波間の向こうを目指して(新・本編side) 作:夢枕 七変化
難しい顔してサッチとマルコが顔を突き合わせていた。それを見ながら俺は、なんか冷たい物くれと言いつつ近付いて行く。
そうして声を聞いて漸く俺に気付いたらしい二人は、困ったように笑ってから紙を畳んで片付けようとした。だが、その紙に書かれているお手本みたいに綺麗なその文字に見覚えがあった俺は、思わずその手首を掴んで止める。
驚く2人に、紙を見せてくれと頼んだ時、恐らく必死な顔をしていたと思う。だからなのか二人は、顔を見合せて仕方なさそうに肩を竦める。
お前の事も書いてあるもんなとサッチが言って頷くと、マルコが諦めたように溜息を落とした。そうして差し出された手紙には、俺が白髭海賊団に所属する事が予言のように記され、最後の手紙にはサッチの死が書かれている。
それは、内容による衝撃か。それともお手本みたいな文字の中にある、小さなよく見知った癖の為か。
「ナミの文字だ……」
「「え?」」
「これ、書いたの、俺の幼馴染だ……」
「エースの、幼馴染?」
不思議そうに問い掛けるサッチに、頷きながら言葉を紡ぐ。そうしなければ、俺が混乱のまま叫びだしそうだったから。
「死んだ兄弟と、泣き虫の弟、そして、鈍い姉のような幼馴染がいたと……話した事があると思う」
「確かに耳タコな勢いで、聞いた事はあるねぃ。その姉か?」
「ナミの文字は間違えねェ。俺に航海術を教えたのも、文字の読み書きを教えたのも、図面とかの読み方を教えたのも、全てナミだ。料理も、初恋も、全てナミに教えられた」
そのナミがどうして、こんな手紙を出せるんだ。いつ書いたんだ?
ナミは生きてるのか。無事なのか。
お前、今何処にいるんだ?
何故、俺の事をそんなに知っているんだよ。ナミ、お前は……何処でどうしているんだ。
あの時、もう死を覚悟していた幼い瞳を思い出して、泣きそうになる自分を内心で嘲笑う。実際は自分よりも2つ歳下なのだと知っていて、それでも……甘えていたと気付いたから。
そして、今もまだ求めているのだ。あの優しい歌声と温もりを……その上で、俺を笑顔で迎えてくれると信じてるんだ。
「俺は何時まで、あの小さな背中に頼るつもりなんだかな……」
思わず口にした瞬間、マルコに頭をガシガシと撫でられた。それに顔を上げると、優しい瞳で俺を見ていて、兄貴ぶらなくていいとその眼差しだけで伝えられる。
兄として、船長として、何かを無理に背負わなくていいと、優しく教えてくれたのは、白髭海賊団と言う家族だ。甘え方を覚えろと言って、甘やかしてくれつつもやるべき事はやれと厳しく指導してくれるそれは、時に泣きたくなる程に嬉しい。
「……ナミの書いた物なら、信じていい。ナミは、誰かを守ろうとはしても、傷付けたりする事は基本できねェ」
「なら、そのつもりで対応しとくか」
サッチはそう言って寂しそうに笑った。書いてある名は、サッチの親友であり、俺の隊員という名の部下だ。
信じたくない。それでも、ナミが間違っていた事なんてこれ迄に1度もなかった。
そうして、サッチは俺の目の前で問題の実を指先で弄んだ。この時サッチが齧っていたら、何か変わっていたのだろうか?
だが、それが齧られる事は無く、その日の夜……想像をするのも嫌だと思っていた現実が襲って来た。ティーチによる、サッチ殺害未遂。
だがこの時……サッチが死んだと誰もが思っちまっていた。何せありえない程の出血量で、生きていたら寧ろ可笑しいと思えた程だ。
それがまさか、そう思わせる為にサッチが海水を混ぜて作った血糊のせいだと誰が思うだろうか。それでも、俺にはティーチを許すなんて選択肢が思い浮かばない。
サッチが生きていても、だからと言って許せないと皆の静止を振り払って飛び出す俺。それに皆は悲鳴を上げたが、気にする余裕さえなく、随分久々の1人の海へと突き進む。
親父もマルコも止めてくれたのに、俺は止まれなかったんだ。あんなにも親父に良くして貰ってて、サッチは親友で、いつも俺のミスを笑ってサポートしてくれていた。
それを少し遅れて、でも追い掛けてきたマルコに俺は心ゆくまで甘えながら二人でアラバスタを目指した。途中マルコが親父とやり取りするというのに参加しようとして殴られて寝かされたりしながら、旅を続ける。
マルコならセンサーとかでティーチの居場所分かるんじゃねェのって言って蹴られたりして、それでもなんか楽しかったんだ。多分兄貴を独り占めってのが、俺は嬉しかったんだろう。
いつも忙しそうだった長男が、俺の事だけ見ていてくれる。それが多分くすぐったかったんだ。
そうしてアラバスタと言う砂漠の国で、俺は3年ぶりに最愛の弟と再会した。その時、初めて聞く筈なのに、懐かしい声が1緒に聞こえてきた。
まさかと思う。そんな、奇跡があるのか。
……ルフィは、そういう奴だよな。そうは思っても、まさかガキの頃に言っていたように、海に出てすぐにナミを見つけ出すとは恐れ入る。
その勢いのまま、ナミを救い出して、自分のモノにしてるなんて誰が考えるってんだよ。そんな真実は知らなくても、わかるんだから不思議なもんだよな。
想像もして無かった程の肉体美と、変わらずに可愛い顔立ち、無防備な様子と、高い戦闘力に、甘いその性格と美味そうな香り。何もかもが変わらない。
なのに、何かが違う。俺も色々あって変わったが、ナミは前よりも自分の存在を嫌っていて、憎んでいるのが伝わる。
それは多分、俺と同じだから。ナミは、俺と何処か似てるんだ。
自分を憎み、自分を呪い、それでも叶わないと分かっていながら愛情に餓えて求めて居るのがわかる。唯一にして絶対の違いは、ナミは自分をどうでもいいと思いはしても、周りには優しい所だ。
俺がナミに勝てる筈なんて無かった。どれ程の強さを有していても、俺達に何かが無ければ基本的に戦おうとしないナミのそれは甘さなのか、優しさなのか。
相手がナミだから、女だから、ブランクがあって、俺はロギアだから、そんな事を考えていたからか、それとも今もまだ俺は叶わねェのか、ナミに戦いを挑み負ければマルコに諭されちまう。
それでも、もう少し1緒にいたい。ティーチの事だって俺は……。
勝てないと言いきられた時点で、あの手紙はやはりナミからなんだって分かった。だけど、それについて問い詰める事さえ俺には出来ない。
仲間に甘えて、幼い笑顔を見せるナミに、そんな顔出来たのかと驚かされてばかりだ。いつも俺の前でナミは、姉のような顔をしていたのにな。
奪うように重ねた唇は、前よりも甘くなった気がした。俺からナミを奪い返そうとルフィを含めた多分この船の主力が、俺に挑みかかる。
それを躱す事さえ必要は無くて、戦いの時は強かったナミも純粋な腕力になれば俺に少しもかないはしない。細く柔らかなその体で、か弱き力で儚く抵抗するナミからは、あの頃と変わらない蜜柑の香りがする。
このままずっと抱いていたい。探していたんだ、ずっと、追い求めていたんだ。
だが、ナミに頭突きをされてしまえばそこで漸くナミが覇気遣いだと知り、その身を解放するしか無かった。居る場所とか考えたら、普通有り得ねェだろ……。
ただ、ルフィの反応が少し解せなくて視線を向けると怒りの色を乗せた瞳が俺に向けられる。……そんなにナミが好きかと小さく笑った時、ルフィが威嚇して来た。
「ナミには手ェだすなよな」
「なんだ、船長としてか?」
「いんや、ナミの男として」
何を言われたのか分からなかった。いや、理解したくなかった。
その時ルフィの仲間だろう少女が悲鳴を上げた事で、俺は無意識でナミの腕を掴んでいた。体が火になって火傷させなかっただけでも、褒めて欲しい。
何せ理性も何も無い衝動的なものだったのだから。低く、声が紡がれる。
「待てよナミ。俺には子供が大人の真似するなとか言っといて、相手がルフィとはどういう事だ!?」
その瞬間ナミが女みたいな顔で、少女のように頬を染めた。そんな顔……俺は、知らない。
潤んだ瞳で、震える声で、だけど覆る事は無いのだと伝えてくるのはその真っ直ぐ過ぎる気性を知っているからか。風がナミの髪を揺らすのを見ながら、俺はその言葉の持つ威力に打ちのめされる。
「し、かたないじゃない。……好きに、なっちゃったんだから……」
頭を抱えて崩れ落ちた俺を含めた全てをマルコはただ、静かに眺めていた。そんな中で、縋るような思いで言葉を口にする。
「……ルフィよりは、俺の方が色々条件良いと思うけど、今からでも変えないか?」
「エース、私が条件だけで男選ぶと思ってんの?」
呆れたようなそれに、そうだよなと思う。それにしても、なんでシャンクスじゃなくてルフィなんだよ。
シャンクスなら、わかる。諦めるかって言われたら諦めねェけど、どうして……いつもお前はルフィを1番に持っていくんだ。
ルフィだって確かに、普通ならありえない程の男だろう。親の事もあるけど、その真っ直ぐに迷い無く欲しいと思った全てに手を伸ばせる気性は、希有なものだと知っている。
それでも、俺から見たらルフィはどうしたって、泣き虫で弱っちい弟なんだよ。その上で、相変わらずナミは俺に優しく愛情という毒を振り撒くんだから堪らない。
子供みたいな反応をするようになったナミに、それをさせられるから、ルフィが相手なのかと気付かされる。弟の女……そんなの、気にしていられるかよ。
俺は今もずっと求めている。今更諦められるか……!
その時マルコの声が聞こえてきた。それは珍しく女を褒めるもの。
「可愛いもんだねぃ」
……マルコ、まさかお前も?
そう思って思い出せば何年も前に届いた手紙を後生大事に持っていたマルコに気付く。そうか……マルコは、手紙でナミを知った時から……。
ゆっくりと見てみれば、ルフィと、剣士、コックがナミに執着してるのが分かる。……こりゃ、厳しい戦いになりそうだ。
それでも俺は、姉であるナミも、女であるナミも欲しいんだ。目の前で真面目な顔して地図を広げ話を進めるナミを見つめて、俺はやっぱり諦めたくないと思っている。
この後ナミが俺にどんな爆弾を投げつけてくるのかも知らないまま、その知的な瞳と表情に、昔に帰った様な気持ちでいた。ナミが何を知っていて、その上で俺を愛してくれていたのか、それを俺は分かっていなかったんだ。