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ココネは膀胱が弱々だ。理由といえば尿道オナニーのしすぎなのだが、そのお陰で中学の頃に失態をかましている。
お陰様で、二年間を『お漏らし女』、あるいは『聖水女』、もしくは『オムツ女』、果には『尿もれ女』というあまりにも不名誉なあだ名を背負う地獄を過ごしてきた。
それもあって、高校は上京し、一人で暮らす事を選んでいた。地元に居られないのと自分を知ってる人間から逃げたかったから選んだ行動だった。
しかし、
「うわああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
今日をもって、平穏は終わった。尿道オナニーを続けたことが原因か、事前にエナジードリンクをがぶ飲みしたからか、それとも、冬の冷気が膀胱に染みたのか。真実は闇の奥底だが、現実は現実だ。
だから思いっきり叫んで走っていた。時間なんて関係ない。もう叫ばずに居られなかった。自尊心はぼろぼろ。自我も崩壊してしまいそうな程にココネの心はブロウクン。
「もうやだあああああああああ」
ココネは嫌だった。変わらない自分が、変われない自分が、ソーセージみたいな体型なのにチンコのない自分が。チンコがあれば尿意の我慢など容易なのに。いろんな所にすっこんばっこんできるのに。
「こんな人生いやあああああああああ」
通りすがりの人がぎょっとした。ぱっと何軒が灯りがついて、犬が騒がしく吠えた。猫は急いで逃げ出した。
このあと、ソーセージの悪魔が出るという噂が生まれるのを、今のところ、この世界の誰もが知らない。
ばたばたとソーセージは、無様極まりないランニングフォームで道を行く。コンビニまで常人なら三分。全力疾走で一分未満。│ココネ《ソーセージ》ならきっかり十分。
息荒く、腹の中で未消化スナック菓子が出口を求めているのを堪えながら、マンションの階段を登って部屋の前、鍵を開けるのに手間取りながらココネは思う。
変わろう。明日から運動して痩せて、オナニーも……控えるんだ。
決意した。高校デビューするのだと、来月から始まる新学期で華麗なるデビューを決めるのだと。
ココネは決意した――その決意が遅過ぎたのを彼女が知るまで、後。
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「――ふびゃ!」
ココネの寝起きは最悪だった。昔の夢――虐められていた頃の悪夢――を見た上に、快適とは言い難い冷たく硬いものの上で目覚めたからだ。
第一声がそんな奇妙な叫びだったのも間違いなくそのせいだろう。
「ひ、」何かに気づいたように首を振り「ふ……?!」驚愕を零す。
「え、なに?! どこここ!?」
びったんびったん。首を振り、体を跳ね、見覚えのない空間、灰色のコンクリート剥き出しの、薄暗い部屋に視線を走らせる。
「ん? あれ?! え? は?」
そして、続けてココネは体の不調に気づいた。手足の感覚がない。今、びったんびったんなったのはそのせいだと遅巻きに気づき。
「え、え、なに、なにこれ?!」
混乱に次ぐ、混乱。ココネの脂肪まみれな脳を混乱は、現状への理解を求めて蹂躙していく。そこに答えなど無いだろうに。
「うびゃー! いやだー! わかんないー!! むりー!! だーれーかーたーすーけーてー!!」
ほんの十秒後、ココネは思考を放棄した。考えるのを止めた。だから感情に任せて叫んで跳ねる。理解不能だったのだ。あと、カロリーが足りなかった。デブは一食抜くと死ぬ。ココネもそうだ。
「……ウルサイ」
「びょっ?!」
突然の声に、ココネはびっくりした。
「ウルサイゾ、ニンゲン!」
「え、なに、なに??」
キョロキョロしても姿は見えない。ココネは、とりあえずビビりながらも声の方に転がってみた。
「ギャッ!」
悲鳴。ココネの腹の下から。
「うびゃ!」
ココネは、何かを腹で踏みつけた感触と声に悲鳴を上げた。
即座にごろごろと来た方にココネは転がっていく。すると何かに後頭部を打ち据えた。声なき悲鳴をあげてココネは丸まった。
「ニンゲン、ヨクモ……!」
「ぶぇえ"え……ゆるじで……」
痛みと謎の怒声の板挟みになったココネは、無様な声を上げて平謝りする。
「……ダイジョウブカ…………?」
最初は怒りが勝っていた謎の声だが、あんまりにも痛そうにしているココネが憐れに見えたのか、声から険や怒りが取れていた。
「うびゃ〜……だいじょう"ぶ……」
それからココネは深く、息を吐いて。
「えーと、キミは、その……」
「ボクカ? ボクハ……」
なにやらカツカツと硬い音がココネに近づいてきて。
「アクマ、ダ」
生首は、転がるココネを見下ろし、笑った。
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悪魔。紀元不明。それは何かを恐怖する人の心を動力にして存在し、存在を強める。つまり、人が恐怖を知った時に、それは生まれたのだ。
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「あ、悪魔ぁ?!」
ココネは義務教育を受けている。どこかの魔人や人間/悪魔もどきとは格が違う。
だから、悪魔の何たるかを知っている。
つまるところ。
「ひ、ひいいいッ」
恐怖は膀胱を緩めた。乾ききっていたジャージの又ぐらが改めて濡れていく。
「オイオイ、モラサナイデヨ。ナンモシナイカラサ」
「ぶ、ぶびいい!! た、助けて……!!」
ココネはビビリにビビっていた。
「ホラ、ミテヨ。コノ、ナサケナイスガタ。クビダケダヨ?」
と、首が情けない顔で自虐する。嫌に様になっていた。
この悪魔、顔の作りがいい。西欧的な作り込みの美形だった。鼻はツンと小さく高く、肌は透けて白く。金糸が如し髪は首の切れ目に真っ直ぐ毛先を届かすセミショート。性別の区別が付かない中性的な風。ただ、見つめてくる瞳は鮮やかな青の中でぐるぐると渦が巻いていた。整っているが故に、際立っていた。
「……きれい」
無遠慮にもガン見したココネの感想は、己の琴線に触れたのを如実に示していた。
「オチツイタミタイダネ」
「あっ、はい……ところでどうして首だけ? そういう悪魔?」
「オチツイタラ、アンガイズブトイネ。ホカノアクマニ、クワレタンダヨ」
「他にもいるのぉ?!」
ココネは、それだけでチョロっと漏らしてしまう。悪魔がもう一匹いる、衝撃的だったのだ。しかし、流石に、まだ小だけ。まだ大物は漏らしたことがない。漏らせばきっとココネはアナルに嵌まるだろう。その時こそ、真のエンディングを彼女は迎えることになる。
「ウン、ダカラ、コエモコンナノ」
肩を竦め――ようとしたが無いのを思い出して悪魔は曖昧な表情を浮かべた。
「マア、オマエモ、ニタヨウナモノダヨ」
「…………へ?」
何を言ってるのかがココネには、分からなかった。だから、仕方なさげな表情で、悪魔は、
「オマエダッテ、ウデトアシ、クワレテルジャナイカ」
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気づきは、記憶を呼び覚ます。
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「痛ったぁ……」
ココネは、自身で開いた自室の中に押し込まれていた。酷く不格好にココネは、玄関口で倒れこんだ。尻を高く上げ、頭を下に。さながら猫が体を伸ばすよう。けれどそこにしなやかさと優美さは欠片とない。どちらかと言えば非常に無様な土下座。
「なんだよぉ……もぉ……」
突き飛ばされ、したたかに打った頭をさすりながら、ココネは振り向いて。
「やぁ」
「ひぃっ」
目の前にあった笑みに、引き攣った悲鳴を零した。
「こんばんは。寒い夜だね」
「こ、こんばんは……」
思わずココネは答える。答えれば、笑顔の主は文字通り、ねっとりと微笑う。
ねっとりと、ねっちょりと。それは人の顔の形をしている。形というのは瞼や鼻、唇が人の造形をしているということ。つまりところ、眼球はなく、歯は見えない。伽藍堂が笑みを作っている。まるでデスマスクだ。しかし、ねちょりとは何か。何かと言えば、そう。
「す、スライム……?」
ココネは、液体と個体の合間をした笑顔に、昔、縁日で買った半透明な緑の玩具を思い浮かべていた。
「大当たり」
ヌメリけがジャージを貫通する。ふくらはぎに絡みつく植物の根のような先細りをした触手がココネの体を天地逆転させて吊り上げた。
「ドーモ、スライムの悪魔です」
ケタケタとふざけた調子で、人型のスライムは、藻掻くココネに笑い掛ける。
「びゃ、びゃ、は、ばなじでええええ!!」
涙と鼻水を垂れ流してココネは、抵抗していた。割とめちゃくちゃに暴れている。さっきまで死にかけだったとは思えない。家事場の馬鹿力だろう。
「はは、いい顔だ! 実にいい恐怖だ!」
スライムの悪魔は高らかに笑った。可笑しくて堪らないらしい。大きな体を震わせている。
「ああもう、我慢できない!」
笑いの合間、唐突に叫んだ――ぶちんと詰め込んだ肉で張り詰めたソーセージを勢いよく噛みちぎるような、小気味よい音が響いた。
「ぴっ……!!?!」
息が詰まる。
「うまい! うまい! うまい! ああ、やっぱり食うならデブの女だよぉ!! 美味しい!! 美味しいよぉ!! ああ、駄目だ! こんなの喰ったら爺や男なんて食べれないよぉ!!」
口に突っ込んだ側から、ぐちゃぐちゃと足が咀嚼されていく。なにせ透けているものだから、喰われているのがよく見える。溶かす事無く、すり潰すようにしてスライム状の体のどこかへ消えていく。
ココネは、まざまざと見せつけれていた。自分の足が砕かれ、潰され、呑まれる様を。
「こりこりと咀嚼の楽しい指! 脂と赤みの二層が楽しいふくらはぎ! 噛む暇なく、とろける太もも! ぎひゃはははははははは!! 堪らなく、美味いぃぃぃいいいいい!!!!」
絶頂寸前とばかりに、食らう口とはもう一つ、口を作ったスライムの悪魔は叫んで。
「次は……」伽藍堂で舐めるようにココネの肢体を見下ろし「腕だぁ……」無い舌で舌舐めずり――手羽先の関節を外す様な音。
勢いよく布を引き裂き、硝子をけたたましく砕くが如く、悲鳴は上がった。あまりに痛ましく、あまりに壮絶なそれは、この薄っぺらなドアや壁では抑えきれないものだから。
「五月蝿えぞ!! アホン「黙れ」――――!?」
冷ややかな言葉と生温い触手が、男の頭をものの一瞬で粉砕せしめた。スイカ割りをした後の浜辺の惨状が玄関口に広がった。さらに付け加えるとシャンパンシャワーみたいに勢いよく吹き上がる血の雨。
「あはは、食事にケチがついちゃったねえ」
にへらにへらと嫌らしい笑みを浮かべ。
「ああ、でも美味しいぃ!!」――足がもがれる。
絶叫、粉砕、絶叫、咀嚼、絶叫、吸収。瞬く間に、スライムの悪魔は腹底へと落としていく。
「ひ、ひ、ひぃ……」
喉が枯れてもなお、ココネの唇から悲鳴は溢れる。どうしてか気を失えない。おかしくなれない。気が狂えれば、楽になれる筈なのに。何かがココネを手放さない。
「ああん」甘い吐息。「……いひひ、美味い。美味い。美味い。美味い。ああ、このままでは食い潰してしまう」
「嫌だ……やめて……やめて……」
ココネは、懇願する。懇願こそ、何よりも味を引き出すスパイスになるというのに。
絶頂したかのように、「んひぃ」と、か細く、スライムの悪魔は身を震わせる。
「そんなにも情熱的に誘わないでくれぇ……」
デスマスクは、ねっとり舌舐めずりし、
「食べ尽くしてしまうぅぅ!!」
ココネの肩口から、腕を引き抜いた――甲高く、悲鳴は迸った。
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