これでラストです
++++
「こりゃひでえ」
何の気負った調子無く、コンビニに居た金髪の男――デンジは玄関口の惨状を見下ろして呟いた。
人型の白線が引かれ、ある程度片付いてはいる現場だった。元々は殺人事件として扱われていたが、近所で悪魔の目撃情報が出ていた事もあり、
だから、ある程度片付いているのだが……それでも玄関口一帯を赤く染めていたのは容易に想像がついた。簡単にとれない程に、床から壁からドアから何もかもが赤黒く染まっていたからだ。
「ひでえ食い散らし方だなー」
「いや、これは食い散らした跡じゃない。殺しただけだ」
「あ?」
「
惨状を見、先んじて作られた報告書を見るツムジで髪を結った男、アキが冷静な判断を口にする。
「先輩、どうすんよ」
「聞き込みだ」即答。「ソーセージの悪魔が出たという話はある。それの仕業か、もしくは他か。足で稼ぐしか無い」
「しゃーねーな。パワーいくぞー」
そう、部屋の奥に声をかける。
「おーう」
すると、ポテチの袋を片手にしたパワーが殺人現場を歩くのには、あまりに無造作な調子で歩いてきた。
「現場を荒らすな」溜息混じりにアキが指摘すれば、「うるしゃい! わしが見つけたんじゃからわしのもんじゃ!」
屁理屈どころか欠片も理屈の通らない反論に、アキは溜息を零した。
++++
「ぎ、ぴ、びぃぎ……」
思い出したココネは、床の上で悶絶していた。痛みはない。肉体的な痛覚を直接刺激するものではない。幻肢痛に近い。思い出したことで過去から遡ってきた苦痛が今、ココネの体中を駆け巡っているのだ。
「いたいい……いた、い……」
震える。瞼を限界まで持ち上げ、眼球は今にも飛び出そうだ。底がない程に涙は零れ落ちて床を黒く染めた。唇は離れ離れで、形を取り戻さず呻きと唾液を垂れ流す。
「ニンゲン、ゼイジャクダヨネ。スグニコレダ」
呆れて見下ろして、悪魔はぼやく。仕方がないとばかりに。
「ホラ、ネテナイデサ。サッサト、シナイト」
クワレルゾ――と、言おうとしたその時。
「あはは、邪魔」
ばちんと、壁の隙間――いや、暗くて見えなかったがそこはドアだった。ドアの隙間から吹き出した緑色の半固体が悪魔を弾き飛ばしていた。
ギイィと、ドアは開き、薄暗い部屋に光が差し込んだ。真っ直ぐに光は、ココネを照らし、凄惨な姿を浮き彫りとする。手足をもがれ、服を剥ぎ取られた彼女は、まるで地を這う虫のようで、見るに堪えない。手足の傷痕は塞がれこそいるが、無理に引き千切られた痕は消えず、手足の残滓を見るものに声高に主張する。
「ひひひ、おはよう。よく眠れたぁ?」
扉の向こうから影一つ。スライムの悪魔だ。ねちゃりと足音たてて、見下ろした。
「ああ、良い寝顔だったよぉ……。お陰でお腹ペコペコ! 空腹こそが最高のスパイスって言うじゃない? だからほら、我慢したんだ! 君の体を尻からぽりぽりとゆっくりゆっくり味わって食べるのを我慢したんだ!! 美味しいよ、絶対に美味しい! それが分かってるから我慢には苦労したんだ! なあ、すごくない?!」
「キイテ、ナイヨ。ニンゲン」
「ん? ああ、まだ壊れてないんだ」
こつこつと部屋の隅から姿を現す悪魔に、スライムの悪魔はせせら笑う。が、困った風な表情を形作り。
「加減、しすぎたかな?」
「ザコガ、ジュウノアクマノオカゲでツヨクナッテ、イキガルナンテ、カワイイネ」
「ひひ、そんな可愛いのに体を喰われたのはどこの誰だっけ?」
「…………」
苦虫を噛み潰した様に悪魔は、押し黙った。
「んー。しかし、」悲しげに伽藍堂の瞳を歪め「こうも無視されると流石に悲しい。どうしよう」ぐねりと、首を傾げた
「マッテレバ、モトニモドルダロ」
「ええ、これ以上我慢……いや、」何か思い出したのか言葉を切り「熟成ってのがあったなあ……」
思い出していたのは、人間の料理本、熟成肉。なんでも放置すると美味しくなるとか。スライムの悪魔は、かなりうろ覚えに、かなり適当に本の内容を憶えていた。
「……ハ、ツヨクナッテ、クチハタッシャニナッタケド、アタマハマダマダダネ」
一人悩むスライムの悪魔を横目に、悪魔は呟いて。
「ソロソロイイダロ、ダマッタママキケ。ヨケレバシュコウシロ」
一つの提案を、いいや、この場合は、
「ケイヤク、シロ。イキテカエリタケレバ、ソレシカナイ」
契約だろう。
「イキテデタイノハ、ボクモオナジダ。ヒトツ、ネガイヲカナエテヤロウ」
悪魔とは、窮地に欲するものへ甘く囁くものだ。古今東西と変わらず、ここでも同じく。
「ドウスル」
生きたい。ココネの本能は――首肯。
「ナニヲ、ノゾム」
望み。望みを言えと悪魔は、ココネに言う。望み。望み。望み。彼女は反芻して。
「――――が、欲しい」
「…………………………………………エ? ナンダッテ?」
悪魔は酷く珍妙な表情で聞き返した。聞き間違えとは思えなかったが、聞き間違えと思いたかった。この状況でそんなロマンチックに欠けた言葉を聞きたくなかった。
「チンコが、欲しい…………!!」
はっきりとはきはきと、ココネは一世一代とばかりに答えを吐いた。
++++
「まあ、いいか」桜色の唇に微苦笑を浮かべ「契約は成された。望みを叶えよう。代価として、僕達に生存を」悪魔は囁く。
++++
「やっぱり駄目だ!! 今食べるぅ!!」
スライムの悪魔が思考の海から帰ってきた。デスマスクの口を、それはもう大きく大きく広げて、ココネに触手を伸ばした時。
――甲高く、絶叫は迸った。
「ぎぃぃっっっ?!」――スライムの悪魔が驚愕を上げる。鮮やかな薄緑の欠片が飛び散った。
鳴る。廻る。響く。鳴る。廻る。響く。汝は、鋼なるもの。汝は、回転するもの。汝は、削り抜くもの。
嗚呼、見よ! 彼の者の雄々しき姿を!
「………きひっ」気の触れた笑み「ひひひひひひひひひひひひはははははははははは!!」哄笑。
叫ぶは、ココネの右と左の腕。彼女は立っていた。勿論、二足で、しっかりと踏みしめて。
「ひぃ……」
スライムの悪魔は、明確に怯えていた。目の前の、ほんの一瞬前まで、自分の餌でしかなかった人間にスライムの悪魔は震えていた。武者震いと誤魔化せればどれだけいいだろうか。これは間違いなく、スライムの悪魔自身が否定の出来ない恐怖だ。
原因は、ココネが立ち上がった事ではない。ああ、しかし、彼女の両腕に唸るものが立ち上がる起因ではあるから、あながち、間違いでもないのだろう。
「それ、は………!」驚嘆に目を見開き「まさかぁ!!」スライムの悪魔は、気づく。
あの悪魔が居ない。自身を恐怖させ、ついに自身で貶めたあの悪魔の姿が見当たらない。
「契約、したのか!」
「『その通り』」ココネが、いいや、違う。「『契約したんだ』」
あの悪魔が、青く渦巻く左目で器用に笑い、ココネの唇で応える。
すると、双腕は唸る。高く、甲高く。悲鳴のように鼓膜を鋭く。スライムの悪魔は全身を震わせる鋭さに、心底震えた。
「ああ、なんだ。なんだろう、あれ」
熱に浮かされたかの様な独り言ち。これは、間違いなくココネの言葉だ。何よりも笑みの卑屈さが語っていた。
「そうかぁ」にたりと唇が歪み、「
――ちょっと何言ってるか分からない。スライムの悪魔とココネの中の悪魔は思った。
「ひひ、ぶびぃひひひひひひひ」
駆動音は無限と高まっていく。笑みとともに、際限を知らず。
「やめろ……! やめろ……!! 近づくな!!」
スライムの悪魔は、あまりにも不気味な笑顔で一歩近づいてきたココネを制する為、触手を放つ。が、一瞬で粉微塵。
「ひいいいいいいい!!!!」
「ふひひひひひひひ!!!!」
実に、感情を露わにした悲鳴と笑い。狩るものと狩られるもの、立場を逆転させた一進一退は、秒針の進みと同期していた。
「ち、近づくなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
幾度と放たれる触手を、ココネは何の気負いもなく、粉砕する。鎧袖一触。スライムの悪魔に抵抗は許されていなかった。
そして、ついに、「ひっ!」――スライムの悪魔は壁際に追い詰められ、彼は切っ先を突きつけられる。
「ねえ、ねえ」ココネは嗤う。「気持ちいいかな? キミの中。ココネちゃん、初めだから」
チュインと先と中と根と、ココネの右手が回転した。力強く、何よりも固く張り詰めて。
「優しくできないかもしれないけど」
情欲と色欲に呑まれた笑顔は、ココネの顔面を覆っていた。
右腕が、左腕が同時に強く叫び、唸る。ギュルンギュルルギギギギガガガガガッッ!! おおよそ、人の腕が出す音ではない。当たり前だ。なにせ、
「許してね♡」
ドリルなのだからっ!!
「あああああああああああああっっっっっっっっっっっっっっっっ?!?!?!?!?!」
切削! 切削! 切削! 切削! ドリルとは回って掘り進むもの! なら、回れば必ず進む!
「ねえ、君最高だよぉ!! ココネちゃん、こんなの初めて初めて!! ああ、すごい! すごいぃぃ!」
興奮で頬を上気させ、ココネは叫ぶ。これだけ叫んだのはいつ振りだろうか。
「これがおちんちんなのかなぁ?! ねえ、どうなのかな! 分かんないよお!! 分かんないよお!! 分かんないいいい!!」
刺して入れて、入れて抜いて。挿入して出して。しこしこ! しこしこ! しこしこ!
ココネの息が荒く吐かれる。小刻みにリズムよく。いつも妄想していたように。脳内でやっていたように。画面の向こう側の女の膣にチンコを突き入れ、出し、入れ、出し。満足するまで暴力的に、ココネは腕を振るう。
妄想と違うのはそこだろう。けれど、ココネには関係ない。脳味噌を駆け巡る快感は、ココネのしてきたオナニーで得れる感覚と全く違った。
「やめ、やめ、やめてくれ。やめ、嫌だ。いや、いやいや」
だが、掘られる方はたまったものじゃない。うわ言の様にスライムの悪魔は悲鳴を上げる。
「ひひ、びゃびゃ、うびゃびゃ」
まあ、ココネは気にもしないで喜悦に目尻を下げる。やりたいように犯す。幾らでも犯す。レイプ魔ってそういうものだろう?
「ねえ、気持ちいい? ココネは気持ちいいよ?」
ぱんぱんぱんぱん。小気味よく打ち付けながらスライムの悪魔にココネは囁いた。
「あん♡」
ぐねりとココネのドリルに応える様にスライムの悪魔がうねった。
「やっぱり気持ちいいよねえ!! ココネちゃん、嬉しいっ!!」
ココネは、歯を剥いて獣の様に笑った。まあ、間違いなくこの反応は、彼女の望んだそれでは無いだろうが。と打って変わって、今度は、さっきの獣の表情とはまるで違う表情が現れた。
「あっ、あっ、あっ、だめ! だめ! もっと味わいたいのに!!」
そう、擦り続ければ、次に来るのは単純解明な、実に分かりやすい結果。切なげで、眉をハの字。息は短く吸って吐いて。
「いっちゃうっ……いっちゃうっ……いっちゃうっ……!!」
鋼がぎんぎん張り詰めて、大きく大きく膨張する。ドリルがギュルギュルギュルギュルとそれまで以上に回転して。
「いっちゃううぅぅぅぅぅぅぅぅううううううう!?」
真っ白に弾けた。
++++
「くっさ…………」
デンジの第一声は、純粋な感想だった。
悪魔の影響でゴーストタウン化した一角にある廃墟。その一角に彼は居た。彼だけではないが。
「ぐさい"のう"……」
鼻を摘んで顰めっ面のパワーが剥き出しの室内を見回す。元々はスーパーマーケットだろう。レジカウンターが並び、空っぽな商品棚から野菜用の冷蔵庫が並んでいる。そこまで広い店ではないから、臭いの元を確認するのは容易だろう。
「ここで合ってんだよな、先輩」
「ああ、ここで目撃証言があった。どうやら、ソーセージの悪魔ではなさそうだ」
「そりゃ残念だなぁ」デンジはにやつき「朝飯に、ぱきんとやってやろうと思っていたのによぉ」噛み千切るジェスチャー。
「さっき食っただろ」
「悪魔は食べねえよ。くそまじいしよぉ。それに、昔、馬鹿なやつがトマトの悪魔食って、腹から食い破られたんだ。俺はあんなになりたくねえから死んでも人の食べもん食ってたぜ」
かなり酷い絵面だったらしい。デンジが口元をひん曲げた。
「言われなくても食わねえよ」
呆れた口調のアキは、デンジから廃墟の一歩外に居るパワーに向けた。
「おい、遊んでないで悪魔を探せ」
「う"るざい! くしゃいんじゃ!」
パワーは、入ろうとしない。確かに、酷い匂いだとアキも思う。というか普段臭いなんて気にしないこの魔人が臭いでたたらを踏んでいるのだから大概だ。彼も今すぐに立ち去りたかった。
「五月蝿いのは、お前だ。さっさと探しに入れ」
だが、それはそれ。これはこれ。
「ぬ"う! 生意気じゃぞ、人間!」
「こっちだって臭いの我慢してんだ! 働け! カレーの肉抜くぞ!!」
正直、臭いへのストレスでキレそうなのは、アキも同じだった。
「な、な、な~~~!!!! やって良いことと悪いことがあるぞ!!」
顔真っ赤でぷるぷると突きつけられた指先に、ハッと一笑に付して。
「仕事をしないやつに食わせる肉はない」――パワーの扱い方を大方理解したアキであった。
「こやつぅ……!!」
「おい、お前ら働けよ」
にゅっと商品棚の間から顔を覗かせたデンジは、呆れ顔。
「奥の扉からすげー臭いすっから多分、そこに居ると思うぜ」
「分かった。行くぞ」アキが前に出れば、「お主が指示するな!!」とパワーが割って入った。
デンジの言う奥の扉は、それほど奥まってはいなかった。観音開きの、バックヤードに続いているであろう銀色の軽い扉。
「臭いな……」
流石のアキも鼻と口をハンカチで覆い、眼球を突く刺激に目を細めた。
「どうするよ、先輩」デンジが訊き「ざっざとどわ"ら"ぜよ"ゔぞ!」と、勢い良くパワーが足を回して蹴り開く。
――よりも前に、扉は開き。
「うぉ!」
中から現れた女をデンジが受け止め、「な、なんだぁ~~?」目を白黒させながら声を上げた。
一糸まとわぬ、全裸の女。眠る女。両手と両足が鋼に輝く女。奥には、粉々になった悪魔の死骸が転がっていた。
臭いの原因は、悪魔の死体だった。
++++
「丸切ココネちゃん、でいいかな?」
「ば、びゃい!」
「落ち着いて。とって食べたりしないから」
赤髪の女、マキマは流麗に笑ってみせた。
デビルハンター東京本部。その一室で、マキマとココネは向かい合っていた。落ち着きなく彼女の目は彷徨い、所在なさ気に太腿の上で指はくねくねとこねられている。
「それで……あのう……そのうぅ……」
顔を真っ青にさせながらも泳がせた視線をどうにかマキマに向け。
「早くお家に帰りたいんですがぁ…………」
有無を言わせない圧のある笑みで「それは無理だね」すぱんと一刀両断。
「デズヨネー……」
ココネは泣きたくなっていた。あんな目にあった上に、こんなところまで引っ張り出されている。辛い。人多いし、この美人はなんだか怖いし。お家に帰って現実逃避したい。ココネの頭の中はそれでいっぱいだった。
「君には、選択肢がある」
ココネをじっと見つめ、マキマは言った。
++++
「選択肢とはなんだったのか」
ココネは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の上司より逃亡しなければならないと決意した。ココネには社会がわからぬ。ココネはただの半ニートな高校生である。PCの前でオナニーに耽り、SNSで童貞を弄び、ネット弁慶しながら暮らしてきた。けれども、邪悪に対しては人一倍敏感であった。悪と分かれば特定してネットに個人情報をばらまくくらいには敏感であった。
「何ぼやぼや言ってんじゃ、後輩! さっさと焼きそばパン買ってこーい!」
だが、現実では無力だった。Twitterと5chとFacebook。三つの力を使い熟すオナニーマスターであれど、魔人パワーのパワハラに勝ち目はなかった。なにせ、相手は魔人だ。ほぼ悪魔。ネットで晒してもあんまり意味ない。晒したら八つ裂きにされるので晒せない。大人しく買いに行くしか無かった。
「ふええ!! あ、お、お金は……?」
休憩室のソファーに寝転がるパワーに、ココネが訊くと、
「あ?」
「はい、了解です。かしこまりました」
有無を言わさぬ視線がココネの陰キャ回路を刺激した。DQNには勝てない。ココネはそういうものだ。
「あ、コーラな」
「俺はコーヒー。ブラックで頼む」
「あ、了解ですぅ~~」
すたこらさっさと買いに行く。さっさと行かないと魔人先輩が怖いのだ。いや、先輩で怖くない人はいない。デビルハンター怖すぎでは? ネットでディスってすみません。マジで。ていうか、これ、もしかして因果応報なのでは? ココネは察しもある程度いい。察しは良いが致命的、かつ、絶妙にキモいのがイジメ原因だったのをココネは気づいていた。
しかし、ここ最近、ココネはそんな自分にちょっと、ほんのちょっとだけ自信が出ていた。どすどす廊下を走り、黒のパンツをパツンパツンにして、口元は自然と緩む。
「おばちゃん!」
「お、ココネちゃん。お使いかい?」
「そうそう!」
完全に顔馴染みになりつつある売店のおばさんに、ココネは満面の笑みで、
「コーヒーとコーラと焼きそばパン、一つずつ!!」
そう、言った。
++++