「いぐっ♡ いぐっ♡」
湿った音が響いていた。部屋の隅々まで響く音だった。もう少し頑張れば隣の部屋にまで届きかねない。壁の厚さによれば聞こえるだろう。
さて、音源は部屋唯一の光源の前だ。もっと詳しく書き記せば、光源=PCの前。大きく開かれ、PCデスクに載せられた真っ白で脂肪の纏わりついた足の合間、又ぐらからしていた。ぐちゃぐちゃと極太ディルドがぬめりのある飛沫と共に上下している。
デスクチェアは目も当てられない。引いてかき出る真っ白な液が濡らして強烈に、芳しく匂い立っている。明日には栗臭さが染み付いてるだろう。また滑らかにディルドが滑り込めば「んひっ」となさけない悲鳴が上がる。びくりと体も震えて、ぴんとクリトリスが真っ赤に膨張する。小さく水飛沫。
「チノちゃん!♡ チノちゃん!♡」
さて、もう一つ音がある。音というか声だけども。
またぐらの無臭性ドアップからぐぐっと名残惜しげ(?)に視界を持ち上げれば控えめとも言い難い二段を登って、そこそこの大きさの谷間を通り過ぎれば、非常に形容し難い顔面にぶち当たる。
……本当に形容し難いのだ。信じて欲しい。
なにせ言葉一つで表せない。感じている、不細工だと言えば終わりだが、それで終わらせて良いものか。要素をまとめてしまえば人様に見せれたものではない。自慰をしている最中の相手を指して何をいうかと思うだろうけど待ってほしい。
だって、あんまりなのだ。口は半開きで涎は出るそばから伝って、舌ははみだし、なんともいえない喘ぎ声が常に溢れている。しかもほぼ白目。なんだか致命的に汚い。きっと顔面偏差値のせい。可愛い子のアヘ顔はまだ見れても、汚い顔をさらに汚くしたら駄目じゃないか。だって綺麗なものが汚れるから需要があるのに、溝にクソをぶち込んでも汚いだけだろう。
「びゅびゃあっ!♡」
なんてそうこうしてるうちに絶頂した。声が汚い。どっから出したその声。
「ふひぃ……」満足気に息を吐く。
「やっぱり、日課は知らないキャラのエロ画像に限りますなあ……。すこすぎるとすこで気持ちよくぬきぬきできないよ……」
肉塊。いや、まだこれは可愛い。あれだ。そうちょっと太めのソーセージ。そんな感じの女がデスクチェアに深々と腰掛けている。
「だけどなーやっぱりなー」
ぎしぎしとデスクチェアが鳴る。背もたれが甲高く悲鳴を上げた。
「ココネちゃん的にはやっぱり、穴をホリホリしたいわけなんです。ほりほりされるよりはほりほりしたい。穴があったら突っ込みたい。でもココネちゃんには突っ込むものが指くらいしかないんです」
ぼやくとくるくるデスクチェアが回り、茶色い三編みがふわふわと頭の後ろで揺れる。
「ぼぇ……目が回る……」急停止「ふぅ…………」何か決意した表情で「ちんこが欲しい……」
そう、女――ココネはアホみたいな事を呟いた。実際アホだ。中学の頃は赤点塗れだった。高校では今のところ、赤点はぎりぎり回避している。間髪入れずとばかりに。ぐぅと腹で虫が鳴った。ぐうぐうぐう。自重がない。
「お夜食の時間でござるよ」
のっそりとデスクチェアから離れれば、のそのそと服と下着と漫画とペットボトルとその他諸々の山を掻き分ける。空箱を投げて、下着を放り投げ、漫画も投げて、積んだ服を押しのける。
「無い……」ペットボトルの詰まった袋を投げ「無い……!」悲鳴混じりに声を上げ。
「ポテチ、ないよぉ!!」ムンクの叫びよろしく絶叫した――ドゴン!
「ひぃ!」
壁がドンと揺れた。現在深夜二時。壁ドンで済んでる事が奇跡であるほどの見事な大声だった。
「ふひひ……?」
ココネは、怯えた様な笑いを気持ち悪くこぼして、静かに様子を見た。次の壁ドンが無いのを確認すると安堵の息を吐く。陰キャで半引きこもりのこの女にとって、隣人とは怪物に等しかった。
「気をつけなきゃ……ヒッヒッフー」
バクバクと打ち鳴らされる心臓に手を当てて、深呼吸する。いや違う。それはラマーズ法だ。だが、腹の虫はあいも変わらず鳴っていた。主に比べて遠慮も怯えもない。いや、実際の彼女は案外図太いのかもしれない。
「お腹へったぁ……」
服の上だろうと気にせずどかりと女の子座り。半裸なため、当然、ねちょっと股座の湿り気が服につく。ココネは気にしない。どうせ部屋着だ、と。さっきので別のものがちょろっと漏れた気がするが、ココネは気にしない。気にしないったら気にしない。やはり図太いぞこの女。
「コンビニ、行くかあ」
言えば、ぽわぽわふわふわとホットスナックの姿が脳裏に浮かぶ。Lチキ。焼き鳥。ファミチキ。唐揚げ串。その他諸々。この時間の揚げ物は狂気に等しい。しかし、ココネには関係ない。何時だろうと食べたい時に食うのが心情だからだ。腹の虫絶対主義者。ただのデブだなんて言わないそこ。
決まったら行動は早い。決めることがあまりないだけだが。のそりのそりとまた山を掘り返してまだ着れる服を探し出す。
「ぬっ!」――丸まった下着に足を通せば、ぱちんとみちりと白色のドイツソーセージが顕現した。
「ひぎぅ!」――ワンピースは着れないが中学のジャージは着れる。ジャージの悲鳴に思わず、ココネも悲鳴を上げた。
「ぬふぅ!」――去年Z○Z○で買ったダッフルコートはぴちぴちになっていて、危ない音がした。
「よし……!」――極厚眼鏡、装着。
かくして、ソーセージ、もとい、ココネは外の世界に一歩踏み出した……!
「うびゃあああああああああああ!!!! 寒い!!!!!!!!!!!!」
「さっきからうっせえぞデブ!!!!」
「ごべん"な"ざいいいいいいいいいいいいい!!!!」
前途多難である。
++++
さて、皆さんはコンビニに行ったことはあるだろうか。
あるだろう。ない人の方が珍しい世の中だ。学生や社会人ならよく利用するだろう。そうじゃなくても、子供のおやつに不良の溜まり場。社会のゴミの時間潰し。とまあ、コンビニは社会インフラだとか声高に主張している人々も存在するほどに普及した存在だ。
「おい、デンジ! あの箱の中の肉、全部買え!! 腹減ったぞ!」
だから魔人が使ってもおかしくない。そうだね? ハイと言え貴様。根本まで綺麗に染めたピンクブロンドと痛々しい角を付けた女がぎゃーぎゃー喚いていた。
「は? 自分で買えよ。俺、サンデー買うし」
悪魔でも人でも無くても使う。金を払うものに資本主義の尖兵は従うしか無いのだ。デンジと呼ばれた金髪の男は、心底嫌そうに顔を歪めている。
「デンジの癖に生意気じゃぞ!!」
「つーか、パワー。買い食いはあんますんなって。太るぞ」
どうやら女の方はパワーというらしい。
「はぁーー?? 魔人は太らないんじゃよーだ!」
ふええ……DQNだぁ……。週刊少年マガジンに顔を埋めながらココネは震えていた。外に出ている時よりも震えている。
膀胱がややピンチになってきたのもココネは感じていた。寒さは尿意を高める。ここで温まった体に走った震えが尿意をさらなるステージに叩き上げたのだ。
(おトイレ行きたい……)
しかし、トイレに行くにはあのDQNの近くを通らなくてはならない。陰キャ半ニートに新たな試練現る。
少しの期待を込め、ココネはちらっとレジを見る。だが、店員は興味なさげにスマホをつついていて、注意などしそうにもない。というかイヤホンしている。接客する気がない。というかからあげくん食ってんじゃねえか。そうだよな。ストロングゼロとからあげくんは最高だよな。
「うびゃびゃ……」
鳴き声を上げながらも伝わる膀胱の訴えに、恐怖が屈した。勇者ココネは今、トイレへの栄光なる旅路に出る。
向かう先はレジ横のトイレ。書籍コーナーと垂直にあるレジ。早い話がトイレに行きたければ振り向いて真っ直ぐに行けばいい。ただし、DQN達の合間を通る勇気が彼女にあるなら。
しかし、勇者ココネは一味違う。勇気ある撤退を選べる勇者。つまるところ能ある鷹は爪を隠す。賢き者。未貫通。だから、その隣にある商品棚の影に隠れる。最短ではないが安全だ。だから迷わずココネはそうした。
「うお! なんじゃこのひんやり!!」
まあ、一瞬で作戦は瓦解したわけだけれど。壁に設置された冷凍庫。ぶんとそれのガラス戸がそれはもう勢いよく開かれた。ぶわっとココネの髪が吹き乱れ、ガラスが鼻先で止まる。もう少し角度が良ければ、ココネの顔面に大輪が咲いていただろう。
「んひぃ!」――悲鳴。ココネの膀胱が軽く緩んだ。
「やめろ! 入るな! ネットで玩具にされるぞ!!」
急いで追いかけてきたデンジが焦った調子で叫ぶ。
「……ネット?……あーネットじゃな! ネットよな!!」
冷蔵庫に突っ込んだ顔を引っこ抜いて、満面のしたり顔。本当、顔だけは良い。
「お前ほんとに知ってるのかよ……」
デンジは知っている事がある。おっぱいの柔らかさとか他人のゲロの味とか、悪魔の血の味とか。色々だ。それと同じ様に、この魔人には恐ろしい程の虚言癖があるということを彼は、この魔人がうんこをたまにしか流さないことと同じくらい知っていた。
「当たり前じゃろ!! ネットくらい知っとるわ! ちゅーか、わし、ネットより強いし!」
絶対知らないわ、こいつ。デンジは確信していた。だからにやあっと笑う。
うわ、笑顔怖……。静かにココネは引いていた。最初から引いていたのを更に引いたから感情値はマイナスを振り切っている。
「じゃー何か言ってみろよ! おら、十! 九! 八!」
「なぁ! ずるいぞ!」
会話レベルが小学生未満だ!! ココネは心の中でめちゃくちゃ馬鹿にしていた。誰でも思うだろうが、この男女二人、行動と会話の知能指数が低すぎる。
いや、そんな事よりも重要な事がある。膀胱の疼きが蘇る。致命的な瞬間は刻一刻と迫っているのを、ココネは直に感じていた。まずい。このままでは、とてもまずい。
そろりそろりと抜き差し差し脚とバックしてターンして、横にカニ歩きと遠ざかる。無様だって良い。この場で最上級の無様をかまさない限り。
「ゼロ! ぶひゃひゃひゃひゃ!! バーカ! やっぱ分かんねえんじゃねえか!!」
「うがー!! 馬鹿にするな!」
「ばーか! ばーか!」
「殺す!!」
パワーは叫んだ。結構な声量。大音声。デンジは耳を限りなく素早く塞いでいた。
店員の耳には届かない。何故なら、耳元では仏法系アイドルのフルメタル般若心経が鳴り響いているからだ。
ノイズキャンセリングと仏門は彼にノイズを聴かせない。届かせない。そして、いと早く解脱へと導いてくれる。
「うびょあ!」
――だが、運動不足なソーセージの化身たる女、ココネはそうもいかなかった。
「「……………?」」
二人は、動きを止めた。それは、なにやら聞き捨て難い一つの音を聞いたからだ。
「あんまり、大きな声を出さないでよ」
震える肩。潤む瞳。涙ぐんだ声。
「びっくりするじゃん……!!」
湯気を立てる、暖かなアンモニア芳しき水溜り――ココネの足は自然と駆け出していた。
++++