波間の向こうを目指して(新・本編side) 作:夢枕 七変化
船に運び込めば、見た目は可愛いのに疲れきってる時のベックのような態度で、俺達に視線を向けて来る少女。そんな少女に土下座する男達という構図が出来上がった。
それから少女はもうわかったから、いいから辞めてと叫び頭を押さえた。その頭の押さえ方までベックと似ていて、親子か?と視線で問い掛けたら空恐ろしい笑顔を向けられたので、全てを無かった事にして少女をいじり倒す事にした。
少女は話をしてみればただの賢い美少女で、少女から柑橘系の香りがする為に何とも言えない気持ちにさせられる。それにしても、子供らしさのねェ子だなと思いながら詫びをさせろと言ってみたら、困ったと顔に書かれた。
詫びと言われれば大人は金を、子供はその時欲しいものを言うと思っていたが、読み違えたか?
「なんでも言ってみろ。叶えられるようなら物じゃなくても良いぞ!何か無いのか?」
「何でもいいの?」
「あァ、明らかに不可能じゃ無けりゃ、叶えてやるよ!詫びだからな」
それから少し様子を見れば、少女が俺に視線を向けて来た。その瞳は期待に満ちていて、何か思いついたのかと思った直後、眉間に皺を寄せて諦めの色を瞳に宿した上で溜息を落された。
「……その、期待の眼差しを向けた直後の、諦めの眼差しを辞めてくれないか?」
「あら、ごめんなさいね。そう言えば、名乗ってなかったわよね。私はナミ。シャンクスさんからのお詫びだけど……先に確認したい事があるの」
随分と大人びた話し方をする。そうしなければ生きられなかったのか、それともこの子の性格か。
「なんだ?」
「覇気は使えますか?」
この東の海で1般市民の少女が、覇気を知ってるなんて有り得てたまるか。何者だ、この少女。
俺の変化を感じ取った筈の少女は、薄く微笑みを浮かべた。それは、本当に嬉しそうに。
その直後に瞳は輝き理知的な色を宿す。新しい本を手にして楽しんでる時のベックと重なり、やはり似てると思わされる。
「それを知って、どうする?」
「覇気を使えるなら、お詫びとして私の事を鍛えて欲しいと思って。私は強くならなくちゃいけないから」
そう言った少女の瞳に1瞬だが彼岸が映った。そして、決意を込めた眼差しが俺を貫く。
頑固親父が譲るもんかと宝を抱き締めているのと良く似たその瞳に、何を抱えてやがると思った俺は可笑しくねェだろう。どうしたら、吐かせられるか。
場合によっちゃそれを理由にして、仲間に引き込めやしねェだろうか。俺はこんなにもわかりやすい、金の卵を諦めるつもりはねェ。
「……強さを求めて、どうなる。すでにナミは、その歳では考えられない程に強い。まだ10歳にもなってないだろう」
「6歳よ」
頷いてから告げてきたそれに、嘘だろうとベック達と思わず顔を見合わせる。見た目だけならばそれも納得出来るが、これ程に強く、賢い6歳児がいるなんて事が有り得るのか。
俺達の反応から、状況を把握して微笑みを浮かべた少女に舌打ちしそうになる。こりゃ下手に扱えば、爆弾より厄介だぞ。
「……そんなに強くなってどうするんだ。嫁の貰い手が無くなるぞ」
「それは心配いらないから、気にしないで。確実に美女になるのは決まってるから、むしろ強くならないと穴だらけにされるわ」
答えに詰まった俺にベックが問い掛けてくる。〝どうするんだ?〟と。
欲しいさ。こんな黄金より貴重な卵、欲しがらないバカが何処にいる!?
そう口に出す訳にもいかねェから、俺は少し違う答えを口にする。困ってるんだという事を全面に押し出すように。
「約束しちまったからなァ」
その時ナミが小さく笑った。それは幼い子供を見守る母親のような顔で……。
だから、そんな顔するには早ェだろうが。そう思いながら様子を見ていれば、ヤソップとナミが話を始めた。
なんとも楽しそうにヤソップの話を聞いているナミは、まるで友人の父親と話しているかのように気楽な様子を見せていた。そんな状態で、ヤソップは気軽にナミに触れる。
それに対してナミは少しばかり迷惑そうにしているが、やはり楽しそうに笑っている。子供はやはりそうじゃねェとなと微笑ましく眺めていたが、いつまでも何も答えない俺に向けられる視線は冷たい。
顔が笑ってる分余計に。なんなんだ、この子は1体。
「シャンクスさん、修行付けてくれないなら、他に希望は無いのでさっさと解放してくれませんか?私、忙しいのよ。そろそろ帰らないと家族に心配かけちゃうし」
「あ!家まで送って行ってやるのが、お詫びってのはどうだ?」
それなら家族に言って引き取れるかも知れねェし、ヤソップの時のように三顧の礼でもお百度でもやってやるぞと思ったが、ナミはブリザードでも起こしたかのように冷たい表情になると睨み付けてきた。海賊の、船長を本気で殺気込めて睨む子供か……と、ゾクゾクする程に欲しくなる。
この気の強さと賢さ、そして貪欲なまでに強さを求める精神。今も可愛いが、そのうち美女になると言うならばその日を楽しみにして、仲間に誘っても許されるのではないだろうか。
「修行付けてくれないなら、解放して。私は、忙しいの」
繰り返すように言うと、鋭い眼差しで俺を睨み付けて触れば切れそうな雰囲気を醸し出している。余程帰りたいらしい。
ベックにどうにかならないかと視線で問い掛けると、苦笑しつつ前に歩み出てナミの前に膝をついた。それにナミは驚いたような顔をしてから、優しく微笑んだのだからベックは本当に凄ェなと思う。
「お頭が悪かったな。家からここまでは近いのか?」
「海賊に私の実家を教えるつもりはありません。でもそうね、私は船で1人でここまで来たの。この島を測量する為に。お詫びをするつもりがあるなら、修行つけて。それが無理なら解放して」
何としても欲しいと、思わされる。東の海とはいえども〝1人〟で〝航海〟して〝測量〟する事も出来て、その上で……戦える。
「……お頭、こう言ってるが?」
「お詫びだもんな」
溜息を吐き出しながらそう言えば、渋々といった雰囲気になるだろうが、ここで手放すよりは勧誘する時間も増えるから良いと内心で考えている俺は外道だろうか。それに……相手は子供だ。
どうせすぐに音を上げるだろう。俺のそれについてこられる新人なんぞ、20人に1人だっていれば良い方だ。
「期間は2ヶ月。船の修理が終わるまでだ」
「ありがとうございます!師匠!」
「……名前で呼んでくれ、頼むから」
むず痒い。なんだその満面の笑みで師匠って。
これが少年ならまだ、こんな気持ちにはならなかっただろうか。それとも先程までの冷たい気配から1転した、愛らしい笑顔と子供らしい仕草によるギャップが理由か。
「……どの武器を扱えるか知りたい。そこに武器庫があるから扱える物を1通り持って来いよ」
それに頷いたナミは迷わずに大量の武器を持って出て来て、甲板にそれを置いたらまた戻るのを数回繰り返す。それから意気揚々とどれから使えば良いですか?と聞いてくる。
……なんだ、この生き物は。とりあえず積まれた武器から適当に投げ渡せば、それを受けて頷き隙なく構えてみせる。
その様子を初めは笑って見ていたクルー達の顔色が、扱えるレベルを知る為のそれで次第に悪くなって行くのが分かる。とんでもねェぞ、こりゃァ……。
扱えない武器は無いと言うかのように、基礎は出来ていて、教科書通りとは言え十分に戦えている。体重の少なさと力の弱さが仇にはなっているが、身軽さと柔軟さがそれをカバーし動きを読めなくする。
この近海にいる程度の奴らなら、すでに十分対等に渡り合えるだろう。それでもまだまだ強くなるのだと、その眼差しで伝えて来る。
まるで生き急ぐ蝋燭の火のように。散り行く花のように……。
体力が尽きて意識を失うその瞬間でも武器を手放さずにいるその姿に、深い溜息が落ちる。この歳で何を抱えていやがる。
とりあえず倉庫やクルーの雑魚寝してる所に運び込むのは流石にと思って俺の部屋に運び込むが、武器を抱き締めて眠っていて、手放そうとしない。こりゃ起きねェなと思い溜息を落としながらも、泣き言1つ言わずに立ち向かい続けたその精神力に脱帽する。
それから数日。積まれた武器をそれぞれどの位扱えるか確認する為に扱いていくと、クルーから辞めてあげてくれだの、仲間にしようだの、可愛いから嫁に欲しいだのと言われて……最後の言葉を口にした奴は殴り飛ばして、他は無視した。
最後の武器を使い終わった時、胸元から取り出した最初に扱っていた棒を構えたナミを見て、思わず呟く。風がナミの髪を揺らす度、潮風に乗って柑橘類の香りが広がる。
「ベック、本気でナミを仲間にしたいも言ったらどうする?」
「お頭がロリコンだと新聞社にリークする」
ベックの言葉に俺は咄嗟に言葉を返す。なんでそうなるんだよ!?
「お前だって欲しいっていって言ってただろ!?」
「賢いからな」
「強さもなかなかのもんだって言ってただろ!?」
「礼儀正しく、能力も高いな」
「だったらなんでロリコンだよ!?」
「あんた、気付いてないのか……?」
「何をだよ」
何故かベックに思いっきり溜息を疲れた。それから、手を出すなよと釘を刺されちまう。
誰が6歳の幼女に手を出すってんだよ。馬鹿野郎!と騒いでもベックからの返事は溜息のみ。
ふと視線をナミに向けると、新人と会話をしているのが見えた。悔しそうに俺にかなわないと言ってるが……勝とうとしてんのか、お前。
新人が褒めても、弱い、足りないと繰り返すそれは絶望感に満ちている。泣いていないのが不思議な程に、悲痛な表情はまるで、抱えきれない荷物に押しつぶされようとしているようにも見える。
自分の仕事を終えてからなら、言われれば誰とでもこうして戦っているが、ナミ程貪欲に倒れるその瞬間まで挑んで来る奴も毎日挑んで来る奴も居ない。その根性に俺は、ナミが背負うものの大きさと重さを見た気がする。
……その荷物をどうにかしたら、仲間になるのか?
俺は、お前が欲しいよ。ナミ。
その内にナミは何故かニュースクーと戯れ始め、それによりベックと会話をして居るのが見える。その表情は大人びていて、子供らしさなど何処にも見受けられない。
悟りをひらいた坊主かお前はと言いたくなるような顔を時折見せるが、そんな時は同時に羨望と彼岸をその瞳に宿す。……そんな顔を、するなよ。
それから間も無くナミが近付いてきたので目隠しの布を投げ渡せば、見聞色の覇気?なんて言い出すからこいつはと思う。それに溜息混じりに返事を返せば、クスクスと笑ってから動きを止めた。
「耳も覆うべき?それとも、出しとく?」
「静止かけた時聞こえないと不味いから、耳は出しといてくれ」
「了解です、師匠」
「だから、師匠と呼ぶなって……」
照臭いのと、名前を呼ばれない寂しさから言うがナミは修行をつけてる間は俺を師匠と呼び続ける。そう呼ばないと攻撃出来なくなってきてるのには、気付いてるんだがな。
ナミは甘い。傷付ける事を恐れて、躊躇う。
傷つく事も、庇う事も、助ける事も、情報を開示する事も厭わねェのに、攻撃は出来ねェ。そんなナミがそれでも攻撃力を得ようとするからには、何か守るべき相手がいるんだろう。
寝言では〝ベルメールさん〟と〝ノジコ〟がメインだが……。それは、幼い妹とかなのだろうか。
木刀で殴り掛かると軽やかに逃げ回るナミ。そうだ、この動き……どこかで見た事が。……ああ、ワノ国だ。
あの国で舞ってた女達の足の動きと似てるんだ。だとしたら、ナミはワノ国の出身か?
だが……新世界から来るにはあの小舟は……。それに東の海なら生き延びられても新世界ならゴミ以下の実力だ。
そんな事を考えていれば、ベックもいつの間にかナミに攻撃する側に回っている。恐らく同じような事を考えたのだろう。
舞うように華麗に躱していくナミに、俺とベックは惹き込まれるような感覚に陥る。動きに合わせて靡く髪が、人魚を思わせる。
だが、美しい人魚であるだけ等有り得はしないと、鋭い声が告げる。……小さな女神のようだと、心の片隅で思う。
「シャンクス!嵐が来る!船を固定して船内か森に避難して!」
シャンクスと呼ばれた事で、俺の身体が勝手に動きを止める。師匠から船長に立場を戻せと言われたのが分かり、苦笑する。
お前、すでに立派なクルーだよ。諦めて俺の船に乗れば良い、お前の守りたいものも引っ括めて受け入れてやるからさ。
そう思うが口には出来ず、クルーが動き出したのを確認して崩れ落ちたナミを抱えて船内に移動させる。ベッドに下ろすと目隠しを外そうとするのが分かり、何となく顔を見られたくなくてそれを止めた。
適当な言い訳をする俺を疑いもせずに穏やかに微笑む。そしてありがとうなんて言ってくるから……。
「ナミは、警戒心を持った方が良い。今のままだと危険だ」
「……え?」
首を傾げるナミをベッドに押し倒せば、何故か感心されちまう。その様子に脱力していたらドアが開いた。
部屋に入って来たベックは俺とナミを見ると、鬼のような形相になり唸るように声を出す。その手には銃を構えようとしていて。
「まさか、本気でナミに手を出すとは……見損なったぞ、お頭」
「……ま、待て!違う!まだ何もして無い!」
それから誤解を解こうと、怒りをおさめようと必死で言葉を募らせる俺の言葉を無視してベックがナミを呼ぶ。それに素直に従おうとするナミを抱き締めれば、ベックの気配が殺気立った。
こんな安眠効果の高い生き物手放してなるものか!ナミは、俺のものだ。
そう思ってベックと言い合いをしていたらナミが俺とベックが付き合ってると本気で勘違いしていると分かり、俺とベックは揃ってそれを否定する。それからベックは笑い転げて、俺は嘆くしか出来なかった。
外は嵐。中は摩訶不思議な空間と化している。