※この作品はR-18です。

波間の向こうを目指して(新・本編side)   作:夢枕 七変化

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甘やかな毒

 そっちの世界の女王を思わせる勢いでエースを抑え込み、顎に指をかけるそれは妖艶の1言に尽きる。当然のように抑え込まれているエースが、その顔を赤くして視線をさ迷わせているのも不可抗力だろう。

 だが……何故だろうなぃ。抑え込んでるナミが、泣くのを耐えているように見えるのは。

 強気な行動の裏で、怯えて、震えて、泣いている幼い少女が見えた気がした。……赤髪の女神は未来を見て、天候を操るって聞いた覚えがあるが……何かの能力者だろうか。

 

 「マルコ!?なんでいるんだ!?」

 

 別行動してたのを考えてみれば驚くのも無理はねェか。だが、1人でエースが飛び出したのを俺が迎えに来たと勘違いしたらしいナミはエースを叱り続ける。

 エースの腹に拳をめり込ませるそれは、相当な実力者だと分かるものだ。その上で、ティーチとその悪魔の実について知っている様子から、モビーに連れ帰りたいと思わされちまうのも道理。

 保護か、監視かはまぁ、成り行きだろうが。そうなれば、エースには悪いがナミは俺が貰っちまうだろうな。

 

 「エースを喪いたくない」

 

 声を震わせるナミに、本気で姉としてエースを愛しているのが伝わる。……これは、心地よいだろうなと思えばこそ、喉がなりそうになるのを抑えて、分かっている事を問い掛けた。

 

 「お前ェとエースの関係はなんだ?」

 「私はエースとサボの姉よ、不死鳥マルコさん」

 「名前だけにしてくれると、助かるねぃ」

 

 エースとの関係性を分かっていて問い掛けた俺も悪ィが、海賊の流儀だから、敵対している相手や尊敬する相手等ある程度距離があれば二つ名で呼ぶのは分かる。だが……それに名前迄付けられると、完全に敵対している様子になるから辞めて貰いたい。

 名前だけで初めから呼ばれるのは、期待しちゃいなかったが……敵対はねェだろうよぃ。そう思っていたら、名だけに直してくれてエースを連れ帰れと言い出す。

 そうしたいのは山々だがと思う俺の目の前で、エースが帰らないと宣言する。それに眼光を鋭くしたナミに、エースは珍しく好戦的な態度で向かい合った。

 まさかと思った直後に2人は戦いを始めた。流石は幼馴染と言いたくなる程に息の合った動きで始まったそれは、見事の1言に尽きる。

 腕力等の事を考えればエースが勝つだろうが、技術だけならばエースはナミの足元にも及ばないだろうねぃ。自らの弱点を理解して、それを補うような動きを見せるそれに感嘆の息がもれる。

 ……本当に強いな。何故この強さで、こんな所に燻ってんだかねぃ。

 そう思うのと同時に、エースに怪我をさせないように攻撃の時手を抜いてるのが分かる。それには、甘ェなと言わざるを得ねェ。

 エースの攻撃を躱すそれは、下手したら隊長格しか相手にならないだろう実力を有していると分かる。これが、まだパラダイスの更に前半に居るとは……なんとも言い難い気分にさせられるよぃ。

 結果はエースの負けで、言葉でエースを帰そうとしていたナミにエースが必死な様子を見せた。そこでアラバスタにティーチがいると告げれば、ナミの空気が変わる。

 ブツブツと何かを言いながら考え始めたその真剣な顔は、軍師を思わせるが思考の海に潜ったナミはあまりにも無防備。その隙にナミの唇を奪うエースに、ナミが甘い声を出せば仲間達が殺気立った。

 けれども全く相手にならない事から、実力はナミが1番あるのかと驚かされる。エースは満足そうな態度だが、ナミは相当に鈍いらしくエースのそれをお巫山戯と判断していて……やはり連れ帰りたいと思う。

 ナミの仲間達を見て、動き自体は悪くねェが、覇気を使えねェのかと気付く。まぁ、この辺りなら充分過ぎる実力だろうが……。

 荒削りだが光るものがあるのは、流石はエースの弟と、それに選ばれ、それに自分の全てを託した奴等だけの事はあるなぃ。海の藻屑とならずに数年海で生きれば、その名を知らぬ者は居ないような存在になるだろう。

 そんな事を考えていた時、ナミが困ったような顔で俺に問い掛けてきた。それは、本気で戸惑っているようにも見える。

 

 「……マルコさん、エースは覇気を知らないの?」

 「パラダイスで使える奴が、そうそう居るとは普通思わねェからねぃ」

 

 俺の返事に納得した様子でホッと息を吐き出して見せてから、ナミは仲間とエースに目的地を確認していく。それから、自らの船長にどうするかを問い掛ける。

 だが、その会話の大半が基本的に名を呼ぶだけだったそれに、この結束力では連れ去るのも難しいかと溜息が落ちた。……色々言い訳してみても、ただ俺がナミを欲しいだけなのだろう。

 その直後にエースの弟がナミの男だと宣言し、予想外のそれに俺は1瞬動きを止める。それからエースに問い詰められて真っ赤になったナミが、幼い少女のような様子で言葉を紡げばそのギャップにコレはキツイと思わされた。

 だが、とりあえず表面的には余裕を見せて眺めておく。……別に、泣かせたい訳でもねェからなぃ。

 仲間内でも何故か衝撃はあったようで、ナミはそれに驚いている様子だ。にしても、相手はエースの弟か……やりにくいねぃ。

 真っ赤になって小さな生き物に抱き着く姿に、どうやらそういう意味ではまだまだ子供らしいと分かれば、暫く様子を見てもいいかと思わされる。最後には俺に振り向いて貰えたら、それで良いかも知れねェな。

 残念ながら諦めるなんて選択肢は、今の所無さそうだ。そのまま仲間なのだろう小さな生き物を、ぬいぐるみのように抱きしめて離さないナミをそのままに話を進めて行く。

 状態に目を瞑れば、ナミの発言は明らかに参謀と呼ぶに相応しく、今後の行動について話をしつつ、理路整然としたそれに助けられている。地図を広げて仲間達全員と俺達迄納得出来る答えを出そうとする姿には、ある種の尊敬の念を抱かざるを得ない程だ。

 

 「……マルコさんとしては、どう思いますか?覇気を使えるのは私だけ。他は覇気を使えない事を除けば、ルフィ、ゾロ、サンジ君の三人は人とは思えない強さを誇っています。ですが、正直何処まで戦いになるか……」

 「ティーチとの戦闘は俺とエースになるだろうねぃ。他の仲間を抑えて貰えたら、ティーチを片付けてから、そっちも手伝えるから、倒せそうなら倒して、無理なら時間だけ稼いで貰えたら助かるよぃ」

 

 向けられた言葉に咄嗟に答えれば、ナミは静かな声で俺に言う。それは何処か凪いだ海を思わせる。

 

 「では、それが無事に片付いたらなのですが……少し私達の用事にも付き合って頂けませんか?そこである程度の体力等を消耗する事を考えたら、私達としても戦力が欲しいんです」

 

 ……体力の消耗、ねぃ。ティーチの強さを理解した上で、そう言えるだけの実力か。

 

 「……此方も手伝ってもらう訳だからねぃ。それは構わねェが、もし……その情報が誤報でティーチが居なかった場合はそこで手を切る形になるよぃ。それも了承済か?」

 

 俺の言葉を受けて即座にエースの弟へと視線を向けると、簡素に説明し決断を委ねた。迷いのないそれに、恋人であるよりも先にクルーであると示される。

 そして了承を得たナミは、笑顔でそれを俺に伝える。同じように白髭の隊長であるエースもいるのに、迷い無く俺に。

 

 「……ナミって言ったねぃ。お前、白髭に来ないか?」

 

 思わず本音が零れ落ちる。これは小さな名もなき船に埋もれさせるには惜しい。

 何より俺が、ナミを手元に置きたい。誰にも見付からないように、隠してしまいたい。

 

 「駄目だ!!絶対にナミは誰にも渡さねェ!!」

 

 間髪入れずに返されたそれに笑えば、隣にいるナミが民間人の少女のように湯だった。そんな中で今度はエースが弟を誘うが、それもまた即座に断られ、エースの弟は手強いなと思えば笑えて来る。

 ……よく似た兄弟だ。女の趣味まで同じだとはねぃ。

 それからナミが手紙の送り主である確信を既に得ている俺としては、舌戦を強いられる事となると覚悟していた。だが、取り乱したナミを見てそれどころではなくなっている。

 どうやらこのナミと言う生き物は、優し過ぎるようだ。その能力の高さを全て守る事にのみ使い、自らを摩耗している。

 エースとナミのやり取りを聞きながら、何度も口の端に上る名が何とも言い難い気分にさせられる事の他は、情報の宝庫だ。そして……人が抜け出す事の出来ない泥沼に沈み込む瞬間を目の当たりにした。

 これは……毒と分かっていても煽りたくなるな。エースも、厄介な女に惚れ込んだもんだよぃ。

 同じ穴の狢でありながら、俺は何処か他人事のようにそんな事を思いつつその様子を眺めていた。だが……そうか、エースの血筋は……成程ねぃ。

 そしてナミも、何も知らないが故に甘い女なのではなく、知っていて甘いのだと知れば修正不能らしいそれに自然と笑みが浮かぶ。だが……飲み物1つでさえ、信頼できる相手からの物しか口に出来ねェ環境で育って、この甘さは……危険だねぃ。

 話の区切りも着いた頃、俺はゆっくりと唇を動かす。会話を終わらせなければ、永遠に弟としてエースは甘やかされ続けちまうだろう。

 

 「……あんまり〝姉貴〟を心配させるもんじゃねェよぃ。今回の結果がどうあれ、1度親父の所に帰るなぃ?」

 「マルコ……わかったよ。……ナミ、ありがとな。それと、サボの事なんだけどさ。ルフィから聞いてねェのか?」

 「ブルータス、お前もか」

 

 ……ブルータス?聞いた覚えがねェなぃ。

 天を仰ぎ言葉を口にしたナミを見れば、何か意味のある言葉なんだろうが、知らねェ言葉だ。だが、なんでもないと直後に言って笑ったナミの様子からは、どうやら説明する気は無さそうだと分かる。

 それから件の〝サボ〟に話が移行すれば、頭痛がして来た。やっぱり、気の所為じゃ、ねェよなぃ、その名前……。

 

 「さっきから聞こえてくる〝サボ〟ってのは、エースの兄弟で間違いない無いのかよぃ?」

 「「あァ!!」」

 

 ……エースが増えた。何だこの絶望感は。

 見れば困ったようにナミが笑っていて、これは姉になるしかねェよなと思う。年齢はナミの方がエースより下だと聞いていたが、これでは納得だよぃ。

 

 「それなら、生きてるだろうねぃ。……こりゃァ……随分と大物な兄弟だねぃ」

 「エースも白髭海賊団の隊長ですから、随分と大物って言われてますよ」

 

 声に導かれるようにナミを見れば、誇らしげな顔ではなく、優しい笑顔を浮かべていて……エースが少しばかり羨ましくなる。同時に哀れにも思うがねぃ。

 これは、弟から抜け出すのは難しいだろう。これだけ姉として弟を愛していては、男として見てもらうのは困難だ。

 俺はそれからエースにサボについて知っている事を話してやり、アラバスタに上陸する準備を進める面々を眺めていた。踊り子の衣装を着た二人の少女にハートを振り撒くコックの姿に、サッチと気が合いそうだと思えば溜息も落ちようというものだ。

 その時ナミが1人で船内に入るのが見えれば、説明も終わった所だったので、エースを解放してその背を追い掛けた。これでやっと、話を聞ける。

 ドアの中に入れば、ナミが1人で武器などをチェックしていた。その姿は本物の踊り子よりもそれが似合っている気がして、妙な罪悪感に苛まれる。

 それから言葉を向ければナミは悠然と微笑み、のらりくらりと躱そうとする。それでも俺は、逃がしてやるつもりは無い。

 船内に男と女が1人ずつだと言うのに、警戒心を持たない幼子のようなそれに、雄の恐ろしさを教えてやろうと俺は唇を動かし始めた。さァ……狩りの時間だよぃ。

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