※この作品はR-18です。

波間の向こうを目指して(新・本編side)   作:夢枕 七変化

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抱き締める

 恐らくは仲間なのだろうが、ゾオン系の能力者をペットかぬいぐるみのようにぎゅうぎゅうと抱き締めて離れないナミ。そんな姿に呆れに似た感情を抱いたが、同時にそんな姿が可愛く思えるんだから重症だよな。

 そう思った直後、ルフィがそんな状態のナミを背後から抱き締めて離さなくなったもんだから、その場が収拾のつかない事態に陥りかけたのも不可抗力だろう。いつもならば、率先して場を治めてくれるナミが今回は発信源なのだから、もうどうにもならない。

 その後始まった話合いと情報交換の場では、ナミの状態さえ気に留めなければ、知的なその瞳は昔と変わらず頼れる姉であり参謀様だ。……こういう顔、サボもするようになっていたな。

 多分、ナミを見て、ナミに教えられて、ナミを追い掛けて、その結果似たんだろう。優しくて賢くて宥め役に徹しちまう癖して、俺達には甘いのに敵には情けも容赦もねェ所までよく似てる。

 対外的に見ても、俺とルフィが兄弟だと言えば誰も血の繋がりを疑わねェが、それはナミとサボもそうだろう。考えている時の癖とか、真剣な顔してる時の喋り方とか、本当にそっくりだった。

 マルコと対等に話を進められるそれに変わらねェ所か、やっぱり成長してんのかなと思って、あの副船長といつも論議してたってのを思い出す。それにより昔からかと気付くと、凄ェよなと思わず自分との差を思い知らされちまった。

 胸元から取り出した地図を広げて、説明するナミのそれは真剣だ。だからこそ、その背後にルフィ、腕にぬいぐるみが居るのが本当にシュールなんだがな。

 仲間達にどうするのかを確認して、マルコに意思確認をする。その時ナミがサラリと爆弾発言をしたが、どうやら自覚は無いらしい。

 

 「覇気を使えるのは私だけ。他は覇気を使えない事を除けば、ルフィ、ゾロ、サンジ君の3人は人とは思えない強さを誇っていますが、正直何処まで戦いになるか……」

 

 それに対してマルコは分かっているとでも言いたげに頷いて、ティーチに対するそれを伝えているのを聞けば、マルコは俺が戦ったりしてた時の様子から全て把握してたんだなと気付く。ナミがそれを分からないとは思えないから、恐らくは礼儀として伝えたに過ぎないんだろう。

 それにしても……いつから覇気を使えたんだろう。本当に、強いよなァ……。

 その上でよく分かってない様子のルフィに当然のような態度で説明し、納得させて了承を取るなんて事を軽々として退ける。本当に凄ェと思うぞ、俺は。

 だからなのかマルコもナミを本気のトーンで白髭にと誘うけど、それをルフィが阻む。怒り狂うルフィの様子に嬉しそうに、けれども恥ずかしそうにしているナミが、知らない少女のように見えて胸が苦しくなる。

 ナミだけが駄目なら、ルフィが来たらいい。親父ならルフィを可愛がるだろうし、ナミは強いし戦えるが性格的に戦わなくて済むなら、その方が嬉しいだろう。

 

 「ルフィお前……ウチの〝白髭海賊団〟に来ねェか?勿論、仲間も1緒に」

 

 俺の誘いにナミは、瞬間的に彼岸を見るような瞳になる。……なんで、そんな顔……。

 

 「いやだ」

 

 だが、直後にルフィが断ればその瞳に色が戻り、優しいいつもの顔になる。母親を思わせる、穏やかで暖かなそれに。

 そして、表情と気配を引き締めたナミが、爆弾なんて可愛いレベルの事を問い掛けて来た。分かっていたのに、突き付けられると俺としても聞きたかった事がある為に真剣に対応するしか無くなる。

 

 「エース、サッチ隊長は……生きてるの?」

 

 腕に抱いていたぬいぐるみのような仲間を傍から離して、巻き込まないようにしながら俺を真っ直ぐに見据える。その眼差しに魅入られ、呑まれそうになるのを耐えながら息を飲めばマルコが代わりに口を開いた。

 

 「もう、言い逃れはさせねェよぃ。ナミ、お前ェが手紙の送り主だねぃ?」

 

 マルコのソレになれてる筈の俺でさえその威圧感に多少固くなるってのに、ナミはそんなマルコに微笑みを向ける。その威圧感を感じ取れないような弱者では、有り得ないというのに。

 こんな時いつも思う。抱える物や背負う物がこれ程に人を強く、美しくするものなのかと。

 同時に、その美しさが儚く、脆く見えて……。消えないでくれと願っちまう。

 

 「……私の質問に、答えて頂けないのでしたら、私も質問に対して何かを答えるつもりはありません」

 

 実際は1瞬だったのかも知れない。だが、永遠にも思える無言の時間。

 張り詰めた空気はいつそのまま戦闘になるのかと思う程のそれであるのに、どちらも表情は穏やかだ。賢いこの2人がここで戦う事を選択するとは思えねェが、もしもの時はどちらを庇うべきなのか……。

 

 「……サッチは生きてるよぃ」

 

 先に折れたのはマルコで、けれどもその刹那ナミはその感情を電光石火の如き速度で燃え上がらせる。苛烈な様子に、俺やルフィ、サボが絡まなければそうはならない筈のその姿に、何が起きてるのかと声を失ったのは無理らしからぬ事だと自分でも思う。

 

 「なら、何故……エースは飛び出したの!?」

 

 ……え?……俺の、為?

 ルフィがナミを宥める為に背後から抱き締めると、泣きそうにその顔を歪めた。誰のものになろうとも変わらずに、ナミは俺を想ってくれているのか。

 だが、瞳は色を無くして遠い故郷を見ているかのようなそれに、彼岸を見詰めるその眼差しに、心臓がドクリと嫌な音を立てる。虚ろなその瞳は、いったい何処を見ているんだ……?

 

 「エース……私は、貴方を……喪えない」

 「ナミ……お前、何処を見てるんだよ。なんだっていつも焦ってんだ?」

 

 俺の問い掛けに、自嘲的な、けれども何処か優しい顔で静かに語りだした。それは初めて聞くナミ自身の話。

 いつも何も教えてくれなかったナミが、語りだしたそれに耳を傾けていたら〝俺の父親〟について知っていると言い出した。その瞬間ルフィは首を横に振り、俺は呻くようにどうしてと尋ねるしか出来ない。

 知っていたのは、賢過ぎたが故の事だとそれにより理解しちまう。ナミは、どうしたって凡人としては生きられない運命(さだめ)なのか。

 

 「……それなのに、俺を抱き締めたりしてきたのかよ」

 

 呻くように言う俺に、ナミは不思議そうな顔をする。冬は必ず春となるとでも言うかのように、当然の事として。

 

 「弟を抱きしめる事の、何がおかしいのよ。父親が誰であっても、私から見たら3人とも可愛い弟で、時には息子のようにさえ想って来たのよ」

 

 どれ程俺をこの沼に沈めたら気が済むのか。俺は、これが甘やかな猛毒だと分かっていて、沈んでいたいと思わされている。

 

 「私はね、エース。世界よりも……自分の全てよりも、常に〝家族〟が大切なの」

 

 優しく、甘く、残酷なナミ。暖かく、柔らかな、鋭い刃を思わせるナミ。

 

 「エースも、サボも、ルフィも……私にとって大切な弟で、あの頃からずっと……愛してるのよ。弟は家族だもの」

 

 あァ……やっぱり俺は、ナミを諦められねェ。たった今は何もしないが、必ず俺の腕に閉じ込めてやると内心で誓いたくなる程だ。

 毒だと分かっていて煽ったこれは、もう二度と吐き出せない。身体中に巡ったこれがいつか誰かを傷付けるのだとしても、俺はある意味で満たされちまったんだ。

 ごめんな、ナミ。俺は、ナミを傷つけたくは無いのに、きっと傷付けちまう。

 そう思ったら身体が震える。その瞬間、ナミが俺を抱き締めてきて、その深過ぎる愛情を伝えて来るのだ。

 何も知らなければ、耐えられた。餓えている事に、孤独である事に、痛みがある事に、気付かなければ耐えられたのに……。

 もう、何も知らなかった頃には戻れない。甘やかな牢獄から、俺は死んでも逃れられはしないだろう。

 その後も駄々をこねるように爺ぃを疑ってみたりしたけど、それをナミに叱られ、ティーチに1人では勝てないと言われてしまえば項垂れるしかない。そうして親父の所へ帰れと言われて、でも、頷きたくなくてうだうだしていたら、マルコに言われちまう。

 

 「……あんまり〝姉貴〟を心配させるもんじゃねェよぃ。結果がどうあれ、1度親父の所に帰るなぃ?」

 「マルコ……わかったよ。……ナミ、ありがとな。それと、サボの事なんだけどさ。ルフィから聞いてねェのか?」

 

 その瞬間ブルータスがどうとか言い出して、なんだろうと首を傾げる。それにナミは曖昧に笑うと、突然胸元から取り出したペンや紙でメモを取り始めた。

 てかよ……胸って小物入れだったか?女はそうなのか?

 

 「そうだった!サボ、生きてんだよ!」

 

 突然ルフィから向けられた言葉に俺が頭を心配すると、ルフィは満面の笑みで言う。間違いないと確信してる様子で、ナミが言ったからと。

 そのやり取りを聞いていたマルコがその瞬間頭を抱えた。何事かと見れば、俺の兄弟がサボなのかと問い掛けてきて、俺とルフィがそれに声を揃えればマルコまでもが、ならば生きていると言う。

 どういう事だ!?死んでなかったなんて有り得るのか!?

 慌ててマルコに掴みかかるとマルコは軽く俺をいなしながらナミと穏やかに会話をしていて、そんな事よりサボの事を教えろと問い詰めれば新聞読めと叱られちまう。その後サボが革命軍の重鎮だと言われれば……暫し呆然と動けなくなったのも仕方ないだろう。

 サボが、生きてる……?

 うそ、だろう?

 半信半疑で、でもナミとマルコがそんな嘘をつく理由はない。特にナミは、そういう嘘は死んでもつかないのを知っている。

 だからこそ混乱する。生きているというそれを実感できないまま、俺はとりあえずティーチ対策の為に気持ちを落ち着かせようと深呼吸を繰り返した。

 それから俺達は揃って砂漠へと向かった。仲間なのだろうと思っていた少女がこの国のお姫様だと気付いた時には、ルフィに対して何してんだよと思ったがナミもいるのだからそういう事も有るよなと思い直す。

 途中この国で起きている現実に暴れ出したルフィ達に、そんな所も愛しいなと思う。真っ直ぐに突き進むルフィが、眩しい。

 途中体調の悪そうなナミを誰が運ぶかで揉めつつ、結局俺が抱いて岩場にて休む事になればその日はそこで休もうとの話になる。途中食料にも出会えたし、ナミは相変わらず調味料を持ち歩いてるし……でも、そっか今回はナミの手料理じゃねェのか。

 何となくナミの作った物を食える気がしてたから、少し寂しく感じちまう。さり気なくルフィに聞けば、今料理をしてくれている金髪君が仲間になる前はナミが料理をしていたらしい。

 そうして話してみれば、ルフィと緑頭の剣士は戦うだけで、他はナミにおんぶにだっこでここまで来たらしいと気付く。確かにこれなら、ナミはルフィの傍を離れられねェよな。

 その上ルフィはナミと姿を消して、少しして戻って来た時にはナミの顔色が最悪だ。……お前、加減知れよ。

 ルフィに抗えないのは昔から変わらないんだなとナミを見た後、ふと気付く。だとしたら俺にも、ナミは抗えないんじゃねェのか……?と。

 そんな俺が近付けないようになのか、船医として、兄として長く生きているからなのか、マルコがぬいぐるみ……チョッパーと共にナミの体調を気遣うそれを見詰める。その後ナミが歌うかもなんて話になれば、懐かしくてそれを喜べば諦めたようにナミは歌い出した。

 病に倒れた男を、昔1度助けて貰ったというただそれだけの為に、その身を文字通り削り尽くす女の歌。そうまでして男を守ろうとして、それにも関わらず朽ちようとする己を振り返っても、愛される自信を持てない女に、ナミが重なる。

 いつか……ナミに向けて歌いたい歌がある。ナミの出した曲の1つだけど、初めて聞いた時、この歌をナミに歌いたいと……そう、思わされたのを思い出した。

 俺の過去から今に続くようなその歌詞に、共感しすぎたのかも知れない。その歌を歌えるように、ギターでも練習しておくかと内心で笑う。

 ……そんなチャンス無いかも知れねェけどな。そう思ってしまった事無意識の内に笑いながら、俺は目の前の肉に食い付いた。

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