波間の向こうを目指して(新・本編side) 作:夢枕 七変化
戦い方は個性を潰してまで変える必要は無いからそのままでいいわなんて言って、ナミは特に助言をくれなかった。その代わりに、戦う時の半数は俺達が棒を使うからと棒を使って戦ってくれる。
その他にも望無より早く木の棒を剣に見立てて戦ってくれたり、鞭を使ってくれたりして色々な相手との戦い方に備えるようにと言ってくれる。そんなナミに、俺達は武器の扱い方の基礎だけはと教えて貰ったんだけど……ルフィだけがそれを覚えない。
本当になんて勿体ない奴なんだとルフィを見れば、無邪気な笑顔を向けられて俺は何も言えなくなる。……うん、お前はお前らしく強くなればいいよな!
「サボもエースも、いいお兄ちゃんよね」
「「ナミ!?」」
「仲良しで、見てて安心するわ。これからも仲良くするのよ」
「ナミってさ、母ちゃん超えて、婆ちゃんっぽいよな。こういう所」
エースが俺の心を代弁してナミから笑顔で拳を1撃貰うと、その場に崩れ落ちる。……実はナミってガープの爺ィより強いとかねェよな?
そんな日々を過ごしていたある日、ルフィが山賊に殺されかけた事を聞いた俺は、腰の重いエースを引き摺ってルフィとナミの元へ急ぐ。エースの動きが鈍かったのは、ルフィを喪うかも知れないという恐怖が理由だったと気付くのに、時間はかからなかった。
エースは優しいんだよな。多くの傷を負った事で得た攻撃力と、傷を負った事で知った哀しみから、エースは優しくなった。
攻撃力しか無かったエースの傷を癒して、優しさを植え付けた本人達は何も分かってねェところが怖いけどな。俺はずっと隣にいたのに、それをできなかった。
「ナミ!」
「エース、サボ、二人がこっち迄来るなんて珍しいわね」
「ルフィが〝また〟攫われかけたって聞いて、エース引き摺って来たんだよ」
エースに笑いかけて、俺の言葉にクスクスと笑うナミ。直後に寂しそうに俺達を見て、唇を動かした。
「もうすぐ、お別れだわ」
「「え?」」
俺とエースが同時に声を出せば、ナミは困ったような顔をした。そしてなんでもない事のように、俺達に説明するのだ。
作り物のような可愛らしい顔で、残酷に。ルフィの為に感情を削ぎ落として戦っていた姿を連想させるような、何処か不安定な気配を纏って。
「前に話しておいたでしょ。私は、シャンクスに修行付けてもらってるだけの見習いだって。……シャンクス達は偉大なる航路へ帰るから、私もそろそろ実家に帰るわ」
「ここに、赤髪達が居なくなっても、ナミがここに居るのは問題ねェだろ!行くなよ!」
エースがナミの肩を掴んで言えば、優しく笑ったナミがそれだけでエースの気概を削いじまった。凄ェなと思ってみていたら、僅かにその瞳が揺れてると気付く。
「ごめんね。でも、私が強くなろうとした理由が、家族だから」
「ナミ、なら……俺も……!」
「エース」
制止するようにかけられた声は、凪いだ水面を思わせる。それでいて明確な拒絶と、痛みを伴う愛情を感じ取ってしまう。
どれ程追い縋っても無駄であると、その眼差しが言う。それは常に上に立ち続ける者が持つ孤高の哀しみを感じさせると同時に、限りない愛情と強さを持つ事を知っているが故に、俺の胸に痛みを与えて来る。
「……いつ、ここを発つんだ?」
引き止めても無駄ならば、せめて別れはしっかりとしたい。その背を追い掛けるばかりでなく、隣に立っていつかその荷物を少しでも分けて貰えるように。
そう思った俺にナミは優しく笑いかけて来る。同じ位の年頃とは思えない、優しい微笑み。
歳下だなんて思える筈も無い、慈愛に満ちたそれは俺達を案じて慈しむそれだ。俺が求めていた家族からは貰えなかった愛情を、惜しげも無く俺達3人の渇いた心に与えて、自分は1人で死地に向かおうとするそれを、止める手段さえ俺は持たない。
優しく紡がれる残酷な言葉。暖かく包み込み、温もりと安らぎを教えて、大きな穴が埋まる幸福を教えて、その穴を塞ぐ事無く去って行く残酷な姉。
強さが足りないのも、知識が及ばないのも分かってる。でも、そんなに俺達は頼りないのか?
守るべき対象にしか、なり得ないのかよ。俺達は、ただ愛されて、守られて、なのに何も返させてはくれないというのか。
「多分、明日には」
「明日……」
「今日買い揃えられなかった物を明日買って、後は明日届く物を積み込むはずだから」
「なァナミ、俺達を連れて行けない理由って何だよ」
俺は確信していた。これでもしも、俺達の為だったら……ナミは、死ぬつもりだと。
「……守り、きれないから。今の私が、1人で全力で戦ったとして、ギリギリな相手だもの」
俺もエースも1度も勝てないナミが、全力で戦い勝てるか分からない相手。それもナミのブチ切れた時の絶対零度を体感させられるような、あの強さを知っている俺としては……それは人間なのかと疑わしくなる程だ。
大切な誰かを守る時のナミは、人間じゃないんざゃないかって位強い。なのに……勝てない可能性があるだなんて、そんなにも強大な敵なのかよ。
「強くなったら、迎えに行く!俺が、ナミを守るからよ!」
エースが叫ぶように言う。それに、息を飲む。
俺は何も言えなかった。ナミよりも強くなる自信が無かったから。
なのにエースは断言する。強くなって迎えに行くと。
これが好きな女か、庇護者に対する感情かの違いなのか?
それとも……単純にエース自身の強さか。……敵わねェなと、こんな時思う。
そんなエースにナミは、僅かにその心を見せた。泣きそうにその表情を歪めて、楽しみにしてると微笑んだその儚さは筆舌に尽くし難い。
泣く事も無いその強さ。そして、泣く事も出来ないその弱さ。
その矛盾がナミであり、俺の大切な家族なんだと思えた。いつか、ナミに自慢の弟だと笑ってもらう為に、ナミを喪う前に、俺は力を手にして助けに行くとこの時心の底から誓ったんだ。
翌朝別れの為にナミの元へ行けば、エースは赤髪の海賊団にいるナミの姿に打ちのめされるし、ルフィはナミに泣き付いている。俺はただ別れの挨拶をするので精一杯で、死なないでくれと言う事も出来ずに、また会えるよなと問い掛けた。
その瞬間わずかでは無い揺れをその瞳に見て、俺は内心で必ず助けに行くと誓う。1秒でも早く、強くなってナミを支えに行くんだと。
俺を優しく抱き締めて、でも、微かに震えるそれが初めてナミを小さく見せた。それに驚き、抱き締め返す事も出来ないままに離れて行くナミを見送る。
次いでエースを抱き締めるナミを見て、ルフィよりも、エースよりも先に、俺を抱き締めてくれた事に気付く。ナミは、俺の事も、本気で愛してくれていたんだと……知らされた気がした。
……ルフィと、同じくらい、俺の事も愛してくれてるなんて、思って無かった。そんな贅沢、欠片も期待してなかったんだ。
俺もエースも涙を流す事が出来なかったのに、ルフィはワンワン泣いて……お前なァって少し肩から力が抜ける。そうしてナミのいない生活が始まった。
ルフィが弱い癖に無理して殺されかけたり、吊り橋から落ちそうになったり、あんなに教えられたのに毒キノコ食べて死にかけたり……。だから、ナミの偉大さを痛感しつつも居ない事を寂しがる余裕さえなかった。
無邪気な笑顔でエースの心を救い、俺とエースの癒しになっていくルフィに、ナミもこれに絆されたのかと思う。……確かにルフィは可愛い。
純粋で無邪気で、その愛情を素直に伝えてくれる。ナミとはまた、違った形で。
この時俺は間違いなく、愛情と友情と信頼に包まれて、幸せな時間を過ごしていた。そう……あの日まで。
二度と会いたくなかった父親に見付かり、俺は強制的に連れ戻される。それしか、2人を守れる道が無かったんだ。
何が、ナミを助けたいだ。俺は目の前にいる兄弟を守る手段さえ持たないくらい……無力だ。
「何でも言う通りにするよ……!言う通りに生きるから!!その2人を傷付けるのだけはやめてくれ!!お願いします……。大切な、兄弟なんだ」
幸福の中で交わした盃は、俺の中に宿っている。消せる筈も無い、大切な絆だ。
2人を守るにはこれしかない。ここで俺が抵抗すれば、エースとルフィはこの大人数相手に……!
いくらエースが強くても、ルフィを庇いながら1人では勝てると思う方が可笑しい。……ナミなら……。
そう思った時、情けなさと悔しさで涙が溢れた。こんな時にまで、俺はあの震える少女に頼るのか……!?
自分の無力さと、情けなさに震えつつ、父親と言う他人に従い、俺は鳥籠のような家に連行される。あの門を超えるのは難しい。
だからこそ、俺は自力でどうにかするしか無かった。帰れば知らない弟が居て、俺は何の為に連れ戻されたのかと思う。
そして、その弟が告げたのは〝可燃ゴミの日〟と言う言葉。不確かな物の終着駅が、存在その物を消す為に燃やされると知る。
人も含めて、全部燃やすと……そう言われたのだ。家を飛び出して、真実を知り、どうにか2人を助けたいと思っているのに、周りは驚く程に何も変わらない。
人の命が大量に喪われると言う真実を知っていて、勉強しろと、食事をしろという。ゴミ山を、人間を、この国の汚点として焼き捨てようとする、本当の意味で腐ってる人間達は平然とそんな言葉を口にするんだ。
越えられない壁の前で、愛しい兄弟に向けて逃げてくれと叫ぶ。血を吐く想いで、生きてくれと、それだけを願う。
殴られて、蹴られて、それでもどうか……2人の無事をと祈るしか、俺には出来ない。そんな俺に、声を掛けてくる男。
「……どうした、少年」
「おっさん……」
俺は心のままに、知ってしまった抱えきれない真実を言葉にする。それを男は黙って聞いてくれるから、俺は心の底から吐き捨てるように、言葉を投げ付けた。
「俺は……貴族に産まれて、恥ずかしい!!」
結局
いつも何かを書いていたナミの真似をして、大切な兄弟に向けて。無事でいてくれる事を信じて、俺の言葉を伝える為に。
「本当におかしいよな。長男二人で、弟は1人で……盃を交わしてない、危なっかしい姉が1人。ナミがもう近くに居ないんだ。俺まで居なくなったら、ルフィの事エースに押し付けるみたいになっちまうよな」
それでも……俺は、自由に生きたい。1足先に、行くしかないんだ。
郵便クーに手紙を託して、その飛び立つ姿を見送る。誰にも届かない言葉は、自然と唇から漏れ出す。
「ルフィの奴はまだまだ弱くて、泣き虫だけど……俺達の弟だ。宜しく頼む」
☆その代わり……海賊として力をつけたら、2人が愛してやまないナミを助ける。必ず助けに行くから……少しだけ、お別れだ。
そうして俺は飛び出した。海賊になる為に。
漁船を盗み、船出をする。航海術は教えて貰ったし、魚も捌けるようにして貰った。
戦える強さも少しはある。……本当は、17歳で海に出る予定だったのになと小さく笑ってから、俺は船を動かし……突然の砲弾により、それ迄の全てを、失った。