波間の向こうを目指して(新・本編side) 作:夢枕 七変化
無邪気に船に乗りたいと言うナミに、あの船が誰の持ち物か知らないらしいと気付く。……となれば、この装いは単純にカジノの為か。
「……俺にパートナーが居るとは考えねェのか?」
少しは意識して欲しくて言った俺の問い掛けに、ナミは素直に驚きの感情を乗せた表情を見せてから、サラリと俺を躱して〝他の
許せるか、そんな事。それに何よっ!なんて言いながら睨み付けてくるそれは、何処か危うい。
「他の男ってのは、許せねェな。……1緒に乗ってやる」
「シャンクス、ありがとう!大好き!」
無邪気にその体を押し付けるように抱き着くナミに、呆れそうになる。お前、自分の体型を理解してるか?
自らいい女になると言い切っていた割に、無頓着なんだよなぁ。まァ、警戒されたらそれはそれで嫌なんだが。
「無邪気だな、お前」
それに少しムッとした表情を見せるから、その耳元で低く囁く。少し2人で楽しむかと。
それに対して頷いたナミは、明らかに意味を理解していない。その証拠に、部屋代を半額出すと言い切ったナミに、俺はこの馬鹿猫と思いながら息を吐き出した。
入口まで共に進むと、ナミは娼婦や権力者に媚を売る女のように俺に撓垂れ掛かり、俺の腕を胸に抱く。そんな顔出来たのかと言うような艶やかな笑みで、宝石を差し出し手馴れた様子でチップを受け取るが……少し色を付けられてるな。
その為の正装かと思えば面白くは無い。チップを弄びつつ進んだナミは、廊下でこの後どうするのかなんて聞いて来る。
……お前を抱こうと思ってる、と言ったらどんな反応をするんだろうか。とりあえず部屋は無料だと教えれば、ナミはルフィの為に稼ぎに来たのだと言って笑う。
「稼げと天使が囁いてるわ」
「……いや、流石に天使はそんな事囁かねェだろ」
寧ろそんな天使は嫌だ。そう思って溜息を落とす俺に気付かない様子で、ナミは笑顔で飛び出して行く。
「そんな訳だから、稼いでくるわね。シャンクスは好きに過ごしてて。付き合わせてゴメンね!」
「何がそんな訳なんだよ……」
そうしてナミは当然のように俺から離れて、カジノの開催場所へと足を進める。戦いに出る事を楽しむウチのクルーと同じ顔をしているから、勝てるのだろうとは思うが……。
やっぱ、ナミは俺のクルーって所だけは変わらねェと思って良いよな。……なんて事を、俺は内心で自分に問い掛けていた。
近くのボーイにオーナーについて問い掛けると、そろそろお出ましになられるかとなんて言われて、ナミを1人にはできねェなと足を進める。優雅にグラスを傾ける美女は、俺が隣に立つと視線だけでどうかしたのかと問い掛けて来た。
「……傍に居させろ」
「邪魔しないなら、良いわよ。私が台に近付いたら、話し掛けたり触れたりしないって約束してくれる?」
俺にそんな事を言うのは、世界広しと言えどお前位なモンだろうよ。そう思いながらも、頷いちまう俺の弱さ。
「分かった。ついでに護衛してやるよ」
「ふふ、助かるわ。有事の際のみ、触れて良し!」
「生意気な!」
「ヤメヘー!」
その頬に触れて抓れば、情けない声をあげるナミ。それに、少し救われる。
今はまだ、兄貴や師匠の顔を出来ているだろうか。無条件に甘えてくれるこの温もりを、俺はどうしたら本当の意味で得られるだろうか。
その時ナミが優しく微笑んだ。信頼と親愛の篭った眼差しで、その瞳が俺への愛を語っている。
それに、照れる。情けなくなる位、俺は自分の半分も生きてねェ小娘に……ナミに、簡単に翻弄される。
その直後、ナミが悪女よりも悪女らしく微笑み、迷い無くルーレットへと足を勧め始めた。そして僅かな迷いさえも見せる事無く全額をbetした。
まさか嘘だろと思ったら、それからは当然のように当て続けそのチップを量産して行く。どんな仕掛けだと内心驚きつつ、平静を保ち護衛に専念する。
そんな時天夜叉が近付くのが分かれば、自然と覇気が漏れちまう。そんな俺に無防備な視線が向けられたので、その体をコートの中に隠す。
だが……少し遅かったのか、ナミなのかと問い掛けられて内心で舌打ちする。髪の色か、はたまた匂いか……どちらにしても確信がねェなら誤魔化してやる。
「……俺の女だが……名を教えるつもりはねェ。何の用だ、天夜叉」
「招待客の中でも来る筈もねェと思っていた相手が、同伴者有りで姿を見せりゃ挨拶くらいしに来るだろ。その女……紹介しちゃ、くれねェのか?」
天夜叉の声や言葉に反応して震えるナミに、無意識で腕に力が籠る。そうだった、コイツはナミを犯しているんだったな。
大丈夫だ、ナミ。俺がいるだろ。
「紹介するつもりはねェよ」
「そうか。だが、女は俺に挨拶したいんじゃねェのか?」
言葉と共に向けられた糸を切り裂けば、ナミの体から緊張が薄れたのが分かる。甘えるように俺に身を預けて来るそれに、俺の理性が粉砕されそうになる。
愛して止まない俺の女。昔からお前は、ただ1人の俺の女神だ。
「俺はな、天夜叉……無駄に戦う事を好まねェ。だからこそ大抵の事は笑って許してやる。だがな……俺は友人や仲間に手を出そうとする奴は、絶対に許さねェ!」
「その女はどちらに含まれてんだ?」
「仲間に決まってるだろう。元々俺のクルーだ」
「ほぅ……?」
「俺が見付けて、拾って、愛でて、育てて、守って来た大切な仲間だ。変なちょっかい出すなよ」
俺の覇気を受けても倒れる事も、意識を飛ばす事も無いナミに、本当に強くなったなと思う。それでも俺が道を踏み外さないようにと抱きしめる力を増やすナミに、民間人への被害を考慮してなかったと気付かされる。
俺が間違えそうになると、いつもそれを教えるのはナミだ。なのにどうして、お前は俺のものにならねェんだろうな。
「……そうしてろ。確実に守ってやる」
お前が俺のものにならなくても、お前を傷付ける事は誰にもさせねェ。お前は、俺の最愛の女だ。
そんな俺にナミは頷くから、世界を滅ぼしてもお前だけは護ってやると心に誓う。だが、ここで戦うのは得策じゃねェな。
「……どうやら俺の女は疲れたみたいでな。休ませてもらう」
「フッフッフッフッフッ!この船は既に陸を離れている。部屋でなら、好きに過ごしてくれよ、VIPの招待客なんだからなァ」
俺の言葉に笑う天夜叉を見据え、ナミの稼いだ物を運ばせる。それからナミを抱き上げて歩き出せば、ナミが小さく謝罪して来た。
この船の持ち主を知らなかったと言うそれに、分かってて乗せたんだから気にするなと心から思う。お前に恩を着せて、その体を好きにさせて貰えたらと……そんな考えが頭から離れねェ。
それなのに俺は卑怯にも〝伝え忘れていた〟事にして、ナミからの感謝を得る。そうして部屋へとナミを運び入れると、そのまま解放してやりその自由に飛び回る姿に瞳を細めちまう。
部屋の中を見て周り、楽しそうにしている姿は妙に幼い。しかし、お湯等の口に入れる物を確認する時だけ警戒心を高めているのが分かり、空島で聞いた情報を元に考えれば自ずと答えは見えて来る。
「それにしても、ベッドひとつかぁ……。シャンクス、タオルケット1枚借りていい?」
「なァに言ってんだ。ナミは俺と寝るに決まってるだろ。……いつもそうしてきただろ」
「あれ?いいの?」
「…………あァ、ナミがいた方が安眠できるからな」
ダメだ、何も分かってねェ。その証拠に無邪気な笑顔でお風呂借りるなんて言う馬鹿猫は、下着を入手して風呂の準備を本当に始めた。
「……ナミは本当に自由だな。まァ良いが。何か呑むか?」
「まだ流石に早いわ。寝ないで稼ぐつもりだったのに、どうしてくれようか」
後でなら、酒にも付き合うのかと微かに笑いながら、カジノでの当て方について言えばナミは笑う。そして、少し雑談していたらお湯が溜まったらしくナミが風呂へと向かった。
「覗かないでよ?」
「……ん?あァ、覗く必要ねェからな」
「……?よくわかんないけど、それならいっか。後でね」
先程ナミが準備していた時に気付いたが、どうやら中に人が入ると中が外から見えるようになり、音も筒抜けになるらしい。風呂の中でのんびり楽しそうにしている姿を見て、出て来たその瞬間に襲い掛かりそうな自分を理解すると同時に耐えろと言い聞かせる。
欲しい……駄目だ……鳴かせたい……笑わせたい……。矛盾する想いが交差して、俺は頭を抱えちまう。
「頭痛い?少し寝る?」
いつの間にか風呂から出て来たナミがそう言って首を傾げるから、待てコラと思いながらも首を横に振る。風呂に入って俺も……ダメだ、中が見える事が分かったらナミは
「どうしたの?」
「……気にするな。それより、なんか食うか?」
「だから、稼ぎ足りないんだって……」
溜息を落としたナミに、俺は自分の気を落ち着かせる為に言葉を続ける。それにナミの瞳がキラリと輝いた。
「俺の奢りで」
「果物食べたい」
「飯を食え飯を!っとに」
言いながらも多分〝食えない〟んだろうなと分かるから、いくつかの料理と多目に小皿を注文する。勿論果物も頼んだが。
振り向けば髪から雫が落ちていて、そうだよなと思いながらナミの髪を拭いてやる。昔はベックの仕事だったそれを、何となく気に入らなくなったのは何時からだろうか。
「化粧してないと本当に幼いな」
思わず呟いた俺にナミはそうかな?とでも言わんばかりの顔をしていて、あァこいつはまだ18歳の小娘だったと思い出す。今正に、蛹から出てき始めた透明の羽根を伸ばしている途中の蝶。
だからこそ無防備で、危うい。これ迄の長い期間は命を狙われても体は狙われなかったのだろう。
それが最近になり、突然狙われ始めた事で、対応が追い付かないのだろう。それが分かるからこそ、何とも言えない気持ちになる。
ルフィ達が、蛹の殻で……必死に守っていて、それなのにナミは蝶になろうとしている。そして、毛虫の時から知ってる相手だと思い、蜘蛛相手に無防備に微笑んでくるんだから救えねェ。
拭き終わり髪を整えてやるとナミが振り向く。優しい瞳で、嬉しそうにありがとうと言いながら。
それを見た俺は、無意識で唇を重ねていた。初めは硬直していたナミだが、俺が楽しみ始めた頃には肩を押して抵抗しようとしていて……抵抗なんか許すかよと深く口内を蹂躙する。
ナミの唇からどちらの物か分からないものが零れると、そっと唇を離してナミの唇から零れたものを追っていく。それにナミの体は敏感に反応するから、やはり感度は最高だなと思う。
「はっ……ぁ……や、だ!辞めて……シャンクス、やだぁ……!」
「最初に言ったろ。2人で楽しもうってな」
「んっ……ゃ……!私、そんなつもりじゃ……!」
「分かってる。分かってて……やってる」
縋るように、問いかけるような視線を向けて来るナミを抱き上げると、イヤイヤと首を横に振る。ベッドにナミを沈めてやれば、ナミが泣きそうに声を震わせて言葉を紡ぐ。
「やだ!シャンクスなんか……!「大好きだろ。それも知ってるし、分かってる」」
分かっててそれを利用しようとしてる俺は、もう師匠でも兄貴でも無くただ1人の雄なのだろうな。そのままバスローブを脱がそうとした所でドアが叩かれ、俺は小さく舌打ちすると体を起こした。
頼んでた食事が来ちまった。後少し遅ければ、無視して続けていただろうが……。
「時間切れ、か」
俺から開放されたナミは、少し顔色を悪くしながら、震える体を抱きしめている。それを見て少し冷静になった俺は、その後用意されている料理を不思議そうに見ているナミに言う。
「……ナミ、今は襲わねェから何か腹に入れとけ。1応昼は過ぎてるからな」
「……そうなの?」
「お前ルーレット何時間やってたと思ってんだよ」
俺の言葉にテヘッと笑うナミは、今の出来事を忘れてるようにしか思えない。……もしくは〝俺の言葉〟だから〝信じている〟可能性もあるな。
無条件に寄せられる信頼に、胸が傷んだ気がした。それを誤魔化すために俺は笑う。
「誤魔化されてやれねェぞ」
それに唇を尖らせてケチーとでも言いそうな雰囲気を出すナミに、舌の根も乾かぬうちにその唇が欲しいと考えちまう。その感情を消化する為に料理に手を伸ばす。
全ての料理を1口ずつ食べて行けば、ナミも安心して食べられるだろうと始めたが、それを見ていたナミが驚きの視線を向けて来るから、理由に気付かれたかと内心で笑う。それからナミは微かに震える手で小皿等に手を伸ばし、何も仕掛けられてい無い事を確認してから使い始める。
……アーロンって言ってたな。三千万程度なら、インペルダウンじゃねェ所にいる可能性もある……か。
探ってみるか。インペルダウンなら手を出すのは面倒だが、他ならば息の根を止めてやる事も可能だろう。
「……味は悪くねェな」
「え?あ、うん。そうね」
「なんだ。口に合わないか?」
考え事をしていたらしいと分かっていて問い掛けると、ナミは自嘲するように笑った。そして、俺に少し得意気に笑ってみせる。
「何時もの食事が美味しすぎるのよ。ルフィが選んだ世界一の料理人がクルーにいるから、舌が肥えちゃったのね」
「成程な」
それは相当美味いだろうな。ルフィは我儘だし、ナミが美味いと言うなら相当だ。
自覚はねェようだが、ナミの料理の腕は相当なものがある。だとするなら、そのコックは本当に1流なんだろう。
他愛ない会話の中で、ナミが口にするのは仲間とルフィの話が殆どで、母親や姉の話しかしなかったあの頃から本質は変わってねェらしいと気付く。多く口にする相手程、大切なんだよな、コイツは。
つまりはルフィが1番で、その次に仲間達がいて、更にその先に姉と母親なんだと分かる。ナミの中に当然として居座る家族の地位を塗り替える程のそいつらに、興味が無いと言えば嘘になるだろう。
そっとナミの髪に手を伸ばして、指に絡めればナミは昔と同じ感覚なのか気にした素振りも見せねェで笑う。そして、俺に果物を食べないのかと聞くが、それはお前の為に頼んだんだよ。
確かにナミは昔から果物は好きだったが、今は食事を殆ど食べずに果物で生きていそうな勢いだと分かる。それに、頼んだ食事の大半は俺が食ったんだから、果物はナミが食うべきだろ。
「……後で残ってたら少し貰う。だがまァ……食えそうなら、全て食ってもいいぞ」
「仕方ないなぁ。はい、アーン」
差し出された葡萄を食べて、だがそれよりも甘いナミの指に我慢が出来なくなる。そして、それにより変化した俺の気配に気付いたのか、微かに怯えた顔でナミは言う。
「シャンクス、私は、ルフィの「その先は、言うな」」
思わず遮ればナミは怯えを隠さずに俺を見る。それが劣情を煽る。
「……ルフィの事は可愛いし、友達だと思ってる。だがな、俺はナミを男として求めてる。俺の理性を砕くような事は言うな」
「シャン、クス……」
怯えのそれが俺を〝自分よりも強い雄〟である事を認識したが故のものだと分かれば、つい嗤っちまう。慌てて逃げようとしたナミを本能的にソファに抑え込み、震えるその姿を眺める。
美し過ぎるその体は、男好きするだろう色香を放っている。なのにも関わらず顔は可愛らしく、それにより背徳感が刺激されちまう。
男を狂わせる条件を満たしている上に、蜜柑の香りが食欲を刺激して来る。怯えた顔が、支配欲を刺激して……喰らい尽くしたくなって、抑えが……。
あァ……もう、駄目だ。悪いな、ナミ。
「ナミ、お前は余り怯えた顔を人に見せない方が良いな」
「シャンクス……?」
「すっげェ……唆られる」
泣きそうな顔で紅き龍を見上げた子兎は、漸く自らに牙が立てられていたと気が付く。だが時は、既に遅きに過ぎたと言えるだろう。
こうして紅き龍は食事を開始した。守り続けた愛しき者へ、自らの爪と牙でその甘やかな血肉を飢えた心で傷付けながら。