波間の向こうを目指して(新・本編side) 作:夢枕 七変化
共に過ごすようになり、クルー達は既に娘か妹として可愛がるようになっていたし、実質居候のつもりでいるのが不思議な位に見習いと言うより立派にクルーとして働いてくれている。何度ナミのそれに助けられたか分からねェ程だ。
そんな訳でナミとの当初の約束である別れの時期になると抗議が殺到して、どうしたものかと思わされている。ナミの事はこれ迄もずっと勧誘して来たがブレずに、折れずに、落されずに、現在も仲間になる事を拒み続けているんだよ。
それも……本気の勧誘だと言う事をそもそも信用してねェってのが問題だ。そんなナミは、恐ろしく戦闘センスが良い。
ただ惜しむらくはナミの性格が、それに見合わない所だろうか。攻撃を躱す事が恐ろしく上手くなり、逃げる事に集中したナミを相手にする場合、俺でさえ真面目にやらなければ躱される程だと言うのに。
防御も出来る、躱す事も出来る。攻撃が出来ず体力が足りない事だけが問題だろう。
……最近は本当にこいつは兎なんじゃねェか?と言うのがもっぱらの話題だ。猫派と兎派で意見が割れてるが、ンな事はどうでも良い。
どうやればナミを仲間に引き込めるかだよ!
そうしていざ別れの日となった時、ナミは悔しそうに俺に1太刀も入れられなかったと呟いたが……本気で何を目指してんだと問い詰めたくなる。俺を本気で倒す気なのかお前は……と、呆れにも近いものを感じるのも仕方ないだろう。
そんな時少し瞳を揺らして、寂しそうな顔をしたのを見逃せずに胸に抱き込めばフシャー!と毛を逆立てられた。頭をわしゃわしゃと撫で回せば、それが顕著になるから成程兎じゃなくて猫かと思い直す。
「ナミ~!このまま俺達と旅しようぜ。な!……1生大切にするから」
甘えるように言葉を口にしてみる。それに対してナミは、呆れた様子を隠さない。
「無理よ。私には守るべき人達がいるの。この身を犠牲にしても、命を犠牲にしても、笑っていられるくらい大切な人達が」
「俺も1緒に守ってやるからさ」
何度目になるだろう、このやり取りは。それでも何度でも勧誘したくなる程に、手離したくない。
「……私が18歳になるまで
必ず最後はこれを言われる。何故18歳に拘るんだよ。
だがこれ迄も聞いている為に、ここで聞いたところで答えないのも分かってはいる。ナミはするりと俺の腕から抜け出して、ニュースクーの元へ向かうのだ。
いつもの事ながら、何をしているのかと思い今回は追い掛けて様子を見る事にすればナミはニュースクーに何かを渡し、代わりに封筒を受け取ったのが見えた。渡した物を奪い取るのはどうかと思うが、ナミが受け取った物ならば良いだろう。
後程ナミに返す事が出来るなら、問題は無いだろう。そう思ってナミから封筒を奪えば、返してと言いながら飛び跳ねる。
……どっちだ、やはり兎なのか?
「……気になってたんだよ。ニュースクーがナミにだけは、妙に懐いてるしさ」
猫兎論争は頭の片隅に追いやって封筒から中身を取り出せば、中から出て来たのは書類と譜面。同じように興味を持っていたらしいベックにそれを見せれば、他にも数人集まって来て覗き込んで行く。
そこでベックが突然ナミに語り掛ける。それに合わせてナミの顔色が悪くなって行く。
その会話の内容から、思わず嘘だろうと叫びそうになった。……まさか、お前が〝宝玉〟!?
それ程……いや、本を愛してる訳でもない俺でさえ知ってる有名作家の筈だ。作詞作曲、童話にレシピと次々出版して行く天才作家。
その他にナミが暇みて描いてる趣味と呼べないレベルの海図……これは、どう足掻いたとしても世界から狙われるだろう。……どうしたら手に入る?
どうしたら、俺のモノに、できる?
雰囲気からして、もう逃げずに話すだろうと分かったのでナミにそれらを1度返せば、即座に書類に目を通し始める。その顔つきは玄人のもので、ペンを動かす速度も、動きも手馴れたもの。
これは、世界が放置する筈も無い。どうしたら世界の全てから守ってやれる?
俺はナミを失いたくねェよ。やり取りを終えたナミは金まで受け取り、その金をほくほくした顔で抱き締め……俺達の事を思い出した様子だ。
……そういや、なんだってナミはこんな金の亡者なんだ?
森の中で食える物や使える物を見付けては採取したりして、金はただ、貯めている。使う訳でもないのに、何故こんなにも金の亡者と化してる?
……何を、抱えてる?
それを探るのも兼ねて、ナミが宝玉ならばと楽器を構えて待機するクルーを好きにさせる。逃げようとしたナミを捕らえて、ベックが尋問し、その流れでやはり金が居るのだと言う。
それから演奏会となり、クルーの楽しそうな様子と本当に焦ってる様子のナミを見て、心を決める。せめて俺達が東の海にいる間は共に居てもらう為に。
その間に、口説き落とせばいい。それを拒むならせめてその理由を知り、納得してからだ。
守りたい人が居るのだと叫んだナミに、ならば今後も修行を付けてやると言えばその瞳が揺れた。力と金が欲しいと言う子供に、力を与えると言えば食いつくのは分かっていた。
貪欲に求めるのは、金と力。それもこれも全て〝誰か〟の為。
俺の気持ちを汲み取ったかのようにベックがナミを説得してくれて、これからも暫くは共にいる事が決まった。天候が荒れる時、何か異変がある時は迷わず教えてくれて、航海士の仕事も手伝い、趣味だと言う海図や地図も2枚ずつ描いて俺達に1枚は必ず寄越した。
それなのにも関わらず、自分は何もしてない居候だという。……馬鹿な事を言うなよ、この海図と地図だけでも相当な価値がある。
それに加えて天候の乱れを察知して、安全な航海を約束してくれるのに、何が足りないというのか。暇な時間を作っては、本を書いたり、本を読んだりして、他は基本俺との修行。
1秒だって何もしてない事は無く、俺に挑み続けるナミにクルーは畏怖さえ感じ始めているのを、俺だとて気付いている。日々恐ろしい速度で強くなり、日々勤勉に勉強し、新たな物を生み出して行く。
楽器を爪弾き乍、小さく歌っては紙にそれを記す。そんな姿を見て誰が言い出したのかさえ定かでは無いが、自然と〝女神〟と呼ぶ者がではじめた。
だからなのか、俺はナミの事を話す時〝俺の小さな女神〟と表現する事が増えた。名を他人に教えたくなかった……知られたくなかった……隠しておきたかったんだ。
世界から狙われるリスクを避けたいのと、傷付けたくないと、護りたいと思わされたからだ。俺だけのモノでいて欲しいと、願っていたんだよ。
そんななんでも出来るナミは、何故か髪を拭くのだけは苦手なようで、ベックがよくそれを船を濡らすなと言って拭いていた。そうして雫の落ちなくなったナミの髪を弄るのが、俺は好きだったりする。
いや、基本的にナミの髪を弄るのは楽しいんだがな。ナミもそれを抵抗せずにいるから、つい暇があれば弄るようになる。
柑橘系の香りを漂わせる俺の小さな女神に、最初に会った時売るつもりかと言われた時の事を思い出しながら話して、その勢いで口説いてみたが、ナミはそれを本気にしない。思わせぶりな事を言ってると、そのうち刺されるわよとか、幼女趣味なの?なんて笑うばかりだ。
時々本気でナミの年齢を忘れそうになりながらの航海は、それはそれで楽しいものだ。……それでもナミを連れては行けない内容の事が発生する事もあるからと、拠点となる村を決める為にいくつか回った。
その途中、少年と出逢った。船長と同じ言葉を口にする、子供らしい子供に。
ナミはその子供を妙に甘やかしていたから、守りたい相手とやらと似てるのかと思えば、恐らくその相手は弟なのだろうと思えた。後にそれが姉と母だと知る事になり、その母と姉に溺れてる勢いで溺愛してると知る事になるが……まァそれは置いといてだ。
ここに来ていくつか俺達は知る事となった。まずは世間的に見ても、贔屓目でなくナミは可愛い事だ。
そして、やはり贔屓目でなくて、賢く優秀である事。そして何より、鈍い事を知った。
自己評価は恐ろしく低く、謙遜してるのではなく本気でそう思っていたと知る。そして……恋愛に関する所だけ脳が壊死してるのだと知る事となった。
村の少年にアプローチをされても気付かない。村の少年が本気で挑んでいても、手加減されてると思っている。
これは本気で目を離せないなと思うが、置いていくならこの村が安全だろうと思い、酒場のお嬢さん……マキノさんに頼んで酒場の部屋をナミに提供して貰った。その為に1部屋だけドアもベッドも船大工がナミの為に直して、使いやすく安全に、それでいて鍵をかけられるようにしてしまう程だ。
それに対して誰も甘やかすなと言わないのだから、この船に置いてナミが、どれだけ重要性が高い存在なのか分かろうというものだ。ナミは物分りも良く、残して行ってもやれる事はやり続けていたようで、時間を無駄にはしなかった。
ルフィがナミを置いてくか俺も連れてけと言うのは、可愛いと思うが認める訳にも行かずに宥めながらの出航にはいつも骨が折れた。だが……いつの頃からか、ルフィはそれをあまり言わなくなった。
どうやらナミに何か言われたらしい。ルフィは自覚が無いが、ナミに惚れてるから効果覿面なのだろうと思えば苦笑がもれる。
何かあれば船医顔負けの治療を行うナミに、何をしてるのかと近くを彷徨いていたら邪魔するなと叱られた事さえある。そんなナミに土産を用意してやる事となり、それを求めたナミの気持ちがわからねェなとベックと話しながら帰る事となった。
だが、それを渡すより先に戦闘により負傷したクルーの為にと治療してくれたナミが、全身に血液を被り、それでも尚これで大丈夫よと微笑んだのを見て、流石にこれは育て方を間違えたかと何人かで顔を見合わせる事となった。その日ナミがクリマタクトと呼ぶ武器を与え、喜ぶ笑顔に癒されたのは間違いない。
にも関わらず、俺はナミの首筋に鬱血の痕を見付けて理性を飛ばしてしまった。その為にナミが耐え切れなくなり、意識を飛ばす事になった程。
それに対してベックに叱られた俺が、渋々ナミをベックの部屋に移動させるしかないかと諦めようとする程に、叱られたのはある意味で当然であるだろう。確かに俺が悪かったんだよな……。
話を聞いてやる余裕も無かった。これでもし、意識を失わなかったら……もしくは、あと少し年齢が問題無ければ、間違いなく俺は……。
そんな俺をナミは優しく受け入れ、慰める。仕方の無い子ねとでも言うように。
それから俺に気を使わせない為なのか、覇気をぶつけて欲しいと言い出したのだ。俺はそれに頷き、少しずつその体を覇気に慣らしていく。
そうして、東の海においてはありえない程に強くなったナミと、俺達はギリギリまで行動を共にする事となる。それでも別れの時は訪れるのだ。
どれ程それを拒もうとも、ナミが頑なに頷かない為に……。その決断の時は、間近に迫っていた。