波間の向こうを目指して(新・本編side) 作:夢枕 七変化
歌が終わると同時に始まるそれの考察に、小さく笑っちまったのは仕方ないだろう。確かにナミは、この歌に出る鶴を思わせると……そう思ったから。
……にしても、なんかナミの様子、おかしくねェか?香りも、なんかいつもより強く……て。
そこでナミの首筋に見えた紅い跡。それは砂漠を歩いてる時は無かったもので、思わずルフィを見ればスッキリした顔をしている。
俺は暴れたいような衝動を抑える為、野営の準備を進めるのに混ざる。その時、マルコの低い声が聞こえた。
声をひそめるって事は、疚しい事か?……もしくは、相手を気遣ってるかだな。
「……様子見てりゃ必要な物位わかる。変なもんじゃねェから、怯えなくていい」
それにナミが返事をしたのを聞いて、眉が寄る。ナミに何か渡したのか。
それにチラリと視線を向けると薬らしき物を口にしていて、胸がドクリと大きく脈打つ。……そりゃ、そうだ。
海賊として生きるのなら、宿ったら……困るもんな。子供は、不要……か。
胸が、痛い。ナミのそれは、全てを守る為の優しい選択なのはわかってるのに……。
まだ宿るかも分からないそれから、可能性を奪う薬を飲んで……。ナミはただ、ルフィが笑えばなんでもいいんだと言いそうな程に……穏やかに微笑む。
頭では分かってるんだ。ルフィが先に出逢って、ルフィが初めからその心に大きく住み着いてた。
その後で、俺は見つけ出せなかったナミをルフィが見付けた。そうしてナミを説得か何かして、連れて来たんだから、仕方ねェ事は。
でも、俺も同じ枠に居たんじゃねェのかよ?
どうして、俺じゃダメなんだ?
その時マルコがナミをルフィに投げて、ルフィがそれを受け取ると苦言を呈した。ナミはただ、驚いた顔をしている。
「睡眠薬効果の強い物飲ませたから、安全に寝かせてやれ。どうやら〝随分と消耗してる〟みたいだからねぃ」
「……おゥ、わかった。ありがとう!」
その会話によりその場にいる大半が状況把握をしたのに、ナミはよくわかっていないのか、それとも思考が鈍っているのか、ルフィに甘えている。それを見て、奥歯が砕けそうになる程噛み締めていると気付く。
そっと息を吐き出して力を抜くと、その間にルフィが布を敷いた場所にナミをそっと寝かせていた。その直後ナミがルフィに縋るように手を伸ばして、スリっと甘えるような仕草をしたのを見て、心が軋んだ音を立てる。
直後にナミが眠りに入れば、ルフィはその顔を嬉しそうに、照れたように綻ばせる。もし、立場が逆なら俺もそんな顔をしたんだろうか……?
「仕方ねェなァ」
そんな事思ってもいない癖して、嬉しくて堪らない癖してと思うが、仕方ないから襲わないでいてやるって意味かも知れないと気付く。ルフィは基本的に、思ってない事は口に出せねェからな。
それからルフィに苦言を呈したチョッパーに、ルフィは幼少期の事について語り始める。それを聞きながら、必要に応じて補足説明してやると、時間が穏やかに過ぎて行く。
その話の途中で、ふと気になった事を聞いてみた。それは、ナミの様子のおかしさを感じていたからでもあるが。
「ルフィ、ナミに何があった。昔はなかった変な癖がある」
「……ナミは、奴隷だったんだ。俺達と離れてから、俺が再会して暫くの間」
「ドレイ……って、まさ、か」
この美しい身体と、愛らしい顔だ。何をされたのかなんて想像もしたくねェ。
そう思った時、マルコが言った。それは妙に冷静な声だ。
「だが、性奴隷じゃねェなぃ。それにしては、潔癖過ぎるよぃ」
「ん。能力だけを使われる形で、後は毒とか薬とか色々使われて、サンドバックにされてたらしい。……血のついたペンがあった。飯も満足に食えないで、与えられるそれには毒が入れられたりしてて、ナミは強制的に弱らされてたみたいだ」
「なら、昔程の強さは無いのか?」
俺が問い掛けるとルフィは少し首を傾げた。それから真剣な顔で俺を見る。
ルフィはいつまでも、俺の後を泣きながら追い掛けてたチビじゃねェ。一端の船長であり、ナミの男なんだとその表情から伝わる。
「退化はしてねェけど、現状維持って感じだな。それでも、まだナミが本気になれば俺は勝てねェ」
「……あの時のは例外だ。お前が死にかけたんだから、仕方ねェよ」
「エースとサボの怪我も理由だと思うぞ。ナミは、平等に愛してた」
「1番愛されてる奴に言われてもな」
ハッと笑っちまうのは許して欲しい。そんな中で、明日の戦いに関する事は語られる事は終ぞ無く、ルフィ以外が揃って眠りに落ちると、その後は交代で起きてルフィもちゃんと寝かせてやる。
その間中ナミは寝てる癖してルフィから離れなかったし、ルフィもまたナミから離れようとしなかった。ルフィに甘えて幼い様子を見せるそれは、ルフィが地獄から助け出したからなのだろうか。
惚れた相手にしか、素直になれないのだとしたら……俺がその立場になりたいと心から願いつつルフィをじっと見詰めた。……砂漠の夜は、心まで冷やすのかよと、柄でもない事を考える程度には弱っているのを痛感させられる。
見上げた月はやけに綺麗で、夜闇を照らすあえかなそれがどこかナミを思わせる。ホンモノは今、珍しく幼い顔で安心しきった顔で眠っていて……俺は次の見張りが起きるまでの暫くの間、ナミとルフィを無言で見詰めていた。
翌朝朝食を食って出発した先で、ルフィ達のお守りをしつつ進み、目的の場所が砂嵐に襲われ、廃墟と化しているのを目の当たりにする。震えて声を失うお姫様を支えるナミを見ながら、いつも誰かを支えてるよなと思わされて、これはきっと1生直らないだろうと気付く。
結局ティーチの奴はアラバスタには居なくて、俺とマルコはルフィ達麦藁の1味に別れを告げてその場を後にした。ルフィに渡したビブルカードが、いつかまた俺達を繋ぐと笑ってやれたのは、兄貴としての矜持だけじゃなくて、やはりルフィが可愛いからなんだろうな。
マルコと共にモビーに帰れば、いの1番にサッチに殴られた。お帰りの言葉さえないままに、である。
「俺は生きてる!!なんで無理して、話も聞かずに飛び出したんだ、この大馬鹿野郎が!!」
そんなサッチの肩を軽く叩いて宥めたイゾウからも、諭すように説教されては、俺も項垂れるしかない。そんな時ハルタが泣きながら抱きついて来て、俺は咄嗟にそれを受け止める。
けれどもどうやらその泣いてた姿は演技だった様子で、ハルタはそのまま俺の細腰を折ろうとして来た。……泣きながらとか、ハルタがやる筈無かったよな……!
騙された己を呪いつつ、痛いし苦しいからと言って許しを乞う俺に、兄貴達は揃って覇気を使ってるんだなとか、そんな会話で盛り上がっている。……いや、助けろよ!?
その後兄貴達から散々に叱られて、親父に思いっきり抱き締められて、今度は背骨が折られそうになる。お仕置を明らかに込めた愛ある抱擁に、俺は泣きそうになりながら抵抗を繰り返した。
ナース達に揶揄われて、兄貴達に扱かれる。3日程はそんな穏やかな時を過ごした。
その間にナミが手紙の送り主であった事を含めて、マルコと共にナミに関する情報を伝えれば、親父がグララララと笑った。その笑顔は本当に暖かい。
「なら、ナミってのに会ったら礼を言わねェとな。馬鹿息子の命、2度も救われちまって、どうやって恩を返せば良いのか……」
「それは、その内俺が返すよぃ」
「なんだ、マルコも気に入りか?」
親父の問い掛けにマルコは1冊の本を差し出すと、それの著者もナミだと告げる。それにより騒ぎはどうしたって大きくなり、親父が珍しく欲しいななんて呟くから俺は咄嗟に叫んだ。
駄目だ!親父にだってナミは、渡せねェ!!
「ナミは俺のだ!!ナミにはガキの頃から、ずっと惚れて……!!あ、いや、その……」
「エースがその幼馴染に惚れてんのは、皆が知ってるから今更な話だ。それにマルコが加わった時点で大変だなとしか言えないがね」
イゾウの言葉に反応した俺の頭をマルコが押さえて、苦笑しつつ恋人がいて幸せそうにしていたから勧誘に失敗したと語れば、そりゃ残念だと笑い声が広がった。画して、ナミは白髭海賊団の隊長達と船長から仲間にと望まれ、隊長達の数人を虜にした魔性としてクルーに話が広まる。
実際は単なる頭が良いのに馬鹿でお人好しな、可愛い女でしかないといくら俺が言っても、こうなっては誰も信じてはくれなかった。そんな日々の中で、ビスタが俺に新聞を差し出して来る。
無意識で受け取るとそこには革命軍に関する事が書かれていて、思わずビスタを見ると髭を弄りながら楽しげに笑った。それによりマルコに視線を向けると、肩を竦めてから唇を動かす。
「エースの兄弟に関する事だからと、皆に頼んで探して貰ってたんだよぃ。サッチはそんな暇ねェし、俺もやる事は溜まってたからねぃ」
「皆に、って事は……皆……サボの事……」
「〝家族〟が生きてて、良かったなぃ。兄弟の朗報は、俺達にとっても朗報だぃ」
その瞬間、勝手に視界が滲んだ。その直後俺の頭を掴む手があって、グイッと頭を抱えるように抱き締めてくれた腕がある。
「隊長が泣いてたら、皆が気にする。今はまだ抱きしめていなかった俺が抱き締める番だ」
そんな事を言って好きに泣けと示してくれたジョズに、俺はありがとうと言う事さえ出来ないままに涙を落とし続けた。新聞は、その後落ち着いてからちゃんと読ませて貰おうと思ったのに、俺の涙で読めなくなっちまってたのが唯一、残念に思える事だった。
ここにいたら安全で、幸福だろうと分かる。それでも、確かに楽しい日々だと思うからこそ、俺はやっぱりティーチを許せねェ。
どうして、親友を殺そうとしたんだよ。俺はナミの言葉を思い出しながら、ごめんと心で謝ると手紙を書き始めた。
サボが最期にそうしたように。ナミが暇を見つけては書いていたように、俺も大切な人達に想いを、言葉を残す。
この行為が後にどんな悲劇を産むのか、そんな事を考える余裕もなく、大切に想ってくれる家族へ心配しないでくれと書いて、俺は1人海へと飛び出した。飛び出して最初にしたのは、情報集めだ。
まさかルフィ達の船にそのままついて行けばティーチに会えてたなんて知らない俺は、写真を見せて知らないかと聞くという地道な作業から入った。そうして知ってると言われたら、その相手を迷い無く攻撃する為にタイミングを測ったりしていたんだが……。
なんとそれは人違いで、俺は民間人の、それも医者をボコボコにしちまった。単に似てただけだったんだと理解して、慌てて謝ってみたんだが駄目で、結果俺は川流しの刑とやらにされちまう。
悪魔の実の能力者である俺は、為す術なく流されていった。彼等は俺が悪魔の実の能力者だと思わなかった様子だから、軽いお仕置のつもりだったんだろう。
それでも助かったのは、奇跡に近い。下流で俺を助けてくれた人が……少女が居たんだ。
民家で目覚めた俺は、その家を飛び出して辺りを見てみるが、牛の他には少女が1人いるだけ。聞けばモーダという女の子で、手紙を届けて欲しい相手がいるのだと言う。
助けて貰ったお礼にと数日世話になりつつ力仕事は買って出たが、いつまでもここにいる訳にもいかなかった俺はそれを届ける事で恩返しにさせてくれと頼む。それに笑顔で頷いて貰えた事で、何とかそれを解決した。
礼をしない選択肢はなくて、それをしたら親父や兄貴達だけでなく、ナミやルフィにも顔向け出来ねェ。そういう意味では、本当に海賊らしくねェよなと少しだけ親父の事を思い出す。
出発する俺に水筒と袋を差し出して来たモーダに、元気でなと言い残して、礼を告げてから俺は旅立った。そうこうしてる内に見えて来た目的地を遠目に眺めて、出発する時にモーダが持たせてくれた袋から取り出したパンを齧り、少し考える。
……どうやって侵入するかな。あ、パンが、のど、にっ!つま、る……!
慌てて水筒を開けて水を飲めば、何とか窮地は脱した。真面目に危なかった……!
目的地が海軍のG2支部である為、近くの岩陰にストライカーを泊めると見回りに来た海兵を殴って寝かせ、服を拝借する。この辺りは幼い頃にナミから技術を学んだが、マルコには妙な顔をされたのをふと思い出した。
『お前の姉貴って、どんな生き物だよぃ』
『ん?俺の初恋で、幼なじみで、可愛くて、美味そう』
『エースに聞いた俺が馬鹿だったよぃ』
そう言って蹴り飛ばされた俺を、サッチが笑ってて、それが気に入らなくて蛍火を使ったら親父にモビーを燃やす気かと叱られた。それにサッチが俺を攻撃した事も叱ってくれよと騒いだが、親父はわざと受けた癖によく言うと笑っていたな。
そんな事を考えて侵入した海軍の基地内にある食堂は食べ放題で、俺は腹も減ってたので思う存分食べて、食べて、食べ続けて居たら……親父の悪口が聞こえて思わず殴り飛ばし、俺の正体がバレた。慌ててトレイにもう1山だけ飯を貰ってから逃げ出し、途中で海兵をまた倒して服を奪い……付け髭を装着する。
『黒子とか髭を顔に付けておくと、それの印象が強くなるから後で人相書きとか作る時にそれしか浮かばなくなるのよ。だから、変装には付け髭や付け黒子は必須よ!』
……俺は、ナミから何を教わってるんだろうか。これ、普通の海賊に必要な知識なのか?
変装した後飯を食いながら少し考えるが、実際今役立ってるし良いのかもなと思い直す。とりあえず中佐のフリをして中を動き回っていたら、運良く極秘情報船が基地に寄港した。
その後俺は何とか手紙を届けると言う約束を果たし、極秘情報の中からティーチ……黒髭のそれを抜き出せた。目的地はこれにより絞られるが、途中で立ち寄ったウォーターセブンでアクアラグナが起きると聞かされた俺は、セントポプラへと移動して暫くその様子を見る事を余儀なくされちまう。
流石に俺も、ストライカーで大津波は越えられねェからな。……このアクアラグナが落ち着いた後で〝麦藁の1味〟がウォーターセブンに居るとの話を聞いて、少しだけルフィとナミの顔を見ようと考えた俺は、ストライカーを走らせた。