波間の向こうを目指して(新・本編side) 作:夢枕 七変化
無人島では無く人の住む島である筈のバナロ島にティーチがいると聞いて、ストライカーを全速力で向かわせる。その先で待ち受ける運命等、俺は知らなかったから。
だがもし、知っていたとしても……俺はストライカーを止める事は出来なかっただろう。サッチを殺そうとした、いや……恐らくは殺したつもりでいるだろうティーチを、許す事はできねェ。
もしもナミが、俺の為にと手紙を書いてくれていなければ。もしも兄達が、その手紙を信じなければ。
もしも親父が、不審に思っていれば。もしも俺が、ナミからの手紙だと気付かなければ。
どれかひとつでも当てはまれば、きっとサッチは助からなかった。今もしもサッチが無事に生き延びていても、あの後容態が変わって死んでいても……あのギリギリで生き延びたのは奇跡としか言えねェ。
だからこそ、静止なんて聞ける筈もない。サッチの親友だったのに……俺を、隊長と呼び支えてくれていた、兄のような友だったのに……!!
どうして……どうして、どうしてっ!!俺の家族が、俺の家族を奪うんだ!
夢のように楽しく、感じた事の無い幸福に包まれていた。それが壊されたり奪われたりするなんて、想像さえした事は無かったんだ。
ストライカーを握る手に無意識で力が入る。そんな俺にそっと暖かな風が寄り添った。
偶然なのは分かってる。ふわりと香ったのは、潮の香りに負けちまいそうな、でも確かな蜜柑の香り。
どうして……と思った時に、服から香りがするのだと気付く。俺が、襲った時についた香りだ。
俺に何をされても、俺を傷付けられずに受け入れたナミ。悲しそうに、でも……俺を癒す事を躊躇わない女。
傷付く存在全てを包み込む優しさが、残酷なんだって事を自覚してくれない天使そのもののような姉。……悪魔は自覚し、意識して相手を傷付けるが、天使は無自覚に、優しさから相手を傷付ける。
だからこそ、天使に悪魔は殺せても、悪魔に天使は殺せない。結局俺は、
「エース、良い子ね。大丈夫よ。……でも、無茶しないで」
いる筈も無いナミの声が聞こえた気がして、逸る気持ちを抑えられた。香りだけで、俺を翻弄する存在に深く溜め息が落ちる。
早く会って、謝って……それから、もう一度ちゃんと伝え直して……んで、それから、もう一度ちゃんと、抱きたい。だからその時は、俺を、受け入れてくれよ……。
可愛い弟なんかじゃなくて、俺はナミを守れる一人の男になりたいんだ。だから……なァ、頼むから、俺を男として見てくれ。
犯しても、きっとナミは俺を弟としてしか見ない。反抗期だとか、なんだとか思って結局俺を許しちまう。
違うんだ……俺は、許されたい訳じゃない。愛されてるのも分かってる。
分かってるんだ……!なのに、もっともっとと欲張っちまう。
「ナミ……」
思わず口にした愛しい名前。優しく微笑むその姿が、けれども次の瞬間には背を向けてしまう事を知っている。
俺達を守る為にと背に庇い、他の誰かの為に犠牲になる。そのリスクから俺達を遠ざける為、独りになろうとする愚かな女。
だからこそ、これで証明してみせる。俺はもう、守られるだけの弟じゃねェって事を……!
そんな事を考えながら、住民の大半が逃げ出した〝偉大なる航路〟バナロ島の町で、見付けた男に声を掛ける。いつの間にか集めたらしい仲間を従えるその姿は、既に俺の知るティーチとは違って感じる程。
「久しぶりだな」
「ああ!?誰だっ!」
息巻いて顔を上げた元友人であり兄弟は、俺の顔を見るのと同時にニヤついた笑みを浮かべる。屋根の上から見下ろす俺に対する不快感は、毛程も感じていないらしい。
それどころか、サッチに対する罪悪感すらない。それがまた、悲しみと苛立ちを俺に与える。
「おお……エース……隊長……!!!」
「よせ……今更〝隊長〟なんて……。そういうのは人を敬える奴が使う言葉だ……。馬鹿にしてやがる……!!」
ティーチの仲間が俺の答えに誰何するから、俺は思わずそれに対して頭を下げて挨拶しちまう。これは、マキノとナミの影響だろうと思うが、直せそうも無い。
その後無駄な問答を繰り返し、何をとち狂ったのか仲間になれと言い出すティーチ。それに呆れて溜息を吐き出した時、続いた言葉に呼吸が止まりそうになった。
「〝白髭〟の時代は、もう終わりだ!!!海賊王には俺がなる!!!まず手始めに……この先のW7にいる〝麦藁のルフィ〟をぶち殺して政府への手土産にする。そうすりゃその傍にいた女も手に入るから、好きに遊べ「ルフィ?何だと!?」」
ルフィを狙うだけでも問題大有なのに、その傍にいる女……となれば、やはりナミだろう。他に仲間がいたとしても、ソレとは思えねェ。
たしか今は、黒髪の女もいたと聞いている。だが、ティーチの言う女はそれじゃない……と、本能が告げる。
「ん!?知ってるのか」
「……つくづく野放しに出来ねェな。……そいつは、俺の〝弟〟だ!!!それと、その傍に居た女ってのが〝蜜柑色の髪〟か?」
「ああ……そうだ。そっちも、知ってんのか」
「……当然俺は、おめェの仲間にゃあ、ならねェ」
ナミと俺の関係性を、何と言えば良かったのか。仲間でもない、師匠と呼ぶには優しすぎて、姉と呼ぶにはプライドが邪魔をする。
初恋と呼ぶには激し過ぎて、女と呼ぶには片想い過ぎる。ただ、俺の……愛しい女と言うだけだ。
そんな事を考えながら問い掛けた俺に、驚きを隠さないティーチ……いや〝黒髭〟の仲間が、俺に攻撃を仕掛けて来る。それでも、コイツらにはまだ俺は倒せねェよ。
「行儀の悪ィ野郎がいるな……〝
銃には銃を、そうして戦い始めれば家を投げ寄越す丸いヤツ。だが……俺は、火だ。
頭で考えるより先に身体が動く。ルフィも、ナミも、わたさねェ!
守ってみせる。あの日サボに託されたんだ。
傷付けさせねェ。今まで俺がそうされてきたように。
「〝
いつだったか、ナミに技の名を告げないで戦った方がいいと言われたけど、名を叫んだ方が威力が上がる。明確にイメージできるからだろうけど、それでも……意表を突く為にはそのやり方も必要になる時がいつか来るだろう。
降って来た薪の塊は、炎を纏い辺りに散らばる。それにより必死の様相で逃げ回る黒髭は、仲間だろう相手に怒鳴り、俺に背を向けた。
そんなわかりやすい隙を見逃せる程、俺は優しくは無い。退けない戦いがあるのだと、そう思いながら向けたのは俺の得意な技〝火拳〟だ。
転がって火を消しながらも仲間に下がれというのは、守る為か……それとも、邪魔なのか。どちらにしても、もう俺の知る
笑いながら殺したいんだよなと確認する姿に、怒りと蔑みだけが強まる。悲しみと痛みは、薄れて覚悟が決まって行く。
「四番隊隊長サッチは、確かに俺がブッ殺した……!!」
その後に続く言い訳を聞いているのは、まだ僅かにでも反省したりする心が残っているのではないかと期待してしまうからだろう。俺も、友として、仲間として、兄弟として、長い時間を過ごした相手だ。
それでも、いや……だからこそ、許せねェし、許しちゃいけないと思っている。だが、俺の知らない〝闇〟の能力が俺を追い詰めていくのは、間違いようもない現実。
ロギアになってから、覇気でもない物理攻撃で〝殴られる〟経験は、初めてだ。それに気付いて悦に浸ってる様子を見せるのをどこか冷静に見ちまうのは、どう考えても勝てない状態で諦めずに抗うナミとルフィを知っているからかも知れねェな。
近付かなくても引力で引き寄せられる。それでも、それこそ破棄を纏った物理攻撃なら効く筈だ。
剣も、銃も、ナミが基礎は教えてくれた。マルコ達が扱えなければ相手の動きも予測できないからと言って、上級者向けの扱いも教えてくれていたんだ。
能力に過信してあまりやらなかったが、それでも扱えない訳じゃねェ。そう思い動き出した時、黒髭が言う。
「まだ、考えは変わらねェのか?」
「当然だ……!!」
「なら……仕方ねェな。麦藁のルフィの首を取ったあかつきには、麦藁のルフィの傍に居た、オレンジ色の髪の女を俺のモノにする」
何を……言ってんだ。誰を、どうするって?
聞き間違いか。いや、違うだろうな。
そんな事を考えていたら、声が勝手に出た。いつもより低いと、自分でもわかってしまう。
「……あ?」
「まだ乳臭さはあったが、気の強さとあの容姿は間違いなく……楽しめるだろうからな。壊れたら売り飛ばせばいい。壊れるまでは何人でも俺の子を産ませてやるよ!!」
何かが、俺の中で切れた音を聞いた気がする。その直後、フラリと身体が勝手に動き出して、腰にしていた銃をぶっ放す。
それにより痛がるのに、何故か嘲るような視線はそのまま。黒髭は、俺に言葉を続ける。
「こいつらの前で嫌がるオレンジ髪の女を貫いて、人に見られながらじゃねェと満足できないように調教してやるよ。普段は気の強い女が、触られると突然M女になってペット扱いされて喜ぶ様は楽しいだろうからなァ……!!ペットはペットらしく、突起には飾りも付けてそれを見せられる姿で連れ回してやるよ。ヒューマンショップ仕様の似合の首輪を用意してやるから、安心し……ぐぁぁぁああああ!!」
覇気と同時に炎も纏わせた剣で斬り裂く。その舌を切り落とせかなったのは残念だ。
無理なら、首を斬り裂き二度と声を出せなくしてやりたい。ただの、性欲処理よりも酷い……性奴隷扱いをしようとしてると言われて、冷静でなんていられねェ。
ガキの頃からずっと、愛している女だ。もしそうでないと言うなら、大切な恩人であり、師匠であり、母のような姉だ。
傷付けさせる理由がねェだろう。ナミは俺の、存在意義だ。
「エースも仲間になるなら、味見させるか下げ渡してやってもいい!あの女の見た目は、なかなかなもんだったからな!!」
「……黙れぇぇぇぇえぇぇっ!!!!」
脳裏で、先日俺が犯した時の姿がありありと浮かぶ。どれ程雑に扱っても、俺を信じて労る甘い眼差しが、憎んでもくれないその残酷さが……だがこいつらには都合のいい
だからこそ、ここで始末するしかないんだ。親父の誇りを守る為にも、ルフィを殺させない為にも、ナミの尊厳を守る為にもっ!退く事さえ許されはしない。
「うおおおおぉぉぉおぉぉっ!!」
退路の無い戦いの中、こちらの手の内は全て知られている上に、俺はティーチの戦い方しか知らない。今俺が対峙している黒髭の戦い方は、全てが初見だ。
火達磨、神火、不知火、十字火……多岐にわたる脳力を駆使しても、サボと共に教えて貰った剣や銃を用いても……それでも尚、膝をついたのは俺の方。肩で息をしながら目を閉じれば、脳裏でナミが心配そうな眼差しを向けて来る。
【エース……今黒髭と戦えば、勝ち目は無い。お願い、やめて、戦わないで】
聞けるかよ。……大切な家族の生命と人生が、かかってんだ。
ナミはきっとこの場にいたら、自分を好きにしていいからと俺を庇うだろう。そうやって自分さえ犠牲になれば解決すると、そう信じて疑わねェ馬鹿なんだよな。
……そうか、だからナミは、あんなにも強く、そして弱かったのか。守る事しか考えられなかったから。
俺もそうだ。誰かに、頼る事ができていれば……違ったんだろうか。
頭ではそう思うのに、まだ誰にも頼りたくないと足掻いちまう。今ここで一度逃げ出して、連絡を入れれば変わるのかも知れない。
ルフィだって襲われたとしても、ナミが守り抜くだろう。そして、そんなナミを守る為にルフィも死力を尽くすだろうと分かるのに……。
嫌だ……と、思う。ナミとルフィには、逃げ出す俺なんて知らないでいて欲しいと願っているんだ。
「ハァ……見ろ……〝闇〟の前では全て無力!!」
黒髭も消耗はしている。この息切れが何よりの証拠だろう。
だが俺は、呼吸を整えようにも、力を使い過ぎた。これまで殆ど経験が無い程に〝殴られた〟のも、体力を奪われた原因だろう。
ただの引力とは違う。勝ち目は恐らく、無いだろうと分かっている。
「お前の強さを持ってしてもな。……しかし、益々、惜しい力だ……!!エース……!!俺の仲間になれ!!」
額から流れ落ちる血液が、目に入る。口の中も切れて幾度となく吐き出した血は、口の周りも汚しているだろう。
内臓だってダメージを受けているだろうと分かるが、治療法は見つからない。ここで俺が負けたり逃げたりすれば、ルフィの生命とナミの精神が喪われる。
それが分かっていて、退けるかよっ!ルフィは、サボに託されてんだ。
ルフィは俺達の弟だ。ナミは、俺達が守るべき姉であり、最愛の女なんだよっ!
親父の矜恃を傷付けさせねェ。仲間を裏切ったコイツには、死んでも従わねェぞ!!
「……〝力〟に屈したら、男に生まれた意味がねェだろう。俺は決して、人生に〝悔い〟は残さない……!!……わかったかバカ」
俺の挑発に乗り、黒髭は身体から闇を放出する。黒く、不快な、深淵を思わせるそれ。
だが、お前が闇なら、俺は火だ。今僅かに残ってる力でも……火の塊が、太陽であると教えてやるくらいはできるだろう。
「……生きてナンボのこの世界……ハァ……全く残念だ。エース。闇に死ね!!!!」
耳障りなその声。視界に五月蝿いその姿。
俺はそれを燃やし尽くす。能力の種類を考えれば、勝ち目はほぼないと分かっていても、退けない戦いもあるんだ。
「〝大炎戒〟!!〝炎帝〟!!!」
今、立っているのもやっとの状態で、これを使えばどちらにしても俺は力尽きる。そうなれば黒髭を倒せても、俺は生きていられないだろう。
分かっている。それでも、いや、だからこそ……最後に見たナミの顔が泣き顔なのが悲しい。
だが、それ故にきっと、俺の死は優しく伝わるだろう。遺された者の苦しみを知って尚、残す俺を……許さないでくれ。
「ゼハハハ!!太陽か!!闇か!!勝者は一人だ!!!」
「……俺は、白髭を、王にする」
〝
この二人の海賊の争いは、後に起こるあの極めて大きな事件の……〝引き鉄〟として語られる事となる。世界を揺るがす大きな事件の、これは最初に投じられた小石とも言えるのかも知れない。