミに生きて欲しいと願っているが、こんなにも傷付ける事が苦痛だとは思わなかった。
もしも罪深い俺の願いが叶うならば、頼むからどうか……ナミ、俺を……赦さないでくれ……。
ロシナンテのsideは現状これだけです。ご了承ください。