波間の向こうを目指して(新・本編side) 作:夢枕 七変化
色々考えてみても、正解なんて分かりはしない。ただ、ナミに嫌われるのも泣かれるのも本意じゃねェ事は確かで……頭をかきつつ溜息を吐き出す。
俺は……ナミが欲しい。だが、ナミは俺のモノになろうとはしねェと理解も出来る。
……誰が思うんだ、こんなにも美しく成長しておきながら、中身はあの頃とほぼ変わらずに生きているなんて……。男好きしそうな身体と、アンバランスな程に可愛い顔立ちと、変わらない甘い性格……か。
真っ直ぐに見詰めていたからか、ナミは怯えた様子で1歩その身を引いた。その様子に、襲いたくなる自分の衝動を押さえ込んで、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……鷹の目が話した事に、概ね間違いはねェな。だが……俺は〝兄〟や〝師匠〟としての立場も捨てるつもりはねェから……とりあえず、今は本当に何もしねェ。だから、怯えないでくれ」
「シャンクス……」
「惚れてるさ、ナミにはずっとな。だが、だからこそ泣かせたくねェんだよ。……ナミ、来い」
言いながら手を差し出せば、ナミはふらりとその身体を揺らしながらゆっくりと歩み寄り、その後駆け出して来た。変わらない蜜柑の香りを振りまきながら、風に髪を揺らしながら、俺の胸に迷い無く飛び込んで来る。
どうしたって俺は、ナミが愛しい。素直に甘えて来るこの温もりを離したくはない。
「全部、話してみろ。俺達と離れてから、何があったのか、全て……」
「シャンクス」
「ゆっくりでいい。焦らなくていい。ちゃんと聞いてやるから、話してみろ」
隠す気のない愛情を込めて発した俺の言葉にナミは小さく頷くと、ポツリポツリと語りだした。それは、俺の想像していた物より随分と悪く……俺は話を聞きながら、幼い頃にナミが話していた事を思い出していた。
俺の腕を失わせない為に駆け回ったように、母親の命を喪わせない為に戦い、そして敗北した事による代償を1人で背負ったのか。俺の腕を守った事を恩に着せなかったように、家族や村人を守る事に対して見返りを求める事無く耐え続けたのだろうとわかる。
そんな苦しみの中でお人好しなナミは、俺達を〝巻き込まない〟為とか〝迷惑をかけない〟為に、誰にも助けを求める事はしなかったのだとわかる。そんな時にルフィに会って、逃げても逃げても諦めずにナミを追い掛け続けたルフィにより救われたのか。
そんな風に逃げ回っている途中で、ナミは2人の男に犯されて……。それでも、それで得た物を使い村人を助けようとした。
ナミらしいと言えば、らしいのかも知れねェな。転んでもタダでは起きない辺りも、自分を顧みない所も。
海賊が約束を反故にしたと言う話を聞いても、当然そうだろうなと思う。話を聞く限りにおいちゃ……ナミが人間だから手を出さなかっただけで、恐らくその魚人はナミを愛していたんだろうと分かるから。
俺だとて1歩間違えれば同じ事をするだろう。ナミを囚えて、閉じ込めて、俺無しじゃ生きられなくしてやりたいと願う気持ちは痛い程にわかる。
それでも、それをすればナミはもう二度と、俺にこの甘えたような顔は見せないだろう。そして……花のような笑顔を見せる事は無くなるのだろう。
だから、俺は理性を振り絞り〝兄貴〟や〝師匠〟の立場を貫く。その為に頭をそっと撫でてやれば、その瞳が微かに揺れた。
「よく、頑張ったな。そりゃ、ルフィのものにもなるよな……。ナミは昔から、命よりも家族を優先してたんだから」
「シャンクス……」
甘やかな声で、ナミが俺を呼ぶ。だから俺は、お前を傷付けられねェ。
無防備な迄の信頼を、裏切れねェ。その甘やかな、絹の鎖を引きちぎる勇気を俺は持たない。
「……まだ、俺はナミが泣ける相手なんだろ?なら、もう無理に襲わねェよ。今はまだ、ナミが泣ける相手でいてやる」
「シャンクスッ!」
「心のままに泣いとけ。どうせまだ、その仲間達に縋って泣ける程じゃねェだろ。ナミは、プライドが高いからな」
俺に縋るようにして涙を流し続けるナミは、脆く儚い。耐えてきたんだろう、誰かに頼れば、甘えれば二度と立てなくなると分かっていて……独りで戦ってきたのだろう。
強がりで頑固で、素直で……嘘の苦手なナミだから。俺になら甘えられると言うなら、少なくとも今は……今だけは……俺だけのナミだ。
昔と違い抱き着かれると胸が当たるとか、ンな事今は言ってられねェからな。昔と同じだと初めは思ったその香りに、女の色香が混ざっているのは、耐えてやるさ。
「涙が枯れるまで泣いておけ。今は……俺だけだ」
こうしている間は、俺だけのナミでいてくれる。だからその涙が枯れるまで、独占させろよ。
その後涙が落ち着いてきたのが分かれば、その額に軽くキスをしてから立ち上がる。何時までも押し倒せる状態にいたら、理性が焼き切れると自分でわかるんだから仕方ねェ。
それを隠して笑えば、ナミは少し幼い顔で嬉しそうに笑い返して来た。……この顔が見れなくなるのは、惜しい。
「それで、この島では何が起きてる?俺の手は必要か?」
俺の問い掛けにナミは迷う事無く、わかりやすく状況を説明してくれる。それならば片付けてやろうかと問い掛けると、戸惑ったような顔で俺を見て来た。
ロギアの能力に胡座をかいている若造なら、倒すのは容易い。ナミが安全になるならば、別段俺としては何も問題はねェんだが……。
だが、雷か。それならルフィに強敵と戦わせる事で経験を積ませてやらねェと、この先を考えた時ナミを任せられねェよな。
この場で抱く事も、連れ去る事も、造作の無い事だ。だが、ナミの心は壊れちまうだろう。
俺が力で抑え込んで犯しても、甘く優しく自分に自信を持てないナミはルフィを想い自分を責めるだろう。連れ去ればルフィを想い泣くのだろう。
……
「だが、相手が雷ならルフィでもどうにかなるな。ナミはルフィに強くなって貰いたいんだろう?」
「強くと言うより、真っ直ぐに生きて欲しいわ。妥協する事を、覚えないで欲しい」
「それなら手は出さねェ方が良いな」
したり顔で頷き言葉を口にしながらも、視線をナミに向ければアラレもないその姿に、目眩が起きそうになる。即座にコートを脱いでナミに掛けると、本当に人形のように見えて来た。
その背には俺がルフィに預けている麦藁帽子が有り、ルフィがこれを託せる相手としてナミを見ているのだと分かれば少し胸が痛む。……泣かせずに済む方法があるのなら、手放したりしねェのにな。
「いくら夏島でも、その姿は目に毒だ。どうせ仲間の為だとかで必要に迫られてだろうが、俺の心の安定の為に着ててくれ」
マジで襲いそうだ。美味そうな肉体が、食べて食べてと俺を誘う。
美味そうな果物の香りを纏い、瑞々しいその肉体を惜しげも無く晒す。それでいて中身は無防備、顔は愛らしい。
ナミはコートを汚さない為なのか、突然立ち上がると引き摺っていない事を確認してホッとしたような顔をする。そして……あろう事か俺のコートの襟元に頬をつけて、安心したような顔で微笑んだ。
コートに甘えているような、安心しきった顔をされてしまうと、全身がナミを求めて暴れそうになる。渇いているのは、喉か、身体か、それとも……心か。
「ナミ、そのコートはやる。返そうとかしなくていい」
「いいの?」
「帰ればあるからな、何枚も」
「それは知ってるけど……」
戸惑った様子のナミに、早く下着にしか見えないそれを隠せと前を閉めてやれば、足元まで閉めれば今度寝袋状態になり動けないかと気付いて途中で辞める。これで心の安定がはかれると思い、ナミの姿を確認した瞬間……自らの理性と欲望が鬩ぎ合い始めた。
結果俺は、自らの頭を抱えてその場で座り込む事になったんだが。幼い子に、卑猥な事をしている気分にさせられる。
「悪い事してる気分だ」
俺の呟きに対してナミはキョトンとした幼い顔を向けて来るから、罪悪感と共に息子さんが頭を擡げる。肉体だけ大人になってる幼女が、俺の目の前にいる。
「辞めろ、そのキョトンとした幼い顔。罪悪感が……」
ついでに理性が……。耐えろ、俺。
「このコート、シャンクスが1緒に居るみたいで安心する。ありがとう、大切にするわね」
「何も分かってねェ……」
もう駄目だ。キスくらい許せよ。
そう思ってその細い身体を抱き寄せ唇を重ねれば抵抗される事が無くて、何も分からずにただ受け入れちまった感じのそれについ笑う。泣いたばかりだからか、俺といると子供に帰るのかは知らねェが、抵抗されなかったからまァ今回の収穫はそれでいいかと思って笑う。
「鷹の目の船がねェと帰れなくなるから、今回はここまでだな。ルフィには、宜しく言っといてくれ。……今会うのは、約束と違うだろうからな」
「うん、分かった。シャンクス、私……」
冷静になって恥ずかしくなってきたのだろう。だから俺は、それに構わないんだと伝えようと口を開く。
「良いさ、ナミの泣き場所はまだ〝家族〟と〝赤髪海賊団〟だけみたいだからな」
「どうして、わかるの?」
わかるさ、ナミの事なら何でもな。俺はナミが想像している以上に、ナミを愛している。
「ずっと共に過ごしてきた。離れても手紙を読んでたからな。……帽子は、ルフィから預かったのか?」
「敵を前に、私、動けなくなっちゃって……情けないわよね。怖かったのよ。……そんな私に、貸してくれたの」
ルフィらしいなと小さく笑う。ナミが〝自分の身を案じて〟動けなくなるなんて、そんな嬉しい報告があるとは思わなかったと、それと同時に思う。
そして、ナミを変えたのはルフィなのだと理解する。自分を顧みる事のなかった馬鹿な子が、漸く傷付けられる事に恐怖を覚えてくれた。
「ルフィは、本気なんだな」
俺が、変えたかった。側にいて、守ってやりたい。
だが、連れ去れねェし、ルフィとの約束もある。いい女に、なり過ぎるなよとナミに内心で呟いて、その姿を目に焼きつける。
「離れ難いが行かないとな。ナミ〝赤髪海賊団〟はいつでもナミを歓迎する。忘れるなよ」
そう言って背を向けたが、きっと次に会えばもう抑えられねェだろうなと思う。子供の時とは違う大人の肉体で、変わらぬ愛情と信頼を向けて来るナミ。
俺だけのモノにしたいと騒ぐ心を抑え込めたのは、奇跡だろう。我慢しなくて良い為に、海賊になったってのになァ……。
鷹の目と合流すると、鷹の目から怪訝そうな瞳を向けられた。どうしたのかと視線で問い掛けると、呆れたように溜息をつかれる。
「……ナミを抱かなかったのか」
「抱けるか。あんな無防備に信頼されて」
「俺は、それを犯したが?」
鷹の目の言葉に俺は睥睨するが、鷹の目はそれを気にした様子も無く、顎で船に乗るよう示す。それに素直に従う俺に鷹の目は言葉を向ける。
「……善かったぞ、ナミの身体は。初めてでアレならば、今頃は恐ろしい程に名器となっているだろう」
「鷹の目……!」
「汗ばむと、蜜柑の香りが強まり余計に溺れる。麻薬のような女だと思わされた。肌も吸い付くようで、止まれなくなった」
「いい加減に……!」
「そんな中で、いの1番に助けを求めたのが、貴様だった。繰り返し、意識が薄れれば薄れた分だけ……貴様を呼ぶ回数が増えた」
つらそうに、鷹の目は言う。そして、珍しく自嘲的な笑みを浮かべたと思ったら、俺の姿に小首を傾げた。
「そんな事より貴様、コートはどうした」
そんな事とはなんだ。ナミの身体が極上だとかってのは、お前にとってはその程度の価値かこんにゃろう。
「ナミにやった」
「……それはまた、随分と卑猥な姿になりそうだな」
「五月蝿ェ、想像するな」
鷹の目はそれにクツクツと喉の奥で笑いながら、船を動かした。その後は互いに何も話す事は無く、空島を後にする。
……ナミ、俺にはお前を諦めるなんて……出来そうにねェよ。
心で呟いたそれがナミに届く筈も無ェのに、落下しつつもナミの事ばかりを考えていた。再会は、そう遠くない未来に待っているのだとも知らずに。