波間の向こうを目指して(新・本編side) 作:夢枕 七変化
覇気に慣らしてやりながら、修行も付けてやる。それは約束をしたから、それだけでは無い。
子供とは思えないような色香を時に振り撒きながら、大人よりも大人の顔して笑うナミ。そんなナミに、自衛をして貰いてェと俺が願っていたからだ。
18歳迄は東の海を出るつもりは無いと言い切るナミに、それは何の制限なのかと少し考える。それについて、ナミが答えてさえくれたならば、抱えているものを教えてくれたのならば、守ってやるのにと本気で思う。
……娘とか、妹とか、そんな感覚だ。それと愛弟子ってだけで、それ以上の感情なんか持ち合わせてねェぞ。
そんな事を内心で自分に言い聞かせるように言い訳すると、ナミを抱いて今日も眠る。抱いていると恐ろしく安眠効果の高いナミの謎は、未だとけねェ。
普段は大人びているナミも、夜俺が抱いている間は少し幼い顔で、安心した様子で笑う。この船のクルーには基本的に無防備ではあるが、ナミが本当の意味で甘えるのは俺を含めた4人だけ。
その中でも甘える度合いと言うか、種類が少しずつ異なる。その事に、恐らく本人でさえ気付いては居ないだろう。
ルーとヤソップには、普段は茶飲み友達のように接して、何かあった時背後に隠れて大人しく守られる。ベックには父や兄を慕うように甘える事がたまにあるが、基本的には少し背伸びをして褒めて貰おうとする。
俺相手の時は、寧ろ甘やかそうとしてくる。修行を付けてやってる時の他は、俺を庇おうとさえして来るのだから困った子だと思う。
同時に、それを少し嬉しく感じる駄目な自分に苦笑する。俺とベックが何かを命じた時には、絶対に逆らわねェ所もまたナミが子供とは思えねェ要因だろう。
航海士としての腕は見事で、天候の変化にも即座に気付く。そうして海を見ているナミは本当に輝いていて、眩しい程だ。
避けきれなかった嵐等は、ナミが甲板で指示を出して抜ける事もあった。海が荒れていれば、夜中でもナミは泣き言1つ言わずに声を張り上げる。
歌う事が多いからか、ナミの声は良く通り誰もがその指示に即座に対応出来る。怪我をしたクルーには、船医と共に処置にあたり優しく笑いかける。
自由時間は海図を描いたり、原稿用紙や譜面と向き合い、毎日毎日飽きもせずに俺に挑みかかって来る。俺が修行を付けてる途中で、ボーッとしていて怪我をしそうになると無意識なのかナミはその攻撃の手を緩めちまう位甘い。
……向かねェな。本当に、戦いに向かねェよ。
実際の戦闘でも、ナミは攻撃するその瞬間僅かに躊躇う。だからこそ躊躇わずに打ち込むのは、峰打ちだとか当身だとかの時だけの様子で、相手さんにそれを気付かれる前にと手の空いてる奴がそいつらを縛り上げるか、ナミの見てない所でとどめを刺しておく。
例えばとどめを刺すその瞬間をナミが見たとしても、それを責めはしないし、その時は泣きもしない。だが、1人になった時にその体を抱き締めて、小さく謝る事を知っている。
花の蕾が綻んでいるのを見付けては、嬉しそうに笑うような優しい子供だ。それなのにどうして、戦わせる必要がある。
頼ってくれよ。そうしたら、庇ってやれる。
甘えてくれよ。そうしたら、匿ってやれる。
気が強くて、意地っ張りで、それでいて本質はお人好しの甘ちゃんだから……心配になる。気高すぎる精神と、甘過ぎる心がナミをいつか追い詰めるんじゃねェかと不安になる。
これでナミはまだ8歳だぜ?
本当にこの世界は不思議に満ちてるよと、今は亡き船長の笑う姿を思い出す。船長なら、きっと誰が何と言おうと、本人が泣き叫ぼうと手放さねェんだろうな……。
そんな時敵船から入手した悪魔の実を見て、ナミが僅かに顔色を変えた。悪魔の実を知っている様子に、博識もここまで来たら立派なもんだなと思う。
それから航海を終えて島に戻れば、いつもの陸での日常が幕を開ける。ルフィが懐いて来てくれて、可愛いなと思いながら相手をするのは変わらない日常の1コマだ。
そんな俺をナミは優しい顔で見ているから、お前は俺のお袋か!と叫びそうになった事も1度や2度じゃねェ。
「ナミを見ていると、ルフィがお頭の息子なのかと思わされる時があるな」
グラスを傾けながらベックが突然そんな事を言う。それに何言ってんだと思った。
だがそれに引き続く形で、ナミが後5歳程歳を重ねてりゃ、止めなかったんだがなと言われては噎せるのも当然だろう。この場合、俺は可笑しくねェ筈だ。
平然と酒を飲んでいるナミを初めて見た時、本当に悪魔の実で年齢操作とかしてねェのかと不思議に思ったが、今では見慣れたものだ。この日はマキノさんに許可を貰ったのかナミは中に入って何やら作り始めていた。
出来た物を皿に乗せて各テーブルへと1皿ずつ用意しているのを眺めていたら、俺とルフィの目の前にもその皿が出された。マキノさんの後だってのが少し気に入らねェが、そこは仕方ねェよな。
「熱いから気を付けて食べてね」
「ずるい」
「ん?」
何が狡いと言いたいのかと、ナミの作った物はお前も食うだろうがと思いながらルフィに視線を向ける。そういう意味では、ルフィの方がずっと狡いんだぜ?
船に乗っちまえば、ナミは滅多に食材に近付かなくなる。料理のレシピを考えた時、料理人達が頼めば1度だけ手本として作ってみせるが、他はプロに任せるべきとか言って俺がいくらせがんでも作ってはくれない。
だと言うのに、ルフィには何かにつけて飯を用意しているのを俺は知っている。だがそんな事を考えていた俺に、ルフィは俺も連れて行くかナミを置いて行けと言う。
そういう事かと理解はしたが、それと同時にナミを守れるようになってから言えよ、そういう事はと強く思う。だからこそ俺は、ルフィに呆れの視線を向けつつ言葉を返そうとした所で妙な奴らが入店した。
その瞬間ナミが皿を内側に引っ込めて、掃除道具を用意したから何か起きるらしいと気付く。山賊を名乗る奴らが去って、ルフィがカッコ悪いと騒ぐ中でナミだけは妙に冷静に掃除をしたりしていて……ベックに囚われたのが見えた。
そして聞こえてくる妙な会話。ルフィは怒っていじけているが、俺だとてもしその矛先が俺ではなくルフィやマキノさん、ナミに向けられていれば戦っただろうと分かっている。
……いや待てよ、ナミなら自力で倒すか俺と近い事になってた可能性があるか。酒を被ったナミを見て、怒る俺を宥めて笑うナミが、見えるような気がした。
「前から時々気になっては居たんだが……。見聞色では不可能に近いレベルで、先読みしてる事があるよな?」
「いや、ほら、四皇のビッグマムのNo.2であるカタクリだったかな?が、見聞色鍛え過ぎて未来が見えるって言うし、あながちおかしくも……」
「あるだろうが。ナミの見聞色は、そこまで制度高くないからな。特に、こういう平和な時はな」
ベックの言葉に、これ迄見た事も無い表情でナミがベックを見た。潤んだ瞳で、甘えた声で、幼い表情で……。
「ベックー……。ナミね、難しい事、わかんないよ」
「……ナミ、今度からはベックと呼べ、それと演技力は評価するが誤魔化されてはやれない。詳しく話を聞かせて貰おうか」
……ベックお前すげェな。俺なら誤魔化されたぞ。
って待てお前、お前が愛称で呼ぶ事を許すだと!?
俺にガキ相手にと呆れた様子で言うベックが、だがナミを身内に含んでいるのはお前も同じじゃねェかと心から思う。愛しそうに優しく見つめて、単なるクルーの1人として数えているとか……お前、それこそ無理があるからな、ベック。
それからナミとの会話を終えたらしいベックが俺に耳打ちしてくる。〝宝玉〟は〝夢見による先見の巫女〟でもあるらしいと。
なんだそれは。世界に狙われたくて産まれてきたのかお前はと、そんな言葉を飲み込んで俺はベックに頷く事で応える。
疑うつもりはハナからねェが、世界はナミに優しくねェなと思う。そんなもので注目されたりする事を、ナミは望んじゃいねェんだろうにな。
才能溢れ、見目麗しく、心清く、誰からも愛される。それだけ聞けば幸福の代名詞だろうが……本人はそんなもん望んでねェと分かるから、いっそ憐れにしか思えねェ。
愛する母と、愛する姉、血の繋がらねェ家族と共に、蜜柑を育てながら村人や小鳥相手に歌を歌う。それがナミは幸福だと笑っていた。
生きるのに困らない程度に稼いで、家族の傍で歌いながら蜜柑の世話をして、穏やかに生きて行きたいと語ったナミのそれが、嘘偽りの無い本音だと分かってしまっている。それでも、それが叶わないから……夢もあるから、海に出るのと言ったナミは哀しみが香り立つ程に凛として美しい。
後数年……ナミが成長していたら、間違いなくナミは今頃俺の腕から出られなくなっているだろう。連れて行くには、俺の覚悟が足りねェ……。
そして、事件は起きた。ルフィを押さえ付けている山賊共の元へ向かう俺達に、ルフィは子供らしい表情と態度で、けれども嬉しそうに反応してくれる。
それよりも静かに怒りを湛えるナミが地味に恐ろしく感じるのは、ナミがルフィを猫っ可愛がりしているのを知っているからだろうか。その上で、ルーが人を撃ち殺した瞬間を見てもナミは顔色1つ変えねェ。
自分が何かを殺す事、誰かを傷付ける事は戸惑う癖して、自分が大切な相手だと思う人間がやる事は全て受け入れる盲目的なそれが、微かに心配になる。ナミは、盲目的な愛を向けてくれるから……期待しちまうのかもな。
例えば俺がある日突然狂って人を数万人殺しても、きっとナミは何か理由があるのだと笑って俺を受け入れる。それが分かるからこそ、傍に置いておきたいと思わされるのだろう事も。
だが……同時に泣くのだろう事も分かっている。自分を責めて、苦しむだろう事も。
だから俺は道を踏み間違える事が許されない。そんな事を考えて居たからか、山賊に逃げられ慌てる事となる。
そんな俺を横目にナミは駆け出した。その瞬間ベックに追えと言われてナミを追いかければ、迷う事無く海に出たナミのその船に乗り込む。
「ナミ!落ち着け!」
「落ち着いてるから、海水に触れないでね!」
「海水に?」
何をするつもりなのか。とりあえず様子を見ていれば、ナミは俺のやった玩具の棒で雷を落として見せた。
前に見た技は爆発だったというのに……そうか、だから海水に触れるなと。感電を恐れたのかと分かれば、ルフィがゴムで電気が効かない事を考慮されていたと知る。
なんて奴だよと思いながら、俺はルフィを助けに向かう。多少の怪我はあったが、ルフィは無事で……ナミも力が抜けた様子で座っているのが見えた。
大騒ぎになったのもあり、区切りには丁度良いかとルフィとの別れを決意する。それは同時に、頑ななナミとの別れも意味しているが。
俺の大切な帽子をナミに預ければ、即座に意味を理解して紐を付けてくれる。そうして俺はルフィの為に紐を新たに付けた帽子を預けて、その間に島の人達との別れを惜しんだらしいナミも乗せて船は出航する。
島が見えなくなった頃、ナミが突然言葉を向けて来た。笑顔で向けられたそれは、今日の天気を話すかのような気楽さがある。
「シャンクス!ここで別れた方がいいのかしら?それとも、もう少し1緒に居られそう?」
別れる事に、不満とかは無いのか。お前にとって俺は、その程度の価値なのか。
連れて行きたい。どこまでもナミの事を。
そう思った次の瞬間、ナミは聞き分けのない子供を見るような眼差しで俺を見る。いい子だから、我慢してと言うかのようなその表情に息を呑む。
「ナミは、本当はいくつなんだ。聞き分けのない子供に戻った気分にさせられるんだが……」
「ルフィとシャンクスって根本的な所が似てるから、つい。ごめんなさい」
「ひでェ……!師匠たる俺に何たる言い草か!」
騒ぐ俺にナミはクスクスと笑い、笑い方迄子供らしくねェなと思う。俺の小さな女神は、どうしても俺の元を去るつもりなのか。
その時ナミが俺の腕に触れた。労わるように、慈しむように左腕に触れたその手は、擽られているかのように弱い力でありながら振り払う事が出来ない。
それから甘えるように俺の腕に抱き着くナミが、俺のこの腕を守ったのだと言う事はベックから聞かされている。確かにあの場で飛び込んでいたならば、失っていた可能性は充分にあると理解も出来る。
ナミに連れられて、ルフィの元へ行ったから時間的にも余裕があった。だが、それも何も無ければ……十中八九その通りになっていただろう。
そっとナミの頭を撫でれば、指通りの良いその髪に意識が向く。柔らかな感触に、いつも暇を見ちゃ風呂に入るだけあるなと思う。
そっとひと房持ち上げて、キスをする。この行為が〝思慕〟を意味している事も分かっているが……そうだ、これは、父親が娘に抱くような、そんなものであって……。
「シャンクス、誤解されるとシャンクスが困るんだからやめた方が……」
誤解されたら、困るのか?
……海賊が、ルールなんざ気にして何になる。そう思った時ナミが俺から離れようとするから、その身体を本能的に抱き締める。
離したくねェ……。
小さくて、頼りない子供の身体。まだまだ、これから成長して行くのだと分かっている。
日に日にその成長が分かる程に、幼い筈の存在に……俺は何を求めているのか。そんな事を考えていた俺に、ナミはそっと腕を回してくる。
「シャンクス……今までありがとう。これで少なくても1方的な蹂躙は受けなくて済む。大切な人を守れる」
「……大切な人ってのは、誰なんだ?」
俺を甘やかすように抱き締めてくれている今ならば、答えてくれる気がして問い掛ける。その声が掠れていて、どれだけ必死なんだと自嘲した時、ナミが答えた。
「母と、姉と、母の友達以上恋人未満な人と、私が祖父みたいに思ってる人。それと……村の人達」
「……ナミは、好きな奴とか、いるのか?」
「母と姉と「そうじゃなくて!男で、だ」」
俺が遮った事でナミは小首を傾げる。こんな時だけ子供っぽいのはどういう了見だ。
「嗚呼!あのね、基本的に海賊は嫌いだけど、シャンクスの事も、ベックの事も、赤髪の人達の事は大好きよ。……ありがとうございました!」
……全くもって、嗚呼じゃねェから。そう思いつつ溜息を落とし、色々な感情を押し殺して額に唇を落とす。
恋愛に関してはまだまだガキらしいとわかっただけでも、マシなのかも知れねェな。愛してやまない家族の為ならば、誘拐でもしない限り連れては行けねェ事は分かる。
それ程にナミは家族を愛し過ぎている。きっと世界よりも家族を選ぶだろう程に、家族に溺れているから。
「この先は危険な場所へ向かう。偉大なる航路までついてきてくれるというのでなければ、ここでお別れだ。だが、俺も楽しかった。また、逢おう」
「……ええ、いつか」
その刹那、ナミの瞳に彼岸が宿ったように見えた。俺の死を見たのか、それとも己の死を見たのか。
辞めろよ……それなら連れ去るぞ。同じ喪うのならば、側に居て貰った方がずっといい。
死んだ奴が生きていると思っているなんて事、俺はしたくねェ!荷物を纏めるその姿に手を伸ばし掛けて、拳を強く握り締める。
駄目だ、分かっている筈だ。連れ去ればナミの心が砕け散る事くらい、わかり切っているだろう!
別れの直前に振り向いたナミは、無理して笑っている時の顔で……俺はナミの中で随分大きな存在になれていたのだと知る。そうだ、この強がりが素直に泣いたりする筈が無かった。
「師匠!不肖の弟子ではありましたが、本当にお世話になりました。いつか師匠が、俺の弟子だと誇れるような人間になりたいと思っています」
「……何かあったら呼べ。ナミの事は必ず助けに行ってやる」
俺の言葉に頷いたナミは心からの笑顔を見せてくれた。信じていると、その笑顔が告げている。
何かあれば頼ると、その瞳が語ってくれる。だが、別れの為に背を向けるその瞬間、ナミの瞳が泣いた。
瞳の奥だけで泣くナミに、なんて泣き方しやがると舌打ちが自然ともれて、体が勝手に動いていた。泣くなら、声を上げて泣け。
そうしなかったら、後に響くだろうが!
二の腕を掴み引き寄せれば、簡単に浮き上がるナミの身体を腰を抱く形で支えて唇を重ねる。驚き硬直している間にナミの口内を蹂躙すれば、ナミの体は素直に反応する。
「んっ……!」
敏感過ぎる反応に、だからこそ天候を知る事が出来るのかと納得する。だがこれでは、ナミは相当苦労するだろうなとも思う。
真面目な性格で、こう言った事を楽しめるタイプじゃねェ事は分かるから、何かあった時ナミは自分を責めるだろうなと考えながら唇を離す。その時動揺して居る事を伝える他は、呼吸を整えるしか出来ないナミの唇を角度を変えて再び奪う。
緊張と混乱から固くなっていた身体に、力が入らなくなったのを感じてこのまま部屋に連れ込もうかと考えた直後、何をしようとしてるんだと自分に待ったをかける。危険だ、流石にそんな事したらナミが死ぬか壊れるだろう。
だが……あァ畜生!離したくねェ……。
「もう、ロリコンで構わねェと思う位、気に入ってるんだがな……ナミ、本当に、1緒に来ないか?」
本気で問い掛けた時、強がる余裕さえ無くしたらしいナミが本音を口にした。声を震わせて紡がれるそれに、やっと得心がいく。
「……ばっ……馬鹿、言わないでよ。私は家族見殺しにしてまで、叶えたい願いなんか無いのよ!」
「ナミは、俺の腕が無くなるのを見たと聞いてるが……家族に、何か起きるんだな?」
「……島が、海賊に占領されて、全員が奴隷にされる。その中で私だけが、能力の高さに目を付けられる事で、行動を共にする事になる。その占拠される時、母が私と姉を庇って……殺される」
そう言ったナミが、静かに涙を流した。綺麗すぎるその泣き方に、呼吸が止まるかと思う程……。
「母を殺した奴らに忠誠を誓い、協力する事で、村の人達と姉は、殺されないですむ。それでも、奴隷の立場に変わりはない。……私は、理不尽に母を殺させるつもりも無ければ、皆を奴隷にするつもりもない!刺し違えてでも、守ると決めているのよ!」
だから、戦い方を知ろうとしたのか。未来を……運命という大きな濁流を1人で変えようとしているのか。
「……母を喪い、妹が囚われ、1人で残される姉の気持ちを考えたら、そんな未来は選べない。母だってまだまだこれからなのよ!血の繋がらない子供の為に、簡単に命を落として良いような人じゃないの!」
「ナミ」
もういい……もう、わかった。守ってやる。
ナミが望んでくれるならば、確実に守ってやる。相手が四皇だろうが何だろうが、守ってやるから……だから、今は泣いとけ。
そっとコートの中にナミを隠して、好きに泣かせる。血を吐くような心の叫びを聞いて……未来なんて見えてもいい事ねェなと思わされた。
だがきっと、何も知らずに育っていたならば、ナミは穏やかで優しく、戦えない美少女となり、搾取され大切な存在を喪い、それから……立ち上がったのだろう。最愛の姉を守る為に、戦い始めたのだろう。
傷だらけの身体と心で、強がりながら、その傷を見事に隠して冷たく笑うナミの、別な未来が見えた気がした。誰にも頼れずに、心をヒビ割れさせながらもがき苦しみ、けれどもそれを隠して戦う姿が……。
それが早かったか、遅かったかの違いで、俺は今ナミと出逢えて共に過ごせたのだろう。それによりナミもまた、喪わない未来へ進める可能性を得た。
縋るように俺に抱き着く温かな存在に、けれども声を出して泣く事の出来ない不器用な姿に、抱き締め返してやる他俺は何も出来なかった。泣き止んでからモゾモゾと動くものの、混乱している様子を見せるナミを眺めていたら、ベックが耳打ちして来た。
「連れて行けるか、説得してやるから1度離せ」
俺がベックの言葉に頷き手を離すと、ベックが迷わずナミを抱き締めた。それが妙に不快だ。
「ナミ、俺達がそれを始末するって方法もある。違うか?」
「無理よ、いつなのか時期がハッキリしないもの。下手したら4年後、近ければ数日中。だからこそ私は情報を集めているし、身動きが取れないのよ」
「いくつの時から、準備していたんだ?」
「……物心ついた頃から、よ。母と姉も協力してくれてる。私は1人じゃないから、大丈夫よ」
説得は失敗かと思いながら、ナミを取り戻してとりあえず部屋で寝ても良いかと思ったが、それを敏感に感じ取ったらしいベックに5年は待てと言われる。俺はそこまでケダモノじゃ……あるな。
獣じゃねェと言葉を口にしたが、ヤソップにまで無理があると言われてしまえば、笑いの渦の中で、そうだよなと思う他無い。そして、ベックの影に隠れているナミに視線を向ければ、その反応から流石にあの濃度のキスは早かったかと少し思う。
「流石に早かったか?」
俺の言葉にナミは、赤べこかと言いたくなる程赤く染まった状態で首を縦に振る。周りがどれ程笑おうとも、ベックは気にした様子もなく親鳥が雛を守るようにナミを庇う。
「ベック、ありがとう。もう、大丈夫だから。皆は四皇になるのだし、いつまでも私に構ってる場合じゃないわ」
「……そう言えばナミ、この義手どうしたらいいと思う?」
「義手?」
「お頭の腕が無くなると聞いていたから、用意しておいたんだが……」
2人の会話は場の空気を和ませる。怒り出したナミを見て、優しい顔で笑うベックに1瞬誰もが声を失う。
それ程に、ベックがナミへと向けるその眼差しは優しく慈愛に満ちている。そうしてベックに抱きついたり甘えたりした後で、ナミは小船に乗り込んで行く。
俺達が手を伸ばすには少し難しい距離を保ってから振り向いたナミは、寂しそうな笑顔を向けている。だから俺は言葉を繰り返す。
連れ戻したい衝動を抑え込んで。ナミの進む道が、明るいものである事を祈りながら。
「ナミー!忘れるな!何かあれば言え!必ず助ける!」
それに対してナミは大きく手を振り、応える。船縁から動けない俺を想ってか、クルーが勝手に船を動かす。
その姿が見えなくなるまで、その場を動けない俺にベックが声を掛けてきた。その声は、妙に優しい。
「そう簡単には、ナミを害せないだろう。アンタが強くしたんだ」
「だが、ナミは甘い」
「それを補えそうな物は渡した」
「あ?」
「……海楼石で作った短剣だ。ナミなら上手く「それ、扱えないだろ」」
確かに市販されてる物もたまにあるが、高い上に重い。ナミの腕力や握力では、持て余す事が考えられる。
「……ナミに合わせて作らせた。大丈夫だろう」
当然のように言って去るベックに、お前それいくらしたんだよとは、怖くて聞けなかった。……次に会う時は、ナミが見た未来の通りに四皇になっていてやろう。
そうしたら、ナミを守る為に必要なものはきっと揃っている。そうすれば、安全に守り抜いてやれるだろう。
……イザとなれば呼べよ、ナミ。必ず助けに戻ってくる。
そう誓って俺は未来を見据えて前に進む。今は、暫しの別れだ。