波間の向こうを目指して(新・本編side) 作:夢枕 七変化
いつも新聞を賑わせているルフィの活躍に、俺の頬は自然と上がった。それを皆は不気味だと言うが、その位は当然だろう。
俺がナミと別れた後、即座にベティに調べて貰ったのはナミに関する事だった。最近起きた大きな事件と関連があると踏んでの物だったが……調べてみればその壮絶さに言葉を失う。
「もっと早くその情報を掴めていれば、協力したのですが……自力で撃破するとは……」
幼い少女を犠牲にして諸島の人々が命を繋いでいた事実は、きっと政府により隠蔽される。もしもその少女が海賊ではなく、海軍へと入隊したならばこれは世界に知らされた事だろうが、その少女は迷い無く海賊の手を取ったのだ。
奴隷として生きて来たその半生を、少しも感じさせる事の無かった穏やかな微笑みを思い出す。ナミは昔から優しくて穏やかだったけど、奴隷として虐げられて来た人間としては既に異常の域だ。
元々お嬢様で苦労知らずだったから、穏やかで優しいのだと言われれば納得もできるんだが……。ガキの頃既に、ナミは下手な兵士より強い海賊の見習いだった。
それが奴隷に堕ちていたのに、どうしてその穏やかで優しい気性をそのままに生きているのか不思議でならない。被害者としか言えないその少女が、俺の姉だと知ったベティとその会話を聞いていたハックとコアラが、革命軍に引き込めと騒いだのはご愛嬌だろう。
「無理だろうな……」
俺だってナミに傍に居て貰えるなら、その方が嬉しい。だが、ルフィの仲間となっていると言われた時点で諦めるしかないのは明白だ。
俺達三兄弟をナミは分け隔てなく愛してくれていたが、それでもやはり1番下っ端のルフィの事は特別対応していたのを覚えている。……俺達に対しては姉だったけど、ルフィには既に母親の域だったもんな。
そういう意味では、全員を平等に愛してくれたのはダダンもだったなと思う。どちらかと言えば父親に近い育て方された気もするけど、本当に大変な時はダダンが母親に見えた。
こうして思い返して見れば、俺達三兄弟は随分恵まれていたと思う。その分、身内に対する執着心も強くなっちまったけど。
ルフィがナミを手放す筈ねェし、そうでなくともナミがルフィを心配して離れられないのは当然だろう。万が一ルフィが死ぬとかしてナミが1人になったとしたら……その時は、争奪戦は恐ろしい事になるだろうとわかる位には。
まずはエースだろ。あいつもナミに惚れてるし、ガキの頃からキスしたり押し倒してみたり色々やってたもんな……。
それと当然〝赤髪海賊団〟がナミを求めて本格的に動くだろう。見習いやってたナミを溺愛してたのは、記憶に新しい。
どうして俺の姉弟は、大人しくしてる事が出来ないんだろう。そういう意味でも、血の繋がりなんか無くても家族は似るんだと痛感させられる。
「……俺だけだな、大人しくて手のかからないいい子なのは」
「は!?サボ君何言ってんの!?問題児の代表が、何夢見てんのよ!?」
俺の呟きを聞き取ったらしいコアラが喚くけど、何もおかしい事は言ってねェぞ。本当に、コアラは俺の何見てんだかな。
「んで、突然部屋に来てどうした?」
「そのアラバスタの次に〝麦藁の1味〟が起こした騒動、知りたいかなと思ってね」
俺が見ていた新聞記事には、ルフィの名は無いがこの騒動の1番厄介なところはルフィ達だと知って手元にあった訳だ。なのに、その続報だと?
じっとコアラの手にある物を見れば、明らかに新聞だ。無言でそれを見ていたら、呆れを隠さずに差し出された新聞を差し出される。
それにありがとうと言って受け取れば、そこにはエニエス・ロビー崩壊の見出しがある。そのまま読み進めれば、ルフィ達だけでできるような規模の破壊ではなくて、寧ろその規模の破壊をルフィ達ができるならルフィ達は既に四皇に名乗りを上げてるだろうと思わされる程の惨状だ。
ルフィ達が足ざまに書かれているそれは、その仲間に〝ニコ・ロビン〟がいる事迄書かれている。俺達がいくら探しても見付けられなかった存在を、何処で見付けて仲間にしたのかと思えば、可笑しくなって笑っちまったのは当然だろう。
「流石は俺の弟だ!」
「そこで褒めちゃう辺りが、既に問題児なのよ」
「ナミにも良く〝サボは手がかからなくて助かるわ〟って言われて育ったんだぞ?」
「誰と比べられるとそうなるの!?サボ君を育てた人って、苦労しか無かったんじゃないかな?」
何言ってんだ。ナミはいつも、苦労知らずですって感じで笑ってたぞ。
そうは思うが、言えば話が長くなるかと視線を記事に移動させる。麦藁帽子を被ってるその写真を見れば、泣き虫なルフィがサボ~と呼んでくれてる気がした。
でもルフィだって、あの頃よりも随分強くなったんだろうなと思えば微笑ましい。その時、目の前に出されたのは新たな手配書。
「それね、全部〝麦藁の1味〟の物らしいわよ?なんでも1味全員が賞金首と言う奇跡の1味なんですって」
「……ナミも、手配書に?」
「サボ君のお姉ちゃんなら当然でしょ?」
何をもって当然と思うのか、俺には判断できない。ただ分かるのは、それを選んだのは間違いだっただろう事。
「俺が世界政府なら、そんな命知らずな事はしないけどな。ナミのバックには、赤髪と白髭がついてるぞ。ついでに、俺もな?」
「……やだ、流石はサボ君のお姉ちゃん……!世界征服出来そうね」
少しばかり本気の色を乗せてコアラは言う。それを聞き流しながら、俺はのんびりとその手配書を捲って行く。
まずはルフィの手配書。その明るい笑顔に、頬が緩む。
変わらずに可愛い。今にもサボ~!!と呼ばれそうな気がする程だ。
賞金の額はまだ低めだが、それも時間の問題だろう。いや、ルーキーと呼ぶのも烏滸がましい程の短期間でこの金額である事を思えば、恐ろしい成長速度だ。
最近巷を騒がせている億超やそれに近いルーキー達の情報を思い出したのは、必然的なものだろう。どうでもいい海賊達ではあるが、同時に彼等の動きがこちらの動きを楽にしてくれる事も多いのは事実。
台風の目は、確実に成長しているらしい。だが、そいつらに比べてルフィの可愛さは格別だな。
続いて出てきたのは緑頭の剣士。金額だけ見るなら、ルフィの右腕だろうか。
問題のニコ・ロビンは戦禍の中で撮影されたらしいそれを使用されていて、更新された顔写真に確かに幼少期の面影を見てとれる。それの直後に出てきた手配書には、1瞬動きと思考を止めちまった。
子供の落書きのような絵が使われた人間。これでは俺も含めて、前髪の長い金髪は全員疑われるレベルだろう。
……タラコ唇なのだろうか。だとしたら随分特徴的だ。
写真があっても、お面をつけていては意味ないだろうとしか思えない手配書と、手配書を発行する事で寧ろ赤字になりそうなペットの手配書には肩から力が抜けちまう。何の為に作った手配書なのか。
そして、ペットではない筈なのに、既に人なのかさえ疑わしい〝サイボーグ〟の手配書となれば、変わったものが好きとはいえコレないだろうと、手配書の中で笑う弟に声を掛ける。別段俺が何か困る訳でもないから、構わないんだけどな。
そして、最後の1枚により俺は呼吸さえ止まりそうになる。何がどうなるとこんな手配書になるんだ。
まずは、通り名が二つ書かれている異例の手配書である事に目を奪われる。ひとつはまだいい。
確かに過去の事を調べた時も、ナミは泥棒として生きていたのがわかっているから〝泥棒猫〟は最適だろう。それに実際、男達の心を盗んで回る子猫でもあるから、言い得て妙と言える。
問題はあの時ドラゴンさんも言っていたが、それが表に出ちまってる事だ。幻の正体不明の天才作家〝宝玉〟の名が、表に出ちまってる。
「あの時、保護しておくべきだったか……?」
今更言っても仕方ないし、ドラゴンさんの考えに逆らうつもりも無かったのだからどうにもなりはしない。初回の手配書とは思えない金額の高さに、頭痛がする。
そして、何よりもその写真だ。それ用の雑誌の表紙だと言われたら納得できそうなそれは、世の中でこの手配書がどんな扱いを受けるのか考えるのが容易過ぎる。
最後に最も重要なのが〝
赤髪海賊団も、白髭海賊団も、ましてや俺達もバックに居るのだとしても……それが考慮される筈は無い。寧ろマイナス効果があるだけだ。
ならば何故こうなるのか。……誰を、誑かしたんだ、あの馬鹿姉はよっ!!
「コアラ、イワちゃんに繋いでもらえるか?」
「……電波の届かない所に居るか、電源が入っていない為繋がりません」
「そ、うか……」
そんな馬鹿なと思いつつも、俺は仕方なく別な手段で情報を集める事にした。宝玉が生け捕りのみとなったその理由は、知っておいて損にはならない筈だから。
這々手を尽くして集め、纏めたその資料に拠れば、ナミの生け捕りのみとなった理由は大将〝青雉〟が〝ニコ・ロビン〟の手綱だと主張した事。その他に〝王下七武海〟からナミを殺した場合七武海を抜ける……だけでは無く敵となり暴れると宣言された事にあるらしいと知る。
その〝王下七武海〟が1人では無い所でまず問題だが、2人とも実力を強く認められた存在であるのが脅威だ。何をすれば、この2人が意見を揃えると言うのか。
王下七武海〝鷹の目〟のミホークと、同じく王下七武海〝天夜叉〟のドンキホーテ・ドフラミンゴ。どちらも休火山と同じ扱い、と言えるような厄介な相手だ。
その上で、更に生け捕りのみを推奨した人間の中に気になる名前があった。それは〝ドクター・ベガパンク〟だ。
いくら調べてもナミとの関わりは無いのに『〝宝玉〟の知識は果てしなく、その知の損失は世界に多大なる影響を与える。彼女の喪失は世界の損失である』と言い切ったらしい。確かに悪い噂は聞かない、善人や人格者として名高い存在だけどな……。
まさかその手配書にかまけてる間に、時が過ぎて恐ろしい新聞記事を見る事になるとは思いもよらなかった。大切な兄弟が……〝公開処刑〟されるなんて記事が出されるなんて、誰が思うと言うのか。
それも1番死から遠いと思っていた、巨大な守り神に所属する自分の半身とも言える存在。〝火拳〟のエースが、公開処刑されるだなんてさ。
当然それを黙って見てる訳には行かないからと準備を進めるけど、それには何人もの仲間達から辞めておけと言われた。俺だってエースやルフィ、ナミに関わってなけりゃ今回は手を出さないと決めただろう。
規模がヤバいのは、誰の目にも明らかなのだから。何せ、機嫌を損ねると恐ろしいと言われるビッグ・マムや存在する事が恐ろしいと言われるカイドウを超えると言われる、世界最強の名を欲しいままにしている白髭が動く案件だ。
〝仁義を破ると恐ろしい〟と言われる白髭を怒らせる事……それは、
その上エースは〝隊長〟だ。つまりエースが単独で動くのは、船長である〝白髭〟の指示があったと考えられる。
その途中で起きた売り渡しだ。白髭海賊団の人間なら、解放が無理でもせめて捕らえておくだけに留める必要があった筈。
それにも関わらず、世界征服……この場合は海軍かも知れないが……彼等は戦う事を決めてしまった。それを迎え撃つには、王下七武海の召集が必要不可欠。
これは、歴史を揺るがす大きな戦争になるのは間違いない。今正に〝伝説〟が動き出す。
俺が小舟に乗って出発しようとした時、海軍本部が狙われた事件が起きた。その記事を見て息を飲んだのは、狙われたのが〝東の海〟であった事も理由だが、その能力が問題だったから。
「これは……〝金獅子〟のシキ……!!」
「このタイミングで別な伝説が動いたか」
「ドラゴンさん……」
「サボ……この件が落ち着いてから動いた方がいい。状況によっては、海軍は戦争等起こしている場合ではなくなるだろうからな」
その言葉に頷き、更に数日後……今度は金獅子のシキが捕らわれた事が記事となった。そして〝麦藁の1味〟がシャボンディ諸島において、消滅した事が掲載される。
俺はエースかルフィかとの選択肢を突きつけられたような心持ちで、新聞を握り潰した。だが、所在地不明のルフィよりも、今正にその命を奪われそうなエースが優先であると判断した俺は、海軍本部に変装して潜入する事を決める。
亡くしたくない大切な存在は、自分の手で守るしか無いのだ。それに、もしも無事ならば……ナミもルフィも現れる。
心優しく温かなあの二人が、エースを見殺しにするなんて選択肢を持つ筈はない。俺は個人的な事である為に他の誰も巻き込めないからと、1人船を出航させた。
波間の向こうを目指して……。大切な人の生命を守る為に……。