※この作品はR-18です。

自分は悪くないみたいな顔をして   作:氷菓くん

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03 イヤホン越しに聞いた声

 男の側が子どもの体をしているので、事情を知らない者がこの場の光景を見れば、まるで女が少年を襲っているように見えるだろう。理解を超えた現象に見舞われたかのように引きつった少年の表情が、犯罪的な様子をさらに際立てている。

 しかしよく見れば、少年の表情の中には、恍惚に近い物があった。彼の視線は女の頭部に貼りついて離れない。自分の下半身に顔をうずめたその女だけを、奇跡でも見るかのように、夢中になって視界に収めている。

 女の口内は、いや、口内どころか喉までもが、少年のモノで埋め尽くされていた。唇を腰にこすりつけるようにして、彼女は根本までそれを飲み込んでいた。傍から見ればせいぜい子どもの物を口に含んでいる程度に見えるだろう。けれど実際その大きさは、彼の小さな体に不釣り合いな物となっている。

 少年は驚愕していた。奥まで全部飲み込んでほしい、そう要望を伝えたのは他の誰でもなく彼なのに、その彼自身が、今この状況を「信じられない」と感じている。

 思わず、彼は消え入りそうな声で言った。

「あっ、だ、だいじょうぶ……?」

 数秒前、事も無げに要望を了承した女は、大きく口を開いて躊躇なく少年のモノを飲み込んだ。一度つっかえるような感覚があったが、ごりゅっ……と隙間にはまるような感触と共に、それは根本まで完全に飲み込まれた、彼女の口と喉に隠れて見えなくなった。

 その時の感触が少年を驚かせ、あるいは感動させたが、同時に不安も与えた。何か、まずいような感じがしたのだ。相手の生命に危機をもたらすような、そんな感触だった。

「ん……」

 問いかけに答えるように、彼女は飲み込んだものを一度口から離した。ずるり……という効果音が聞こえてきそうな光景に、少年の目は惹きつけられる。

「どうだった……?」

 解放された彼女の、はぁ……はぁ……と口で呼吸する様子が、必死に酸素を欲しているようその様子が、少年に問いかける余裕綽々といった態度にミスマッチしている。まるでどちらから嘘であるかのようなその様子が、少年にとっては、ひどく劣情を揺さぶる物だった。

「どうって……」

「気持ちよかったとか、興奮したとか」

「……すごかったです」

 正直な感想を伝えると、女は満足げに微笑んだ。そしてそんな、健気にさえ見える振る舞いの中で、少年に問いかける。

「君は私が苦しんでいる方が、興奮したりするのかな」

 彼女の目からは、今まで惚けたような、それでいて飢えた獣のような目をして自分を見つめていた少年が、ものすごい速さで目をそらすのが見えた。あんまりわかりやすいので、それが彼女は面白かった。

「いいんだよ、何でも正直に言って。何でもだよ、何でも大丈夫だから」

 少年の体を伝うようにして這っていって、あからさまに目をそらす彼に、覆いかぶさるようになりながら、優しく頭を撫でてやる。よしよし、と可愛がる声が聞こえてきそうな、ゆっくりゆっくりとした、そんな撫で方。こんな状況でなければ、少年からは彼女が母親のようにさえ見えたかもしれない。

 彼女の腹部には、グロテスクに硬くなった肉棒が当たっている。

「私が苦しそうにしてるの、見たい?」

 媚びるような目でじっと見つめてくる女に、結局一度も目を合わせられないまま。……少年は頷いた。

 直後、彼のモノは先から根元まで、再び彼女の喉に飲み込まれることになる。ただし今度は、部屋中に響き渡る、彼女の声を伴って。

「んお゛おォエ゛ぇ゛……!!」

 今にも胃の中身を全て吐き出してしまいそうな、瀬戸際を感じさせる嘔吐き声。それがまた振動となって、新たな快感を男に与えた。しかし男にとってはそんな快感よりも、その声が女から発されている事実自体が、どうしようもなく興奮を湧きあがらせた。

 彼はサドなのだ。それも、かなり重度の。しかし今まで一度も、彼がこの手の拷問じみた行為を、情事の相手に求めたことはなかった。それが受け入れられ難い物であると知っていたから。そして自分のその性癖自体が、軽蔑されるべき物だと知っていたから。彼は一度として、自分の性的な欲望を本当に満たしたことはなく、満たそうとしたことさえなかった。

 AVで見るその行為が、本当に行えるものであるのか、彼はずっと半信半疑でいた。自分のイチモツを根元まで相手の口に押し込むなんて、本当に出来るのだろうかと、何度その手の動画を見ても、懐疑的でしかいられなかった。

 それが今、画面の中で行われる実際を見ながらも、ずっと、フィクションなのではないかと思っていた行為が、目の前で実現している。それどころか、飲み込まれたそれから、今までの経験とは比にならない快感が伝わってくる。

 本当に、本当のことなんだ、これは。彼はその光景にたじろぎつつも、確かに感動していた。この汚い声は、性欲をそそらせる声は、本当に女性から出てくる物なんだ。彼はまるで、童貞を卒業したような気分だった。

「お゛お゛ぇ……んんぅ゛……」

 尋常ではない量の粘ついた唾液と共に、彼女は一度モノを吐き出した。全体が隈なくぬめって、てらてらと光るついたそれと、彼女の口との間に、嘔吐き汁のアーチが作られる。少年はそれを食い入るように見ていた。

 そして、ほとんど休憩を挟まずに、……まるで今の光景を少年に見せつけるためだけに口を離したかのように、彼女はすぐに奉仕を再開した。

「おお゛ッ、エ゛っっ……!!」

 ベッドの上で仰向けになった少年からは、自分のモノを咥える女の表情が見えない。彼から見えるのは彼女の頭だけ。しかしそれが逆に、今までその手の動画を見てきた彼に、そこにあるであろう表情を想像させる。彼には彼の理想が見えているようなものだった。

「ぐもっ、ごおおっ、ぐぼっ、ぐごっ……」

 最大限の苦痛を訴えるような声と裏腹に、彼女の奉仕は止まらない。黙々と上下運動が繰り返される。まるで男の方から、苦しんでいるところなんて見たくないと言えば、今すぐ嘔吐き声だけをピタリと止められそうなほどスムーズに、がぽっがぽっとひたすら頭が上下している。

 少年は視線だけ彼女に集中させて、意識をどこかにやってしまいそうなほど、はっ……はっ……と喘ぎ声のような吐息を吐いてばかりいた。そんな彼の手が、突然掴まれる。

「え……?」

 魔女に掴まれた彼の手は、だらだら溢れる唾液を口から零す女の頭に当てられた。苦痛を与えられているはずの女性側から、むしろもっと次の段階へと、彼を導くかのように。

「イラマチオ、してみたくない?」

 うめき声以上の言葉は発せないはずの彼女の声が、そうやってはっきり聞こえた。そういう時に聞こえる声は、なぜか決まって、頭上から降ってきているように聞こえた。

 もしかしたら受け入れてもらえるかもしれない……彼がそう思って自身の性癖を打ち明けたことは、今日まで一度もなかった。否定されることが怖かったからだ。受け入れられるわけがないと、そんな夢のような未来は想像さえ出来ずにいた。どちらにせよ受け入れてはもらえないなら、否定されるよりは、ひた隠しにする方がマシだと思っていた。

 しかし今日、彼は初めて期待した。彼女になら、彼女になら本当に何をしても、許されるかもしれない。自分は許してもらえるかもしれない。……そんな身勝手な期待をこめて、彼は腕に力をこめた。手のひらで彼女の頭を、自分の腰に思いきり押し付けた。

「んも゛おお゛おお゛エ゛っっ!!!!」

 女は押しつぶされたような声を吐き出す。確かな罪悪感と共に来る、感じた試しのない高揚が、少年の頭をおかしくしていった。正常な判断はもう出来ない。

 彼はひたすら彼女の頭を振りピストンさせた。ぐちゅっごちゅっ、と暴力的な水音が響く。そのたびに自分の手の中で彼女は嘔吐いた。何度も、何度も、男が満足するまで、終わりのない苦痛を与えられて、顔は真っ赤になり、眉間に皺を寄せてしわくちゃにしている。

 女性の口を性器扱いするような、イラマチオという行為について、それは女体を使った実質的なオナニーだとする声もある。人間を道具扱いするその行為は、許されるべきではない、とする声もある。けれども少年は、ずっと、それがやってみたかった。

 しかし、いざそれが実現すると、オナニーだとかオナホ扱いだとか、そんな感覚は、彼はまったく抱かなかった。重いのだ。好き勝手に前後させて振るその頭が、重い。その重さは物理的なことなのか、それとも相手の心や、命の重さなのか。何にせよ、とにかく彼には重く感じられた。気軽さという物はそこになかった。

「イく……イく……」

 興奮が限界まで高まって、もはや自分の意志で腕に力をこめているのか、腰を振っているのか、わからなくなっている。自分は楽に寝そべった状態で、女性に土下座のような姿勢を強要して、自分だけが快楽を得ている。相手には死ぬほどの苦痛を与えている。それを全て自覚している彼は、しかし彼女の頭に当てた手を離して、苦痛から解放してやるという選択肢が、頭の中でぼやけて、確かにそうすることも出来るはずなのに、そんな選択肢は存在しないみたいに思えた。

 そんな彼が最後に唯一出来たことは、自分が果てることを相手に伝えることだけだった。それを相手が受け入れようと、拒否しようと、もはやこの一瞬においては、彼が圧倒的に優位な力関係にあるのだから、どちらも同じことだ。それでも伝えた、それは最後の、良心なのだろうか。

 今度は声が聞こえたわけではなく、表情は依然として見えないままだけれど。しかしなぜだか、「いいよ」と、彼女が受け入れてくれた気がした。

「うっ……!」

 白濁した欲望の塊を、快感のために散々痛めつけた相手の喉に打ち付ける。それも無意識に、一番奥まで飲み込ませた状態でそうしていた。彼女が息をしているかどうかなんて、精を吐き捨てている最中の彼には、考える由もなかった。

 全て出し終えたところで、ようやく我に返った彼は、手の中にあるものが恐ろしくなった。手を離せば、彼女はそのまま倒れて、そして、二度と目を覚まさないのでは……。興奮と快感に呑まれて、あの嘔吐き声がいつまで聞こえていたかさえ、記憶がはっきりしない。もしも彼女が途中でSOSを出していて、自分がそれに気付いていなかったら……。

 おそるおそる、手を離した。そうするしかないからだ。ずるぅ……とゆっくり、彼女の頭が引かれていく。やがて、人の口内に収まっていたとは信じられない長さの肉棒が、その先端まで姿を現した。全体を余さず覆ったべとべとの粘液が、彼女の唇との間に何本も繋がっている。

 目を閉じていた彼女が、ゆっくりとその瞼を開き、微笑んだ。

「ごちそうさまでした」

 少年は、いや、少年の体をした男は、自分が狂ってしまう気がした。彼はこの日初めて、自分の理性のほどに、底知れぬ不安を覚えたのだった。

 

 

 

 行為を終えて、衣服を着なおした二人の間には、透明な板があるかのようだった。板には小さな穴がいくつか円形に集合して空いているのだ。少年の表情は、まさにそのような、一時の快楽のために人を傷つけた結果、身柄を拘束された者のそれだった。

「なんと、お詫びすれば良いのか……」

 対して女の方、魔女は、絶叫アトラクションを一つ乗り終えたかのように清々しかった。

「いいって言ったでしょ! 全然いいんだよ、むしろ、ちゃんとしたいことしてくれてありがとう!」

「でも……」

「平気だって。ほら、ノーダメージ!」

 何事もなかったかのような魔女は、懸垂のようなポーズを取って、ほとんど無いように見える腕の筋肉をアピールしながら元気ハツラツなことをアピールしている。その温度差がまた、少年の方からすれば不安だった。シンプルに、無理をしているように見える。

 しかし事実として、魔女は本当にノーダメージだった。彼女は自分の体くらいいくらでも再生させられるので、身体的なダメージは何をされようと常にゼロなのである。そして苦痛を与えられたことによる精神的な傷は、そんな物は、まったく残っていない。残っていないどころか、そもそも傷など付いていない。

 いくらでも体を再生できる……というのは、彼女の能力を表すのに正確ではない。想像できることを全て実現する彼女にとって、体は治す物ではなく、乗り換える物なのだ。傷一つない体を生み出し、そこに自分の意識を移す。それが可能である彼女は、事実上の不老不死だ。何百年という時を生きる彼女には、それ相応に丈夫な精神が備わっている。そこに傷を付ける術は、少なくとも人間では用意できないだろう。

 が、それを少年に伝えたところで、大した意味はないだろうことも彼女は理解していた。少年は自責の念に苛まれているのであって、行ってしまったことそれ自体に対する罪悪感に苦しんでいるのであって、その行為によって起こった結果なんてものは、本質から遠いところにあるのだ……と理解していた。

 だから彼女は、少年の苦しみを紛らわす方法を一つしかしらない。苦しみを癒すのでも消すのでもなく、紛らわすその方法一つだけを、彼女は知っている。

「……正直ね」

 そう言葉をこぼすと、彼がびくっと反応して顔を上げたのがわかった。今、ものすごくつらかった……なんて嘘を言えば、簡単に彼の心へ、一生の傷を付けられるだろう。

「正直……?」

「正直、すごく興奮した。またやってほしい」

 誰も傷ついていないのに、勝手に罪悪感を抱いて、勝手に苦しむ相手にしてやれることは、一つだけ。欲望で罪悪感を上書きしてやること。その結果、もっと大きな罪悪感がやってくるとしても、またそれを上書きするしかない。

 彼女は思う。むしろそれ以外に、他人が彼へしてやれることなんてあるのだろうか。人間というのは、時々妙に脆い。それなりの良心と、度を超えたサド性を両方持ち合わせて、それで完成してしまった人間は、もはや成す術ないのではなかろうか。いつまでたっても抜け出せない恐れがあっても、いつか吹っ切れると信じて、上書きのループを提供するしかないのでは。本気で傷ついたことも、落ち込んだこともない彼女は、そう考える。

 彼女にも罪悪感はある、同情心もある。だからこそ、何も自分に利益があるわけではなくとも、同族に取って食われて捨てられた、哀れな人間の男を慰めているのだ。しかしやはり彼女には、誰も傷ついていないのに、それでも罪悪感を抱く人間の気持ちがわからなかった。彼女が少年を哀れに思うのは、彼が傷ついているように見えるからだ。

「君がしたくなった時でいいから、私のことを使って、好きなだけ気持ちよくなってほしい。……ダメかな」

 少年が、縋るような目で自分を見るのがわかった。これでいいと思った。

 そしてそれと同時に、なぜ彼が退行の魔女に捨てられたのかを察した。いくら自身の力で、あらゆる人間を子どもに出来るとはいえ、好みのタイプがそうゴロゴロと転がっているほど、あの魔女にとってもこの世界はそこまで甘くない。本当に気に入った相手ならば、何としてでも飼おうとするはずだ。成長すればまた子どもに戻して、飽きるまで何百年でも、永遠に。

 もとより子どもにさせられた大人なんて、社会でまともに生きられたものではない。実際に飼われた男たちのことも数名知っている。つまりここを訪ねてきた少年は、彼女のお気に召さず捨てられたのだ。それはなぜか?

 退行の魔女は、とても勝手なヤツだ。性的対象として子どもの体を選ぶくせに、性器だけは大人の物を望んでそのままにする。彼女は絶対に、本当の子どもを相手にしない。自分の力で大人を子どもに変えて、その「子どもになった大人」だけを愛する。

 そう、彼女は子どもが好きなのではない、一部を除いて、子どもの体が好きなのだ。彼女が子どもにした相手の性器ともう一つ、脳を大人のままにしておくのは、何も円滑なコミュニケーションを取るためや、その後の相手の人生を思ってやっていることじゃない。彼女は、子どもの体で、大人の思考を持った存在が好きなのだ。自分の力を行使する際子どもにせずにいる箇所は、全て自分の利害のためにそうしているのだ。

 だから、自分の欲望のために、ああまで相手を痛めつける行為を取ってしまう少年は、お気に召さなかったのだろう。酒に酔った彼が何をしたのかは知らないけれど、「幼稚で自己中心」と判断されたからこそ、実際に捨てられたのだ。

 大人がいつ何時も大人でいるなんて幻想だ。それがわからないから、彼女は様々な人間を子どもの体に変えては、気に入らなかったものを、こちらに送り付けてくる。数十年に一度のことなので、まだそれほど強く咎めてはいないけれど……。本当に幼稚なやつは一体誰なのか、いい加減言ってやるべきかどうか、少年を匿う魔女もまた迷い、答えを出しかねていた。

 ああ、かわいそうに。本当に、純粋にそう思って、魔女は少年の頭を撫でた。彼の小さな体を抱きしめた。かわいそうな彼には、自分を好きに扱う権利くらい与えられて、然るべきだと思えた。

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