※この作品はR-18です。

波間の向こうを目指して(新・本編side)   作:夢枕 七変化

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俺の仲間

 ペンに意識を向けていた俺に、アーロンは言葉を続けた。それは俺を挑発する為なのか、自分を奮い立たせる為なのかは不明だ。

 だけどよ、そんな事……今の俺にはどうでもいい。ただ、その言葉は……聞き捨てならなかった。

 許せない言葉ってのは、あるんだよ。それに、俺はこの部屋が嫌いだ。

 

 「てめェにこれ程効率良く、あの女を使えるか!?」

 

 ペンを置く。可能な限り優しく。

 目の前にある邪魔な物を掴む。怒りを、抑える為に。

 今更……何言ってんだ、アーロン。お前ずっと……ナミを望んでる様子だったじゃねェか。

 ナミを愛してるから、他の男に触れられた可能性ひとつであんなにも殺気だったんだろうが。ナミを手離したくないから、重い枷をつけて押さえ込んでたんだろうがよ!!

 なのによ……。言うに事欠いて、何を血迷った事口走ってんだ?

 その時、脳裏でナミが泣いた。〝ルフィ……助けて……〟と、苦しそうに、身を切られているかのように、なのにナミはそれさえも自分の為では無く……泣いているんだ。

 いつもいつも、ナミは人の為にしか動かない。その呼吸1つでさえ誰かの為だ。

 掴んだ剣の刃が砕ける。俺は怒りを抑えきれずに、いや、抑える気も無くアーロンを睨み付けた。

 

 「使う(・・)?」

 「キリバチを……!!」

 「お前あいつを……何だと思ってる」

 

 俺の問い掛けに、アーロンは答える。ナミを猫のように思い、可愛がっているという。

 優秀な測量士だと認めるその口で、同じ目線に立つ事を許していない。アーロンはナミに対して服も買う、飯も与えると言う。

 なら、どうして……。ナミは、水を飲むのさえ躊躇うようになったんだ?

 

 「お前……この十年の間に、ナミに何をした。ナミは、水を飲むのも警戒するようになった。……昔は、そんな事無かったってのに」

 「10年?俺がこの島に来てからは、まだ八年だぜ。そもそも……昔ってのは、何の話だ。……お前、ナミをいつから知っていたんだ!?」

 「俺はナミが7歳の時に会ってる。最後に会ったのは、十年前だ。だから、この十年の間に何があったのかを……俺は知らない」

 

 俺の言葉にアーロンは笑い出す。何が可笑しいんだと睨めば、アーロンはその独特な笑い方で両手を広げて笑いながら、俺を見据えた。

 

 「教えてくれなかったのか、ナミは!それ程信用されてない(・・・・・・・)って事だな!!」

 「ナミは俺を疑ってない。それで充分だろ」

 

 昔からナミは俺やエース、サボを巻き込みたくないと言っていた。つまりはこうなる事をナミは知ってたんだ。

 それに確かに村の中で何度か聞いた気がする。この〝八年〟って単語を。

 つまりナミは八年間、こいつに支配されて来た。大切な人達を人質に取られて……なのに、再会した俺の事まで守ろうとしたんだな。

 甘くて、優しくて、残酷なナミ。そう思って泣きそうになった時、アーロンが問い掛けてきた。

 

 「なら何故、今まで助けに来なかった?怖かったのか?」

 「再会したのは、つい最近だ。それに……ナミが助けられる事を良しとしなかった」

 

 俺の言葉にアーロンは笑う事を辞めて、馬鹿にするように言葉を口にする。大切そうに、ナミが使っているだろう机をひと撫でして。

 多分だけど、アーロンもこの部屋の中にナミの幻想(まぼろし)を見ている。この部屋には、ナミの哀しみが渦巻いてるから。

 

 「なら、大人しくしておけば良かったんだ。ナミは、俺の傍にいる事が幸せなんだからな!!何せ、俺達は〝仲間〟なんだ」

 

 声を張り上げるアーロンが少し滑稽に見える。何だろう、何だかハッキリしない感情が俺の中で渦巻いているのを感じてしまう。

 その瞬間、全てを理解した。ずっと分からなかった、ナミを〝助ける〟方法が、漸く分かったんだ。

 俺は変わった形をしている、ナミの血が滲んだその机を蹴り飛ばす。壁を突き破り、机が外へと飛び出して行く。

 

 「なっ!?」

 

 泣いているナミが、この部屋にいる。苦しんでるナミが、この部屋で動けずにいるんだ。

 それなら、そんな部屋はいらねェ。ナミの望まない部屋なんか、物なんか、何も無くていい。

 本棚も、紙も、何もかもが不要だ。ナミが辛い想いをする物なんか、何もいらねェ!!

 泣いているナミの記憶も、苦しんでるナミの過去も、マイナスのそれは全て弾き出す。そうする事で、ナミの心が晴れるんだって気が付いた。

 

 「止めねェかァ!!」

 

 振り回される武器をぴょんと躱す。この動きは、ナミを見て覚えた。

 自分の手でナミが描きたくもない(・・・・・・・)のに描かされていた海図を斬り裂いたアーロンは、悔しそうにする。でもよ、ナミはもっと悔しかった筈なんだ。

 悲しくて、つらくて……でも、抱えてるもんがあって、責任感とか色々面倒なもん持ってるから、身動き取れなかったんだ。そんな状態にしたのは……アーロンだ。

 

 「ぬーっ!!」

 「お……俺の海図を!!」

 

 大切なら、泣かせんなよ。愛してるなら、苦しめるなよ!!

 話せばナミはわかってくれる。追い詰めなければナミは、受け入れてくれるんだ。

 それを自分で壊しておきながら、今更我儘言うんじゃねェ!もう、こんな部屋はいらないんだ!!

 

 「うぉお!!」

 「俺の……道標を……!!」

 

 アーロンに首を押さえられる。でも、ナミはもっとずっと苦しんだんだ。

 だから、拳を振り回して、俺は壁ごとナミの描いた紙をぶっ飛ばす。アーロンはその時、言った。

 

 「八年がかりでナミに描かせた(・・・・)海図を!!」

 

 って事は、やっぱりナミは楽しんでなんか居なかったって事だよな。何かを描いたりするのが好きなナミが、無理矢理やらされてたってわかったなら、止まる必要なんかねェ!!

 そう思って暴れる俺にアーロンは、全力で噛み付いて来た。やり過ぎだとアーロンは言うけど、なら、お前がナミにしたのはどうなんだよ。

 アーロンはナミに何かした事を否定しなかった。って事は、やっぱりナミが水飲むのも躊躇うのは、こいつのせいだ!!

 1人で夜中に汗だくで飛び起きるのも、その後苦しそうに1人で身体を抱き締めてたのも、全部アーロンがやった事が原因だとわかる。ナミを泣けなくした(・・・・・・)のも、犯人はこいつなんだ。

 首と肩に鋭い歯が突き刺さり、血管が切れたのか血が大量に流れ出る。声を出すのだって苦しいしキツイけど、俺はもう……黙ってなんか居られねェ!

 

 「魚人が、どう偉いとか……海図がどうとか!!事情とか!!そんな事、よく知らねェけどな……!!」

 

 俺はアーロンの鼻を強く掴む。それにより痛みは勿論あるけど、血も出てると思うけど、それでも決めたんだ。

 この高い鼻をへし折るって!!そうしなけりゃ肩を喰いちぎられるってのも分かってたから、自分から離させる必要もあったからだけど……それだけじゃねェ。

 高くなり過ぎてるこの鼻は、絶対にへし折ると決めた。ナミをぞんざいに扱うアーロンを、俺は許せない。

 

 「……やっとナミを助ける(・・・)方法がわかった……!!」

 

 鼻を折られただけで叫ぶアーロンを、転げ回るアーロンを睨む。頭が怒りで上手く働かねェ。

 アーロンの夢が何であれ、ナミを犠牲にしなきゃ出来ない夢なら諦めてもらう。俺のナミを、返してもらうぞ!!

 

 「こんな部屋があるからいけねェんだ!!居たくもねェあいつの居場所なんて、俺が全部、ぶっ壊してやる!!」

 「巫山戯るな!!ナミは俺の傍に居たいと望んでる(・・・・・・・・)んだよ!!望んで傍に居るんだ!!」

 「なら……どうして……!!」

 

 言葉が勝手に溢れ出る。何も考えるより先に、言葉が飛び出して行く。

 ナミならちゃんと色々考えて口にするんだろうけど、俺にはそんな事出来ねェ。ただ、偽りの無い俺の言葉がアーロンに向く。

 

 「あ?」

 「どうして、ナミはあんなにも苦しそうに泣くんだ。悲しそうに笑うんだよ!!」

 

 言葉と共に俺は右足を天井へと振り上げる。使う技は決めてあるから、これでこの建物ごと破壊してやると足を伸ばして行く。

 そんな俺に、アーロンは殺意を漲らせて俺を見据えた。本当に憎くて、憎くて、それ以外の何も無いかのように。

 

 「ナミが……泣いた、だと?」

 「あ?……あァ……」

 「俺は、ナミが泣いた所なんざ、見た覚えがねェな。悲しそうに笑った顔なんて、1度も見てねェよ。……泣けば、止めてやっても良かった。それなのに、拷問しようとも、大切にしていた物を壊そうとも、あいつは無表情を貫く。時に蔑むような視線は向けても、傲慢に魔女(・・)らしく笑おうとも、無表情と魔女の笑みの他は……何も見せやしねェ!!」

 

 仮面しか見せられなかったと嘆き、憤るアーロンに、俺はでも、自分でそうさせたんだろうと思う。優しくて甘いナミをあんなにも追い込んで、だから……ん?

 今、こいつ、何言った?

 拷問しようともって……言ったよな!?

 

 「この程度の怪我、慣れてるから平気よ」

 

 確かにナミは、そう言っていた。あれは、俺を宥める為でも虚勢でもなく……。

 アーロンが何か言いながら、外で戦っていた時の技をこの狭い室内でして来ようとする。今俺は動けないから避けられない。

 でもよ、今はそれ、避ける気にもならねェ。俺は伸ばしていた足で決めていた技を使うと決めた。

 建物を破壊する為の技だったけど、アーロンごと、ぶっ潰してやる!

 アーロンの鼻が、歯が俺に突き刺さり食い付き、拗られる。痛みなのか熱なのか、それともたんなる衝撃なのかさえ俺には分からない。

 ただ、俺は絶対にこいつを許さねェ!!

 アーロンの頭上に足を落として、そのまま踏み抜く。全力で、踏み潰す。

 1階までアーロンを叩き落として、それでも踏み続けて、でも、ゴムだから足が勝手に帰って来る。俺はその場に座って、下で伸びてるアーロンを見据えた。

 直後に建物が崩れるから、とりあえず死なねェように避けたりしながら崩壊が終わるのを待つ。崩れ落ちた建物の中、見えたのは黒く変色した拷問道具。

 あれを……使われてたのか。飯も、飲み物さえ毒に変えられて、大切な人を人質にされて……なのに、あんなにも優しく……。

 

 「私は、ルフィには笑っていて欲しいの」

 

 どうして、俺も同じだとわかってくれないのか。愛情を振りまくだけで、受け取ってくれないのは、何でだよ。

 なんて表現したらいいのかさえ、分からないような感情が渦巻く。そして俺は、動かなくなった瓦礫の中で、邪魔な物を払い除けて表へと出る。

 太陽の光が、ナミを思わせた。暖かくて、優しくて、でも少し考え無しなナミと似てると……そう思う。

 眼下に見えるナミが、弱々しい姿で、ズタボロの状態で……でも、俺を心配そうに見ているのが分かる。少しは、自分の事も考えろよ!

 大きく息を吸い込んで、俺はナミを呼ぶ。ナミは驚いたような顔で俺を見るから、俺の大切な帽子を被って、少しだけ幼いその顔で俺を見上げてくれるから……俺は、叫ぶ。

 

 「お前は、俺の仲間だ!!!!」

 

 あんな見せ掛けだけの、ハリボテの、偽りに満ちた仲間じゃ無くて……!シャンクス達がそうだったように、想い想われ、助け合い、笑い合える……そういうのが〝仲間〟だろうと俺は思う。

 もう、こんな隠遁とした日々を送らせる気はねェ。俺は……ナミを太陽の元へ連れ出すって決めたから。

 そっと返された帽子。その返した腕が震えていて、その後ナミへって歌われた〝ノジコ〟からのそれを受けて逃げようとするナミに、聞いとけよと思って取っ捕まえる。

 今は俺、ナミの姉ちゃんの事を嫌いじゃねェし、何か……その気持ちがわかる気がした。強がりで、意地っ張りで、不器用なナミが……物凄く可愛い。

 歌の途中でナミが小さく謝るから、漸く自分が皆を傷付けてた事に気付いたんだなとわかった。俺は言葉だと上手く言えない気がして、そっとその頭を撫でるだけにしたけど、でも、黙っても居られない。

 だからナミがしたように小さく、歌の邪魔をしないように耳元で囁く。その時蜜柑の香りと1緒に、変な臭いを感じ取った。

 

 「ナミの代わりは、誰にも出来ねェんだから、ずっと傍にいろよ」

 

 俺の言葉に、ナミは小さく頷いてくれた。だからとりあえず今は、これで許してやると心で思う。

 歌が終わると同時に村人達が集まって来る。ナミが逃げられないように押さえたら、涙を流しながら村人達の言葉にただ頷くナミが居た。

 その内その涙が落ち着いたのを見計らって、俺はナミをメリーへと連れ帰った。ずっと気に入らなかった、サンジから借りただろう上着を引っペがして、その直後強くなった変な臭いと、身体中に残る鬱血の跡に苛立ちが増して行く。

 

 「ルフィ?」

 「……離れてる間に、何があった」

 

 俺の事は拒んだのに、他の誰かには好きにさせたのか。俺じゃ、駄目だった理由って何だよ。

 そう思って笑った時、ナミが怯えたような顔をしたから……逃げようとするのがわかった。ナミは、誰かを傷付けるよりは、逃げる事を選ぶのなんか分かりきってるんだ。

 でも……逃がしたりしねェよ。腕を伸ばしてナミを捕らえて、そのまま船内に連れ込めば見えたベッド。

 そこにナミを落として、なのにナミは馬鹿だから、俺を説得しようとする。もう、止めてやるつもりなんて、俺には無い。

 俺は俺の仲間を手放したりはしない。村人の為なら平気でその身を差し出せるって言うなら、なァ……村人を助けた俺になら、何されても構わないだろ。

 ドス黒い感情が、ナミに向かうのが分かる。この時の俺は、恐らくアーロンと何も変わらない最低な奴だった。

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