波間の向こうを目指して(新・本編side) 作:夢枕 七変化
天使(手配書)
いつものように新聞が届くのを受取り、そして……その中に混ざっていた複数枚の手配書を眺める。それも1つの貴重な情報であるから、疎かには出来ないのだ。
その手配書の枚数がやけに多い事に首を傾げて、新聞を手にする。内容を読み、前から気にしていた1味のそれと気付く。
人間とは思えない風貌のそれは、悪魔の実の能力者か俺の知らない人種なのかも知れないな。機械系の人間の種族もいるとは、この海は本当になんでも起きる。
……それにしても、ペットにまで懸賞金をかけるとは余程捕らえたいらしい。もしくは、特徴的なペットを捕らえて誘き寄せるのに使おうと言う腹だろうか。
この摩訶不思議な1味にナミがいる筈だと、コラさんはそう話して出発した。もう、ナミに会えたんだろうか。
連絡がない事が不安を煽る。しかし、電伝虫は盗聴されるリスクがあるのだから、仕方ないとも言えるだろう。
無事に、帰れよ。アンタに何かあれば、俺は理性なんぞ簡単に捨てちまう。
手配書を溜息混じりに捲って行くと、あの時のナミと変わらないナミの手配書が入っているのに気付いて息を飲む。妖艶な笑みをカメラ目線で向けるそれは、大凡手配されている女海賊としてはおかしい。
……モデルでもやってて、そこから流用されたんだろうか。そうであっても何もおかしくは無さそうなその容姿に、小さく笑みが浮かぶ。
あの頃と変わらない姿であると言う事は、例え俺達を助ける前のナミだとしても、もう少ししたら助けに行くと言うことだろう。……だが、それを変える為にコラさんは向かったんだ。
傷付けて、苦しめて、憎まれる。……何をしたら、あのお人好しなナミにそうして貰えるのかと考えて、周りの人間を傷付ける選択肢を選べないコラさんには難しいだろうなと何となく分かっていた。
それでも行かせたのは、コラさんが……ナミに会いたいだろうと思ったからだ。俺もコラさんも、ナミが初恋だってんだから仕方ねェよな。
胸糞悪いが、ドフラミンゴまで初恋はナミだと聞かされた時は、暴れそうになるのを良くぞ耐えたと自分を褒めたくなる。だが、ドフラミンゴはナミを覚えていないと言うから、今は俺やコラさんがリードしているだろう。
俺達を知らないナミ、か。何をされたとしても、甘いナミは過去の俺達と出逢えば庇うのだろうと、その手配書にある笑みを見詰めて思う。
その手配書の写真から文字へと視線を動かして、眉間に皺を寄せる。そこには信じられない文字が書かれていたからだ。
『
こんなもの、見た事ねェぞ。何が起きて……!?
その時手配金額が初回とは思えない高額である事よりも、二つ名が複数書かれている事に、そして、書かれているそれに呼吸が止まりそうな程の衝撃を受ける。何せそこには、好んで買っていた作家の名前があったのだから。
……宝玉だと!?
だが、確かにナミが宝玉ならば納得出来る部分は多い。俺の過去を知らなければ、あの本は書けねェもんな。
それと同時に疑問が深まるのも確かだ。今ここで生きているナミは、俺やコラさんを助ける以前のナミであり、俺達の過去を何故知っているのかと言う所だ。
無論、ナミが助けた後であっても、俺が珀鉛病だった事の他は、詳細を知らないのだから、あの本にあった俺の脱出方法についてはどうして知ってるのかと思わなくもない。コラさんが俺の寝てる間に話したとかだとしても、それは俺達と関わってからじゃなけりゃおかしい。
「キャプテン、その娘が気になるんスか?可愛いですもんね!!……でも、キャプテンなら選り取りみどりじゃないですか、何も海賊から選ばなくても」
「ナミは俺の……」
シャチからの言葉に即座に答えようとして、言葉に詰まる。俺とナミの関係性は何だろうか。
恩人であり、初恋の相手であり、追い求める宝である。そして、困ってる時だけ姿を見せてその後平然と消えるのは、もはや天使と呼ぶ他ないだろうとさえ思わされちまう。
悪意を悪意と分かっていて行使し、人を傷付け、心を弄ぶ事を楽しむのが悪魔ならば、善意で人を翻弄し、無意識で人の心を弄び、温かな微笑みで心に住み着くだけ住み着いて消え失せるのが天使だろう。だとするならば、ナミ程天使の称号が似合うものも存在しないだろうな。
「キャプテン?」
「……ナミは俺の天使だ。すぐに逃げちまうから、見付けたら捕まえて閉じ込める予定だ」
俺の言葉にクルーが硬直したのを見て、軽くしまったと思う。天使は、不味かったか。
その時コラさんが帰って来るのを見付けたベポが叫べば、コラさんからの報告を受ける為に船内に入り、潜水を指示した。内心では、天使発言が有耶無耶になった事を喜びながら。
「ロー……結果だけ言うなら、失敗だ」
「……詳しく、話してくれるか?優しくしちまったって所か?」
イッカクが珈琲を俺とコラさんの前に置くのと同時に言われた言葉に首を傾げて見せれば、コラさんは首を横に振った。そして、祈るように手を顔の前で組んで、懺悔するように声を震わせる。
手と腕が邪魔になり顔が見えない。そういや、この人顔を隠す癖があるよな。
「ナミは、犯すだけ無駄だ。優しくなんか、出来なかった。……泣いてさえ、くれなかった」
「……それは、ナミが受け入れたって事じゃねェのか?」
コラさんを元々憎からず想っていて、だから襲われても普通に受け入れたとかじゃ?
そう考えるのが普通だ……いや、ないな。アレだけルフィルフィと歌っていたんだから。だとするならば、女海賊としては勝てない場合はそうなって当然と諦めているのか。
「俺がしたのは、明らかに、強姦だった!!当然ナミは嫌がったし、抵抗した。それでもナミは、俺を傷つける事を甘いあの性格が理由で出来なかった様子だ」
「嫌がって抵抗して……って言うなら、ある意味成功だろ。そんな事されりゃあのルフィ馬鹿なナミが「叱られたよ。終わってから〝ロシーのした事はいけない事なのよ〟ってな」」
……完全にガキ扱いなその言葉に、その場にいた誰もが言葉を飲み込んだ。手配書の中で妖艶に笑うナミを見えて、コラさんを見る。
それは共通の動きであった。そんな中でペンギンが疑問を口にした。
「ところで〝ロシー〟って、なんですか?」
その言葉にそうかと気付いてコラさんに視線を向けると、コラさんは困った顔で頷いてゆっくりと説明を開始する。それは、本名が『ドンキホーテ・ロシナンテ』であり『ドンキホーテ・ドフラミンゴ』の実の弟である事から始まった。
それから、コラソンはドフラミンゴの元に居た時のコードネームであり、愛称がそれぞれ『ロシー』と『ドフィ』なのだと言う事を話した。それに驚いたり納得したりしてるクルーから視線を外して、コラさんは俺に言う。
「ナミは、兄上に犯されてる。それでも、幼少期の俺達を助けたと……そう考えるのが自然だ。つまり、ナミは犯しても無駄だという事になる。ナミは、それくらい子供に甘い」
「……強敵だな」
言葉を何とか返したが、ドフラミンゴに犯されていたと言う真実に呼吸が止まりそうだ。だとしたら、ナミはドフラミンゴへの怨みから俺達を助けたのだろうか。
それならば納得出来る。だがそれならば、もう運命は変えられないのか。
俺とコラさんを守る為に、戦えばそれなりに戦えた筈のナミが自ら囚われたそれを思い出す。覚えていなかっとしても、ドフラミンゴの女の好みと合致し過ぎてるナミが、あの後どんな扱いを受けたかなんて想像にかたくない。
ドフラミンゴに弄ばれた囚人が、それ程長く生きられるはずも無い事を考えれば、今ここで生きていても……過去にナミが飛んだ瞬間にナミの存在を失うと言う事になる。……どう足掻いても、そうなればドフラミンゴはナミの仇でしかない。
「……コラさん、ドフラミンゴを止めるには殺すしかない。その覚悟はできてるな」
「あァ、勿論だ」
「ナミが俺達を助ける未来を止められないなら、変えられないと言うのならば、ドフラミンゴはナミの仇だ。今、生きていたとしても……な」
俺の言葉にコラさんは苦しそうに肩を震わせて、だからこそ、もし逢えたなら、今度は俺が傷付けてみようと思う。それで運命が変わるなら、ナミが生きてくれるなら、それだけで良いと思えた。
結局その後ナミの手配書は俺とコラさんが取り合うからと食堂に貼られて、触れる事を誰も許されなくなった。何処かの島で手に入れようと思っていたというのに、何処の島でも貼る度に盗難に遭い続けナミの手配書が貼られている所は基本的に無いと言うのだから、あの手配書がどう使われてるのかなど考えるまでもない。
忌々しいと舌打ちしたのは、手配書の使い道だけが理由でない。万が一ナミが捕まえられた場合、何が待っているのか分かっちまった所にある。
穏やかに優しく微笑む歳上のお姉さんが、いつの間にか歳下の少女に変わっていた。この時の俺は、ナミが戦えるのだという事を、本当の意味では理解しきれていなかったのだ。