Ⅲ
7月。博多山笠。博多の街のあちこちに飾り山が据えられている。ボクはお客さんに連れられて川端通りと中洲の飾り山を見に出かけた。
「せっかくだから,あの着物を着なさい」
と言われるままに,ボクは着物を着た。その姿で街を歩いていると,すれ違う人が振り向いた。
「外人の女の子が着物を着てるのも素敵だね」
というような話し声も聞こえてくる。ボクを連れているお客は自分が褒められているようにうれしそうな笑みを見せる。
中洲の飾り山を見終わって,
「櫛田神社の飾り山も見ていきましょう」
と言われた。
「櫛田神社?」
「ロミーちゃん,櫛田神社を知らないの?」
ボクはうなずいた。
「物知りの割に,『灯台もと暗し』なのね。おうちのすぐ近くの櫛田神社を知らないなんて。ああ,でもまだこっちに来て3ヶ月なのね」
彼女は笑いながらボクの手を引いて歩いて行く。中洲から,川端通りを突っ切ればすぐそこが櫛田神社。その神殿の脇に飾り山が置かれている。
「ここの飾り山は一年中見られるの。ほかのところの飾り山は山笠祭りの期間だけだけどね」
「ふーん・・・・」
それから,彼女はボクをうちに送り届けてくれる。途中,公園を横切った。
「冷泉(れいぜん)公園よ。ここも来たことなかったの?」
ボクはうなずいた。
「散歩はいつも海の方に歩いてたから」
「そうだったの。今度から,こっちの方も散歩してごらん」
そうしようとボクは思った。
冷泉公園を散歩していてジュリアと出会ったのは8月の終わり頃。昼間はまだ真夏の暑さだけど,夕方になれば少しは涼しくなる頃。公園の空き地でジュリアは踊っていた。ホットパンツに,臍が見えるほど短いタンクトップを着て,小麦色の健康な肢体を見せて,時に激しく,時にあでやかに踊っていた。腰にかかるくらい長い髪は漆黒でウェーブしている。濃い眉,大きな目,赤い唇。「南国的」な美人。と言ってもまだ十代だと思う。ボクより5つくらい年上?
ボクはその踊りに引きつけられた。バレーとは違う。ツイストとも違う。中南米の街角で人々が音楽にあわせて思い思いに踊っている,そんな踊りをもっと美しく洗練したような踊り。ボクは真剣に見ている。時おり,通りがかりの人が立ち止まるけど,1~2分くらいで立ち去る。ボクは最後まで見ていた。
踊り終えた彼女がボクに微笑みかけた。ボクも微笑んだ。そして,うちに帰った。
それから毎日,ボクは公園に出かけた。彼女が先に来て踊っていることもあるし,ボクが待ってることもある。ボクは踊りをずっと見ている。たまにほかの人が立ち止まる。ある日,そのうちの一人が投げ銭した。それにつられて何人かが投げ銭した。踊り終わると,彼女はコインを拾い集める。ボクはお金を持っていない。それが悲しくてうつむいていると,彼女が声をかけてくれた。
「どうしたの?」
「ごめんね。お金を持ってないの」
「いいよ。子供なんだから」
「でも・・・・すてきな踊りを見せてもらったのに」
ボクはふと思いついた。
「ねえ,喉が渇いていない?」
「うん。あんだけ踊ったからね」
「じゃあ,うちにジュースがあるよ。コーラとかジンジャエルも」
「あっ,いいの? じゃあ,コーラをもらおうかな」
その返事を聞いて,ボクはうれしくなって彼女をうちに連れていった。
「こっちだよ」
ボクは一緒に歩き始めた。
「ボクはロミー,キミは?」
「わたしはジュリア」
「ふーん」
お店に着いたら,ジュリアの手を引いて中に入った。ジュリアは店の中に入って「えっ?」というような表情を見せた。
「ミユキ,ジュリアにコーラをあげて」
ミユキも,ボクが突然女の人を連れてきて,びっくりしている。その場にいた2~3人のお客さんも。
「公園で踊っている人なの。とてもうまいんだ。ボク,お金を持っていなくて,だからコーラをごちそうしようと思って・・・・」
「ああ,そういうこと」
ミユキは事情が分かってコーラを出してくれた。ジュリアはグラスに入れずに,ボトルのクビを人差し指と中指で挟み,ラッパ飲みする。不作法かもしれないけど,ジュリアがやるとかっこいい。ゴクゴクというような喉の筋肉の動き,今なら「セクシー」と表現するだろう,その時のボクには言葉が思いつかなかった。飲み終わって,ボトルをカウンターに置き,
「ありがとう」
とミユキに言って,ジュリアはボクの方を向いた。
「ここがロミーのおうち?」
「そうだよ。寝るのは2階だけど」
「そうなんだ・・・・」
ジュリアは店の中を見回している。
「バー,だよね?」
「そうだよ」
ジュリアはもう一度店の中を見回して,
「あっ,コーラ,ありがとうございました」
とミユキにあいさつして出て行った。
それからジュリアに時々お店でコーラやジンジャエルを飲んでもらうようになった。ボクは毎回誘うけど,ジュリアは「毎日じゃ申し訳ないよ」と言う。
秋になるとジュリアはドレスを着て踊るようになった。秋が深まるにつれて日の落ちるのが早くなり,ジュリアが踊る時間に公園はすっかり暗くなっている。公園を照らすライトの下,金ラメや銀ラメが縫い込まれたマリンブルーやワインレッドあるいは光沢のある黒など,きらびやかな色彩のドレスで踊るジュリアは一層美しかった。美しいジュリアの踊りをボクは心を奪われたように見つめる。この頃になると,ギャラリーができた。5~6人か時には10人くらい。ジュリアは踊り終わるとギャラリーに挨拶する。ギャラリーは拍手し,何人かは投げ銭する。
ある日,踊りを終えたジュリアがボクに話しかけた。
「ロミーもダンスしたいんじゃないの?」
「えっ,でも,ボク,踊れないよ」
「初めはだれでも踊れないよ。習ってみる気はない? わたしが教えてあげる」
「いいの? でも,レッスン料とか払わないと・・・・」
「そんなの要らない。わたしが教えたいの。わたしが見たいの。ロミーのダンス。ロミーの舞姿。きっと,美しいよ。ぜったい,きれいだよ」
ボクはうなずいた。願ってもないことだったから。ジュリアの華麗な踊りを見ながら,ボクも〔あんなふうに踊ってみたい,踊れたらいいな〕とは思っていたから。それが可能だとは思っていなかったけど。
「じゃあ,明日から教えようね。でも,あまり長い時間は無理よ。わたしはこの後,仕事があるから」
ジュリアはボクの気持ちとは無関係に話を続けている。
「うん。ボクもあまり遅くなるのは・・・・」
それはきっとミユキに心配をかけるだろう。ただ,それとは別に,さっきのジュリアの言葉に疑問がある。
「『この後仕事がある』って,これがジュリアの仕事じゃないの?」
「ダンスは仕事じゃないの。ダンスを仕事にできればいいんだけどねえ・・・・」
ジュリアはちょっと寂しそうな表情を見せた。そんな表情を見るのは初めてだった。
「・・・・つまり,本職は別にあるってこと?」
「そう」
「本職は何なの?」
ジュリアはちょっとためらっている。そして,
「そうか,バーの子なら,大丈夫か」
と小声でつぶやいてから,
「わたしの本職はバーのホステスよ。まあ,バーと言っても,ロミーのおうちと違って,ずっと大きなところで,わたしみたいなホステスが何十人もいるけどね」
「何十人?」
「うん・・・・そうだ,これから行ってみる? わたしの仕事場,見せてあげる」
そう言って,ジュリアはボクの手を引いて歩きだした。ボクはわけも分からずついていった。
橋を渡って中洲の街の中をしばらく歩くと,大きなビルの前に着いた。
「ここ?」
「このビルの地下」
ジュリアはぼくの手を引いて地下に降りる階段のところに来た。その上に「ムーンライト」と書かれた大きな看板があり,階段の降り口には男の人が立っていて,ボクを見ている。
「あっ,この子にちょっとだけわたしの仕事場を見せてあげるの。ちょっとだけだから,大目に見て」
男の人にそう話しかけて,ジュリアは階段を下りていく。ボクは置いていかれないよう,後を追った。階段を降りたところにまたドアがあって,そこを開けると大きなフロア。10人,いや15人くらい座れる円形のカウンターがいくつもあり,その中に3~4人ずつくらい女の人が立っている。カクテル光線というのかな,色のついた光が中を照らしている。奥にステージがあってバンドが演奏している。
「ジュリアはここで働いているの?」
「そうよ」
そうやって,1分か2分くらい,ボクと並んで店の中を眺めていた。
「じゃあ,わたしはこれからお仕事。ロミーはもう帰りなさい。ほんとうは来ちゃいけない歳なんだからね,まだ・・・・10年ってことはないか,7~8年くらい早いんだから,たぶん」
そう言って,ジュリアはボクを送り出した。
うちに帰ると,もうカウンターには5~6人のお客さんが来ていた。
「ロミー,今日は遅かったね」
「うん,今日はダンスの後,ジュリアが働いてるバーを見せてもらったの。とても大きなところだよ。丸いカウンターがたくさんあるの」
ミユキはびっくりした。
「あの人は,そんな仕事をしてるの?」
ボクはその言い方に驚いた。
「ミユキ,どうしたの? 『そんな仕事』って,ミユキと同じ仕事じゃない」
ボクは素直に言い返した。だって,本当にそう思うから。ジュリアの仕事はミユキの仕事と同じだと思うから。ミユキは黙ってボクをじっと見つめた。
それから,ジュリアは公園でダンスが終わると,30分くらいボクに教えてくれた。
「わたしは社交ダンスはできないの。リズム&ブルースで踊るのが基礎になっていて,それにラテンの踊りも取り入れているの。ロミーにもそれを教えるね。腰と肩でリズムをとればいいの。腰と肩がリズムにあって動いていればいいの」
そう言って,手拍子,足拍子をとって手本を見せてくれる。ボクは言われたように手拍子,足拍子でリズムを刻む。
「そう,そうすると,自然に肩と腰がリズムにあって動いているでしょう」
確かに,動いている。
「慣れてきたら,拍子をとらなくても,腰と肩がリズムにあわせて動くようになるから。それができるようになれば,後は手や足や頭を自由に動かしていいの。アドリブでね。わたしのダンスはみなアドリブよ。だから同じ動きを2度はできない」
やがて,ジュリアが一人で踊っている間も,ボクはジュリアの踊りを眺めながら自然に体を動かすようになった。ジュリアはギャラリーを意識して踊りながら時々そんなボクをちらりと見る。やがて,秋が過ぎ,冬も終わりかける頃,
「ロミー,これからはわたしとペアダンスを練習しよう」
「ペアダンスって,一緒に踊るの?」
「そうよ。一人で踊るより二人で踊る方がきれいだし,楽しいよ」
「でも・・・・」
「むつかしく考えなくていいの。向き合ったり横に並んだりして,相手の動きを見ながら踊るの。息があってればちゃんと決まるよ。ロミーとわたしなら,ぜったい息が合うから,心配しないで。さあ」
そう言って,ためらうボクの手を取って一緒に踊りだした。ボクはジュリアの動きを邪魔しないよう考えながら体を動かす。やってみたら,1曲踊れてしまった。楽しかった。
「うまいじゃない。その調子。次の曲もね」
こうして,この日からはペアダンスを教わるようになった。そうしているうちに,桜が咲き,散り始めた。
「ロミー,明日はお客さんたちの前で一緒に踊るからね」
「ええーっ!」
「そんなに大げさに驚かないで。大丈夫よ。ロミーはとてもうまいよ。才能があるよ。何も心配しないでいいから。ただ,服は,ドレスは持っていないと思うけど,一番かわいいきれいな服を着ておいで」
翌日,ボクはフリルのついたブラウスを着てきた。ふだんは,ボクが来るときにはもう踊り始めているのだけど,この日はボクを待っていた。
「さあ,わたしのパートナーがやってきました。皆さん,拍手で迎えてください」
というジュリアの声で,ギャラリーは拍手した。ジュリアが手招きしている。ボクは緊張してジュリアのそばに行く。
「ロミー,何も心配しなくていいの。お客さんなんか気にしないの。わたしの目だけを見てなさい」
ジュリアはそう言ってボクをじっと見つめる。ボクもその目を見つめ返す。そうしているうちに,ほんとうにジュリアだけしか見えなくなった。そして,ジュリアが音楽をかけて踊り始めた。ボクも一緒に。
不思議だった。緊張してもいいはずなのに,むしろふだんより以上に体が自由に動く。そしてジュリアの動きと無理なく合わせられる。ジュリアの動きがごく自然に予想できる。それにあわせてボクがどのように動けばいいか,考えなくても自然に体が動いている。ジュリアがターンする。ボクも一緒にターンすべきなのか,ターンしない方がいいのか,考えることもなく,その場にふさわしいようにボクは動く。ジュリアがボクに向かって手を伸ばす。その手をボクの手で受け止めるべきなのか,そのまま宙に伸ばさせておくべきなのか,ボクは自然に無意識に選択できる。ジュリアがボクに近づく。ボクも近づくべきなのか,そして,二人の体が触れあったところで歩を止めるべきなのか,そのまま交差するよう進み続けるべきなのか,あるいは,ジュリアが近づくのに合わせて距離を保つようにボクはバックすべきなのか,一言も指示されなくても,ボクの体が自然に動く。ジュリアの意識とボクの意識が一つになったような,不思議な感覚。周りのギャラリーはほとんど意識に入らない。ただ,時おり近くの桜の木から花びらが舞い散るのが分かった。ヒカルと一緒でないと何もできなかった引っ込み思案なボクが,ジュリアと踊る時はこんなに大胆になれる・・・・。
翌日,ボクは思いきってドレスを着た。ジュリアは一瞬驚いた。それから
「うん。それ,いい。とってもいい!」
と言って,ボクと一緒に踊り始めた。その日,ジュリアはたまたまワインレッドのドレスを着ていた。ボクは黒のドレス。ドレス姿の二人が踊っていると,いつものギャラリーだけでなく,何気なく散歩している人も立ち止まってボクたちのダンスを眺めるのか,1曲踊るごとにギャラリーが増えていった。
そうやって何曲くらい踊ったのだろう。その日のダンスを終えて,ジュリアがボクの手を取り,ギャラリーに向かって挨拶する。
「ありがとうございました。ダンスはジュリアと」
彼女はここで一息入れ,ボクを指して
「ロミーでした!」
と,ボクを紹介した。ギャラリーから盛大な拍手が起きた。
やがてギャラリーが散っていく。ボクたちは「淡雪」の方に歩いて行く。歩きながらジュリアが話しかけた。
「ドレスは女のためにあると思い込んでいたけど,ほんとうはロミーみたいな体型のためにあるのかも。なだらかな肩,平らな胸,細いウェスト,大きすぎないヒップ,こんな体型が一番似合うのかも」
そう言いながら,ジュリアはボクの体を,肩から腰にかけてそっと撫で,そして抱きしめた。ボクは顔をジュリアの髪に触れる。匂いがする。ヒカルの髪の匂いとは違う匂い。
店に戻って,
「ミユキ,コーラをお願い」
と声を掛けたら,ミユキだけでなく,その場にいた5~6人のお客がボクたちの方を向いた。
「どうかしたの?」
「いや・・・・ロミーちゃん,ドレス着て外を歩いてたの?」
「ダンスしてたんです。わたしと一緒に」
ボクより先にジュリアが答えた。
「ロミーちゃんがダンス?」
「昨日からわたしと一緒に踊ってるんです。とてもうまいんです。そして,きれい。ふだんの倍くらいギャラリーがいたわ」
「明日も?」
「わたしはそのつもりだけど」
と言って,ジュリアはボクを見る。ボクはうなずいた。ふと見ると,ミユキが心配そうな顔をしている。
「ミユキ・・・・どうしたの?」
「あっ・・・・いや・・・・なんでもないの。ダンス,楽しい?」
「うん,楽しいよ」
「そう,それならよかった・・・・あっ,コーラね。ロミーも?」
「ボクはお水がいい」
ミユキは,ジュリアにコーラを,ボクに水をくれた。ジュリアはいつものようにコーラを飲み干すと出て行った。
その日の10時頃,夜食に1階に降りると,
「ロミーちゃん,どこで踊ってるの?」
と声を掛けられた。あの時のお客たちはもういないけど,客から客に話が伝わっていたらしい。その話の流れで,翌日の6時頃に冷泉公園に行こうという客たちの相談がまとまった。
「ママも見たいでしょう。目に入れても痛くないほどかわいい甥っ子の舞姿」
「えっ・・・・まあ・・・・」
ミユキはあいまいな返事をする。
仕事を終えて2階に上がってきたミユキにボクは尋ねた
「ミユキ,ボクがダンスするの,いや?」
ミユキは,ハッとした表情を浮かべ,一呼吸置いて,
「いやだなんて,そんな・・・・ロミーはダンスが好きなのね?」
「そうだよ」
「じゃあ,それでいいの。ロミーが好きなら・・・・」
ボクはその言い方に納得できない。
「ミユキ,ボクにはウソをつかないで,ボクには隠し事しないで。ほんとうのことを言って」
「ウソなんか・・・・」
ミユキはじっとボクを見る。そして,口を開いた。
「ロミー,あのジュリアさんが好きなの?」
「えっ?・・・・」
ボクは思ってもいなかった問いに言葉が詰まった。
「好きって・・・・」
ジュリアを好きかどうか,そんなこと考えもしなかった。そもそも「好き」って,どういう意味なのか・・・・。
「好きって,どういう意味?」
「どういう意味って,『好き』は『好き』でしょう」
としかミユキは答えない。それでは答えになっていない。ボクは,ヒカルは好きだった。大好きだった。ジュリアへの気持ちはヒカルへの気持ちとは違う。だとしたら,好きじゃない?・・・・でも,好きじゃないと言い切るのも違う気がする。〔好きって,どういう意味?〕ボクは心の中で繰り返す。
「ジュリアのこと,嫌いじゃないよ。一緒にいて楽しいし,一緒に踊るのも楽しい。ジュリアはボクに優しくしてくれるよ。だからボクはうれしい。これって,好きということ?」
こんなふうにミユキに問いかけながら,ボクは〔ひょっとしたらボクはジュリアが好きなのかも〕と感じ始めた。
「ロミーは,生まれて初めて人を好きになるのね」
「違うよ」
と,ボクは答えた。
「ボクは子供の頃から・・・・今も子供だけど,もっとずっと小さい頃からずっと,ヒカルを好きだったんだよ。だから,初めてじゃないよ」
/ / / / / / / / / / / / / / / / / / / / /
- (ミユキ視点)
〔そうじゃないの〕と,わたしは声に出さず心の中でロミーに話しかける。
〔そうじゃないのよ。ヒカルちゃんが好きというのは,お姉さんとして好きということなの。ジュリアさんが好きというのは,女として好きということよ〕
声に出せず,わたしはただロミーを見つめる。もう13歳。恋を知ってもおかしくない年頃よね。これから,たくさん恋をするのね。そして,その先まで・・・・相手がわたしじゃないのが,残念・・・・悲しい・・・・悔しい・・・・。仕方ない。わたしはこの子の成長を見守り,祝福してあげる。この子がどんな大輪の花を咲かせるか・・・・。
こんなことを考えていると,ロミーが
「ミユキ,お風呂は?」
と声をかけた。
「ああ,入るわ」
「うん。そろそろ仕事が終わることだと思って,沸かしておいた」
「ほんとうに,気が利くわね。ありがとう」
当たり前のように,ロミーはわたしと一緒にお風呂に入る。そして一緒のふとんで寝る。でも,そろそろ,やめないと。
「男とか女とか,そんなことどうでもいいじゃない」
と,ロミーは言うけど,そうじゃないの。ロミーにとってはどうでもいいことかもしれないけど,わたしにとってはどうでもよくないの。 -
/ / / / / / / / / / / / / / / / / / / / /
翌日は,キュロットパンツ姿でジュリアと踊った。お客さんがそれをビデオに撮って,ほかのお客やミユキに見せている。
「ロミーちゃん,いつからダンスをしてるの?」
「去年の秋頃から」
「じゃあ,半年くらいでこんなにうまく踊れるようになったの? 才能あるんじゃない? プロのダンサーになれば?」
そんなこと言われても,ボクには分からない。ボクはただ,ジュリアに教えられたとおり自由に体を動かしているだけ。それが楽しいから踊っているだけ。
こうやって,1ヶ月が過ぎ,2ヶ月が過ぎようとしていた5月末,いつものようにダンスを終え,少しずつ増えているギャラリーにあいさつした後,ジュリアがボクに話しかけた。
「もうすぐ梅雨になるね」
「うん・・・・ボクは,雨も嫌いじゃないよ」
「でも,雨が降るとここで踊れないでしょう」
そうだった。雨が降ると外では踊れない。もうじき,毎日のように雨が降る季節になるんだ。日の光を浴びてはいけないボクにとって雨はむしろ好ましいくらいだけど,公園で踊るには邪魔になる。
「お店の中で踊らせてもらえるよう店長に頼むつもりなの」
「お店って・・・・」
「ずっと以前に一度連れていったことがあるでしょう,『ムーンライト』,わたしが働いているお店。あそこで踊らせてもらうの」
「そんなこと,できるの?」
「頼んでみなきゃ分からないけどね。バンドの演奏の合間にステージで踊る時間はあるはずなの。ただ,お客に見せる値打ちがあることを店長に納得させないといけない。そのためにはダンスを見せないといけない」
「それは,そうだね」
「だから,明日,お店に来て。開店前の時間,5時半くらいに」
「ボクが?」
「だって,二人のダンスを見せるんだから」
「そう・・・・」
「怖い?」
「別に,怖くはないよ」
「じゃあ,明日の5時半にお店の前でね。あっそうだ。衣装はドレスとパンツスタイル,両方ね」
「うん。分かった」
翌日,ボクはキュロットパンツを着て,マリンブルーのドレスをもって出かけた。店の前には,もうジュリアが待っていた。
「じゃあ,すぐオーディション開始よ」
そう言ってジュリアはボクの手を引いて階段を降りた。
店には店長が待ち構えていた。
「この子かい?」
「そうよ」
「ほんとうに男の子なのか?」
「ほんとうよ。でも『証拠を見せろ』なんていやらしいこと,言わないでね」
「先を越されたな。まあいい。じゃあ,すぐにダンスを始めてくれ」
という店長の言葉に促されて,ボクたちは踊り始めた。店長と話している時は緊張したけど,踊り始めると店長の存在は意識から消えてしまった。そして何曲か踊った後,
「じゃあ,ドレスに着替えて」
とジュリアに言われてボクはその場でドレスに着替えた。それを見て店長が
「ロミーというのかい。いい度胸してるね。人前で堂々と下着姿になって着替えるなんて」
と声を掛けた。ジュリアは
「もう,店長,ほんとうにいやらしい」
と怒っているけど,ボクはむしろ〔またやってしまった〕という気持ちだった。下着姿はみだりに人に見せてはいけないものだった。ともかく,ボクはドレスに着替えてまた何曲か踊った。
「じゃあ,これくらいにしておこうか」
とボクに声を掛けて,ジュリアは
「店長,どう?」
と店長の方を向いた。店長は拍手してくれた。
「いいよ。なかなかいい。客寄せになりそうだ。さっそく,明日から・・・・でいいのかな? ロミー」
「ボクはかまいません」
「でも,ロミーは見てのとおりまだ子供だから,あまり遅い時間までは,だめよ」
と,ジュリアはボクと店長の両方に顔を向けて話しかける。
「それじゃ・・・・バンドの幕間なら,7時半から8時までと8時半から9時までの2ステージにしようか。といっても30分めいっぱいとはいかない。ジュリアの本職は接客だからな。15分ずつくらい・・・・ロミーはずっと踊っていてもいいけど」
「ボク一人で?」
「ああ,ソロで」
「ちょっと,そんなに先走らないで。・・・・ロミー,店長の話を真に受けちゃダメ・・・・まあ,そのうちソロで踊ってもいいけど,とりあえずはわたしとペアダンスよ」
ジュリアはボクと店長をたしなめた。
「それよりも,ロミー,叔母さんにちゃんと話をしておかないとね」
「うん」
ボクの話を聞いたミユキは,びっくりした。
「お店の中で踊るの?」
「うん。でも,公園で踊るのと変わらないよ」
「変わらなくはないでしょう。お店には酔っ払いがたくさんいるんでしょう」
「たくさんってことはないよ。それに,ボクはステージで踊るだけだよ。客席に座ったりしないよ。踊りの幕間は楽屋にいるんだよ。それに,何かあったらジュリアが助けてくれるから」
ジュリアの名前を聞くと,ミユキは不機嫌そうな顔になった。
「ミユキ,ジュリアのことが嫌いなの?」
「嫌いじゃないわ」
でも,その口調はやっぱり不機嫌。
「ねえ,ボクはダンスが好きなの。そしてみんなも『じょうず』って言ってくれる。見てくれる人たちの前で踊るのが楽しいの・・・・どうして,ミユキは反対するの?」
「別に,反対してるわけじゃないけど・・・・」
「じゃあ,踊ってもいい?」
結局,ミユキは認めてくれた。
それから1ヶ月は夢中で過ぎた。バンドの演奏中,だれもいない楽屋で,ボクはバンドの演奏なんか聴く余裕はなく,ジュリアから「今日踊る曲よ」と渡された曲をイヤホンで繰り返し聴くだけ。バンドが演奏を終えて戻ってきても,その人たちと話をする余裕はなかった。そうしているうちにジュリアがやって来て「ロミー!」と声をかける。二人は音楽に合わせてステップを踏みながらステージに出る。ステージで踊っている間,客席の反応を見るゆとりはなかった。15分のダンスが終わって楽屋に引っ込むと,次のステージのために着替えをする。1回目はパンツorキュロット,2回目はドレスを着ることにしていた。バンドの人たちの前で下着姿で着替えても,誰も何も言わない。それから,次のステージの曲をイヤホンで聴き始め,バンドの人たちがステージに出て行く。
1ヶ月を過ぎた頃から,少しは余裕ができて,幕間にバンドの人たちと少しばかり話をするようにもなった。ジュリアはそれを見て,女性ボーカリストに冗談っぽく声をかけた。
「リリーさん,あまりロミーにかまっちゃだめよ。まだ子供なんだから」
「かまってなんかいないわよ。かわいがってあげてるのよ,ねえ,ロミーちゃん」
その言葉どおり,リリーさんはボクをかわいがってくれた。彼女たちの演奏と,ボクたちのダンスのあいまのほんの数分だけど,彼女がかけてくれる言葉はボクを励まし,ボクをポジティブな気持ちにしてくれる。そしてある時,
「次のステージの最初に“Moon Child”という曲をやるよ。お店の名前にちなんで,時々やってるけど,ロミーにぴったりの曲よ。『月の子供』なんだから」
その頃,ボクは自分のアルビノ症のことを話していた。日の光に当たってはいけないこと。日の光より月の光が好きなことも。
リリーさんは“Moon Child”を歌う。初めて聴く曲だけど,ボクは気に入った。静かでとても美しいメロディー。それに乗せた歌詞も美しい。意味だけでなく,発音も。「きたない」と思っていた英語の発音が,メロディーに乗せるとこんなに美しく響くものなんだ。ボクは英語も好きになれるかもしれない・・・・。
歌い終わると,リリーさんは客席に向かっておじぎをし,それら楽屋の方を向いてボクにだけ分かるようにさっと親指を立てて見せた。ボクも親指を立てて見せた。
リリーさんはジュリアとのことでボクに注意したこともある。
「ロミー,勘違いしちゃダメよ。ジュリアにはちゃんとした彼氏がいるの。ステージでどんなにセクシーに組み合っても,それはあくまでダンスだからね。ロミーに気があるわけじゃないの。だから,ロミーもジュリアを好きになっちゃだめよ」
「好きって,どういう意味?」
「えっ?」
「ジュリアはボクをかわいがってくれるよ。ボクはジュリアと一緒にいると楽しいよ。踊る時だけじゃなくて,ほかの時でも,ジュリアと一緒にいるのは楽しい。幸せな気持ちになる。それって『好き』ということ? ジュリアに彼氏がいてもいなくても,ボクはジュリアと一緒にいるのが楽しいんだ。そう思うのは,かまわないでしょう? ジュリアがボクと一緒の時にボクをかわいがってくれるなら,それでいいよ。一緒にいない時のジュリアが何をしていても,彼氏さんとデートしていても,別にボクはかまわないよ」
というボクの言葉を聞いて,リリーさんは驚いたような,あきれたような顔をした。
ただ,お店で踊るようになって,ボクがジュリアと一緒にいる時間は減ってしまった。ステージに出る時以外はジュリアは客席で接客しているから。ボクはもっとジュリアと一緒にいたかった。それに,ステージで踊るだけでなく,練習もしたかった。その話をしたら,
「じゃあ,6時くらいにお店においで。わたしの仕事は6時半からだから,それまでステージで練習していよう」
ということになった。6時半から7時半の1回目のステージまでは,その日練習したダンスの復習や,その日ステージで踊る曲の予習をして過ごした。
結局,夕方5時頃に食事を済ませ,ちょっと本を読んでいるか図書館に行き帰りしてから,ジュリアのお店に出かけ,9時までそこにいて,ミユキのところに帰って,夜食を摂って,2時くらいまで本を読んで過ごすという生活パターンになった。本を読む時間が減ったけど,ダンスは読書と同じくらい,ひょっとしたら読書より以上に楽しいから,ボクにとってなんの問題もない。
開店前のステージで練習するジュリアとボク。時おり,ジュリアがボクの腰に腕を回し,引き寄せる。腰と腰が触れあう。時おり,体をぐっと後ろにそらせたボクに被さるようにジュリアが体を前に倒す。目と目,唇と唇が1センチくらいの距離に近づく。二人ともしっかり目を開いて相手を見ている。そんな時,バンドのメンバーが
「セクシー!」
と声を掛けることもある。そしてリリーさんが
「ダンスの練習なの。間違えないで」
と突っ込む。そう,もちろんダンスの練習。だけど,だからと言って,何も感じないわけじゃない。ボクはジュリアの息吹を感じる。ジュリアの熱を感じる。そして,ジュリアがボクと踊るのを喜んでいることを感じる。もちろん,ボクがジュリアと踊るのを喜んでいることも自覚している。〔これは「好き」ということ?〕
ジュリアとボクが「ムーンライト」でペアダンスを披露するようになって2~3ヶ月すると,少しずつ評判が広がった。店長は「客の出足が早くなった」とよろこんでいる。こういうお店はだいたい9時過ぎくらいから混み始めるものだけど,7時くらいからお客が入るようになったらしい。それを聞いてジュリアが
「売上に貢献してるんだから,ロミーにもギャラを払ってね」
と店長に掛け合った。
「まあ,そうだな・・・・よその店に引き抜かれても困るし」
と冗談めいた口調で言いながら,
「じゃあ1ステージ千円。1日2ステージだから2千円でどうだ?」
「えっ,そんなにもらっていいの?」
「ロミー,そんな甘ちゃんなこと言うんじゃないの。1日2千円くらい・・・・ロミーはもっと売上に貢献してるんだからね。客の増え具合を見れば,その2倍,3倍くらいふっかけてもいいんだよ」
「ジュリア,変な知恵を付けないでくれ」
という漫才みたいな問答で,ボクは1日2千円もらえることになった。
「ロミー,そのお金でダンス衣装を買うといいよ」
「でも,高いでしょう?」
「そんなことないよ。ダンス衣装なんて,ぱっと見が良ければいいんだから,高いものじゃないよ」
やがてボクは,ジュリアに紹介してもらった衣装店で,ドレスやキュロット,ホットパンツ,シャツなどを買うようになった。そしてこの頃から,ボクはジュリアとのペアダンスの前後に1曲ずつ,ソロで踊るようになった。ジュリアは,
「わたしが隣にいると想像してごらん。ロミーが心に描くわたしと一緒に踊るつもりで踊ってごらん。それで,ちゃんとした踊りになるよ。目の肥えたお客なら,ロミーが想像上のパートナーと一緒に踊っているペアダンスを想像してくれるし,自分がその『想像上のパートナー』のような気持ちになることもある。それができないお客でも,それなりに美しいと思ってくれるから・・・・昔,わたしがそれまでのパートナーと別れることになった時,パートナーがそう言ってくれた。同じことをロミーに伝えるよ」
とアドバイスしてくれた。ボクはそのアドバイスのとおりに踊る。時おり,想像上のパートナーがジュリアからヒカルに入れ替わることがある。それも,楽しい。
こうして,ジュリアのお店でのダンスが組み込まれたボクの生活パターンができあがり,月日が過ぎていく。夏が過ぎ,秋も深まる頃,ボクは楽屋でジュリアに,
「こんどの日曜日の夕方頃,ひま?」
と尋ねた。
「うん。夕方はひまよ。夜は予定があるけど」
リリーさんが興味深げにこちらを見ている。
「じゃあ,一緒に港まで散歩しない?」
というボクの言葉に,二人は笑い出した。ボクは,なぜ二人が笑うのか理解できない。
「何がおかしいの? ボク,変なこと言った?」
笑いを抑えながらリリーさんが
「ううん。何も変なこと言ってないよ,ロミー。うん,ジュリアとお散歩ね。楽しそうね」
それから,ジュリアの方を向いて,
「ほんとうに,まだ子供ね。ふだんジュリアとペアで踊るのを見ているから,つい,うちらと同年配に思ってしまうけど」
話しかけられたジュリアはおかしそうに笑って,ボクに語りかける。
「港に,何かいいものがあるの?」
「夕焼けを見るの」
「夕焼け?」
ジュリアはリリーさんと顔を見合わせた。
翌日の夕方5時過ぎにジュリアはやって来た。ジーンズにセーターというラフな格好のジュリアを見て,ミユキはちょっと驚いた。
「ミユキはダンス衣装のジュリアしか見たことなかったんだね。でも,こんな服も着るんだよ」
別に言い訳するわけじゃないけど,ボクはミユキにそう言ってから出かけた。
日が落ちたばかり,外はまだ明るい。ボクたちは那珂川に沿って歩き,博多港の埠頭の突端に着いた。ボクたちはそこに腰を下ろす。足の下に海がある。岸壁にぶつかった波のしぶきが時おり靴に届く。ボクは空を見上げる。うちからここまで歩くうちにずいぶん暗くなった空に,三日月よりちょっと幅の広い,月齢4か5くらいの月が掛かっている。遠くから,まだ荷下ろしや荷積みの仕事をしているらしいクレーンの音が聞こえる。ボクはジュリアに体をもたせかける。ジュリアは腕を回し,ボクの肩を抱いてくれた。セーターを通して伝わるジュリアの体の温もり・・・・。
どれくらいそうしていただろう。ボクたちは立ち上がり,帰り道を戻っていく。
「昔,ヒカル・・・・姉と一緒にこんなふうに散歩してたんだ。ボクは日の光を浴びてはいけないから,夕暮れ時に散歩に出かけるの。姉はいつも一緒についてきてくれた・・・・」
「今は,お姉さんと離れて暮らしてるの?」
「死んだの。去年の春に」
ジュリアはびっくりしてボクを見る。何も言わず,黙って。
「ジュリア,手をつないでもいい?」
「いいよ」
ボクたちは手をつないで歩く。ボクはすぐ横のジュリアを見る。ジュリアはボクより5センチくらい背が高い。ヒカルとボクの身長の差がこれくらいだった。わずかに見上げる感じ。
「わたし,お姉さんの代わりをしてあげるね」
「ありがとう・・・・でも,ヒカルの代わりでなくても,ジュリアも好きだよ。だって,一緒にいると楽しいもん。一緒にいると幸せな気分になるもん」
「ロミーの『好き』は,一緒にいると楽しいとか幸せという意味なのね」
と言って,ジュリアは笑う。それから真顔に戻って,
「『好き』には,いろんな意味があるよね」
とつぶやいた。
やがて,「淡雪」の前に着いた。
「ジュリアは何時から用事なの?」
「7時からよ」
「じゃあ,もう少し一緒にいてもいい?」
「いいよ」
「じゃあ,ミユキに話しておく。遅くなるのを心配させちゃ悪いから」
そう言って,ボクは戸を開けた。ミユキはいない。2階にいるんだろう。ボクは2階に聞こえるように
「もうちょっと散歩してる。7時くらいまで。心配しなくていいよ,ジュリアが一緒だから」
ジュリアは笑っている。
「わたしと一緒だと,かえって心配するんじゃないのかな」
「えっ,どういう意味?」
「いや,何でもないの」
と言って,ジュリアはまた笑った。
「冷泉公園に行く?」
「それでも,いいよ」
ボクたちはしばらく冷泉公園の中を歩いてから,ベンチに腰掛けた。
「以前はここで踊ってたんだね」
「そうね」
「その頃の人たちが,今でもたまにここで待ってるかもしれない」
「でも,最後の日にちゃんとあいさつしたじゃない『これからはムーンライトで踊ります』って」
「でも,ムーンライトに入れない人もいるかもしれないし」
「ロミーは優しいね」
それから,毎週とは言わないけど,ジュリアは時おり日曜日に散歩に付き合ってくれるようになった。たまには,港まで歩いた帰り道,喫茶店に連れて行ってくれる。ジュリアはコーヒー,ボクは紅茶。
フルーツとクリームがたっぷり盛られたパフェ1皿を二人で食べることもある。ボクがのんびり食べていると,
「ロミー,そんなにのんびりしてると,わたしが食べてしまうよ」
「それでもいいよ」
「だめよ。お姉さんが弟の分まで食べちゃうなんて,恥ずかしいじゃない」
「じゃあ,残しておいて」
「残ってると,つい食べちゃうから,早く食べなさいと言ってるの」
「ああ,そういうこと」
こんな他愛もない会話も楽しかった。その話を聞いたリリーさんが
「あら,楽しそうなデートね」
と評する。これって,デートなのかな?・・・・
こんなふうにして,年が暮れ,新しい年が明け,1月半ば過ぎ,ボクは14歳になった。その頃,ジュリアと手をつないで歩いていると,男の人から呼び止められた。
「ジュリアじゃないか。何してるんだ」
ジュリアはきつい表情で声の方を向き,
「何してるって,弟と散歩してるのよ」
「弟?」
「そうよ。去年からわたしの弟になったロミーよ」
と言って,相手をにらんでいる。相手は黙り込んだ。
「くだらない焼きもちなんか焼かないでね。焼きもち焼かれるようなことは何もしてないんだから」
そう突っぱねられて,相手は黙って去って行った。
「ジュリア,大丈夫なの?」
「大丈夫よ。まったく,くだらない。男の嫉妬なんて・・・・これさえなければ,いい男なんだけどね,あいつも」
「ひょっとして,いつかリリーさんが言ってたジュリアの彼氏?」
「そうよ」
こんなハプニングもあったけど,それでもボクの月日は穏やかに流れる。やがて春になり,夏が過ぎる。学校に通っていれば中学3年生の年。ボクの毎日は読書とダンスで過ぎていく。この頃,ボクは身長がジュリアに追いついた。リリーさんはボクよりまだ10センチくらい高い。
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- (ミユキ視点)
ロミーがジュリアさんとのデートから戻ってくる。階段を上る音がする。そして,部屋でいつものように本を読み始める。わたしはロミーに何か話しかけたいけど,何を話していいか分からない。ジュリアさんのことを考えると心が乱れる。二人の仲はどこまで進んでいるのかしら? ひょっとしてキスした?・・・・それとも,ただ一緒に散歩して,喫茶店でお茶してるだけ? ヒカルちゃんの代わりに,お姉さん代わりに慕ってるだけ?・・・・訊けばロミーは正直に答えてくれるはず。でも,訊けない。恥ずかしいし,怖い・・・・。
こんなわたしの気持ちも知らずに,ロミーは熱心に本を読んでいる。時間になるとテレビの高校講座を見る。そして夜食の時間になると,無邪気にご飯を食べている。わたしを見る目は,無垢そのもの。そうね,ロミーはまだ14歳。そろそろ子供じゃなくなる年頃だけど,まだ大人じゃない。わたしが勝手にいろんなこと想像しているだけ・・・・そうだとは思うけど・・・・。 -