波間の向こうを目指して(新・本編side) 作:夢枕 七変化
食材を手に楽しそうにしている姿に、そう言えば俺はそれ程ナミの手料理食べた事無いんだよなと思う。コック達は、レシピを教えて貰うなんて名目で案外作って貰ってたらしいが……。
指折り数えてみても、ナミが俺の為にと作ってくれたのって……無くねェか?
試作品とか、作りすぎたから皆にってな感じで、俺用って何も無いぞ。酷いだろそれ。
「何か作るのか」
「えぇ、色々材料も道具もあるから、何作ろうかなって考えてるところよ」
鷹の目の問い掛けに思考は遠くに飛ばしながらナミは答える。どうやらナミは今、何を作るかで頭はいっぱいらしい。
そんなナミに鷹の目は食べたい物を平然と伝え、それにナミが驚きを示すがこうなっては鷹の目は引き下がらないだろう。だと言うのにナミはそれを拒む。
そのやり取りが妙に気安く見えて、少しではなく不快に思う。なのでそこに割って入れば、ナミはブーと言わんばかりに膨れて、俺達にはいつも見せていた幼い様子を示す。
だがそんな事を言いつつも、何かを作り始めるその手際の良さに感嘆の息がもれる。コックとはまた違う繊細な動きは、どうしてか見惚れてしまいそうになる程だ。
そんな俺の気持ちに気付かず、寧ろ鷹の目を気にしてナミは溜息を落とすと、妥協案を出して鷹の目を甘やかす。ならばと思って俺も食いたい物を伝えれば、ナミは少し考えるような仕草をする。
それから天夜叉に視線を向けるとナミの方から食べたい物は無いのかと聞くのだから、このお人好しがと思うのも当然だろう。その後せっせと食事の支度を進めるナミは、自分の倍以上の年齢になっている筈の男達へと指示を出して居る。
その姿は明らかに肝っ玉母さんで、俺はそれを微笑ましく眺めてから酒を物色した。清酒……なら、何でも合うよな。
「汁物の代わりがこの煮物か?」
「忘れてたわ」
「酒があるから良いだろ」
天夜叉の問い掛けに困ったように曖昧に頷いたナミに、もう無理に作らなくて良いとの意味を込めて酒を見せつつ言葉を口にする。それに逡巡してから、ナミは小さく頷いてテーブルについた。
料理の説明をしながら笑うナミを眺めつつ食べた煮物が、恐ろしく美味い。なんだこれ!?
「やべェ、煮物が美味い!手抜き感満載なのに」
「実際手抜きだもの。茸と豆腐と挽肉しか入ってないのよ、この煮物」
俺はナミの作ってくれる手料理なんて奇跡のような物を食べながら、あっという間に消え行くそれを眺める。酒も進み、通常ならば有り得ないだろう相手との邂逅を果たし、その中心にいる事に気付きもしない兎を想う。
料理派簡単な物だけだから気にしなくていいと笑い、余るように作ったのにとか言っているのを聞いて笑い合う。酒が入ってるからというだけでは無い和やかな空気に、ナミは凄ェなと素直に思わされる。
食べ終わった時洗い物は俺がと思って始めると、ナミが少し申し訳なさそうな視線を向けてくるから、お前作っただろと本気で思う。何もかも人にやってやるばかりのナミに、どうして頼る事を覚えないのかと心から疑問に思うが、それをどうしたら改善できるのか分からない。
俺が洗い物が終わる前にナミが部屋を出ようとするのを天夜叉が止めて、けれども傷つける様子はないのでそのままにさせる。護衛として天夜叉を付けている恐ろしさに小さく笑い、洗い物を終えたら追い掛けると伝えて、片付けを済ませておく。
恐らくお茶でも飲もうとしたのだろうお湯を少し貰って1息入れれば、あんな形で泣かせたかった訳じゃねェのになと自嘲する。ナミを、傷付ける意図は無かったんだ。
そうしてカジノへと到着すると、天夜叉に腰を抱かれて唇を奪われそうになっているナミを見付け即座に庇う。それを鷹の目が見咎め俺の腕を切ろうとするので、ナミを背に庇いながら鷹の目と対峙すれば、天夜叉が忌々しそうに俺を睨み付けてきた。
「部屋に帰るわ。少し寝ないと。明日には帰らなきゃだもの」
「俺が添い寝「懲りろ、貴様は」」
ナミの言葉に即座に反応した俺に鷹の目が言う。それに言い返そうとした時、ナミがにこやかに微笑んだ。
……あ、これ怒ってる。そう思った瞬間に告げられたのはこの中の誰もナミの中では、特別枠には無いという現実を突きつけるもの。
「部屋に居るのは良いけど、ベッドに近付かないで。私は1人で寝る。邪魔しないで」
結果、大の大人が3人揃って、無言で酒盛りしつつ牽制し合う夜を過ごす事となる。そんな中で安眠するナミに、無防備だなと微かに思うが安眠して貰えるならば、それはそれで構わないかとそっと息を吐き出した。
そんな時天夜叉が俺を呼ぶ。それに視線だけ向けると、妙に暗い顔をしているのが気になった。
「赤髪」
「ん?」
「……ナミは、大怪我でもしてるのか」
「そうみたいだな。だが……エニエス・ロビーで暴れて来たらしいから、仕方ねェだろ」
天夜叉の言葉に頷けば、それをよくもまァあんな扱いできたもんだと言われちまうが、ここにいる全員がつい最近ナミを食った事に違いはねェ。それを責められる謂れはないとばかりに睨めば、天夜叉は肩を竦めて見せる。
それにしても、世界政府にしろ海軍にしろ愚かな事したもんだ。ナミは〝家族〟と〝仲間〟の為なら鬼神となると言うのに……その仲間を奪い、苦しめてから始末すると伝えたらしいからな。
その上、エースだ。エースはナミの弟だからな。
まァ、だからと言って、ただの街で処刑を行う事になった船長とは違い、エースのそれはマリンフォードだ。ならば、どう足掻いたところでナミがその場に行く事は不可能だ。
……そうは、思うんだが。ナミなら不可能を可能にしそうと言うか、天使の羽根でも生やしてエースの元に舞い降りそうで怖い。
「んっ……ぁ…………はぅ……んっ……」
「「「…………はァ……」」」
傷が痛むのか、心が痛むのか、時折艶めかしい声がナミから聞こえて来る。痛みに喘ぐその声が色っぽいとか、本人の性格を思えば憐れでしかない。
その為に3人揃って溜息を吐き出し、互いに顔を見合わせると疲れたような笑みを向け合った。近くではナミが時折喘ぐような声をもらすので、水でも浴びたいような気持ちにさせられながら。
朝になりナミは目を覚ますと俺達の存在を忘れているかのように動き出し、けれども途中で動きを止めた。その様子から風呂に入りたいらしいのは分かるが、コイツらがいる以上俺は出て行くつもりは無い。
その時不安そうな顔で振り向いたナミが妙に幼く、先日己のした行為の非道さを突きつけられた様な気がした。勢いが無ければ、二度と手は出せないんじゃないかとまで思わされる程度には。
その時天夜叉が怠そうにしながら立ち上がり、ナミの横を通り過ぎて壁で何やら操作を始める。すると硝子のそれが見えないよう煉瓦の壁が出現し、俺は呆然とそれを見詰めた。
「え……?」
「こうすれば見えなくなる。安心して使え」
「なっ……!スイッチ!?何処にあったの!?」
動揺するナミに天夜叉は微かにその纏う空気を柔らかくして、説明する。大切な人を想うただの男のようなその空気に、厄介な女だと痛感させられた。
「普通は分からねェように隠してしてある。……それで、朝食はどうする」
「とりあえず、お風呂から出てから考えるわ。今はシャワー浴びたい」
天夜叉とナミはそんな会話をして、それからナミは風呂場に消える。鷹の目も何か思う所があるのか、疲れたような顔で天井を見上げていた。
その天井に何か描かれていたら気分は違うのだろうか。そう思って呟くように声を掛ける。
「なァ、天夜叉」
「なんだ?」
「ここの天井に〝天使〟でも描かねェ?」
「天使が使った部屋だから、か?辞めとけ、ンな事したら〝天使〟に嫌がられるぞ」
「……だよなァ」
その後配布されたばかりのナミの手配書について3人で話をしている所に当人が戻って来て、それを見た天夜叉がナミの頭を拭き始めた。それにナミも抵抗せず、天夜叉の弟とナミが知り合いらしいと知る。
その結果些細な言い争いを俺と天夜叉がしている間、ナミは自分の髪の1部をずっと気にしていて、何をとち狂ったのか短剣でそれを切ろうとしてるような仕草を見せる。それに即座に気付いた鷹の目がナミの髪を丁寧に解いて、ナミもそれを甘受していた。
そのまま鷹の目はナミの髪を梳かしたりし始め、俺と天夜叉は肩を竦める。なんて自由な奴等なんだ。
「本当に自由人なのは、ナミと鷹の目か。俺なんてこの2人に比べれば可愛いもんだろ」
「それはどうだろうな。自分の所の副船長に聞いてみろ」
俺の言葉に対して天夜叉が恐ろしい言葉を口にするので咄嗟に言葉を返して見れば、その間に鷹の目はナミに朝食のリクエストをしていた。どうやら鷹の目に、俺達の姿は見えないらしい。
「ベックに聞いたら、全否定されるに決まってんだろ!?お前夜叉じゃなくて悪魔か!?」
「ナミ、朝食はそれ程凝らなくても良いから、少し甘い物を頼む」
「え?また、私が作るの?」
「無論」
そんな訳でナミが飲み物のリクエストを聞いてきたのでビールと答えたら、うがァと怒られた。その様子に、変わらねェなァと笑えば天夜叉と鷹の目が珈琲と言った事でそれに決まる。
だが細かい所に気が回るナミは、鷹の目には何やら珈琲にトッピングをしている。そして、手渡された鷹の目はそれを、少しばかり嬉しそうに受け取っていた。
用意された物は朝食らしく、野菜と卵、ウィンナーとフレンチトースト、それにスープだ。ナミが自分用に用意したらしい飲み物を奪いお揃いの飲み物に満足していれば、ナミは困った子とでも言いたげな顔をした。
足りなければ勝手に持って来いと言いながら野菜を中心に食べるのは、やはり兎だからなのか。と言うか、放置すると果物と飲み物しか取らなくなるのはやめて欲しい。
そんな事を考えていたら、天夜叉が俺の皿に野菜を足して行く。何すんだと叫んでも、天夜叉は野菜も取れと言うばかりで相手にしない。
そんな騒がしくも美味い朝食を終えて、ナミの用意してくれたデザートを楽しむ。そうしている内に船はウォーターセブンへと到着し、換金等を終えたナミは振り向きもせずに帰ろうとしていた。
それに慌てたのは、確かに楽しい時間は過ごしたがまともな謝罪1つ満足に出来ていなかったからだ。逃がさないようにとその腕を掴めば、ナミは驚いた顔をする。
その顔には嫌悪感は見受けられない。細過ぎるその腕は、俺を振り払おうとさえしないのだ。
「シャンクス?」
「ナミ、今回の件は本当に悪かった。だが、ナミを抱いた事に後悔はねェ」
「シャン、クス……」
その刹那、ナミの声と瞳が揺れた。泣きそうに顔を歪めて、だが視線をそらさずに居てくれるそれに少し、心が救われた気がしている。
「……今は、これ以上何もしねェ。泣かせるつもりも、無かったし、傷付けるつもりも無かった。ゴメンな」
「シャンクス……」
「ナミ、愛してる。何かあれば、何時でも頼れ。……それと、エースだがな。白髭に会って話したが無駄だった。そっちも謝っておく」
付け加えたそれにナミの表情が変わる。真剣な表情で、纏う空気を凛としたものに変えて、簡単な質問をして来るからそれに答えれば、ナミはその顔色を悪くしていく。
そのまま考え込み、身体を震わせ始めたと思ったら、焦点の合わなくなる瞳。怯えを隠さないそれに、慌ててその体を支えるがナミは譫言のように言葉を紡ぐばかりだ。
「エース……死なないで……エース……」
「ナミ……おい、どうしたんだ!ナミ!」
呼び掛けても反応が返らない。震えながら繰り返される譫言は、己を呪い家族を想う言霊。
「私は、何の為に……ここに存在しているの……?変えられないなら、私がいる意味なんて……」
その瞬間、ベックの言っていた言葉を思い出す。ナミは、先読みの巫女だと。
未来を見る力を持って生まれた、世界に狙われる為に存在するような女だと言う事を。それを目の当たりにして、俺は正気付かせる為にナミの唇を奪う。
俺を見ろ。俺を感じろ、ナミ。
そのままその唇を折角だからと堪能して、正気に返ってからも貪ってやれば力の抜けきったナミが、荒い呼吸を繰り返す。それでも尚口付けを繰り返してから、優しい兄の顔で問い掛けてやる。
「……ナミ、落ち着いたか?……ベックが〝先読みの巫女〟とか言ってたのは、こういう事か?」
「シャン……クス……」
「帰ってきたな。大丈夫か?」
「だ、い、じょぶ……ごめんなさい。取り乱して……」
腰の抜けた状態で大丈夫と強がるそれに、本気でこのまま連れ帰って閉じ込めようと決めて抱き上げる。しかしそれを鷹の目と天夜叉に阻まれ、連れ帰ろうとしていると告げる俺に冗談は辞めてと叫ぶナミ。
冗談だと、本気で思っているのだろうか。それを問いかければ怯えを見せたナミが、あえかな力で抵抗して来る。
それに煽られ、この場で貪りつきたい衝動にかられる。……だが駄目だ、これ以上傷付けられねェ!
「……怯えるな。抑えが、効かなくなる。悪かった。今回は、帰してやるから……怯えないでくれ」
自らの衝動を必死に抑える俺に、ナミはその有り余る優しさを躊躇いなく向けてくる。だが、それでもナミはナミだった。
「おかしいわ。ただの髭面なのに」
「ナミ、それ声に出したらダメな奴だと思うぞ。地味に傷付くしな」
「……あ、声に出てた?ごめんね」
幼い頃の面影を残して、ナミは笑う。信頼と慈愛をその瞳に宿して、俺を愛しいとその瞳で語りながら、残酷な優しさを向けてくるのだ。
「……シャンクスが困った時も、呼んでね。ルフィと1緒に駆けつけるわ」
「そうか、それがあるんだったな。なら、電伝虫の連絡先は渡せねェか……あ!」
ルフィがいるなら、ビブルカードは渡せねェか。だが、何かあった時俺が背後に居るのだと知らせる事は出来るだろうと、俺の印をその短剣に取り付ける。
これで少しでも牽制になれば良いが。まァ、難しいだろうな。
そう思いながら再び唇を奪えば、鷹の目と天夜叉の声が重なる。そうして俺からナミを引き剥がして、挨拶を交わす。
そして、何処か遠くを見るような眼差しで言うのだ。切なそうな笑みを浮かべて。
「シャンクス、ミホーク、ドフィ……次に会うのは戦場かも知れない。その時は、邪魔しないでね」
「おいおい、そこは〝助けて〟だろう」
「邪魔しないなら、それ以上は望まないわ」
天夜叉の言葉に薄い笑みを浮かべてナミは言葉を返すと、背を向けて歩き出した。愛しい恋人の待つその場所へと。
そこで俺も天夜叉と鷹の目に別れを告げる。この直後に、カイドウとやり合う事になるのだとは知らないままに。
知っていれば、もう少しナミを堪能して行ったんだがな。そして、それがなければ、ナミをあんな形で壊れさせる事も無かっただろうにと思っちまったのは、不可抗力と言えるだろう。
戦争の足音は、すぐ近くにまで聞こえている。歴史が動く、正にその瞬間が近付いていた。