※この作品はR-18です。

波間の向こうを目指して(新・本編side)   作:夢枕 七変化

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睡眠薬

 嫌な事を思い出しちまったのを振り払う為に、俺はナミに宝玉だったんだなと言うような言葉を向けた。その関係で気になっていて、本人に会えたなら聞いてみたかった事を言葉にしていく。

 それに対して丁寧に答えてくれるそれは、穏やかで優しいその心根が反映されている。けれども何故か罪悪感を抱いている様子のそれに、違和感を禁じ得ない。

 その会話の中で、ふと……もし可能ならこの声で歌うそれを聞いてみたいと思った。柔らかなその声で、優しいその話し方で、あの曲をどう歌うのか……。

 

 「歌えるか?」

 

 無理ならば諦めるつもりで問い掛けたそれに、ルフィが反応する。その後仲間達からの助けを得られないままに、エースから止めを刺されたナミは小さく声を出して音を確認していく。

 それからそっと腰から取り出した笛で音を奏でると、小さく苦笑したナミがその唇を動かした。どうやら歌う方もプロ並らしいと、1連の動きから判断出来る。

 本当に、なんでも出来るお嬢さんだねぃ。なのに、自分の価値を少しもわかっていないのは、どういう事なのか。

 

 「『四季折の羽』です」

 

 題名を口にされて、譜面で見たそれを、仲間達が演奏していたそれを思い出す。笛の演奏は見事で、笛のそれだけでも充分価値があるなと思わされちまう。

 

 「ーーー」

 

 女性的な声で歌い出したそれは、いつものナミの声とはまた違っている。歌う時に声が変わる奴はいるが、そういう事なのだろうか。

 

 「ーーー」

 

 歌い紡がれるそれは、時に声を変えて低く青年のような声も混ぜられる。声を変えながら、情緒を込めて歌われるそれは成程原作者なだけはあると言いたくなる上手さ。

 

 「ーーー」

 

 周りの様子を気にした様子もなく歌い続けるナミは、何処か触れ難く神秘的だ。テンポが変わり、演奏するのも命懸けだと笑っていた兄弟を思い出せば、今それを当然のように歌うナミに声を失うのは当然と言えるだろう。

 前に巫女だと聞いて納得したが、今はもう納得出来ねェなぃ。これは既に、女神や天女の領域に入り始めてるだろうよぃ。

 まァ、巫女だと言うのも本人は否定していたが。そうなると〝女神〟と表現した赤髪のそれは正しいものに思えて来るが、同時に〝赤髪の女神〟なんて立ち位置に居させたくねェなと思う。

 歌う間立っていたナミが歌い終えると同時にその場に座ると、その膝の震えを隠そうとする。そんなナミの様子に気付かずにチョッパーが声を掛け、そこから始まった考察。

 それを優しい笑みで見守るナミに、俺はそっと薬を用意する。これ迄にわかってる事を元にすれば、強い薬でなければ効かないだろうとも分かるので、身体の負担を考慮して睡眠薬を強めにして眠らせる事にする。

 そうしなければ、明日に差し障るだろうからねぃ。そうなればナミはきっと己を責めるとわかるからと、手は自然と薬を作る速度を早める。

 そんな時真横から聞こえた言葉に、つい全力で突っ込んじまった。まさか、本気で……思ってるよなぃ。

 

 「私は能力者でもなんでもない普通の女の子よ!クリマタクトが無ければ何処にでもいるような村娘Aでしか無い位に、ごく有り触れた女よ!」

 「いや、それは無ェよぃ!」

 

 他にも数人、語尾は違えど重なったそれに首を傾げる姿は珍しく年相応だ。その後お姫様にコンコンと説教されるナミは、少し不満そうにしている。

 その後諦めの溜息を落とす俺達に、砂漠は慣れないと辛いものねと微笑むナミに、何も理解して貰えなかったと知ったのである。その後何を考えたのか、それとも疲労からか、頬を赤く染めたナミはルフィと視線を合わせると嬉しそうに微笑み合っていた。

 胸焼けしそうになりつつ、食事を終えた俺は、そのタイミングでナミに薬を手渡す。そしてそれを見て即座に理解したらしい様子に賢い子だと思う。

 それに避妊薬を混ぜたのは、ルフィと旅を続けるならば負担以外の何ものにもならない事が明確だからだ。そして小さく笑った後で、叱られるのを予見して怯える子供のような視線を向けられちまう。

 それが何とも愛らしくて、頭をぽふぽふと撫でて怯えなくていいと告げる。それでもまだ不安そうにしているから、軽く揶揄うように言葉を紡ぐが、半分は本音だ。

 

 「普段強気な態度だから余計に、怯えたような瞳を向けられるとそそられるが……ワザとかよぃ?」

 

 もしもわざとなら、美味しく頂いちまう所だが……違うのはわかり切ってるからねぃ。さて、寝かせてやるか。

 そう思ってナミを抱き上げると、そのままルフィに投げる。落としたらルフィをボコボコに蹴りつけてやるつもりだったが、問題無く受け止めているので良しとしてやるかねぃ。

 

 「睡眠薬効果の強い物飲ませたから、安全に寝かせてやれ。どうやら〝随分と消耗してる〟みたいだからねぃ」

 

 俺の嫌味に笑顔で応えたルフィは、迷い無くナミを寝かせる為に動き出し、ナミもまたルフィに全力で甘え出す。顔を隠す為だろうその行為の途中で、眠気が理性を奪っていったのだろう。

 離れるのが不安だと、言葉にせずに伝えるナミに、ウソップから聞いた過去を思い出す。そんな状態から助けられて仲間になって、恋人となったのならば、頼れるのはルフィだけとなるのも無理は無ェなぃ。

 

 「ルフィ、ナミに何があった。昔はなかった変な癖がある」

 「……ナミは、奴隷だったんだ。俺達と離れてから、俺が再会して暫くの間」

 「ドレイ……って、まさ、か」

 

 動揺するエースの様子に、だがこれ迄の言動からそれは無いだろうと判断する。能力故に囚われていたって所かねぃ。

 とりあえずエースを安心させたくて、わざと問い掛けたそれにルフィは迷い無く返事をしてくれる。それにはやはりなと思う他ない。

 

 「だが、性奴隷じゃねェなぃ。それにしては、潔癖過ぎるよぃ」

 「ん。能力だけを使われる形で、後は毒とか薬とか色々使われて、サンドバックにされてたらしい。……血のついたペンがあった。飯も満足に食えないで、与えられるそれには毒が入れられたりしてて、ナミは強制的に弱らされてたみたいだ」

 「なら、昔程の強さは無いのか?」

 

 そのまま語られるナミについての話に、どうやら俺に見せた力はその片鱗でしかないらしいと知る。子供の頃から、今と差程変わらない中身だったらしいと知れば、それは確かに神童の域だろうと思う。

 充分今も、天才だがなぃ。そう思って笑えば、お姫様が罪悪感に潰されそうになっているのを確認する。

 それを慰めるサンジの言葉に、この船からナミを奪う事は不可能だと思い知る。そして俺もまた親父や兄弟から離れる事は出来そうもねェ。

 だからこそ、エース(このバカ)を追い掛けて来たんだからなぃ。……だが、会えて良かった。

 エースの大切な姉弟と、その仲間達に出逢えたこの旅は無駄では無かった。俺はそう判断して翌日に備えて休む。

 翌日待っていたのは、無駄な労力を必要とする現実。エースが大量発生したようなそれに、疲労困憊になりながら進んだ先では目的の村は砂に埋もれていた。

 それにより思い浮かぶのは英雄の能力であり、村がこの状態ではティーチがいる事もないだろう。それにナミも気付いたようで、震えるお姫様を支えながら俺達との別れを済ませる。

 離れがたくはあるが、仕方ないとエースを連れて帰る俺は、まさかエースがその後飛び出しちまうなんて想像もしていなかった。サッチに殴られ、罵声を浴びせられたのがエースの出迎え1発目の事だ。

 

 「俺は生きてる!!なんで無理して、話も聞かずに飛び出したんだ、この大馬鹿野郎が!!」

 

 優し過ぎる位に優しいサッチが、可愛がっていた弟の無茶を喜ぶはずも無い。恐らくは俺が連れ帰ると皆に宥められて、必死の思いで飛び出すのを耐えていたのだろう。

 そんなサッチの肩を軽く叩いて宥めたイゾウからも、諭すように説教されては、エースも項垂れるしかない様子だ。そんな時ハルタが泣きながらエースに抱きついて、無防備にもエースはそれを受け止める。

 ……あの顔は相当怒ってるのに、気付かないもんかねぃ。俺なら逃げるよぃ。

 予想通りエースの腰を折る勢いで覇気を纏い抱き締めるそれは、既に拷問に近いだろう。その様子に覇気の使い方上手くなったなとビスタが笑い、それにつられるように皆が口々に言葉を向けるが、俺も含め誰1人助けるつもりは無い。

 その状態から開放されると、鬱憤の溜まっていた兄弟達から口々に責められ叱られるエースを眺めてから、親父に簡単な報告を済ませる。親父は俺の報告を聞いて成程と頷いてから、悪戯な笑みを向けて来たから、俺の想いなんか筒抜けなんだろうとわかっちまう。

 ……正直、可愛かったし攫って来たかったのは事実だからねぃ。それを耐えたのは、ルフィに見せていた幼い笑顔が理由だろう。

 エースに見せる慈愛に満ちた姉の顔でも、仲間に見せる穏やかな微笑みでもない。俺に見せる遠い憧れのような瞳でもなく、恋する少女の顔を見ちまえば傷付けたくはないと思わされた。

 そんな俺と共に甲板に顔を出した親父がエースを抱き締めれば、狡いなんて声も上がったが……泣かせてやる為に痛みを与えてるのに気付かない程鈍くはなれない。親父はエースに甘過ぎるよぃ。

 親父もエースの父親を知っているのだろう。それでも……いや、だからこそ余計に心配している。

 確かに、変な所似てるんだよなぃ。それでも、俺もまたエースが可愛いと思うんだから、本当に親なんて何でもいいのかも知れねェと今更再認識させられる。

 

 「親父!あの、報告が……」

 「マルコから受けたぞ」

 「手紙の、送り主についてもか?」

 「話してみろ」

 

 親父はエースの話を聞いてやり、俺からの報告との微々たる差異にニヤリと笑う。それから神妙な顔で、頷いた。

 

 「なら、ナミってのに会ったら礼を言わねェとな。馬鹿息子の命、2度も救われちまって、どうやって恩を返せば良いのか……」

 「それは、その内俺が返すよぃ」

 「なんだ、マルコも気に入りか?」

 

 わかってて問い掛ける親父に人が悪いと思う。手配書が出てなくて、本当に良かったよぃ。

 

 「そりゃァ欲しいな」

 

 そんな親父の言葉に反応してその場にいる全員に想いを筒抜けにしたエースに、若いなと思う。そんなエースをフォローしてやるイゾウは、ちゃんと兄貴の顔をしている。

 おでんの傍でツンツンしてた頃の面影は既に無い。まァ、あの頃の面影は俺にも無いだろうがねぃ。

 そんな会話の中でビスタが新聞を差し出してくれて、もう見つけたのかと笑う。アラバスタで連絡は入れておいたが、仕事が早いねぃ。

 そうしてジョズの腕の中で泣いてるエースに、親子程の年の差があることを今更思い知らされる。この若い命を、散らさずに済んで本当に良かった。

 エースはその後も兄弟に絞られ、殴られていた。だからこそ俺はそのまま、また皆で揃って航海して行くのだとばかり思いっていたんだ。

 だから俺はこの三日程、溜まった仕事に明け暮れている間にエースは飛び出しちまったのだ。遺された手紙を見つけたのは、食事に顔を出さない事を心配して様子を見に行ったサッチで……どんだけサッチを追い詰めたら気が済むのかと思う。

 

 「クソッタレ!あの馬鹿が!!」

 「マルコ落ち着け」

 「……手紙の送り主は、泣くだろうな」

 

 恐らく、心で。この時名を口にしなかったのは、何故なのか自分でもよくわからない。

 ただ、俺にはエースを連れ戻すという仕事がまた舞い込んで来た事だけが確かな事。早く連れ戻さなければという焦燥感に苛まれたのは、ナミの教えてくれたエースの親族に関する事が大きい気がしている。

 

 「サッチ、親父を頼むよぃ。俺なら飛べるから追い掛けやすい。親父の事は、サッチにしか任せられねェ」

 「マルコ……嫌な、予感がするんだ。あの手紙にもあったし、多分その子の予知はホンモノだ」

 「そうだろうねぃ。だから、俺が行く。辛い事を任せちまうが〝待っていて〟くれ」

 

 顔をくしゃりと歪めて、それでも、泣けない大人になっちまったサッチに、お互い年取ったなと思う。若い命を、未来に繋がる希望を、愛しい家族を、俺達は喪えない。

 だから俺は姿を変えて飛び立つ。無謀で突拍子もない、阿呆な弟を連れ戻す為に。

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