※この作品はR-18です。

波間の向こうを目指して(新・本編side)   作:夢枕 七変化

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涙

 独り……取り残されたナミは自分の肩をじっと見詰める。さっきもそのマークは見た筈なのに、俺はなんだか初めて見たような気がしていた。

 うさぎの尻尾みたいなナミの髪の毛が、少しだけほつれて、ぴょこぴょこと跳ねてる。ナミの髪の毛らしいそれに口角が上がりかけた時、ナミが動いた。

 短剣を足から引き抜き、声を出しながら肩に振り下ろす。その動きに迷いも躊躇いも見えない。

 俺はそっと立ち上がり、ナミの所まで歩いて行く。後少しで手が届きそうなトコロに到着した時、ナミの震える声が聞こえた。

 ずっと、その名を憎しみと悲しみと怒りを込めて呼んでいたと……ここに来て気付いた。それ迄は、何を言っているのかさえ、理解出来てはいなかったんだ。

 

 「アーロン……!」

 

 白い柔肌から、赤い物が流れて行く。繰り返し呼ぶ名が、怨嗟の声だと気付かされる。

 痛みだって相当なものだろうと思うのに、涙ひとつ見せない。苦しそうに、声を震わせるのに……ナミは他には何も俺に見せようとしないんだ。

 それを降ろさせたら、ナミの腕が使い物にならなくなる。そう判断してナミの手首を掴めば、ナミは俺を見てその身体から力を抜いてくれた。

 それは俺を傷付けない為なのか、武器を手放すナミ。掠れているその声が、泣いてるのだと……慟哭を上げているのだと俺に伝える。

 

 「どうして……」

 

 か細いその声が、ずっと大きく見えていたけど、本当は力無い少女なのだと俺に突き付ける。俺が甘え続けて来た現実を、今になって突き付けられているんだ。

 

 「何も、知らない癖に」

 「うん、知らねェ」

 

 俺は多分、ナミの事を何にも知らねェ。守られて、甘やかされて、導かれて……誰の目にもナミは俺の保護者だろうと思う。

 そんな相手を目の前にして、俺はただ欲しい欲しいと駄々こねて、困らせてた。……でも、今目の前に居るのは……多分等身大の、隠されてたナミだ。

 強がっていたんだ。悲しんで、苦しんで、もがいて……でも、優しくて馬鹿なナミは、誰にも頼れなかったんだよな。

 俺は強くなったつもりだった。でも、ナミも強くなってて、なのに、敵に敵わなくて……俺が頼りなくて、ナミは俺に頼れなかったんだと気付く。

 

 「私、島を出ろって、言った……わよね?」

 

 こんな状態でも、俺を気遣って、巻き込まないようにって距離を置いて、守ろうとしてくる。でもよ、俺は……ナミに頼って欲しいし、信じて欲しい。

 俺……もう、ガキじゃねェよ。ちゃんと、守るから……その傷、その荷物、少しでいい……見せてくれ。

 

 「あァ、言われた」

 

 俺の言葉を受けて、ナミが小刻みに震え出した。もしかしたら、俺はナミのこんな小さな姿……初めて見たかも知れない。

 いつも大きくて、優しくて、穏やかで、賢くて……。何でも許してくれたし、心配して、褒めてくれて、支えてくれた。

 でも本当は、ひとつしか違わない、優しいのだけが取り柄の……普通の女の子なんだ。強がらないと生きられなかった、孤独な少女だったんだな。

 

 「ルフィ……助けて」

 

 その時、振り向いたナミが泣いていた。泣かせちまった事が、悔しくて……泣いてくれた事が、嬉しい。

 頼ってくれた事が嬉しくて、縋らせちまった事が情けない。その全ての根源が、村人達の向かった所に有るんだろう。

 はらはらと落ちるナミの涙が美しくて、悲しい。その涙が、その表情が、大切な人達をただ想っているのだと教えて来るから……。

 

 『俺の、大切な帽子だ』

 

 シャンクスの声が、耳元で聞こえた気がした。この帽子は、シャンクスの物だ。

 今からナミの憂いの元、ブッ飛ばして来るからよ、シャンクス……守っててくれよ。俺は、戦うから、守るのは任せて良いだろ?

 大切なこの帽子をナミならば預ける理由も、これに込められた信頼も想いも通じるだろうと信じて、頭に乗せる。シャンクスみたいにカッコイイ事も、優しい言葉も、俺には何も告げられない。

 その時、ナミの髪を止めていたリボンが血に染ってるのが見えた。そっとそれを拾えば、それを貰って花のように笑うナミが、見えた気がして……思わず、強く握りしめる。

 爆発しそうな感情で、ナミを傷付けたくなくて少し離れた時、俺の仲間(・・・・)がこっちを見てるのに気付いた。それだけで、荒れ狂う感情が少しだけ安定した気がしたんだ。

 だけど、大切な存在を傷付けない為に、助ける為に、正しく力を振るう為に……俺は叫んだ。この状態になっても、自分なんて見捨てられる(・・・・・・・・・・・)と信じてるナミへの返事も兼ねて。

 

 「当たり前だァー!」

 

 叫んで、前を見据える。手首にそのリボンを巻いて、いつものナミの優しさという強さを少しだけ借りてから歩き出す。

 まだ頼っちまってて、情けない俺だけど……帽子だってナミを守る為なら力、貸してくれるだろ。初めて見たナミの本質は、俺に甘えた考えは許されないのだと教えてくれた。

 俺が突っ走って、大切な奴を守らないと……全て失っちまう。強くなりたいじゃもう遅い。

 強くなって、守るんだ。大切な人をもう、誰も喪わない為に。

 

 「行くぞ!!」

 「「「おう!!」」」

 

 進み始めて少しすると、サンジがナミに上着を渡したのに気付く。でも、今は振り向く事が出来ない。

 ウソップが支えて歩いてるのだと分かる。だけど、今は声をかける事も出来ない。

 今、何かやれば、俺はきっとナミを傷付けちまう。まだ、分からないんだ。

 必ず、アーロンって奴はブッ飛ばすけど、それはナミをあんな泣かせ方したからだ。でも俺は、どうやったらナミを助けられるのか分からなくて、分からない自分が許せねェ。

 ゾロの子分二人が、村人達を押さえていたのを見てナミが喜ぶだろうなと思った。だけど今は、邪魔だ。

 

 「……退いてくれ」

 「「ルフィの兄貴!!」」

 

 石で出来てるそれを打ち砕き、中へと入る。どれが何だか分からないが、此奴ら全部……ナミを虐めてた奴で間違いないんだよな?

 それでも、雑魚はどうでもいい。今俺がぶっ飛ばしたいのは、アーロンってやつ、ただ1人だ!!

 

 「アーロンってのはどいつだ」

 「アーロンってのは、俺の名だが?」

 「そうか……」

 

 ならもう、他を相手にする必要は無い。そう思ってナミがやるように床を蹴り、握り締めた拳を突き出した。

 拳をまともに受けて吹き飛ぶ巨体。それが壁を破壊して瓦礫に埋まるが、ダメージがない事は分かりきってる。

 その程度でどうにかなるなら、ナミがこれ程苦しめられる筈無いんだ。確かにナミは甘いけど、それを補えるだけの強さも持ち合わせている。

 つまりは、あれだけ弱ってる理由はこいつにあって、ナミが泣けなくなった(・・・・・・・)理由もそこにあるのだろうと分かる。怒りが、とめどなく溢れてくるのを止められそうにない。

 

 「うちの航海士を泣かすなよ!」

 

 ナミが涙を流しながら、憎しみを込めて呼んだその名前。それが犯人以外のなんだってんだ。

 ナミを泣かせる奴は許さねェと、ずっと前から決めていた。俺は……笑って零れる涙しか、ナミに流させるつもりなんてねェんだ。

 

 「そうかお前ら、ナミが目当てか」

 

 重々しい様子で言葉を口にしたアーロンって奴に反応して、ナミが飛び出して来た。今度こそ、俺が守るから……大人しくしててくれと祈るように思う。

 だが、アーロンは語る。ナミの有用性(・・・)と利用価値(・・・・)の高さを。

 だがその最後に見せたのは、紛れもない〝嫉妬〟であり、それと同時に、それに含まれる〝憎悪〟だ。……あれだけ苦しめて、傷付けて、弱らせて……なのに、惚れてると、そう言うつもりなのか。

 

 「お前……ナミの事……」

 

 なら、どうして……あんなにも消えそうな存在にしちまったんだよ。自分の生命を軽んじてたのは確かに昔からだったが、ここまでじゃなかった筈だ。

 大切ならどうして、こんなにボロボロにしたんだ。何故、感情の全てを奪うような真似をしたんだよ……!!

 アーロンの言葉でナミは震える。その姿を見て、俺が感情を取り戻させた弊害だと気付く。

 これ迄ずっと、ナミは独りだと思って気を張ってたのに、俺がそれを壊したんだ。だから、ナミは、自らが傷つく事に……俺の為に、恐怖を抱いてくれてる。

 こんな時に、それが嬉しいなんて言ったら……怒られそうだな。その証拠に、今ゾロが臨戦態勢に入った。

 その時アーロンがナミに色を纏った視線を向けた。ナミが倒れそうになって、けれど耐えているのだと気付く。

 ……させるかよ。もう、ナミを傷付けさせてたまるか!!

 その後に続いた言葉で、ナミの目の前で、ナミの大切な人達が傷付き倒れたのだと知る。心が優し過ぎて脆い、ナミの目の前で……。

 何も出来ないままに、サボと別れた過去を思い出す。そのサボが死んだ時の衝撃をも、同時に。

 俺が、膝を擦りむいただけで泣きそうな顔をしていたナミが、そんなの耐えられる筈がない。そんなナミを、村人の命で従わせていたのか……!!

 

 「……そっか、私が演じきれなかったから……。なら、私の責任だわ」

 

 その声を聞いた時、戦う時のナミの声だと気付く。守る為なら、夜叉となる事を厭わないナミの悲しい姿。

 魚人達がサッと道を作る。ナミに近付く事さえ出来ずに、離れて行く。

 そう、気圧されてると言うのが正しいんだろう。ナミは昔から無意識で人を〝威圧〟していた。

 だけど、そう……ナミの戦う姿は、綺麗だけど、物悲しい。だから本来、極力戦わせたくなんて無いんだ。

 

 「アーロン、もう……終わりにしましょう。これで、楽にしてあげる」

 

 このまま戦わせたら、ナミを喪う。そう感じて俺はナミに抱き着いた。

 死なせるか!俺に、助けを求めてくれたのに、どうして簡単に生命を捨てようとするんだ!!

 

 「お前は、下がってろ。アイツは俺がぶっ飛ばすんだ!」

 「ルフィ……」

 

 俺の名を呼ぶその瞳が、戦う姿から俺を気遣う姉に変わる。……この戦いが終わったら、何時までも守られてる弟じゃないって、解らせてやる……!!

 ウソップがナミを説得しようとして、けどナミがそれを受けて屁理屈を捏ねる。サンジとウソップを守る為に大義名分を振りかざして、死地へと向かおうとするんだ。

 でも、ウソップはそれを許さない。こういう所が、仲間にって俺が望んだ理由だと思う。

 理由はいつも、後からついてくる。欲しいと思う奴は、皆良い奴だ。

 

 「何も出来ずに守られるだけの立場に当たる人間の気持ち、少しは考えたらどうなんだよ!」

 

 血を吐くようなウソップのその言葉に、俺も震えそうになる。そうだ、俺もいつも、守られてるだけだった。

 いつもナミは1人で怪我して、1人で血に濡れて、心を傷付けて苦しみながら……それでも、俺達が無事ならそれでいいと笑ってたんだ。今度こそ、惚れてる相手をこの手で守りたい。

 

 「……ナミさん、俺は慟哭を上げて涙を落とす君を、勝手に護りたいと思う。これは俺の我儘だ、だから気にしなくていい」

 

 サンジが優しい声を響かせる。ナミが、それに何も言い返せずに立ち尽くす。

 誰にでも優しくて、身内には甘くて、なのに自分にだけ厳しい女。俺の……初恋の女。

 

 「君は……戦うには綺麗すぎる……。そして、優し過ぎる。残酷な程に、ね」

 

 続いたサンジの言葉に、俺は内心同意する。その通りだと、心から思わされたから。

 その時、ナミの身体が微かに震えた。泣くのを耐えてる時のナミの表情になってるのを見て、俺は決意する。

 ここまで感情が戻り始めてるなら、後はナミが俺を信じて待っていてくれたら解決出来る。……少し、休ませないと、隠してるつもりみたいだけど、ナミは血も体力ももう限界の筈だ。

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