はいはい、お薬出しておきますねー。 作:ぬらぬら棒
相撲の鍛錬は辛かったが、苦しくはなった。
その代わり、まわしを付ける時が辛いし苦しかった。
『おいおいおい! なんだその情っさけねぇモノ! 随分と可愛らしいでちゅね〜!』
着替え中に下衆な笑い声が反響する。
……下半身だけでなく、胸まで締め付けられている気分だ。
伝統のある競技、といえば聞こえはいいが、少なくとも俺のいた部屋は、極めて前時代的な上下関係や揶揄いが横行していた。
大なり小なり、どこでもよくある話だ。
それにたまたま主な標的になったのが、俺のイチモツだっただけのこと。
『男湯なのに何前隠してんだよ! どうせ皮被ってんなら隠したところで変わんねぇだろハハハハハッ!』
『衝撃与えてやればその皮も引っ込むんじゃねぇの? おい、みんな来いよ! 一列にならんでひとりずつビンタしてやろうぜ!』
位の高い先輩から同期まで便乗して、そんな“治療”が始まる。
煮えくり返りそうな腸を抱えながら、張り付いた笑顔で返していく。
『親方! こいつの名前がなんて───がいいんじゃないですか!』
『ははは! そりゃいいわい! 良かったな───! 似合いの四股名じゃねぇか!』
そんな仕打ちに耐え忍び、ようやく土俵に立てるようになった末に賜った名前すら、俺にとっては“
親方へ深々とお辞儀をしながら、歯を食いしばる。奥歯が砕けてもおかしくないほどに。
きっと、この瞬間からだろう。
こいつらに“
俺が弱いから?
──────ならば鍛えればいい。どんなやつが相手でも抵抗すらさせない圧倒的な肉体を持てばいい。
立場が低いから?
──────ならばのし上がればいい。それこそ、頂きに立てば誰もこんかナメた真似はしないだろうに。
ドス黒い感情に突き動かさられるように求めていき──────幸いにも結果はついてきた。
俺が勝ち上がる度に、表では我が物顔で誇らしく振る舞い、裏では化物を見るような目で見てくるやつら。
反吐が出る。
沢山の人に囲まれているはずなのに、結局のところ独りなのは変わらない。
けれど、なぜだろう。
こうして、今まで虐げてきたやつらが尻尾を振って媚を売ってくる様子を見下すのは──────
──────堪らなく、気持ちよかった。
◆◆◆
「手酷くやられたっすねー。こんな怪我人の行列作られると敗戦兵の末路って感じするっす」
「は? 負けてないが?」
「いや、ただの例え話なんすけど……突然キレてどうしたんすか? 更年期?」
おっといけない。
てっきり昨日の戦闘の結果のことを言われてしまったのかと勘違いしてしまった。
「……ごめんごめん、何でもないよ。あと私まだアラサーだよ? はっ倒すよ?」
「やっぱキレてるじゃないっすかー!」
隣に控えている女子生徒に謝罪し、気を取り直して目の前の患者の処置に集中する。
今日はいつもの診察室から離れ、島にある唯一の教育機関である“水乃月学園”にいる。
医者というのは、いつも病院にいるわけではない。非番の時以外にも、新しい技術を学ぶためのセミナーに足を運んだりと遠出をする時もある。
特に離島や山奥の田舎でよくあるのが、巡回による問診だ。年寄りばかりの限界集落などでは、足腰が弱い、寝たきり、エトセトラエトセトラ……と言った理由から通院できない人のために定期的に訪問による問診を制度化している自治体もある。
青藍島は若年層も多いのでかなりマシな方だが、集落にはそういった人も一定数住んでいる。そのため、当院では一週間に一度は医師による巡回を行っている。
今日は私の番で、巡回が終わった夕方ごろ、水乃月学園に呼び出されてしまい、こうして診察をしているわけだ。
「よし、これでリストに乗っている人たちの処置は全員完了かな」
「サーっす! 協力感謝っす!」
びしっ、と敬礼する腕章の女子生徒、スス子君に生徒の名簿を返す。彼女こそ、巡回中の私を呼び出した張本人だ。
心苦しいことなのか喜ばしいことなのか判断に迷うが、今の自分は真っ当な医療に従事していることを実感していた。
「いやー、やっぱり親方はすぐに診てくれてほんと助かるっす! 大病院の医者なんて全然来てくれないっすし、予約させてくれないっすし、そのくせにエラソーに金だけ取ろうとしてくるんすから!」
肩の力が抜けたのか、患者用の椅子に腰掛けるスス子君。
彼女が所属している風紀委員───SSには個人的な知り合いもいるので、何度か怪我人を診たこともある。なので、スス子君や他のSS隊員とはそれなりに顔見知りが多い。
「その大病院の先生たちがそっち系の病気対策をしっかりしてくれるから、この島の性産業は成り立ってるんだぞー」
「そうだよ、スス子君。僕のデータによれば、青藍島のここ2年間の性病発生率はジャンボジェットが墜落する確率とほぼ同じなんだ。これも本島───いや、世界各国から優秀な医者が来ているからこそなんだよ?」
噂をすれば、会話に介入する声が後ろから聞こえた。銀縁の眼鏡のフレームを触れながらタブレットを片手で持つ男子生徒の姿は知的な印象を与えてくる。
「ベルトさんのくせして確率なんて言葉出てくるなんて……今日は赤飯っすか?」
「ははは、それはいいね。赤飯なんて久しく食べてないから、僕のデータも今日の晩御飯は赤飯のお腹になってしまったって言ってるよ」
「前から思ってたけど、シュー君のデータってペットか何かなの?」
彼───シューベルト君もその一人だ。
情報収集が特技と自称しているが、そんな有益なデータがあった試しが……いや、さっきのは普通にデータキャラしてたな。今日は空からザーメンでも降るのかな。
「けど、今日は随分と怪我人が多いね。何かあったの?」
話題を変えて、素朴な疑問を投げかけた。
学園に来ると診察するのは自分の身を顧みない性産的行為による怪我ばかりだ。
しかし、今日はSS隊員……それなりの大人数の外傷が多い。骨折ほどの大事に至っている子はいなかったが、打撲、擦り傷、切り傷、一番酷いのは軽い脳震盪と言ったもの。
SSの訓練は過酷な内容だが、それでもあれらの傷は妙な印象を持ってしまう。
そんな疑問に、穏やかじゃない単語を携えて答えたのはスス子君だった。
「親方、知らないんすか? 最近、“
「反交尾勢力?」
曰く、この島のドスケベ条例に反して、性産的行為を逃れようとあれやこれやと画策してSHOやSSを出し抜いている勢力とか。
今日の隊員たちの怪我も、そんな“反交尾勢力”と学園の裏山で追いかけっこした結果によるものだそうだ。
「ただのデモ隊程度ならともかく、相手の装備が充実し過ぎているように感じる。裏で何者かが支援しているのかもしれないけど、これ以上は僕のデータにないね」
「さーすさーす! オペレーターとしては、夜で視界が最悪なのにあれだけのスムーズな連携とれるなんて、あいつらにもバックにオペレーターがいるしか考えられないっす!」
「ふーん」
困り果てたようにため息をつく二人を傍目に道具を片付ける。
……まあ、そう言った輩が出てくるのは無理もない。ドスケベ条例は“ドスケベセックスできる”と言った内容だが、実態はSHOやSSの存在によって“強制”と化している。
プラトニックな恋愛をしたい、婚前交渉は反対、なんて人間がいれば、条例違反として即刻拘束の上に断頭台に立たされて公開
そんな現状を目の当たりにされると、本島の偉い政治家や諸外国で賛否が問われるのも仕方ないとは思う。
「私としては君たちが怪我さえしなければそれでいいかな。頑張るのはいいけど、ほどほどにね」
「親方薄情っすー! スス子たちが夜に叩き起こされたりしてすーすー言ってるのに他人事みたいじゃないっすかー!」
スス子君からブーイングが飛んでくるが、仕方ない。いかんせん、私のような島に居ても個人的な理由から
「ごめんごめん。私を身内のように扱ってくれるのは嬉しいし、君たちが忙しそうなのは心が痛む。けど、あくまで伝手で診ている部外者に過ぎないからね。だから、これ以上は──────」
「っ、そうですね。少し話過ぎました。いやぁ、どうも先生相手だと、つい口を滑らしそうになってしまう。やっぱり、貴方は僕のデータ以上のことを簡単にやってのける」
「ま、ベルトさんのスカスカなデータはともかくとして、親方まで巻き込む話でもなかったっすね」
この場はもっともらしい詭弁で誤魔化すことにした。二人には悪いが、この秘密は文乃にも話していない。立場的にも心情的にも、知っているのは一部だけに留めたいのだ。
シュー君もスス子君もまっすぐな性格だから、打ち明けられないことにも心が痛むが、堪えるのは慣れている。
コンコン、と近くの窓から音が聞こえた。
「──────おっ、チュパちゃんが戻ってきたっす」
見れば、一羽のオウムが窓を突いていた。
スス子君の飼ってるオウムで、頭はいいんだけど……目が完全にキマってることと常にジュルジュル言ってるからちょっと怖い。
フェラチオウムという品種らしい。何だそれ。
……もう用は済んだし、そろそろ帰るとする。
「それじゃあ私はこの辺で。二人とも、良きデータを!」
「はい! 先生も良きデータを!」
「親方ばいびー……って、えっ、スス子もそれやんないといけないやつっすか……」
「ジュルルル! ハイカチ! オマエヨワヨワ! ジュルルルルルル!」
───いや、負けてないが。
二人と一匹に見送られて寮を出る。夕陽に照らされる時計台を見ると、いつもならもうすぐ退勤時間になる頃だった。
一旦病院に戻るのも億劫なので、今日はこのまま帰るとしよう。それまでどうやって時間を潰そうかと思考を巡らせる。
「あ、そうだ。せっかくだし」
思いつきで、校舎の入り口をくぐった。
一応招き入れられた側なので、これくらいは許されるだろうと思いながら生徒たちが使う下駄箱を通り抜ける。
「こらそこっ! 廊下はセックスする場所だと何度言えばわかる! 談笑に勤しむ暇があったら下駄箱から靴と上履きを出し入れするか、マンコにチンポを出し入れをしていろ!」
たわわに実った稲穂のような体位の変態交尾畑の中で、厳しい叱責が飛ぶ。
声の発信源に、私の目的はあった。
「おーい、教官殿ー」
「……何だその腑抜けた声は! 声までフニャチンとは随分粗末な──────っと、先生!?」
厳しい表情からは一転。
今度は慌てたように取り繕う一人の風紀委員。
彼女こそ、風紀委員長───SS二番隊隊長の糺川礼その人だった。
「こっここここれは失礼しました! その、診察はもう…………」
「もう終わったよ。幸い、みんな軽症だったから、二日くらい安静にしていればすぐに元通りさ」
「ありがとうございます! 今回も先生のお手を煩わせてしまい、申し訳ありません!」
深く、深くお辞儀する礼君を宥める。
礼君は私がSSの中で最も古い仲だ。彼女がきっかけで私はスス子君やシュー君といった他のSSとも知り合ったわけだ。
「最近、鍛え方が足りてなかったと常々痛感させられるばかりで……あいつらには今日から特別メニューを課すつもりです」
「話聞いてた?」
「ああいえ! もちろんそのつもりで、私が言ったのは心構えの話でええと…………」
あたふたしっぱなしの礼君を見ると、思わずこちらも笑いそうになる。
傍から見れば厳しいように見えるが、彼女にとってSS隊員は部下であるとともに家族同然の存在で、鬼教官になるのは無事にいて欲しい気持ちからくるものだ。それを知っているからこそ、私も今日のように隊員が怪我した時は診てあげたいと言う気持ちになれるのだ。
「その辺は立ち入るつもりはないよ。じゃあ、診察料は病院に直接お願いね」
「わかりました。しかし、いつもの代金でよろしいのですか? 今日は特に怪我人が多かったですし、何でしたら桐香様には私から……………」
「構わないよ。いつも見返りはもらっているし」
そう、きっちり私は見返りを貰っている。
実は、今日の診察はちょっとした契約に基づいている。
こちらの対価は、SS隊員を診察する際は診察料は定額にすること。
そして、その見返りは私を例外的に非性産者として扱わず性産的行為を免除すること。
いくら個人的な事情がドスケベの際に危険が伴うからと言って、取り締まる側には情状酌量の余地としては認められない。だからこそ、公的な後ろ盾を手に入れることにした。
無論、対価が明らかに私個人としての範疇を超えているが、それはSSのトップである生徒会長の計らいで解決した。
どうやったのか詳しく知らないが、表向きはこの島で発言力があるSHOから“要請”し、うちの病院が“受託”している形にしてしまった。これで裏で私が取引していることを傍からわからなくなったわけだ。よくもまあ個人で、特別秀でているような要素がない私にここまでしてくれたものだ。
「おい、見ろよ……あれ…………!」
ただ、問題点がひとつ。
たとえSSが知っていても、一般人にはその事情は適用されないと言うこと。
魔女裁判ではないが、誰かが私を“非性産者”として指差し、SHOが動き出せばたとえSSも手出しできなくなってしまう。SSはSHOから奨学金を受けて成り立っている以上、上位組織であるSHO相手には下手に出ざるを得ないのだ。
であれば、今度は世論を味方にする必要がある。そのためにあの生徒会長がやったことは─────────
「あの“ザ・ベスト種付けおじさん”の称号を持ちながら、心理催眠学の権威として名高い“先生”だぜ……!」
──────わけのわからない称号とわけのわからない噂を流すことだった。
いや待て、後者はともかく前者はどこから来た?
うちの病院か? またあの看護師が変な噂流したのか?
「ああ、生で見ると存在感が違うな……!」
「フッ、『不健全な体には、不健全な魂が宿る』と言うわけか……至言だな……」
「あんっ、目が合っちゃったぁ♡ あたし催眠かけられちゃったかも……♡ 感度が3000倍になったかもしれにゃ……くうっ♡ こんな催眠に屈するにゃんてぇ……♡」
「さすが先生! 一瞥するだけで完全催眠状態にするなんて……! くそっ、俺も負けてられねぇ! よし、進路は心理学催眠科の大学に決めたぜ!」
泣きそう。
「……やっぱりあの会長って人の心がないんじゃないか?」
「……すみません。桐香様曰く、やっぱりこうするのが一番効果的らしいんです」
いや、助かってるけど!
随分前に仙波さんが目を合わせただけで本当に催眠にかかっちゃったから、道端でSHOが絡んできても『今実験中だから話しかけるな』って言ったら素直に引いてくれるようになったけど! 単純にあの人が思い込み激しいだけなんだけど!
……それまで計算してやったとしたら、さすがにあの生徒会長を人として見れなくなるから考えないようにしてる。
いかん、生徒たちが集まってきた。
これ以上校内にいたらまた種付け依頼が来て腹パンしないといけなくなる…………。
「それじゃあ、私はこの辺で。
……今は忙しいかもしれないけど、落ち着いたらお母さんのところにも顔を出してあげなさい。不安なら私も付き添うから」
「っ! はい、ありがとうございます」
逃げるように立ち去り、校門前に抜け出す。気がつけばそろそろいい時間なので、さっさと家に帰って“
……昨日は○学生のメスガキだったし、今日はサキュバスのメスガキと対戦しようか。
そんなことを、考えていた時──────ふと、文乃の顔が頭に浮かんだ。
「あ、文乃にケーキ買っておこっと」
昨日、お菓子買ってあげるって思ってたことを実行しようと思い、帰り道の進路変更することにした。
◆◆◆
一方、学園の地下。
「諸君──────よく集まってくれた」
男の眼鏡が怪しく光る。
光の反射で、その目と奥底は見えない。
この青藍島で、新たな陰謀が動こうとしていた──────
「…………いや、何やってんのよ淳」
「橘くん、メガネがピカーってなってすっごい悪役ぽかったな! すごいすごい!」
「いやあ、このモニター付きのテーブル見たときからずっとやってみたかったんですよ」
「橘さん、たまに子供っぽくなりますよねー」
「お前は赤ちゃんの口みたいに何でもアナルにぶっこもうとする癖に何を言ってんだそろそろ養豚場にでも送りつけてやろうか?」
……訂正。
サブタイトルは礼先輩回なので思いっきりパクりました(告白)
今日は控えめな内容でしたね。
・先生
(他称)種付けおじさん。
(他称)心理催眠学の権威←new!
でも趣味は催眠音声収集なのであながち間違いではないのでは……?
・糺川礼
お前(過去が)重いんだよ!
オギャリスト、特撮オタ、ヒナミ会いたいbot……など酷い言われようだが、一応は常識人の分類。とある事件で緊急搬送された礼の母親絡みで先生と知り合い、入院費の工面とか病院の紹介とか姉弟たちの面倒やそれ以降のアフターケアなどを通して恩を感じている。そのため、先生も礼の家庭事情について知ってしまった模様。
・スス子
2で立ち絵キャラとして昇格したキャラその1。持ち前の物怖じしない性格から、先生のことは“親方”と呼んでよく絡む。どうしてルートがないんですか?
・シューベルト
NO DATA.
・橘淳之介
原作主人公。時系列的には文乃とも初対面を済まして裏風俗を潰すために動こうとしている頃。
・冷泉院桐香
件の生徒会長。礼の恩人ということで色々と頑張って立ち回ってくれた模様。しかし、(そんな風評被害作るなんて)ご冗談でしょう冷泉院さん……!?※なお本人は100%善意である。