波間の向こうを目指して(新・本編side) 作:夢枕 七変化
俺が二日酔いに苦しんでいたある日、鷹の目が遊びに来た。それはいつも通りの様子で、伝言があると言ったそれに視線を向ければ、平然とした様子でルフィの手配書を見せられた。
それを見て、向い酒だと言って祝杯をあげる俺達に鷹の目は少しだけ笑った。鷹の目は剣に関わるような時だけ感情表現が豊かになるが、他は基本的に表情が変わらないので、微かな変化を目敏く見つけられるようになっちまってる。
長い付き合いだから仕方ないとは思うが、コイツとも昔は本気でぶつかりあったなと若い頃を思い出す。酒を鷹の目にも用意してやれば、相変わらず女が好みそうな甘口ばかりに手を伸ばす。
……遠慮してんのか、まさか、コイツ。そんな事を考えながら伝言について聞いてみる事にした。
すると鷹の目は平然とした様子で、ナミの写真を見せてきた。その写真には、当時の面影がある。
オレンジの長い髪と、明るい笑顔。それにしても、本当に美人になった上にスタイル良いな。
疑う事も無くナミだと思ったのは、何故なのか。思わず手を伸ばせば、鷹の目が視線でやらんぞと言ってくる。
お前、ケチだなと視線で返しつつ、それでも手を伸ばせば、ベシンと叩き落とされた可哀想な俺の手を軽く摩る。本当にケチだな、良いじゃねェかくれたって。
「……〝蜜柑農家で呑気に楽しく平穏に暮らしていた〟と伝えてくれと、最初は頼まれたが……次に会った時は、訂正された」
「へ?」
「〝ルフィのクルーとして共に約束を果たすつもりだ〟と、伝えて欲しいと言われた」
鷹の目の言葉に俺は思わず声を上げる。それに対して鷹の目は嫌そうに顔を歪めた。
「ルフィのクルー!?何で俺の所に帰らねェんだよ!?」
「知らぬ」
「何処で会ったんだ!?」
「海で」
「……ああ!会話が成立しねェ!ベック!頼む!」
俺がベックにバトンタッチすると、鷹の目は南瓜の種を食べながらご満悦の様子を見せていた。元々捨てていたそれをナミが、捨てるくらいなら頂戴と言って作ったのが始まりの南瓜のツマミ。
今では酒を呑むと言えば出される定番になっているが、鷹の目がこれ程気に入るとは思わなかった。甘塩っぱい物が好きなのか?
それからナミとの出逢いと別れを簡素に説明されたのを聞き、俺はいてもたってもいられなくなる。ナミに、会いたい。
「鷹の目、ナミに会いに行こう」
「お頭、ナミの居場所が分からねェだろ」
「それによ、今白髭の所に遣いに行ってもらってるだろ。大人しく待てよ」
「待ってても帰ってくるのは男で、ナミじゃねェもんよ。俺は逢いに行くぞ!」
「この、酔っ払いが!」
酔ってるのは半分だが、そういう事にして俺は鷹の目をひょいっと脇に抱えて歩き出す。それを見たクルーが何故か申し訳なさそうに鷹の目に視線を向けるが、鷹の目は気にした様子もなくポリポリと南瓜の種を食べ続けている。
「お前は、巨大ハムスターかよ!?」
俺の言葉に五月蝿いと言いながら鷹の目は素直に運ばれ、どれだけ気に入ったのかは知らねェが南瓜の種を食べ続けている。それでも話をふれば返事はするので、その会話からナミの進路を割り出して追いかける事となった。
途中で食料調達に寄った島で何故か大量の南瓜の種を貰って来た鷹の目にずいっとそれを差し出され、あのツマミを作れと言われた時はこの自由人がと叫びたくなった。だが、まァ乗せてもらってるしなとツマミを作る。
……簡単な物で良かった。俺が作っているのを見て、料理が出来るとは思わなかったとか言われたが、それなら作れとか言うなよと本気で思う。
そうして空島に到着した俺達は、とりあえずナミが本当に居るかと覇気で探り、どうやら面白い事になってる様子のそれに笑いながら歩き出す。ここからは少し離れている所にだが、ナミは居るらしい。
暫く歩いていると、空島にいると言うのに、更に上空から人が落ちて来て器用に着地した。その華麗なる着地に思わずおぉ!と思ったが、その姿を見て呼吸が1瞬止まりかける。
森の中でビキニ姿、その上腰に紐を巻いて武器を装着していると言う何とも言えない姿を晒しつつ、不安そうに空を見上げる美少女は紛れも無くナミだ。何かを考えるより早く、何かを言うより早くその体を抱き寄せれば慌てた様子で俺を見たナミが固まった。
相変わらず蜜柑の香りがして、肌の感触は子供の頃から変わらない。俺を見て固まる無防備な姿に、言いたい言葉の大半が消滅した。
「大きくなったな、ナミ」
その瞬間ナミが大粒の涙を流して、俺に両腕を伸ばして抱き着いてきた。俺を呼びながら。
「っ……師匠ー!」
「なんでここで名前じゃねェんだよ」
俺の問い掛けを無視して泣き続ける姿に、色々あったんだなと思う。ナミが俺を泣ける相手と認めている確かな証拠だが、ずっと傍にいて泣く事になる要因全てを遠ざけて……守ってやりたかったと心から思う。
昔からナミは、子供らしくない子供だった。今は随分といい女になったのに、心はあの頃のままなのだろうか。
優しく、甘く、それでいてプライドの高い、賢い子供。それが俺の前では、こうして無防備に涙を見せる。
それが、どれだけ嬉しいか。今は好きなだけ、泣かせてやりたい。
それでも理由を知らなければ、ナミの涙が枯れ果ててしまいそうだと思い、仕方無く言葉を口にする。何処か幼さの残るナミの様子に、微かな優越感を抱く俺は駄目な男だろう。
「大丈夫じゃ無さそうだな。……どうした?泣き顔なんて、珍しい。聞いてやるから、1つずつ話してみろ」
俺が諭すように言ったからか、ナミは小さく頷くと唇を僅かに開き……固まった。明らかに思考が停止してる様子に、その視線を辿れば鷹の目がいて、まさかその存在に今気付いたのかと思えば愛しさが増す。
そうか、俺しか見えてなかったか。愛い奴め。
「ん?あァ、鷹の目か。ローグタウンまで案内してやったんだって?」
「えぇ、そう、なのよ」
俺の言葉に曖昧に頷いたナミは、少しの緊張感を持って鷹の目を見ている。助けた相手にナミがこんな様子を見せるとは思えず、何かあるなと俺も少し警戒する。
その瞬間に聴こえてきた鷹の目の言葉に、俺は巫山戯るなと心から思い思わず睨み付けた。分かっていて、問い掛ける。
「どう言う、意味だ?」
「……話さなかったか。ナミの〝ハジメテ〟は〝俺が奪った〟のだと」
「やめて!」
悲鳴のような声でナミが静止するのを鷹の目は不思議そうに見て、それから鼻で笑った。だが、その1瞬鷹の目の瞳に、暗いものが宿ったのを見逃せなかった自分が嫌になる。
鷹の目、お前も本気なのか。そう確かに思ったが、続いた鷹の目の言葉で、俺は体が怒りに震えるのを抑えられなくなる。
「……ナミは嫌がっていた。あれは明らかに強姦だろう。後悔も罪悪感も無いがな」
「……ナミを、犯した?それも、はじめてを……だと?」
「あァ、泣いて嫌がり、貴様と副官を呼んでいたな。……もし孕んだなら言え。ナミごと貰い受けてやる」
俺を、助けを求めて呼んだ……?
この意地っ張りが、泣きながら……?
抱き締める腕に力を込める。今度は守ってやる。
助けに行けなくて、悪かったな。もう、大丈夫だ、俺が今切り刻んでやるからな。
「……鷹の目、覚悟は、出来てるか?」
「たかだか〝師匠〟が出しゃばるな。これは恋愛絡みの話で師匠でしかない貴様には関係なかろう」
「シャンクス、大丈夫だから!私、気にしてない!だから、やめて。お願い。ミホークさんも……煽らないで」
そのナミの言葉に、俺はナミへと怒りの視線を向ける。甘い甘いとは思っていたが、強姦魔迄庇うつもりか!?
「気にしてない?……初体験を強姦で奪われたのに、か……?」
俺の怒りをまともに受け止めて、それでもナミは微かにその身を震わせる程度に留める。そして、射抜くように真っ直ぐに俺を見て、それからふわりと笑った。
その微笑みは、俺に向けられているものでは無い。ナミお前、誰を、見ている?
「……私の男は、全てわかった上で気にしなくていいと言ってくれたわ。それに、ちゃんと上書きするように愛してくれてる。だから、もう気にしてないのよ」
幸せそうに、蕩けるように笑うその顔は恋する乙女そのもので……何よりも、気になる言葉が多過ぎて俺は辞めとけと自分で思いながら、質問する為の言葉を吐き出していた。
「……男?誰だ」
聞いてどうする。ナミは、本気だろう。
認めたくねェ。ナミは、俺のものだ。
そんな俺にナミはキョトンとした表情になってから、1人納得した様子で微笑む。愛しそうに、幸せそうに笑いながら。
「ルフィよ」
「……よりにもよって、ルフィか。……ナミ、俺にしとけよ」
「……?何を?」
昔から確かにルフィは特別扱いだったが、明らかに弟か息子枠だっただろうが。何があった……?
俺の言葉に不思議そうにしている無防備なナミの頭皮に触れると、体は素直に反応してナミはそれに戸惑いを見せる。どうやら、頭皮が性感帯になり得る事を知らねェらしい。
だが、それが目的じゃねェんだよ。俺に……堕ちろ、ナミ。
官能的に口付けてやれば初めは呆然と受け入れていたナミが、正気付いて抵抗して来る。体は素直に受け入れているのに、心が拒絶しているのだろう。
……抵抗出来ないくらいに、感じさせてやるよ。キスってのは、こういうものだ。
ルフィのそれに慣れてるならば、違いに戸惑い抵抗なんて出来ねェだろう。それに対してナミの体は素直に反応を示し、それでも呼吸の為に唇を離した隙にもうやだなんて言いやがる。
それでも、さっきの俺の言葉の意味は通じただろ。これで通じてなければ、この場で抱いてやる。
「……こう言う意味で、俺にしとけと言ったんだ。ナミ、俺のモノになれ」
「や、だ!私はルフィの……!」
他の男の名を紡ぐ唇を塞げばナミはイヤイヤと両手で俺の顔を押してくる。その抵抗は儚く、余計に俺を煽る。
触れるナミの指先が、その変わらない蜜柑の香りが俺を煽る。細く柔らかな体が俺を誘う。
「んっ……ぅ……ゃ、ァ……!」
愛らしい喘ぎがナミからもれる。もう、このままこの場で喰って良いだろうか……?
そう考えた俺に天誅とでも言わんばかりにナミが覇気を纏った足で俺の息子さんを本気で蹴り飛ばした。流石に腕の力が抜けた俺は、むざむざとナミを逃がしちまう。
そして文字通り脱兎の如く逃げ出したナミは、少し離れた所で俺を戸惑いと怯えと、微かな怒りを持って睨んでいる。だがな……お前、そこを攻撃するのはどうなんだよ……!
「ナミ……お前……」
「ヤダって言ってるのに!私は、ルフィのものなの!」
お前な、それ俺だから耐えて聞いてやれるが、他の男に言ったらヤリ殺されるぞ。こういう時に、他の男の名を出すなって……。
そう思った時、ナミがべーっ!として来て、出逢ったばかりの頃は大人な様子しか見せなかったナミが、打ち解けてから時折見せていた幼い姿を思い出す。
それにより懐かしくなり、別な意味で愛しくなる。あァ……かなわねェなァ……。
突然笑いだした俺にナミがどうしたの?と視線で問いかけてくるから、素直に答えてやる。本当に、ナミが愛しい。
「ナミが、そういった幼い行動を取るのも随分と珍しいと思ってな。……本当は攫って行くつもりだったが、今回は見逃してやる。……それで、なんで泣いてたんだ?」
「もう、話しません!」
1丁前に警戒心剥き出しにしているが、さて……どれだけ持つかな。相手は俺だぞ?
「ナミ?」
名を呼ぶだけで揺れる瞳。それは、長年かけて得た信頼とナミの元々の甘さが原因だと分かっている。
さァ、飛び込んで来い。来たら、可愛がってやる。
手を広げればナミは戸惑いながらも、1歩足を踏み出し……。
「ナミ、信じるな。喰われるぞ」
邪魔者な鷹の目によりそれは阻止された。そして、呆れを隠さないままに鷹の目は言葉を続ける。
「主は、甘いな。赤髪はその舌先三寸で生きてきたようなものだぞ」
「鷹の目!?お前、俺の事そんな風に見てたのかよ!?」
確かに否定出来ねェ部分もあるけどよ!ここは邪魔すんなよ。
そう思う俺に鷹の目は応えず、ナミにここへ来た経緯を話し始める。明らかに俺の存在を無視して。
そのまま戸惑うナミにさり気無く己の想いを伝えつつ、俺の本心を勝手に暴露し始める鷹の目。それを止めさせようと言葉を挟んでも無視され、ナミと鷹の目は会話を続ける。
いや、少しは俺の話も聞こうぜ?
「二人共俺の話も聞け!」
ガルルと鷹の目に飛び掛るも剣を使わない俺に、鷹の目も軽くあしらって終わらせてくる。その上でナミに呼び捨てにされると言う結果を悠々と得た鷹の目は、これまでに1度も見た事の無い優しい顔で笑った。
……お前、そんな顔出来たのか!?
視線を向ければ動揺からかナミの顔が赤くなる。……待てよ、そういやナミは基本的に大人が好きだよな。
村長さんとかに凄ェ懐いてたし、ベックも特別枠で理由を聞いたら、唯一まともな大人だからと言われたのを思い出す。
鷹の目ってもしかして、ナミのタイプに近いんじゃねェか?
でも、なら何故ルフィなんだよと最初の疑問に戻る訳だが。その答えは、直接聞き出すしか無さそうだな。
「……気は長い方でな。待っていてやる。何年でもな。だが……妙な抵抗をすればその限りでは無い。また会おう、ナミ」
「ミホーク……」
そんなやり取りの直後、鷹の目が俺に1瞬視線を向けたと思ったらナミにキスをしやがった。だが、ナミ次第だな。
嫌がらなければ止める必要はねェし、自力で逃げられ……は、しねェか。だが、何よりもさっき気にしてねェと言っていたんだから、お手並み拝見だな。
「や、だ……!」
その震えた声を聞いた瞬間、俺は無意識で足を前に出していた。何がお手並み拝見だ、余裕なんかねェよ馬鹿か。
「ルフィ!ゾロ、サンジ君、ロビン!シャンクスッ!ベック!」
見事に男の名前が並ぶそれに少し苛立ちはあるが、俺の名が含まれていたから良しとする。俺が愛剣を抜けば鷹の目もナミを離す。
それから鷹の目は苛立ちを隠さずに問い掛けてきた。その殺気だけで常人なら震え上がるだろうものを向けられても、俺から見れば本気の度合いがわかる程度だ。
「邪魔するか、赤髪」
「ナミが、助けを求めたからな」
「……随分、後に呼ばれるようになったがな」
「順番なんてのは、いつでもいい。ナミが俺を呼んだなら、助ける。そう約束してある」
俺は、ナミを守ると決めている。ナミは俺の大切な女なんだよ。
互いに睨み合う俺達は、けれども先にそれから視線を逸らしたのは鷹の目だった。今俺と、本気で争うつもりは無いらしい。
「ナミ、帰らぬ方が良いか?」
「……気を付けてお帰りください」
随分打ち解けた様子を見せるナミに、その理由が好みだからとかじゃねェだろうなと少し苛つく。犯されたんだったら、もう少し怯えねェか、普通。
……そんで俺に泣いて飛び付くくらいしてくれても、俺は嬉しいんだがな。そう思うが、ナミの性格でそれは無理なのも分かっている。
それから鷹の目は言いたい事を言って去って行く。少し俺にナミとの時間を寄越したのだと分かれば、自然と舌打ちがもれる。
さて……どうしたものか。
俺はナミを見つめて少し考える。大切だからこそ、この場の行動が重要なのは火を見るより明らかな事だから。