波間の向こうを目指して(新・本編side) 作:夢枕 七変化
森の中の宝石
三顧の礼宜しく何度も通い、漸く仲間に出来たヤソップを連れて航海に出た直後、嵐に巻き込まれた為に破損した船を修理する為だけに寄った島は無人島だった。そこは運良く森があるので修理の素材には困らずに済みそうだと、船大工が安心したように笑ったのを見て、俺も肩の力を抜く。
時折獣の呻き声が響く森があるとはいえ、
いくら東の海とは言え猛獣の唸り声が聞こえた森に、幼い子供が1人でとなれば見過ごせない。自ら死地へ向かう子供を見過ごせる程、出来た人間でもない事は自覚している。
その為に、保護させようと最近入った新人達に声を掛ければ、1番若いのが元気に飛び出して行った。それの後に何人か他の新人も連なって行ったので、すぐに保護できるだろうと踏んだ。
1応念の為にと様子を見に行くのは、子供が悪魔の実の能力者で新人が殺されるなんて事も有り得るからだ。だがその時、武器の振り下ろされる音が聞こえて、ん?と思いながら見てみれば最初に飛び出したのが子供に斧を振り下ろすところで、こら待てと思った時には子供はその姿を消していた。
1瞬俺が姿を見失う程の素早さに、クルー達も息を飲んだ。新人も当然姿を見失い、それから少しして目立つ髪色の為に何とか見付けられたらしく、子供のいる木の枝を切り落とした。
けれども子供はそのタイミングで木から飛び降りると、その重力を使って新人の背後から頭上に棒を振り下ろした。それなりに威力はあったようで、新人はその表情を歪める。
けれども新人もまた負けじと、振り向きざまに攻撃をしようとするが、子供はそれを躱して棒を容赦無く鳩尾狙って突き上げる。それに怒りを滲ませて新人が攻撃を仕掛けるが、それも子供は余裕のある動きで躱して見せた。
1連の動きがまるで作り物のような……そう、舞台でも見ているような感覚に陥らされて、俺はただ呆然と成り行きを見ていた。子供は新人から少しの距離を取ると、子供らしくない低い声を響かせ、同時にその言葉使いで間違い無く少女であると示してきた。
「……私に何のご用かしら?海賊の皆さん。……隠れてないで、出て来たらどうなのよ」
俺達の存在に気付いていたのかと驚かされる。だが、何かの能力者では無さそうなそれに、何者だろうかとベックと視線を合わせる。
その間に最初に飛び掛った新人をやられて気が立ったのか、他の新人達が1斉に少女に攻撃を仕掛けた。だが、それも器用に躱して躱された事で同士討ち状態となった彼等はその場に沈んだ。
偶然と言う事は出来ない、計算された動きだった。民間人では到底有り得ない動きだ。
少女の見せた大人顔負けの動きに、思わず拍手をしつつ自らの姿を見せれば、鋭く睨み付けてきた少女。殺気と呼ぶに相応しいものを放ちながら、警戒心を剥き出しにする鋭く冷たい眼差し。
それがいっそ心地よくさえ感じた時点で、根っからの海賊なのかも知れねェなと思った。だが俺の姿を認識した少女は、即座に顔色を変えた。
今は覇気も放ってはいないのだから、俺の顔を知っているという事に他ならない。だとするならば、まさか海に生きる者なのか?
1瞬体を震わせた少女は、けれども次の瞬間にはそんな事は無かったかのように、挑むような視線を向けて来る。それでも、視線の動き等から推察してどうやら逃げるつもりらしいと分かる。
引き際を知る……か。欲しいな。
「ほォ、俺を知っていたか。お嬢ちゃん、驚かせて悪かったな」
「お頭……すみません、捕えられなくて」
謝ってきた新人に、保護対象者に斧を振り下ろしちゃまずかろうと思い、苦笑を向けつつ少女の動きを観察すれば、警戒心を剥き出しにした猫のような雰囲気でこちらを見てくる。……可愛いもんだ、この俺から逃げられると思っているのだろうか。
「……ご用件は?」
低く唸るような問い掛けに、少しばかり驚かされる。口汚く罵るでも無く、まるで対等であるかのように対峙し、尚且つただの無頼漢とは判断せずに用件があると理解した判断能力の高さ。
逃がすには、惜しいな。これから優秀なのを集めて回りたいってタイミングで、思いがけないお宝だ。
軽く覇気をぶつけてみれば、ぐらりと体を揺らした少女はけれども意識を保ち、膝をついて尚睨み付ける事を辞めない。気の強さとプライドの高さが伺えるそれに、笑い出したいような気持ちになる。
そこで俺の背後に立つベックを見たらしい少女は、その瞳に1瞬陰りを見せた。だがそれは本当に1瞬で、即座に理知的な色を宿して何かを考え始めたのが分かる。
……頭脳戦タイプか。少女である事を考えれば、この先を生きるのにそれは有利に働くだろう。
少女は武器としていた棒を細かく折り畳むと体に装着し、両手を上げて降参の意を示して来る。その潔さに俺は思わずベックに視線を向け、ベックは確かに欲しいなと視線で返事をくれる。
少女に視線を戻して、さて……どうやって勧誘するかと考える。青田買いにしても早すぎるのは分かっているが、これ程の能力を持つ子供ならば、多少無理をしてでも欲しい。
「……うちの新人達に見習って欲しい程清々しく、負けを認めたな」
「俺の船に乗るか?」
俺の心を代弁するようにベックが問いかけてくれたので、俺は軽く誘ってみる。感触はどうか。
試した俺に、けれども少女はわかりやすく溜息をついて、同じ言葉を繰り返すのみ。YESと答える事は無さそうな雰囲気に、どうしたら手に入れられるかと考える。
「私に1体何のご用かしら?」
「森に1人で突入する子供がいるのを発見したうちのお頭が、保護しろと言い出したもんでな。特に用はない」
ベックが答えれば少女はその瞳に怒りの色を乗せて、クワッと言う音が聞こえそうな勢いで牙を向けて来る。それなのにその表情と声は酷く落ち着いたものであるのが、子供らしさを感じさせない所以だろうか。
「……保護って、斧を振り下ろしたらできないんじゃないかしら?それとも、生死問わずの確保を保護と呼ぶのが〝赤髪〟流なのかしら?」
その言葉に、新人はわかりやすく肩を揺らしたので、どうやら功を焦り過ぎたらしいと分かる。これは……子供相手だと思っていたら飲まれるかと、俺は大人用に対応を切り替えた。
スっと頭を下げれば、少女の気配から怒りが薄れたのが分かる。……命を狙われても許せる度量か、中々にいい人材だ。
「申し訳なかった!斧を振り下ろすとは思っていなかったし、本当に保護したかっただけなんだ」
「……そう、ならもう用はないでしょ。取り囲むのを、辞めてくれる?私、忙しいの」
少女は冷ややかな言葉と共に立ち上がろうとして、その瞬間ヤソップが試すように銃を1度抜く。それに合わせてその場から転がるように移動しつつ、体制を整えてヤソップに視線を向けた。
明らかに民間人の動きでは有り得ないそれに、だが海軍にしては幼過ぎるかと視線と共に武器を構えてみせた少女を見て思う。この少女は、何者だろうか。
1度抜いた銃を戻していたヤソップに、少女は絶望した様子を見せる。その判断能力の高さに脱帽する。
見た目にはそぐわない高過ぎる能力と、愛らしい見た目の為に油断を誘えるだろう現実。もしも何もして無くてこれ程の能力を有しているならば、育てればどれだけ優秀なクルーになってくれるだろうか。
「……凄いな。お頭に意識を集中しているように見えたのに、反応出来るとは思わなかった」
「ヤソップ、お前人が謝ってる途中で!」
ヤソップに声をかけるが、俺の脳内は少女をどうやって手に入れるかに集約されている上に、どうやらヤソップも仲間に迎え入れて大丈夫かを試しただけのようだ。ヤソップの反応から、合格をくれたらしいと分かれば嬉しくもなるが……ん?
見れば絶望の色を宿した少女は、そのナイフを何故か仕舞う事も無く手にしたままだ。それが妙に気になり肩に手を置いた瞬間、少女はそのナイフを反転させ迷い無く自らの喉に突き刺そうとした。
咄嗟にそれを抑えつつナイフを弾き飛ばせば、少女からは殺気が溢れた。その見事なまでの殺気に息を飲む。
だが、それ程の殺気を放ちながら何故死を迷う事無く選択したのか。俺を……試したのか……?
自らが求められていると気付いて、この少女も俺を試し返した?そう考えて、直後に違うと気付く。
「……っ!あっぶねー!お嬢ちゃん、勘違いさせたなら悪いが、何かしようってんじゃ無くてだな」
「なら、何?私を売るつもりで無いのならば、何が目的なの!?売られて奴隷にされて、辱めを受けながら生きるくらいなら……今すぐこの命など捨ててくれるわ!」
燃えるようなその瞳に、心まで射抜かれたような気がした。……そんな、馬鹿な。
相手はまだ子供だ。そんな事が有り得てたまるか。
「……悪かった。何もするつもりは無い。勿論、売るつもりもな」
「……なら、手を離して私を解放して。忙しいと言ったでしょう」
冷たく言い放つ少女には、命を救われた事に対する感謝の色は無く、それどころか敵に対するようなそれに、ゾクゾクとしたものが走る。もう少し、年齢がいっていたら……連れ去ってモノにしていただろう。
喉が鳴る。この少女が、欲しい。
心が騒ぐ。森の中に落ちていた稀有な宝石を、自分のモノにしたいと。
この幼さで、これ程の気の強さとプライドの高さとなれば、この先苦労するだろう。それでも……そうなって余りある、高い能力と男を刺激する何かを持つ少女。
流石にこの少女を襲う訳にはいかないかと手を離せば、少女はナイフを手に立ち上がった。凛と立つその姿は、けれども何処か不安定で危なく見える。
俺を敵と認識して警戒しているだろうその姿に、制服欲が刺激されるのと同時に、顔色を悪くしているのに気丈に振る舞うその姿に、庇護欲が刺激される。その次の瞬間、少女の体がグラりと傾いた。
それをひょいと抱き留めれば、その軽さと小ささに心臓が嫌な音を立てた。いつ壊れても不思議ではない、普通の少女だとその軽さから分かってしまう。
少女は殺気も何もかもを押し殺した様子で、いや……霧散させた様子で、実に子供らしい表情を俺に向けると1瞬の躊躇いを見せる。その後に、明らかに礼を言おうとしているのを感じて、思わず今なら船に連れ込めると考えて抱き上げていた。
俺のそんな動きに驚き、礼を言えなくなったらしい少女は、目を白黒させながら俺を見ている。先程とは違い見た目に見合うそれは、何とも可愛らしい。
その顔を悪戯に覗き込んで、俺は言葉をかける。このお宝は明らかに宝石だろうと、内心で笑いながら。
「とりあえずこの森は危険だから、話は船で聞かせてくれ」
少女は混乱した様子を隠さずに、けれども大人しく俺に抱えられたまま運ばれている。その時に少女から漂う髪色に良く似合う柑橘類の香りが、妙に印象に残った。
さて、どうやって勧誘するかと歩きながらベックに視線を向ければ、好きにしろと視線で返される。戸惑いを隠せずに俺を心細そうに見上げる少女の瞳が、俺の中にある良心を刺激するから、俺はあえて少女に視線を向けずに船へ向かって歩き続けた。
森の中で見付けた宝石は、既に原石とは呼べない程に輝きを放っているから……。他の誰かに取られる前に、俺のものにしたいと思いながら。
後に、この時点で惚れていたのだと気付く事になるが、この時はまだ、森の中の宝石を求める、1人の海賊のつもりでいた。俺はこの頃からずっと、この少女を愛していたのだとは……随分先まで認められない現実ではあるのだが。