何事もなく学校生活を終えた帰り道。肩を並べて隣を歩く、祐理の顔は朝からの優れない。
リリアナとエリカには、ヴォバン侯爵の動向を獣群師団と連携して調べてもらい。俺は、恐らく一番最初に狙われるであろう、祐理から目を離さないようにしている。
「私のせいで、申し訳ありません」
このセリフを、もう数えるのも忘れるほど聞いた。
「気にするなって言っても、気にするよな」
彼女が魔導書の鑑定をしなければ、見つからなかったかも知れない、なんてのはかもの話だ。今見つからなかったとしても、来月か、来年かには見つかっただろう。カンピオーネに常識は通用しない。
「祐理、俺は我が儘なんだよ。お前は俺のモノだ誰にもやるきはない」
顔を赤くして俯いた祐理の手を取り、歩き出す。
握った手から伝わる、祐理の体温。この心地よさを失わない為に。
祐理を家に連れ帰り、アテナと三人でお茶を啜る。
「それで、ヴォバンとやらとの勝算はいくらあるのだ」
「ん~、前に戦った時は軽くだったからな、大体、四割ってところか」
カンピオーネの強さは権能に依存しないとは言っても、相性というものはある。
太陽神から簒奪した権能は、同じ太陽神の権能に相殺され。神話の中で、竜を殺し英雄となった鋼の神格の前では、竜に関する権能は弱くなる。
俺の場合はそんなものはないけど、『混沌獣』は決め手に欠ける。『黄金の智慧』も使えば相手の権能を封じることはできるけど、止めを刺すには至らない。
加えて、ヴォバン侯爵の権能は大半がどの神から簒奪したものなのかが謎のままだ。それ故、『黄金の智慧』を使うには後手に回るし、使うには、誰かから知識を教授の術で教えてもらう必要がある。それは戦いと言う一瞬が命運を分ける戦いの中では致命的だ。
いま詳しく分かっている、ヴォバン侯爵の権能は三つ。
狼に関する『貪る群狼』。
自身を人狼や大型の狼に変身したり、鼠色の体毛を持つ巨大な狼を無数に召喚する権能。
自身が殺した人間の魂を縛り付け、使役する『死せる従僕の檻』
殺された者は従僕となったヴォバン侯爵の命令に従う。自己判断能力に欠けるが、生前に有していた能力はフルで発揮される。
目にした生物を塩に変える目『ソドムの瞳』
視界にいる生物を塩の柱に変えてしまうという、これまた凶悪な邪眼。
他にもいくつか権能を持っていると言われているけど使っている姿を確認されていないし、どのまつわろわぬ神から簒奪したのかも分かっていない。
「分かっているのは『貪る群狼』がフェンリルから簒奪したものじゃないってことだけだな」
「っえ!?なんでそんなことが分かるんですか?」
どの組織が調べても分かっていないことを、俺が言い切ったことが、祐理には不思議らしい。
「前に戦った時にさ、ヴォバン侯爵に触った時になんとなく分かった。狼ではあるけど、フェンリルじゃない。もっと別のものだ。多分、どっかの神が狼に変身した神話なのか、眷属が狼なのかだ。多分だけどな、もう一回、直接見たら答え合わせが出来るんだけどな」
「それなら、それで構わん」
座っていた位置から四つん這いで寄ってくると膝立ちになると俺の首に腕を回し、密着してくるアテナ。
「それだけお主とキスする口実が出来るというものだ」
「別に好きな時に、好きなだけすればいいと思うけど、んっ」
狼に関する神話は目立たないだけで比較的多い。
ヨーロッパや中国など牧畜が盛んであった地域では狼は家畜を襲う害獣と嫌われているのに対して、農業が盛んであった地域では、農作物へ被害をあたえるシカなどの害獣を駆除する益獣として、怖れられると同時に敬われていた。ある時代では、狼は死や恐怖の対象として描写され、付随して北欧神話では巨大な狼であるフェンリルが神々の敵として描かれた。キリスト教でも、狼は憤怒を司る獣とされ、信仰が広まると同時に狼は悪という印象も広まり、狂犬病が原因の事件では、狼の悪という印象で”人狼”というものが世に生まれ、人狼を恐れて人々が狼を駆逐した記録も残されている。
「っふぁ、甘いな」
ペロリと口元を汚している涎を、アテナは舌で舐め取った。
横を見ると、顔を真っ赤にした祐理もしてほしそうに近づいてくる。
「わ、私もしたいです…」
「仕方ない、交代してやる」
最後に唇に軽いキスをして、俺の首から手を解き横にずれると、代わりに祐理が俺の頬に手を置いた。
「りょ、涼さん、っん」
祐理からのキス。
アテナのように激しくはない拙いキス。舌の動きもぎこちないけど、初々しさがある。
祐理とのキスを楽しんでいると机の上に置いておいた、スマホが振動。スマホを取ると画面には、リリアナからメールが送られてきたという通知が表示されている。
キスを一旦中断し、スマホを手に取ると画面には、ヴォバン侯爵が居るホテルの場所が記載されたマップが送られてきていた。
「場所も分かったみたいだし…それじゃ、行きますか」
「行くのですね…」
「悪いな、いま倒しておかないと何時、戦うことにあるか分からない。また誰かを失うのは嫌なんだ。大丈夫、絶対に帰ってくるから待っててくれ」
不安そうな顔をしている祐理の頬を撫で、スマホを片手に家を出ると、背中から羽を生やし、ヴォバン侯爵が居るホテルへと向かった。
@ @ @
太陽は沈み時期、夜がやってくる。
ホテルの前に下り、中に入ると目を疑った。
ラウンジに人が一切居ない、いや正確には、生きた人が居ない。あるのは塩にされた元人間がある。
「一般人相手でも躊躇なしか」
塩にされた一般人の横を通り過ぎ、エレベーターに乗って最上階の部屋に向かう。エレベーターを下りると部屋に繋がる扉の前には、生気の感じられない呪術師の格好をした死人が二人たっている。
生きているのなら、出迎えご苦労、とでも言うけど、残念ながら二人も喋りもしない。意識すらあるのかすら分からない。
呪術師に案内され、部屋を進むと暗がで豪華な装飾が施された椅子に腰を座り、周りには狼を侍らせた黒の外套を身にまとった老人。
「久しいな、小僧」
「ああ、ヴォバン侯爵。俺の事なんてよく覚えてたな」
あったのは数年前の一回きりだったし、まともな勝負もしていない。
「サルバトーレの小僧は私の獲物を奪った憎き奴だが、貴様の場合は権能はなかなか興味深いものだったからな」
『混沌獣』か。確かに、ヴォバン侯爵が使う『貪る群狼』とは同じ動物に分けられるものだからか。
「それで、アンタは何しに日本に来た」
「最近、暇を持て余していてな、貴様の元に前に儀式をした時に使った媛巫女と魔女が居るだろう。加えて、少し前にアテナを自分の女にしたそうじゃないか」
やっぱり狙いは、祐理、リリアナ、アテナか。
「なんだ、俺と戦う為に来てくれんんじゃないのか」
適当な冗談を口にすると、ヴォバン侯爵は、っは!と笑う。
「貴様の思う通り、生贄とアテナはついでだ。貴様との決着がついていないことを、っふ、と思い出してなこうして足を運んだわけだ。なに、私に勝って見せろとは言わん。せめて王の端くれならばそれなりの力というものを示してもらわねば!」
ようは、暇だったから戦えそうな、俺の元に来たわけか。加えて、祐理たちはオマケとな、腹立つなこのジジイ。とわいえ、俺と戦うのが目的なら、変に祐理たいに被害が行くことはない。それなら気兼ねく闘り合えるってこんだ。
「俺の勝利条件は?」
「今から約半日後――日の出までに生きていられたならば、大人しく去ろう。如何かな?」
どっちかが死ぬまでとはじゃなくて良かった。こんな奴相手に市街地で戦ったら都市機能が落ちるは。
「それでいいぜ」
「では、始めるとしよう。精々楽しませてくれよ小僧ォオオオ―――!!」
叫ぶと同時にヴォバン侯爵は権能を発動した。
轟く獣の咆哮。狼の遠吠えを思わせるが、そんな生易しいものじゃない。
そして、疑惑は核心に変わった。やっぱり、この権能はフェンリルから簒奪したものじゃない。他にも何か混じってる、そう直感が叫ぶ。
どっちにしろ、フェンリルだろうが、なんだろうがやることは変わらない。戦って勝つだけだ。
「こっちも使わせてもらおうか。《滅び時は来た、穢れし世界。混沌をもって全てを無に帰す。この牙、この爪は世界を殺す、我は獣なり》」
権能が発動し、右腕は黒と赤の入り混じった怪物の腕に変貌する。
「ああ、存分に楽しませてやるよ!」
「先手は頂こう!我が猟犬どもよ、あの小僧の血肉を喰らうがいい!」
生み出されて数十匹の狼の軍勢が四肢で地を蹴り迫りくる。
「速攻かよ!」
右手で噛みつこうと飛び掛かってきた狼を次々に叩き潰していく。噛みつかれて程度では、権能で強化されて肉体に傷はつかなくとも痛みは感じるし、何より巨体故に邪魔だ。
「退け!」
右腕を一旦解除して素早く別の形状へと入れ替える。取り囲んでいる狼の軍勢を退ける一手を繰り出す。
ドシュ!ドシュ!という肉を貫く音と共に狼の軍勢は串刺しになった。
「ほう、なかなか多彩だな」
ヴォバン侯爵も、俺の姿を見てそう呟く。
右腕から形状変化したものはマント。それもたマントには鋭利な棘が無数に生えてものだ。モデルにしたのはヤマアラシ。
ゴム製長靴も容易に貫通する棘は権能で生み出されて狼の軍勢を容易く貫き、絶命させた。
絶命した狼の軍勢は最初から存在していなかったかのように、体は消え去った。
「なら、これならどうだ」
次に、ヴォバン侯爵が繰り出してきたのは『死せる従僕の檻』。ホラー映画さながら地面から腕が伸び、全身が露わになった。
時代も様々な服装の死人。
呪術師らしく杖を持った人もいれば、鎧に剣を持った人もいる。彼等はヴォバン侯爵の謀略な振る舞いに立ち向かった勇気ある人たち。できれば、傷つけないという選択がしたいけど、正直、そんな余裕はない。なにより此処は戦場。
いまだ、ヴォバン侯爵本人は直接動いていない。それだけ余裕があるってことだ。
「悪いけど、ゴリ押しで!」
全身を包むマントを振り回し、棘を飛ばす。権能で生み出されたという本来とは異なる強度と大きさ、鋭利さに射出の速度が加わった棘は鉄製の鎧を貫き、死人の肉体に棘を立てる。
そのうち何本かが、ヴォバン侯爵にも向かって飛び、ふん!と腕を振って棘を落とす。
やっぱり、この程度は効果なしか。
「力不足は否めないよな」
マントから右腕に変えて、構える。
此処からの戦いが本番。命を賭けた王と王の戦いが始まった。