ぼんやりと。
爽やかでなく、淀んだ目覚めだった。
そしてまとわりつくような重さは残った疲労だけでなく。
「……ふふ、ふ。……ん」
上に倒れこむようにべったりと密着し、よだれを垂らしている酒呑童子のものだった。
それでも整った顔は寝起きだろうが肉を食んでいるときだろうが変わらず。華がある、というべきか。
ともあれ仰向けのまま動けないままによくよく見ていると思い出したように肩や首筋に噛み付き、耳を舐めてくる。
じゃれつくような行為。
喉笛に噛み付かないあたりきちんとわかってやっているのか。
口が触れても温いタオルを当てられているような、感覚がどうにも薄れているあたりどれほど噛まれたのかはわからない。
酒呑童子はすぴーと間抜けにも聞こえる音を漏らしながら、口元に朱が混じる唾液をこびりつかせていた。
ぎゅうと抱きついたまま歯を食いこませるとそのまま歯茎の体操のように細かく動かし、そのまま止まる。
周囲に汚れとして白く、赤く。
幾重にも重なっていた。
そしてそれを目にしてようやくというか、痛いのかむずむずするのかで痛みが勝つような、朝もやの中でまどろんでいるような状態である。
「……」
目を閉じたままの酒呑童子。
呼吸でわかっていそうな彼女だけれど、あるいは儀礼的にだろうか。
とりあえず、と。
朝の挨拶をすると彼女の呼吸は一度、ぴたりと止まり。
ぱちぱちとわざとらしく、けれどそれが非常に似合うのが何とも言えないまばたきを何度か繰り返し。
ぐぱ、と難儀そうに口を開けて唾液が伸びるのをどう思ったのかしばらくもごもごと頬を膨らませてから。
「……おはようさん」
小さく、けだるげな声を出した。
酒呑童子は口の端からまた新たなよだれを垂らしながら、髪を頬に幾筋もつけてようやくと表情を崩した。
それでも体はくっついたままに。
互いの体温を共有するような、不思議な状態。
体を細かに震わせることはあってもまだ体重を預けたままで。
肩に手を置いて揺すっても色っぽく笑うだけで、頭を撫でてもより目を細めるだけ。
悪戯心をだして頬に手をやってみてもぺろりと舐められてしまう始末。
そうして試すことしばらく。
酒呑童子はもう満足したというふうにようやっと、いかにも面倒そうに体を起こした。
一晩中彼女と触れあっていた肌は固着したようにくっついたままであり、伸びてべりべりと剥がれるようだった。
「……あぁ、はぁ。残念やわぁ」
酒呑童子は一度ため息をつき、少し離れるともういつものようだった。
肌は赤らんでいるだろうか。
彼女のことを思って見たはずだけれど、見えた乳首に申し訳なく思ってしまった。
慌てて目を反らしはしたものの、剥がれたのは上半身だけで酒呑童子はこっちの上半身に手を置いて、ごく近い距離のままからかうような目つきで体を揺らしている。
自らの裸体を隠そうともしない。
鎖骨と胸と、小さな肩回りだけで十分以上の色香を放っているのだから当然かもしれないけれど。
「うふふ」
何が楽しいのか笑う彼女を見つめているとぐい、と急に顔が近付いてきた。
髪が一度ふうわり揺れて、落ち着くまでは一瞬。
治りかけの頬をぞろりと舐められて、痛みに眉を顰める。
べぇの下品に伸ばした彼女の舌には赤の薄い皮膚と肉が乗り、そのまま舌だけをしまうように口の中へと。
そして、杯を傾ける。
「ん、ん。……はぁ。……ああ、おいし」
ごくり、と。
一息にどれほどの酒が彼女の喉に流し込まれたのか。
美味しそうに笑って、さして酔ってもいないのにぐるりと一度首を回して砕けた表情を浮かべた。
ほうと細く長い息からは濃厚な酒の香り。
吐き出すのすら心地よいのか、その分大きく吸う空気が何よりの美味であるのか。
ともあれじろりと見つめてみても意にも介さずそのまま自分の血肉をつまみに酒を飲み続ける彼女に、つい朝からの飲酒について、口に出していた。
「……」
少し、変な発言だったろうか。
酒呑童子はきょとんとして、くしゃりと表情を歪めて笑いをこらえるように頭を下げた。
「……あは、は。確かになぁ、ふ、ふふ」
笑っている間も杯は揺れている。
こうしていると子どもっぽく、素直であるようにも思えた。
それもわずかな時間だった。
表情はまた妖艶さを醸し出し、もういいのか杯をどこかに仕舞いこんで今度はその酒臭い口で、ぐいと鼻と鼻を突き合わせてきた。
赤い唇は半開きのまま奥の舌が揺れているのが目に入る。
酒呑童子は口の中にまだ酒が残っているのかという熱気に満ちた息を漂わせながら、たっぷり息を吸い込んだと思えば。
「ほな、旦那はんが酔わせてくれはる?」
と。
耳元で吐息交じりに囁いた。
唇に指先を当て、その赤い肉をめくり中の唾液で光る唇の裏を見せつけるように。
そして見える白い歯と、うねる舌。
「肉もええけど。……あまぁいの、ほしいわぁ」
べろりと口の周りを舐め、催促するように。
まっすぐな瞳を向ける彼女に向けて、重い手を持ち上げる。
指先を頬に当て、頬の輪郭をなぞるように。
角に注意して彼女の頭にそっと手を乗せて。
柔らかな髪を何度も手でくしけずって、そして。
「……ん」
ちゅっ、と。
触れた。
我ながら随分と控えめだと思う。唇を当てるだけのそれ。
匂いと手に触れる髪の滑らかさ。
触れるまでにずっと開ききったままの、酒呑童子の瞳。
彼女の唇に残った酒自体は残り香も残り香。
それでも、すべてに酔うようであった。
至近距離で呼吸すればするほど胸がひどく高鳴り、紅潮する自分の顔を感じ取れる。
彼女は唇を小さく動かしはしたがなるがままでいてくれて、それがいつまでも続く。
呼吸は、ゆっくりと。
緊張状態のまま彼女に触れた手をなるべく動かさないように。
固まった彫像のように。
しかしそれにも限界は来た。
「――はぁ」
ふっ、と。
触れたときのように柔らかく。
二人の距離は離れてしまった。
か細い、風で揺らぐような糸もすぐに落ち、ふはと息を吐く。
「……ここで一献、ふふ」
あ、と文句を言う前に酒呑童子は口付けをつまみにするように酒を口にした。
離れた後の表情の変化は見ることができず、残念に思いながら真っ白な喉を見つめる。
美味しそうに飲んでいる姿と、息を吐く姿は先ほどと同様。
しかし、先ほどよりもいくらか酔ったような、そんな目に期待が見えた。
「ふふ。どないしはったん?」
やけに熱い頬をすりつけてくる。
ぷにぷにと柔らかいその形が変わるくらい乱雑に、子どもが甘えるように。
しかし彼女からの口付けはなく。
手持無沙汰というふうに上半身をまさぐってきた。
指先で文字を描くように。触れるか触れないかのタッチ。
至近距離の顔はときおり離れてはもご、と口内を舌で舐めまわして行動を待っている。
耳に吹きかけられるたっぷりの熱が込められた息。
喉を鳴らして唾液を飲み込み、舌を見せつける。
「これでええ? もっと?」
要は、キスしやすくしてあげたということなのだろう。
次は指先を見せつけるように伸ばし、ずるりと舌を巻きつけて、舐めしゃぶる。
べろんと舐めあげたときは唾液の滴が飛び、ぴんと立てた指をつんつんと舌で押した。
また、喉を鳴らす。
唾液を分泌させて飲み込み、飲み込み。
口内を丁寧に綺麗にしていく。
「どない?」
酒呑童子は赤々とした口内を広げた。
舌の先を揺らしてその唾液の粘りを見せつけ、糸を引くその唾液まみれのそこを晒し続けている。
まだか、ということだろう。
その舌先に滴が溜まり、蛇のように首を振り。
「……ふふ、れぇ、ろ。ん……ちゅっ。……ん……は、ふ……んっ」
舌が、絡んだ。
伸びた舌から唾液が落ちる前に。
そのままに彼女の頭を寄せると、舌が先に触れた。
小さく口を開けていると彼女の舌は唇を這い、さらに顔が近付くその前に滑り込んできた。
反射的に舌をひっこめると追って、捕食者のようにぴたりと合わせて。
ちゅう、と唇が触れると舌は中をうねり、舐め、持ち上げ、なぞり。
「……ん……はぁ……ぷは。はぁ……旦那はん? もっと、味わって、な」
どろり、と。
甘い唾液が流れ込んできた。
仰向けでは少々難儀するそれを口内に留めようと努める。
しかし口の中に留めていると酒呑童子の舌がより深く伸び、撹拌するように口内を這いずり、ひくつくように舌が勝手に動く。
少しずつ、少しずつと溺れるようにして飲み下していくと、自分の喉の音がやけに大きく聞こえた。
匂いが混ざり、無理やり鼻腔が彼女で満たされるような感覚。
ごくり、という音がゆっくりと、はっきりと。
その間も酒呑童子は唇を甘噛みし全部を味わうように、楽しむようにして噛んでは舌で唇の溝をなぞって遊んでいた。
「べぇ……ちゅ、ちゅう……は、あは、その顔。ふふ……もっと、あ……ん、む、ふっ……」
いつまで続いたろうか。
はふ、と口が離れると熱気が目に見えるようだった。
唇の周りはべとべとになって、汁気たっぷりの果物を豪快にかじったときのようだ。
その香気は完熟した桃よりも芳醇で、溶けるような柔らかさを持ったどこか危うさがある。
ぼんやりと、酒呑童子に酔って。
落ち着こうと呼吸するほど全身が痺れるようで。
それでも。
朝だということを頭の片隅からなんとかひっぱりだした。
「……もう。いけず」
さすがに長時間は、となんとかぎりぎりだった。
いや、逃げられたとは思っていないけれどそう思うことでなんとか奥歯を数度鳴らして脳に現実感を取り戻させる。
とりあえずシャワーを浴びよう。
腰の上でニヤニヤ笑う彼女にそう提案して、話を切り上げる。
しかし彼女は不思議と特に何かするでもなく佇んでいて。
もう一度口にして、どけてもらおうとすると。
「旦那はん? そういう趣味はあかんよ?」
あらまぁ、と頬に手を当てて、酒呑童子はそんなことを言った。
もう、というたしなめるような言葉に首をかしげて重ねてお願いをする。
そうしてようやく体をずらしてくれという言葉にうなずいた彼女。
しかし。
「そない言われたら、ええけど」
とぼけたような彼女になんとなく。
感覚のない下半身に今さら目をやった。
「ふふふ」
酒呑童子の存在感は凄まじい。
色々な意味で目が離せず、ぼやけた朝ともなればそれはもうたまらない。
だからよく見ていなかった。
最も密着している場所を。
「……ん」
ずるり、と。
半勃ちの肉竿が彼女の膣から抜け落ちていくところが、ひどくゆっくりと見えた。
「あは、ほんま、えげつないお人やわぁ」
溢れては渇きを繰り返した皮膚と陰毛が剥がれる。
色を帯びたような、濃密なひどい臭いを伴った精の雲のような湯気。
むわ、と湧いて空気に溶けて、部屋を満たす。
竿にはもう固形のようにこびりついた白い混合液がぬめり、てかって。
酒呑童子の膣口からはぼとぼとといやらしい音を立てながら精液があふれ出た。
「ふふ、見たかったんやろ? うちのこんなとこ。……ああ、旦那はんのでいじめられて、こんな音立てて、ああ、恥ずかし」
笑う。
恥ずかしいと言いながらも秘所を隠そうともせず、したたる滴を抑えもせず。
粘りのある糸はいまだに彼女と落ちた精液が繋いでいる。
だまがまた一つ落ちては臭いを広げて、部屋に満ちるように。
唾液を飲み込む。
酒呑童子の両手で押さえつけられているようで、それでも軽さゆえかまるで気にならない。
足は騎乗位から肉竿を抜き取って、そのままがに股に開いたままに。
押し付けられる体重を気にすることもなく、汗ばんだ肌に見惚れていた。
「はぁ、そないに見つめて。……ふふ」
浮いた酒呑童子の腰がわずかに落ちる。
精子が付いた女性器が揺れて、よだれを揺らしている。
それをわざとらしくしっかりとした下半身に力を入れて、息を吐く。
「どろぉり、たっぷり。余さず、うちの」
彼女の片手だけがつつと下腹部へと降りていく。
乾き軋んだ陰毛を越えて、愛液と精液の混合物を手のひらに迎えた。
掬いきれないものは指の隙間に膜を作り、支えきれないものは破って落ちていく。
「あー、ん」
体を少し起こした彼女の全身がよく見えた。
控えめな乳房。
するりとした腹。
下腹部だけが歪に光り。
白く汚れた手を顔の前に持ち上げた。
「ぴちゃ、れろ、あー……は、あむ」
ごくんと、小さな体全身で味わっているのを見せつけるように。
ぶるりと全身が揺れて胸は張り、へそが一瞬へこんでまた膨らむ。
ぺろ、ぴちゃ。
ぺろ、ぴちゃ。
口の周りにべっとりと白い液体をつけて、舐めるというよりは顔全体を押し付けるように。
唾液の量が精液を越えたら、また股間に手を落とし。
「はぁ……ふふ、ふふふふ」
もっと見てほしいとばかりに甘えた息で。
ふとももに力が入っている。
筋が入り、精一杯というふうに。
腹筋も硬く表面を張り詰めさせて。
少しでもと精を集めて。
また、と彼女はそれを口に運んだ。
手のひらからこぼれ落ちたそれが手首を滑り、その水をはじく肌は水と同じように精を肘へと。
ぼうっと見ている間も汗か体液か、溢れては弾けて。
だんだんと、熱がもどってきた。
股間に火が灯るようにゆっくりと持ち上がって。
「……うふふ」
媚びた目で、見つめられた。
はっはっと細かい息はわざとだろう。いや、同じく、興奮しているのか。
それでも見ずにはいられない。
「……」
さすがに、二度目となると彼女に飲み込まれそうになる。
太ももに乱暴に手をかけ、腰を突きあげればそれだけで最高の快楽だろう。
しかし。
手を伸ばしかけて、瞬間。
声がした。
「……んー、野暮やなぁ」
どうやら来客のようだった。
まさに冷や水を浴びせられた、という言葉の通りにすっかり空気は変わり。
酒呑童子は表情が抜け落ちたようにつまらなそうな、色のない声を出した。
その目はひどく恐ろしくはあったが、こちらの目線に気が付くとまたぱっと笑顔に変わる。そのことの方が怖い気もする。
大丈夫ではあろうが穏便に済ませるためにはどうしようか、このまま不作法に声だけ交わしてうまく、と思ったところで酒呑童子はひょいと立ち上がり、戸口に向かった。
自然なその姿は何か、別の美しさがある。
股ぐらから白い糸を垂らしていても、どこか冷徹であるというか、絵画のように隔絶した印象というべきか。
と、そこでやっと気が付き、彼女を止めることができた。
さすがに全裸は色々と問題がある。
「冗談、冗談。これでええんやろ?」
酒呑童子は存外素直だった。
バスタオルをぐるぐると巻きつけ、端っこをちょんとつまんでひらひらと揺らしている。
普段よりもだいぶ露出度が低いのではないか。
うんと頷き、にやにやと笑う彼女に疑問を抱いて。
「旦那はんもほんま、かいらしいわぁ」
彼女の言葉にあ、と理解して。
赤くなってしまった。
そのあとすぐに聞こえた来訪者の叫びもどこか遠くの出来事のようだ。
朝、起こしに来てくれた誰か。
ワルキューレのスルーズだろうか。
それは普段の彼女とは違う、頭のてっぺんから飛び出すような音であった。
そんな残響に頭を巡らせながら。
「……もう別なひとのこと考えてるん? ふふ」
またすりすりと体を寄せてきた酒呑童子から意識を外しつつ、なおかつ邪険にしないように頭を撫でた。
ごまかすように。
しかし彼女もごまかされてくれている。
ペットのように大人しく撫でられて。けれどその目は鋭く。
「ちゃあんと可愛がってあげてな? けど、まぁ。今はうちだけ」
うちは旦那はんだけやさかい。
笑い交じりに呟く酒呑童子。
その目が暗闇に光る肉食動物の瞳のようで、背中が冷たくなった。
そうして。
股間の昂りが自然に収まる程度の時間を過ごしてからシャワーを浴びた。
当然気持ちよくはあったのだけれど、ごく近い距離で、しかしもうそういう空気ではない。というふうに体を洗う彼女の姿に妙に興奮してしまって、してやられたような気持ちになった。