※この作品はR-18です。

ロミーVer.2   作:松村順

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第8話

Ⅷ

 

 12月も半ば過ぎ,ボクは幕間にマネージャーに呼ばれた。

「今日,新規のお客がロミーと話をしたいらしい。ちょっとだけ相手してくれ」

そう言って連れて行かれた席に座っている人を見て,ボクは驚いた。

「豊嶋先生!」

「ロミー,お久しぶり。3ヶ月以上ね。ごめんね。すぐに来れなくて」

ボクはあわてて先生の隣に座る。

「いいんです。そんな,謝ったりしないでください。先生だって,忙しかったんでしょう」

「うん。いろいろとね。それと,どうもこういう場所には入りにくくて。『淡雪』みたいな小さなカウンターバーならいいんだけど,こんな場所に女一人で入るのは,ちょっと勇気が要る」

「でも,勇気を出して来てくれたんですね。うれしい」

 ボクは,いろんなことが話したかった。でも,いざ話そうとすると,何から話していいか分からない。それは,先生も同じようだった。結局,あまり話もせず,黙って見合っている。それでもいいんだけど・・・・。

「先生,ボクまだ17歳だから,接客してはいけないんです。ちょっと挨拶するだけ。でも,あと1ヶ月くらいしたら18歳になります。そしたら,そんなにコソコソしなくていいようになるんです。また来てくださいね」

 この日は,これだけ話しただけだった。

 

 年が明けて,じきにボクは18歳になる。堂々と水商売,接客業ができる歳。1ヶ月くらい前まで,ボクはこの日が来るのを恐れていた。18歳になったら,いろんなお客の相手をさせられるんじゃないかと,心配していた。でも今のボクは違う。ボクは先生に電話した。

「豊嶋先生,ロミーです。明後日の夜,当直ですか?・・・・よかった,当直じゃないなら,お店に遊びに来てください。ぜひ。・・・・明後日で,ボク,18歳になります。堂々と接客ができるようになるんです。だから,最初のお客さんは先生になってほしいんです。・・・・ほんとう? ありがとう!じゃあ,待ってます。きっと来てくださいね」

 そして2日後,先生は来てくれた。

「先生,ありがとう。来てくれて」

先生はにこやかに笑ってくれる。

「元気そうね」

「はい。先生も?」

「うん,まあね」

それから,ボクたちはお互いの現況を語り合った。

「・・・・博多にいた時とあまり変わらないんですよ。ダンスして本を読んで」

「楽しそうね」

「楽しいです」

「本は,相変わらずいろんな分野の本を読みあさっているの? 科学も歴史も文学も」

「うん」

それから,先生はちょっと間をおいて,

「博多にいた時も話したけど,ロミーの知性が花開くのを見たいわ。美貌はこれほどみごとに花開いた。次は知性が花開くのを見たい。それがわたしの夢かしら」

ボクは返事に困った。

「それが先生の夢だなんて・・・・先生,自分のことで何か夢はないの? ボクのことじゃなくて,自分のことで,『こうしたいな,こうなったらいいな』というようなもの」

「自分のことで?・・・・うーん・・・・」

先生は考え込み,それからちょっとイタズラっぽい笑みを浮かべた。

「そうねえ・・・・朝起きて,ベッドから出てテーブルに着いたら朝ご飯ができてる,そんな生活が夢かな」

ボクは笑ってしまった。

「そんな小さなこと?」

「小さなことではないよ。それを実現するにはどれほどの幸運が必要か,考えてみてごらん。ロミーは頭がいいから考えられるでしょう? 一人暮らしなんだから,食事は自分が作らないと,自動的には出てこないの」

「結婚して,1日交替で朝ご飯を作ればいいじゃない。そうすれば,毎日ではないけど,1日おきにその夢が叶うよ」

「結婚はしたことはあるのよ。1年で別れたけど」

「1年で・・・・」

「1年,よく我慢したと思う。仕事をしながら二人分の家事をこなすなんて,とても無理」

「二人分? なんで? 二人で分担すればいいじゃない・・・・」

「それこそ,無理。男の医者の辞書に『家事』という言葉はないの。家事は,してもらうものと信じ込んでるのね」

「相手も医者だったんだ・・・・医者じゃない,もっと時間に余裕のある人と結婚すればよかったのに」

「医者じゃない,ふつうのサラリーマンは,相手が女医と聞いただけで怖じ気づくのよね。へんに卑屈になるか,空威張りするか・・・・いっそ,お嫁さんがほしいわ。家事をやってくれるお嫁さん。毎日とは言わない。せめて休日の朝くらい,ベッドを出たらテーブルに朝食が用意されてる,あるいは『ご飯ができたよ』と言って起こしてもらえる,そんな生活してみたい」

ボクは,ちょっと考えた。

「朝食って,どんなものがご希望? トーストと目玉焼きとサラダとコーヒーくらいでもいい?」

「それだけあれば御の字よ」

「休日って,土曜と日曜?」

「じゃなくて,わたしの場合は日曜と月曜なの」

「ふーん・・・・休日の朝食は遅めでもいい? 9時くらいでも」

「それくらいは許容範囲・・・・ロミー,何そんなに根掘り葉掘り訊くの?」

「つまり,ボクがやってあげてもいい。それくらいは作れるよ。今でも作ってるから。土曜の夜,仕事が終わって先生んちに行って,泊まって,翌朝,ご希望通り朝食を用意して,『先生,起きて。ご飯ができたよ』って起こしてあげる」

「ロミー,本気?」

「本気だよ。ボクの仕事は夜12時頃に終わるから,それから先生んちに向かって・・・・先生,どこに住んでるの?」

「高田馬場。駅から歩いて10分はかからない。仕事場に歩いて15分くらいかな」

「歌舞伎町からすぐ近くじゃない。西武新宿の隣の駅。遅くても1時くらいには着くね。それからお風呂に入って,寝て,翌朝9時には起きれる。それから目玉焼きかスクランブルエッグ,サラダ,トースト作るのに30分はかからないよ」

「でも,ロミー,わたしの部屋はワンルームマンションなの。ベッドも1つしかない」

「一緒に寝ればいいじゃない。別に,かまわないでしょう?」

「かまわないって・・・・」

「ああ,何もしなくてもいいんだよ。したいんなら,してもいいけど」

先生はびっくりした表情でボクを見て,それから笑い出した。

「ボク,何か変なこと言った?」

先生は首を振る。

「変なことじゃないけど・・・・そこまで『あっけらかん』と言ってのけられると,おかしくなってしまう」

そう言って,先生は明るい表情をボクに向ける。

「ロミー,ほんとうにいいの? ほんとうに,休日限定でわたしのお嫁さんになってくれるの?」

「なってあげるよ」

それくらい,どうってことない。今,御館さんにしてることを,日曜日と月曜日だけ先生にしてあげるだけのこと。ボクが好きな,そして尊敬している先生なんだから。

 

 こんなわけで,ボクはその週の土曜の夜から先生の部屋に泊まりに出かけた。先生は風呂を沸かして待っていてくれた。セミダブルベッドに一緒に寝る。〔女の人の肌って,いいな〕と思いながら,ボクはそっと体を寄せる。先生はいやがることなく,そのままにしてくれる。そして,しみじみと

「人肌の温もりって,いいものね」

と言ってくれた。ボクはうれしくなって,そのまま寝入った。

 翌朝目が覚めると,ボクをのぞき込んでいる先生の顔が見えた。

「寝顔はかわいいね。起きてる時の顔はきれいだけど」

「あっ,ごめんなさい」

時計を見ると9時くらいだった。

「すぐに朝ご飯作るから」

と言って飛び起きようとするボクを先生は引き留めた。

「もうしばらく,こうしていよう。休日の朝だもの,目が覚めたからって,あわてて起きる必要はないわ」

先生は腕を回してボクの肩を抱き寄せてくれる。ボクは頬を先生の肩に寄せる。こうしてベッドで優しくハグされると,どうしてもヒカルのことを思い出してしまう。もう6年たってしまったのに・・・・。

 ボクはうとうとと二度寝しそうになりかけて,ベッドから起き出した。〔ボクが朝食の準備をするだから・・・・〕。スクランブルエッグを作って,豆を混ぜた野菜サラダを用意して,パンを焼いて,そしてコーヒー。先生はストレート,ボク用にカフェオレ。手慣れたものだから,そんなに時間は掛からない。

「先生,朝ご飯ができたよ」

と呼びかけると,先生は微笑んでくれた。

「ありがとう」

そう言ってベッドから起きて,テーブルに着くと,

「わー,ほんとうに朝ご飯ができてる。しあわせー」

と言って,さっそく食べてくれた。

「サラダに豆が入ってる?」

「うん,昨日の夜,来る時にスーパーに寄って買ってきたの。熱が通ってて,すぐに食べられるよう袋詰めになってるのが売ってるんだ。それを野菜に混ぜるの」

「ふーん・・・・卵と豆と野菜とパン,栄養的に素晴らしい朝食じゃない。考えて作ってるの?」

「まあ,一応は栄養のバランスも考えてるよ」

「賢いね」

と,よろこんでくれたけど,ボクが

「でも,栄養のことを考えるならストレートのコーヒーよりカフェオレの方が良くない? 牛乳が入ってるから」

と言い足したら,

「賢すぎる」

と言われた。でも,ボクをにらみつけるその目は笑っている。

 二人,食べ終えて,ボクは皿やカップを洗っている。

「ロミー,わがまま言っていい?」

「なーに?」

「コーヒー,もう1杯飲みたい」

「そんなの,わがままのうちに入らないよ。でも,洗い終わってからでいい?」

「いいよ。もちろん」

 洗い物を終えて,コーヒーを淹れる。ボクの分のカフェオレも。できあがったカップをもってテーブルに座った。向かい合わせに座ってのんびりコーヒーを飲む。その時,ふと気がついた。

「ねえ,どうして椅子が2つあるの?・・・・まさか,ボクのために用意してくれた?」

「前からあったのよ。何だか椅子が1つだけって,寂しいでしょう」

「そうなの?」

その気持ちはボクには分からない。

「そう言えば,御館さんの部屋にも,ボクが居候になる前から椅子が2つあった」

「ミタテさん?」

「ああ,お店の社長。そこに居候になってるんです。その代わり,毎朝,ご飯を作ってる」

「だから,慣れてるのね」

「うん。それに,洗濯もしてあげる。と言っても,全自動洗濯機のスイッチを入れるだけだけどね。あと,干すのはするけど」

「・・・・ねえ,そのミタテさんって,男の人?」

「そうだよ」

「男物の下着を洗ったり干したりするの,抵抗ない?」

「別に・・・・あっそうだ,先生,洗濯物が溜まってるなら,ついでにボクがやったげるよ」

「だめよ! わたしの下着を洗わせるなんて」

「そう?・・・・」

ボクの反応を見て先生はあきれたように,あるいは気が抜けたように,ため息をついた。

「そう言えば,叔母さんのお店でも,お客さんの前で平気で下着姿になって着替えてたもんね」

「ボクは,裸がわいせつという観念がどうしても実感できないんです。まして下着くらいで・・・・」

そう言ってボクは,子供の頃の経験を話した。星の神話の本の挿絵になっていた西洋古典の裸婦像。それへの愚劣な落書き。それをせっせと消しゴムで消すボク。それを聞いて先生は優しく笑った。

「つまり,裸はわいせつという観念を植え付けられる前に,裸の美しさを素直に感じ取ったのね・・・・ひょっとしたら,その方が自然で幸せなのかもしれない。文明社会で生きるにはちょっと摩擦が生じるけど」

 

 2杯目のコーヒーを飲み終え,ボクはあらためて先生の部屋を見回した。壁際の本棚に本が並んでいる。

「わー,おもしろそうな本がいっぱいある。これ,『遺伝子の分子生物学』じゃない」

「うん。最新版ね。わたしには最新版が必要なの・・・・何でも好きなもの,読んでいいよ」

「ほんとう!」

 ボクは先生の本棚にある本を夢中で読んだ。昼食は摂らなかった。午後2時過ぎくらいに,先生がビスケットと紅茶を出してくれた。これくらいの時間になると,窓から日が差すようになる。ボクは座っている椅子を窓から離した。

「ロミー,大丈夫よ。その窓ガラスは紫外線遮断ガラスだから」

「そうなんだ」

「うん。別にロミーが来ることを想定してたわけじゃないけどね。入居した時からそうなってた」

「ふーん・・・・」

ボクは,「紫外線遮断ガラス」という言葉から,子供の頃,ヒカルと一緒に住むことを夢見て設計した小さな家のことを思い出した。ヨーロッパじゃなくて日本だけど,ヒカルと一緒じゃなくて先生と一緒だけど,戸建ての小さな家じゃなくてワンルームマンションだけど。でも,ボクを愛してくれる人と一緒に静かに暮らす小さな部屋・・・・。

「ロミー,どうしたの,なんだかうっとりした表情」

「あっ,思い出していたんです・・・・」

と言って,ボクは小学生の頃の思い出を語った。

夕方になって,二人で外に食事に出た。先生が時々行くそのレストランで,ボクは人目を惹いた。

「姪っ子よ。たまに遊びに来るの」

と,先生はボクを紹介した。女の子にしておく方が余計な噂にならずに済むことは,ボクも分かる。戻ってきて寝るまで,ボクは本を読み,先生は医学関係の雑誌を読んでいた。

 翌日,月曜日も同じように過ごして,夕方,早めの食事を終えるとボクはお店に直行した。そして,これがボクの土曜の夜から月曜の夕方までの定期スケジュールになった。

 日によっては,目を覚まして朝食の支度をするために起き出そうとするボクを先生が抱き寄せることもある。

「すごくお腹が空いてるのでないなら,しばらく一緒にこうしていましょう」

ボクはそのまま先生と肌を触れあいながら,髪に顔を埋めるようにして寝ている。ある時,先生は,

「こんな幸せな日々が巡ってくるとは・・・・」

とつぶやいた。

 たまに日曜日の夜,

「明日は,朝ご飯の支度はいいよ。一緒に起き出して,隣の喫茶店でモーニングセットを食べよう」

と言ってくれる。そして,月曜日の朝,一緒にお隣の喫茶店に出かける。トーストを食べながら,コーヒーを飲みながら,日の当たる外の通りを人や車が行き交うのを見ている。

 

 何度目かの夜。先生はボクを抱いた。ボクは素直に応じた。だって,先生のことは好きだから。・・・・濃密な時が終わり,余韻に浸ってボクを抱きながら,

「こんな幸せ,怖いくらい」

と,先生はボクの耳元でささやく。

「ロミーが男の体を持っているのは,奇跡みたいね」

「ボクの体は,そんなに男っぽくないよ」

ボクは「男の体」と言われて,ちょっとむくれた。ボクにとっては不本意だから。華奢でエレガントな体型が気に入っているから。先生は優しい笑みを浮かべる。

「そういう意味じゃないの。つまり・・・・はっきり言うと,ペニスがあるということ。わたしは,女を抱きたいという欲求はないけど,男のペニスに嫌悪感を抱いてたの。男のいやらしさ,厭わしさ,わがまま,粗暴さの象徴みたいで。でも,そんな男の欠点をぜんぜん持ち合わせていないロミーのペニスは素直に受け入れられる。奇跡というのが言い過ぎなら,神様のプレゼントだわ」

先生はそう言いながら,ボクのペニスを愛撫した。

 

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- (豊嶋先生視点)

 

 結局,こういうことになってしまった。わたしの部屋に泊まるようになり,同じベッドで寝ていれば,こうなるほかないのかしら。ロミーは,いくら中性的と言っても,そしてホルモン的には確かに中性だけど,男の体を持ち合わせているんだから。

 「淡雪」で初めて会ったのはもう6年前。お人形のようにかわいかった。ほかの客たちと同じように,着せ替え人形のように可愛がった。そして,パンツスーツをあげた。似合ってた。わたしが着るより似合ってた。

 ホルモンを測ったのは,純粋な医学的興味だけじゃないことは自覚していた。「好き」というのとは違う。この子と係わっていたいという気持ち。でも,それも「好き」のうちかしら・・・・。それでも,「片思い」でいいと思っていた。ロミーがわたしを好きにならなくてもいい。嫌わないでいてくれるなら,わたしの話し相手になってくれているのなら,それでいいと思っていた。美貌と知性を兼ね備えた,ギリシア神話に出てくるような美少年。アフロディーテに愛されたアドニス?・・・・むしろ,学問芸術の神アポロンに愛されたヒアキントスかも。そんな奇跡のような存在のそばにいて,話をするだけでいいと思っていた。つい2~3ヶ月前まで。

 そうしたら,ロミーがわたしの「お嫁さん」になってくれた。「こんな幸せな日々が巡ってくるとは」,心からそう思った。それで十分なつもりだった。ロミーの肌の温もりを感じながら寝る,それでいいと思っていた。でも,やっぱりこうなってしまった。「ほんとうは,こんなことしたくなかった」と思った。でも,それは一瞬のこと。ロミーを激しく優しく愛撫しているうちに,そんな気持ちは薄れていった。「ギリシア神話の美少年」は,わたしにとって「神の奇跡」。その奇跡をむさぼりたい,味わい尽くしたいという欲求を感じる。「欲張りすぎては,すべてを失う」と理性が歯止めをかけているけど。 -

 

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 その翌朝,ボクが作った朝ご飯を食べながら,先生はボクに話しかけた。

「ロミー,ほんとうに,わたしのお嫁さんにならない?」

「えっ?」

「つまり,毎日,こうしてほしいの。朝ご飯作ってくれて,掃除と洗濯をしてくれればいい。洗濯は全自動洗濯機のスイッチを入れるだけ。掃除だって,部屋中をピカピカに磨き上げなくてもいいの。ぱっと見にきれいならいいの。よく見たら部屋の隅にほこりが溜まってるくらいはかまわない。よく見なきゃいいんだから。仕事は辞めていいよ。そうすれば,ロミーは好きなだけ本を読める。図書館だって近くにあるし」

「今の仕事,好きなんです。ダンスが好きなんです」

「それなら,無理に仕事を辞めなくてもいい。仕事しながら,今言ったくらいの家事をこなして,それでも本を読む時間はたくさんあるわ。仕事の時と図書館に出かける時のほかは,ずっとここに,わたしのそばにいてほしい」

「先生・・・・」

と答えて,それから後の言葉を口にできない〔先生がそう言ってくれるのは,うれしい。でも・・・・先生もボクを束縛しようとするの?〕

「・・・・先生,ボク,先生のこと好きです。好きでなきゃ,毎週やって来ないです。でも,それでも,先生がどんなにいい人だと分かっていても,一人の人とずっと一緒に暮らすのは怖いんです。束縛されるようで・・・・」

ヒカルとなら,ずっと一緒に暮らしてもいい。でも先生はヒカルじゃない。ヒカルのようにボクを優しく愛してくれるけど,でも,ヒカルじゃない・・・・。

 先生はじっとボクを見る。その眼差しに悲しみと,熱がこもっている。その視線を受け止めるのは,辛い。

「先生・・・・先生,約束します・・・・これからボクは,先生が『もういい』と言うまで,毎週土曜日の夜から月曜日の夕方まで,先生のところでお嫁さんをやります。その間は,先生に身も心も捧げます。だから,それ以外の時間は,ボクを自由にしてください」

ボクも,じっと先生を見つめる。

「もし,わたしが拒否したら?」

「それは・・・・」

ボクは返事に詰まった。そして,悲しげな眼差しで先生を見つめる。先生はフッと笑みを浮かべてくれた。寂しさの混じった笑み。

「もちろん,拒否なんかしない。拒否なんかできないでしょう。ほかに選択の余地はないことくらい,分かるよ。それでいいよ。ロミー。土曜の夜から月曜の夕方まで,わたしのお嫁さんでいてくれるのね。それでいいよ」

 その日の夜も,先生はボクを抱いた。前夜よりずっと激しく。

 

 それからも,毎週末ボクは先生の部屋で過ごした。ボクたちはそれを「お嫁さんごっこ」と呼ぶようになった。先生はベッドの中でボクを熱く激しく抱く。そして,優しくハグしてくれる。ベッドの外でも。しばらくの間,その眼差しに悲しみが混じっていたけど,やがてそれも消え,優しく慈しむような眼差しになった。そんな眼差しを受けながらハグされると,ボクはどうしてもヒカルを思い出してしまう。

「ロミー,どうしたの? そんな夢見るような眼差しで」

そう問いかける声さえ,ヒカルの声と間違えそうだった。ボクは,ハッと現実に戻り,恥ずかしそうな笑みを浮かべて視線をそらす。そんなボクの気持ちを分かっていないのか,分かっていて無視しているのか,先生は時々,

「考えてみると,自分を『センセイ』と呼ぶ相手と一緒のベッドにいるというのも,アブナイ話ね。歳だって,親子くらい離れているんだから」

と冗談めかして語る。

 

 ボクと先生が「お嫁さんごっこ」をするようになって,土曜の夜から月曜の夕方まで,ボクは御館さんと顔を合わせなくなった。そんなことが3ヶ月くらい続いた頃,火曜日の朝,ボクが作った朝食を摂りながら御館さんが話しかけた。

「このところ,毎週,日曜日と月曜日はごぶさただな」

「うん。友達のところに行ってるんです」

「友達のところか・・・・そこで,何してるんだ?」

「お嫁さんごっこ」

「お嫁さんごっこ?」

「うん」

と答えて,ボクは説明した。

「そういうことか・・・・つまり,オマエはずっと毎週,土曜の夜から月曜の夕方まで,その豊嶋先生という人のところに入り浸っているわけだ。これからもずっと」

御館さんの口調に棘がある。

「まあ,『行くな』というと言う権利はオレにはないけどな」

「権利があったら,行使する?」

御館さんはすぐには答えず,フッと寂しそうに笑みを漏らしてから,

「オマエは,束縛されるのは嫌いだろう」

「御館さん,週に2日だけだよ。ほかの5日は御館さんと一緒だよ。まあ,たまにはお客さんに誘われることもあるけど・・・・それじゃ,だめ? 週5日じゃ不満?」

「その2日というのが,日曜日と月曜日なんだな。つまり日曜日はいつもだめなわけだ。たまには,オマエを連れてライブハウスやショーパブにまた行きたいよ」

「じゃあ,そういう時は前もって話して。そうすれば日曜日の夕方は予定を空けるから」

「で,それが終わったら,日曜の夜,また豊嶋先生の所に戻るのか?・・・・そんなに好きか,その人のこと」

「好きだよ。それに,先生もボクを愛してくれてる。それに応えたいんだよ」

「オレの愛情には応えないのか?」

「応えているつもりなんだけど,今のままじゃだめ?」

「オレは,オマエを,独り占めしたいんだ」

ボクはうつむいた。

「人って,愛する人を独り占めしたいと願うものなの?」

「たぶん・・・・」

御館さんはきっぱりそう答える。ボクはさらにうつむく。

「愛って,美しいだけじゃないね」

 リリーさん,ルミさん,ミユキ,そして豊嶋先生さえ,ボクを独り占めしたいと願った。御館さんも・・・・。独占欲,嫉妬・・・・うっとうしい,そして,醜い・・・・。ヒカルは,どうなんだろう。もし,ヒカルが生きていたら,19歳のヒカルはこんな醜い気持ちを抱いたのかな,ボクを独り占めしようとしたのかな・・・・。そんなことはない,ボクは心の中でつぶやいた。そんなはずはない。ヒカルに限って・・・・。

「どうして,人は嫉妬するの? 嫉妬なんか,誰も幸せにしないのに。御館さんも,ボクも,豊嶋先生も,誰も幸せにしないのに・・・・」

御館さんは答えない。ただ,じっとボクを見つめる。そして,無理やり話題を変えるような口調で

「じゃあ,さっそくだが」

と語りかけた。

「今度の日曜日の夜,付き合ってくれるか。久しぶりにショーパブに行こう」

ボクはちょっと間を置いて答えた。

「うん,分かった」

その場のボクに,拒否する選択肢はなかった。ボクは,ふと思い出した。

「エリコさんのことは,いいの?」

エリコさんとは,泊まることはごく稀になったけど,たまに仕事の後にお茶に付き合って2時~3時頃に帰ってくることはある。

「まあ,あれくらいは許容範囲だ」

ということは,豊嶋先生のところに泊まるのは,ほんとうは許容範囲を超えているんだ,とボクは悟った。でも,やめられない。

 

 その週の土曜日の夜,ボクはいつものように豊嶋先生のうちに泊まった。その翌朝,いつものようにボクはベッドの中の豊嶋先生に声をかける。

「先生,起きて。朝食の用意ができてます」

先生はにっこり微笑んで起きて,テーブルに着く。こんな幸せいっぱいの豊嶋先生にあの話を切り出すのは辛い。でも,話さないわけにはいかない。

「先生,今日の夜,ボク,ちょっと外出するから」

先生はびっくりした表情でボクを見る。

「ショーパブに行く約束をしているの。どうしても断れなかったの。だから・・・・7時頃から11時か12時くらいまで・・・・」

先生の表情に怒りが混じる。

「ロミー,約束してくれたよね。『土曜の夜から月曜の夕方までの時間はわたしに捧げる』って」

それを言われると,ボクはなにも言い返せない。

「ごめんなさい,先生・・・・」

ボクは泣き出しそうになった。

「泣かないで。ロミーを泣かすつもりはないの。ロミーに怒ってるんじゃないの。その相手に怒ってるの。誰なの? 日曜の夜のロミーをわたしから奪う不届き者は?」

「御館さん」

「ミタテ?・・・・ああ,ロミーが居候しているところの主ね。つまり,『オレに付き合わないと部屋から出て行け』みたいなこと言ってるの? だったら,さっさと出ればいいよ。引っ越しの費用くらい,わたしが出してあげる」

「そんなことじゃないよ。そんなこと言ってないよ。ただ,御館さんもボクを愛してるんだ。先生がボクを愛しているのと同じくらい」

「だって,その人は週5日ロミーと暮らしているじゃない。それじゃあ不満なの? なんて欲張り」

「日曜日は『スターダスト』が休みなの。だから,その日が毎週つぶれてしまうのは不満なんだ。以前は,ボクが先生のお嫁さんになる前は,たまに日曜日,ショーパブとかライブハウスに出かけていたの。たまにはそうしたいということなんだよ。たまに,休日の夜をボクと一緒に過ごしたいと言ってるだけなんだよ」

先生はじっとボクを見ている。ボクも涙目で先生を見る。ふと,先生が視線をそらしてつぶやいた。

「ロミー,わたしと御館さん,どっちが大事?」

ボクは下を向いた。〔先生,それは訊かないで。それだけは訊かないで。答えようがないから〕ボクは心の中でつぶやく。そんなボクに,先生は視線を戻す。悲しみも混じった視線。

「ロミー,そんな顔しないで。わたしも悲しくなるから・・・・何時くらいまでなの,その御館さんとのデートは?」

「たぶん,11時頃まで」

「じゃあ,それからすぐにここに戻っておいで。万が一にも,そのまま御館さんのところに泊まり込むようなことをしたら・・・・」

「もちろん,先生のところに戻ってくるよ。そう話してあるから,御館さんにも」

先生は,思い詰めたような表情をしている。そんな表情,初めて見た。それから,先生の表情が明るくなった。

「名案がある! わたしもそのショーパブに行くわ」

「別に,ロミーと同じ席を予約するわけじゃないの。同じ店に同じ時間にいるというだけ。それでショータイムが終わったら,ロミーを迎えに行くわ。同じショーパブに行くんだから,一緒に出かけて,その場でロミーを御館さんに渡して,ショータイムが終わったら,また引き取ればいい」

先生の瞳がキラキラ輝いているよう。ボクは何も言えなかった。

 

 そして日曜日,ボクは先生と一緒にショーパブに出かけた。受付で先生が

「御館の名前で予約が入っているはずですが」

と言うと,係の人が,

「はい,うけたまわっております。ご案内します」

と言って案内してくれた。席にはもう御館さんが来ていた。先生と一緒のボクを見て,彼は状況を悟った。係の人がいなくなると,御館さんの方から口を開いた。

「これはこれはどうも,わざわざロミーを送ってきていただいて,ありがとうございます」

言葉はていねいだけど,二人の間に火花が飛んでるようだ。

「目の中に入れても痛くない大切な子ですから,途中何があってもいけないと思って,エスコートしました。傷つきやすい子です。誰にも指一本触れさせないよう守ってくださいね。よろしくお願いします。わたしもここでショーを見ておりますから,終わったらお迎えにあがります」

そう言い終わると,先生はくるりと背を向けて立ち去った。それを見送る御館さん。

「指一本触れるなって,くそっ!」

 同じボックス席にいて,御館さんの気持ちはいやでも伝わってくる。ふだんは,ニューハーフのダンサーたちのショーを満喫するんだけど,この日はどうしても気が散って仕方なかった。御館さんも同じようだった。お互いの気持ちが分かっていながら,二人とも黙ってステージを見つめていた。

 ショータイムが終わると,すぐに先生が迎えに来た。御館さんは黙っている。ボクも黙って先生について行く。

 その夜,先生はふだんよりずっと激しく,ずっと長くボクを抱いた・・・・。

 翌朝,ボクが起きようとすると,先生に抱き留められた。先生は黙ってボクを抱きしめて見つめている。その眼差しを受け止めるのが辛くて,ボクは目をそらした。そんなボクの両頬を挟んで正面を向かせ,先生はボクにキスする。頬から手を離し,ボクの髪を指でくしけずる。これまで何度もされたことなのに,初めてのことのように狂おしく感じる。それからしばらくして,先生はボクから体を離した。

「ロミー,ご飯を作って。おなかがすいた」

そう語る先生はふだんの表情に戻っていた。

 テーブルに向かい合って座って,先生はボクに語りかける。

「バカなことしてるって,分かってるの。こんなことしたって,ロミーを困らせるだけ,ロミーを苦しめるだけだって,分かってるけど,やめられない」

「それが,『愛する』ってこと?」

「だとしたら,愛なんて身勝手の代名詞よね」

「愛に独占欲はつきものなの?」

「かもしれない」

ボクは顔を伏せる。そして思い出す。一瞬とはいえ,ボクの首を絞めようとしたリリーさん,そしてミユキ。

「だとしたら,愛されたくなんかない?」

そう問いかけてボクを見つめる先生の眼差し。さっきのような狂おしさは消えて,優しさと悲しみを帯びている。ボクは首を振る。

「そんなことないよ。ボクだって先生を好きだよ。だけど・・・・」

「だけど,御館さんも好き」

相変わらず,先生はボクをじっと見つめている。

 その日の午後はいつものように静かに穏やかに過ぎた。夕方になって食事に出かけ,そのままボクは仕事に出かけた。先生は何かを言いかけて,何も言わないままレストランの出口でボクと別れた。

 

 その日の仕事はいつもどおり平穏に終わり,御館さんの車で部屋に帰り,自分の部屋で寝た。翌朝,食事をしながら御館さんから話しかけられた。

「オマエ,この部屋を出ろ。自分で部屋を借りてもいいし,先生のところに転がりこんでもいい」

ボクはびっくりして御館さんを見つめた。

「どうして?」

「オレが辛い・・・・オマエと一緒にいると,オレが辛い・・・・仕事はこれまでどおり,ちゃんとやれ。オマエは『スターダスト』になくてはならないダンサーだ。社長と従業員という関係だ,これからは。引っ越し費用がないなら,給料を前貸ししてやる」

「お金はあるよ。ここに住んでいて,ほとんどお金を使うことはなかったから」

「そうか・・・・」

会話は,これで終わった。部屋は簡単に見つけられた。「店から歩いて帰れる範囲」で探したら,店と豊嶋先生の部屋の中間くらいのところになった。先生の勤務先の病院のすぐそば。「なんだかなあ・・・・」と思ったけど,結局そこに決めた。

 

 そして土曜日の夜,このことを先生に話した。先生は複雑な表情をしている。

「喜ぶわけじゃないんだね」

「喜んでほしかった?」

「ううん。逆。この話を聞いて素直に喜ばれたら,ちょっとがっかりしたかも」

「人の不幸を喜ぶのは『はしたない』というくらいの気持ちは持ってるわ。それに,御館さんのところを出たといっても,わたしのところに来るわけじゃないし。それに・・・・」

「それに?」

「何と言えばいいかしら・・・・御館さんの気持ちも分かる。身につまされる部分もある。立場が逆になってたかもしれないし。実際・・・・」

先生はここでちょっと間を置いた。

「実際,月曜日の夕方,別れる時,『もう来ないで』と言いそうになった。言わなかったけどね・・・・独占できないなら,きっぱり別れたい。その気持ちは分かる」

「今,先生はボクを独占できるんじゃない?」

先生は寂しそうに首を振る。

「ロミーは,御館さんの部屋を出て,わたしのところに来るんじゃなくて,自分で部屋を借りた。わたしに独占されたくない,束縛されたくないっていうことでしょう? それに,ロミーの気持ちは御館さんに残っているでしょう」

先生はボクを見つめる。

「それが分からないほど,おバカじゃないよ。それに,あと1ヶ月くらいしたら,御館さんが『戻ってこい』と言うよ。わたしがその立場なら,きっとそうする。忘れられはしないから。まして,毎日,仕事場で顔を合わせているのなら。その時は・・・・戻ってあげなさい」

 その夜も先生はボクを抱いた。この前のような激しく荒々しい愛撫ではなく,優しく体を重ね合わせた。穏やかに,ゆっくりと,丹念に・・・・。愛撫の至福感が鎮まって,ボクは先生に問いかけた。

「どうして,同じ神を愛する者どうしは互いに仲良くできるのに,同じ人を愛する者どうしは互いに仲良くできないの?」

「えっ?・・・・」

「だって,たとえばキリスト教の神を愛する者どうしとか,イスラム教の神を愛する者どうしは互いに信頼しあって仲良くしているじゃない。修道士たち,修道女たち,スーフィーたち」

「それは・・・・同じ神を愛するんじゃなくて,同じ神を信じてるんでしょう」

「似たようなものじゃない? アッシジのフランチェスコや彼の周りに集まった人たちみたいに。同じ神への愛に生きて,互いに深い信頼で結びついてたじゃない」

先生は,ボクの言おうとしていることが見えてきたようだ。

「同じ『愛』といっても,神への愛と人への愛は違うのよ。ギリシャ語では,アガペーとエロスという,ぜんぜん別の言葉でしょう。それに・・・・」

先生はちょっとためらった。

「同じ神を愛する者どうしでも,互いに仲良くするとは限らない。互いに相手を『異端者』と罵りあい,殺し合うことさえあった,ロミーも歴史の本を読んで知ってるでしょう」

確かに,それは知っている。神への愛さえ,そのようなものになり果てることがある。なら,人への愛は・・・・。ボクはため息をついた。先生はそんなボクを優しくハグした。

「ロミー,悲しいの?」

 

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- (豊嶋先生視点)

 

 わたしも悲しい。欲張りすぎて,ロミーを悲しませ,困らせ,苦しめてしまった。最初は「片思いでいい」と思っていたのに,いつの間にかロミーを独占したいと思うようになっていた。「愛している」と言いながら,自分の欲望をぶつけて,自分の欲求を押しつけて,愛する人を苦しめている。そんなことなら,「愛されなくてもいい,愛してくれなくてもいい」と言いたくなるわね。ごめんね,ロミー。もう,こんなバカなまねはしないから。 -

 

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 1ヶ月ほどして,マネージャーではなくて社長が,つまり御館さんが,楽屋にいるボクに

「ロミー,ちょっと接客をお願いするよ」

と声を掛けた。社長(「スターダスト」の中ではそう呼ぶことにしている)に案内されて出向いた席に座っているお客には見覚えがある。

「やあ,ロミーくん,覚えていてくれてるかな。相良だよ」

「相良さん・・・・ああ,あの芸能プロダクションの」

「あっ,覚えていてくれたね。相変わらずみごとなダンスだね」

そうボクに話しかけ,ちょっと間を置いて

「逃した魚は大きいな」

とつぶやいた。ボクをはさんで,相良さんと御館さんがすわっている。

「今さら『譲ってくれ』と言っても,譲らないぞ」

「そんな未練がましいことは言わないよ。それに,オマエが許可しても,ロミーくんが拒否するだろう」

それから相良さんはボクの方を見て,

「もう18歳なんだね?」

ボクはうなずいた。

「色気が溢れてきた」

御館さんはうれしそうに笑みを浮かべているけど,ボクは,その言い方に不満だった。

「色気,ですか?」

「おや,色気と言われるのはご不満か。じゃあ,何と言えばよかったんだろう」

ボクはちょっと考え込んで,

「エレガンス」

と答えた。それを聞いて二人は声を合わせるように笑った。御館さんはボクの髪をくしゃくしゃかき回す。

「ああ,オマエはエレガントだ。優雅に色っぽい」

それから,御館さんはまじめな顔に戻って相良さんに話しかけた。

「譲るわけにはいかないが,オマエんとこのタレントの教材用に動画を撮影するのは特別に許可してやる」

「ずいぶん恩着せがましい言い方だな・・・・まあ,それには及ばない。教材には使えないだろう。ロミーくんのダンスはロミーくんにしかできない。真似しようがないし,ほかの誰かが真似しても様にならないだろう・・・・全部アドリブなんだろう?」

と問いかけられて,ボクはうなずいた。

「自分のセンスを信じてアドリブで踊っているダンスは,学びようがない。学ぶとしたら,自分のセンスを信じてアドリブで踊るというその踊り方そのものだけど,それをやるとチームダンスが成り立たない。ソロならかまわないが」

「ペアでもやれます」

というボクの言葉に相良さんは驚いた。

「ペアで? アドリブで?」

「昔,やってました。ジュリアという人と一緒に,『ムーンライト』で。相良さんが来る1年くらい前まで」

話ながら,ボクの心にジュリアの思い出,ジュリアとペアで踊ったダンスの思い出がよみがえる。〔また,ペアで踊りたい〕ほんとうは,ソロよりペアの方がずっと楽しい。でも,ボクとアドリブでペアを組めるパートナーはジュリアのほかにいなかった。

「ボクのダンスはみんな,仮想のパートナーと一緒に踊るペアダンスなんです」

思い出をたどるようにこう語るボクを,御館さんはじっと見ていた。

 

 その日,仕事を終えて帰ろうとしたボクをマネージャーが呼び止めた。

「社長が呼んでるよ」

ボクは社長室に入った。

「ロミー,オレの仕事が終わるまでここで待ってろ。一緒に帰る」

ボクはびっくりして御館さんを見る。

「いやか?」

ボクは首を振る。

 仕事が終わり,御館さんはボクと一緒に駐車場に行く。車の前で,まず助手席のドアを開いた。

「どうぞお乗りください,王子様・・・・いや,お姫様かな」

御館さんは,わざとのように冗談めかした口調で語る。ボクが乗ると,御館さんも運転手席に乗り,発進させた。部屋に入ると,ボクの方に向き直った。

「これからまた,オマエはここに寝泊まりするんだ。土曜と日曜の夜以外は」

ボクはうなずく。御館さんはボクをじっと見ている。そして苦笑いを浮かべた。

「素直だな。少しは駄々をこねられるかと思った」

「だって,ボクは御館さんを嫌いじゃないし,御館さんの気持ちはよく分かっているから」

御館さんはまた苦笑いした。

「お見通しというわけか・・・・こんな格好悪いことはしたくなかったけどな。『去る者は追わず』がオレのモットーなんだ。まして,自分から追っ払っておいて・・・・初めてだよ,こんな不様なことをするのは。最初で最後にしたいな」

「御館さん,そんなにボクのことが好きなの?」

というボクの言葉を聞いて,御館さんは爆笑した。

「オマエ,よくもそんなセリフを,そんなにぬけぬけと言えるな」

それから,真面目な顔になった。

「ああ,好きだよ,ロミー。大好きだ。これまで愛したどんな女より,どんな男より,オマエが好きだ,大好きだ。オマエを奪い尽くしたいほどに」

そう言って,ボクをきつく抱きしめる。額を,まぶたを,頬を,キスで埋め尽くす。

「今夜は一緒に寝るぞ」

 ベッドの中でも御館さんはボクをきつく抱く。これほど愛されているのに,ボクも御館さんの気持ちを受け入れているのに,体のどこかが反発している。ボクを抱くその筋肉質の硬い体,ボクの頬に触れるひげの剃り跡,抱きしめられると否応なく下腹部に触れる硬いペニス,そういう御館さんの体のパーツを,ボクの体の中の何かが嫌っている。御館さんのことは少しも嫌いじゃないのに。それが悲しくて,涙がにじんできた。まぶたにキスする御館さんの舌が,それを拭き取る。

 

 平穏な日々,一見平穏な日々が戻ってきた。火曜から土曜まで,毎朝ボクが朝食を作って御館さんと二人で食べる。それから夕方まで,ボクは自分の部屋で本を読んでいる。日が傾く頃に日傘を差して図書館に出かけることもある。夕方,一緒に部屋を出て早めの夕食を摂って「スターダスト」に出かける。仕事が終わって一緒に帰り,ふだんは別々に寝る。たまに一緒に寝ることもある。土曜の夜から月曜の夕方までは,豊嶋先生のところで「お嫁さんごっこ」。

 御館さんも豊嶋先生も,ボクに優しくしてくれる。あの日,ショーパブで見せた火花が飛ぶような表情を見せることはない。それどころか,夏になる頃,豊嶋先生が

「たまには,御館さんもロミーと一緒に日曜日にお出かけしたいんじゃない?」

と口にした。ボクはびっくりして先生を見つめる。

「どうしたの? そんなにびっくりするようなことかしら」

「だって・・・・」

「たまに,日曜日,ロミーが御館さんと一緒にショーパブやライブハウスに出かけたからって,ロミーを奪われるはずはない。そんなことで奪われはしない。それくらいの自信はあるわ。それくらいには,わたしはロミーに愛されている・・・・違う?」

「もちろん,好きだよ,先生のこと。尊敬もしてる」

先生は優しく微笑む。

「ありがとう。うれしいわ,ロミーの口からその言葉を聞けて・・・・でも,逆に,ロミーを御館さんから奪い尽くせないことも分かっている。ロミーは,わたしを愛してるのと同じくらい,御館さんも愛している。そして御館さんも,わたしがロミーを愛しているのと同じくらい熱く激しくロミーを愛している。それも分かっている。だったら,無駄な意地悪はしたくない。御館さんのためじゃなくて,わたしのために。そんな意地悪はわたしを薄汚れた人間にしていきそうだから。それに,ロミーが幸せでいてほしい。ロミーが苦しみ,悲しむのは見たくない。ロミーの幸せな笑顔をみたいの,わたしが」

 その日,月曜日の夜,ボクはこの話を御館さんに伝えた。御館さんも驚いた。

「こんどの土曜日,豊嶋先生に会ったらオレからの伝言を頼む『ご好意,謹んでお受けいたします。明日の日曜日の夕方,ロミーと先生の時間をお借りします』と言うんだ。いいか」

 その週の土曜日,ボクは御館さんの言葉を先生に伝えた。先生はうなずいた。

「先生は,ボクと一緒にライブハウスとかショーパブとかに行ってみたいとは思わないの?」

「わたしは・・・・いいわ。そんなところにロミーと一緒に行くと,目立っちゃうでしょう。わたしじゃなくて,ロミーが。でも一緒にいるわたしも注目されるよね」

「それは,いや?」

「うん。あまり好きじゃない。それよりも,こうやって静かに部屋で過ごしたい。ロミーが本を読んでいるのを眺めていたり,わたしも一緒に本を読んだり,音楽を聴いたり,そんなふうに過ごしている方がいいわ」

先生と御館さん,人それぞれだなとボクは思う。そしてボクは,そんな二人,どちらも好き。こんなことを考えているボクに,先生は話しかける。

「今頃になって分かったんだけど,朝ご飯を作ってくれる人がほしいという欲求は,朝ご飯を作る手間を省きたいという怠け心ではないのね。そんな手間を自分のためにかけてくれる人がそばにいてほしいという欲求なのね。食べ物への欲求ではなくて,人への欲求なのね。そして,そんな人と一緒に仲良くご飯を食べたい,時を過ごしたいという欲求なのね」

「そういう人への欲求が,嫉妬とか独占欲を生み出してしまうの?」

と問うボクを先生は優しく見つめる。

「ごめんね,ロミーを困らせたね」

ボクはうつむく。

「でも,ロミー,自分はどうなの? ロミーは誰かに嫉妬したり,誰かを独占したいと思ったことはないの?」

「ボクが?・・・・」

「ロミーが誰かを愛して,その人を独占したいとか,その人がほかの誰かと仲良くしているのに嫉妬したとか,そんな経験はないの?」

先生からこう問われて,ボクは思い返した。

「ボクが初めて・・・・じゃなくて,2番目に好きになった人は,ボクが好きになった時,別に彼氏がいた。でも,ボクは平気だったよ。その人がボクと一緒の時,ボクに優しくしてくれるなら,それでいいと思ってた」

「そう?・・・・」

先生はちょっと驚いたようにボクを見る。

「・・・・じゃあ,初めて好きになった人は,どうだったの? ロミーが生まれて初めて好きになった人は?」

 ボクが生まれて初めて好きになった人,それはヒカル。ヒカルは・・・・独占したいなんて思ったこともない。そんなこと思いつきもしなかった。だって,ヒカルはいつもボクのそばにいたから。ヒカルにはたくさん友達がいたけど,嫉妬なんか感じたことはなかった。

「ボクが初めて好きになった人はヒカルなんだ」

「ヒカル?」

「ボクのお姉さん」

「お姉さん?・・・・ひょっとして,ロミーが12歳の時に死んだお姉さん?」

「うん・・・・ヒカルを独占したいなんて,思いつきもしなかった。だって・・・・」

それから後は言葉にならない。ボクとヒカルの二人だけの世界,独占したいなんて思いつきもしない,思う必要もない,嫉妬なんてあり得ない,それだけで満たされた世界。あの頃,ボクにとってヒカル以外の人間は存在しないのと同じだった。ほかの人間が存在しないのだから,嫉妬する相手もいない,ヒカルを独占するために押しのけるべき相手もいない・・・・こんなボクの物思いを先生の問いが破った。

「まあ,お姉様は特別な存在よね。それから2人目の人がいて,3人目はいたの?」

ボクはちょっと考え込んだ。

「ジュリアの後は・・・・誰かを好きになる前に,誰かに愛されてしまうから・・・・」

「そうか・・・・つまり,ロミーは生まれてこの方,誰かに嫉妬したという経験がないのね。それは幸せなことだけど,嫉妬に身を焦がすのがどんなことなのか,実感できないのね・・・・でも,そんなこと,無理に実感しなくてもいいのよね」

そう言って,先生はボクを優しく抱き寄せた。

 

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