息がこぼれて。
あ、と切れ目のように目が覚めた。
疲れを残した朝特有の雰囲気。
暖かさに目を開けると、抱き枕のようにスルーズを抱きしめていた。
ぼんやりとした頭に昨日のことが再生されて気恥ずかしくはなったものの、すぐそばの熱で割と落ち着くことができた、ような気がする。
昨日はしばらく彼女に見とれていて、やがてそのまま体重を預けるように絡み合い眠ってしまった。
胸に抱き寄せ、密着したまま朝を迎えて、今。
「…………」
静かに穏やかに。
目を閉じすやすやと眠っているスルーズ。
自分の方が先に目覚めたようで、彼女はゆるやかに胸を上下している。
その様子を見つめながら抱きしめていた片手をそっとずらし。
体には不用意に触れないように注意しながらゆっくりと、彼女の手に重ねてみる。
自分でやって、自分で温度に驚くようにおっかなびっくり。
数度指先で触れるか触れないかとてのひらを閉じてはまた重ね、そうして。
手を握った。
胸がどきどきと高鳴る。
呼吸をして、落ち着こうとすると。
きゅっ、と。
彼女もまた、無意識にかやんわりと握り返してくれて。
ただただぼんやりとそれを繰り返していた。
「…………ぁ」
目を閉じて、遊ぶよう。
頼りになる姿と比べて随分と小さいように思える、柔らかな手。
わざとこするように、やんわり押し付けるようにと色々試して。
そのうち帰ってくる力がだんだんとはっきりしてくる。
気のせいだと寝ぼけた頭でそれを繰り返し。
「――おはようございます」
顔をあげたスルーズと目が合った。
自然な笑みで、目を細めて穏やかに。
それでも頬だけは果実のように赤く。
挨拶を返すとなんだか恥ずかしくなって、照れ隠しをしようにも今さら離れると邪険にしているようで。
「ふふ」
ぎゅっ、と。
彼女に握られた手を同じくらいの力で握り返し、ごまかし笑った。
そうしてお互い見つめ合って握り合う手の強弱だけで何か、信号でも出すように。
また繰り返し、繰り返し。
それに飽きるとスルーズは柔らかな頬をぺたんと押し付けてきた。
ぐりぐりと寝ぼけた子どものようにこすりつけている。
「……は、ぁ」
髪の毛が数本乱雑に橋のように曲がって、ぴんと跳ねた。
頭を撫でる。
細められた目がいたずらっぽく笑っているようでなんとなくこそばゆい。
くしゃりと強めに撫でてもその様子は変わらず、内心申し訳なく思いながら髪を整える。
その間の無言にあやしているような気分で、おかしくなって。
いつまでもそのままでいられそうなまま気分になっていた。
けれど。
「…………」
ふ、と。
急にスルーズが表情に影を落とした。
「昨晩は申し訳ありませんでした。その、気が急いてしまって」
突然の言葉。
低いトーンの謝罪に撫でる手はそのままにとんでもない、嬉しかったなどとあれこれ言っても表情は一瞬だけ明るさを取り戻し、すぐに暗く。
沈み落ちていくように。
彼女は申し訳ありませんともう一度呟き。
そして、沈黙が部屋を覆った。
震えてさえいる。
ぎゅうと強く顔を押し付けて、呼吸はひそめるようで。汗はいやに冷たく。
胸の中で自分に対して言うようにスルーズは一言一言、汚泥を吐き出すように。
ゆっくりとこぼした。
「……この謝罪はきっと、自分のためのものです。私は今、間違いなく幸福で、ですがどこかに何か、不安と呼ばれるものを抱えています。勝手な行動で、一人舞い上がっているのではないか、そんな、思いが」
目線をかたくなに合わせず。
肌は急に青白くなったようだ。
「貴方に嫌われたくないと、ただそのために。私は自らのために許しの言葉を期待しました。この、形のない不安を解消するために。……そして、貴方は私の望むままに。だから」
私は、と口を開いたままノイズのように息を漏らし、止まるスルーズ。
水中でもがくようなそんな彼女を強く抱きしめていた。
そのくらい、と流せないのはワルキューレだからか、彼女だからか。
一足飛びで積み上げたからか、不安定な感情に支配されているのか。
さしたる抵抗も見せない姿に胸が締め付けられた。
「…………」
弱った姿に言葉を選ぶのではなく、ただ。
伝えた。
名前を呼ばれただけでびくりと肩を揺らすスルーズに次々と好意の感情を。そしてもっと自分をと、わがままであっていいと。
数値化できないものに戸惑い迷うならば口に出して、行動に移して求めてほしいと。
そうしたあるいは押し付けである自分のわがままのためにスルーズを抱きしめ、伝え続けた。
髪を褒めるとわずかにみじろぎ。
我慢して欲しいとわざと強めにいうと力が抜けて、くたりと体重を感じる。
体にべたべた障ることはしないけれど耳元に息を吹きかけるように。
どんな言葉にも打てば響くように反応をくれるスルーズ。
彼女の何か言いたげな、困ったふうな表情で放ちかけた言葉を封殺して、ただただ思いを詰め込むように。
そうして。
だから、と。
「……はい」
腕を緩める。
もっとわがままを言ってほしいというわがままに、スルーズは血色を取り戻したような顔色で、反動のように顔を赤くしていた。
申し訳なさそうに、それでも嬉しそうに。
そしてどうか、と頭に付けてもう一度言葉に出すと彼女はこくりと小さく頷き、今度は不安ではなく。
表情に熱をこめて口を開いた。
「ありがとうございます。私は、いまだうまく言語化できない何かに振り回され、こうしてご迷惑をおかけしています。貴方の言葉に従うのは嬉しく、けれど私が貴方に何か強いることにはひどく恐れを抱いています。……手を、握っていただけますか」
強く、手を握る。
震えを止めるように。
「私は今、貴方と離れたくないと、そう強く思っています。もっと触れ合い、言葉を交わしたい。いまだ理解し得ない熱を千に、万に解きほぐし。貴方と共に一つ一つ、紡ぎたいと望んでいます」
スルーズは唾液を飲み込むように顎を引いて、息をすうと吸い込む。
「そしてどうか、叶うのならば。ずっと、おそばに。……たとえ、たとえ。離れろと命令されたとしても。私は」
耳まで赤い彼女。
言い切って、パンクしてしまったのかぎゅうと目を閉じて密着してきた彼女。
その髪をすくいとり、指先で流す。
汗みずくになって抱き合って今になっても輝きを失わないその金糸の滑らかさに感動しながら。
頷き、言葉にした。
「――あ」
すう、と。
力が抜けて、吐息を感じる。
安心したように長く、長く。
そうして湯気でもでそうな状態のスルーズは固まったようで、それでも嬉しさが滲むようだった。
「…………」
そのまま、しん、と。
朝特有の爽やかな静けさを今さら感じていた。
騒がしさの前兆のようなものも。
ああ、そういえばと今さらに思った。
彼女が落ち着くまでじっとそばにいようと思っても、冷静な部分が警告している。
午前中は自由だったか、何か用事はないか頭を巡らせ。
寝起きに迎えに来てくれる色々な人物を頭に浮かべてさてはてと悩む。
穏当にすませられる相手ならばともかく爆発するような、具体的なイメージが浮かび。
けれど、騒がしさは雪に吸われたように訪れることはなかった。
かすかにブリュンヒルデの穏やかな声が聞こえた気がしたけれど、はたして気のせいかどうなのか。
「……は、ぁ」
そんなことを気にする前にある程度落ち着いたのか、スルーズの指先がぬくもりを移してきた。
体の表面をなぞるように、確かめるように。
「さ、触っても、よろしいでしょうか」
もう落ち着いたのかと思ったら、別な方向にというべきか。
なんとなく高揚したふうにスルーズ。
頷くと手のひらで押し込むようにしている。
「…………」
真剣な表情のままむむと体をまさぐるさまは何とも言えない気分になって。
ぐにぐに、ぺとぺと。
あちこち触って当然。
「ひゃっ、わっ」
それはついに下腹部に達した。
朝ということ以上にそばの女性のおかげで元気に勃起していた肉竿に不意に触れて、そのまま離した手が宙をさまよっている。
ずっと顔を見ていた視線が下に降りて、すぐにそらされた。
「こ、これは、その」
年若いうぶな少女のように。
ちらりと見たからと慣れるものではなかったろうか。
とりあえずと呟いたスルーズに興奮してしまった、という言葉はあまりにも素直であったけれど、必要だろうと思った。
瞬間、彼女は機械のようにかちこちと表情をこわばらせ。
「……では。……あ、の」
どうしたら、よいのでしょうか。
呟く彼女はぷしゅうとしぼんで、消えてしまいたいというふうであった。
なんというか、申し訳ないというべきか。
よしここはと頷き。
せっかくだからと。
シャワーを二人浴びることになった。
「……失礼します」
教えるにしてもまずは裸に慣れてもらって、いやそれなら汚れているのは、と。
それぞれ浴びようかと思ったけれど、彼女はついてきていた。
霊体化、なんて言葉が頭に浮かんだけれど。
スルーズは特に何も言うことはなく、バスルームへと一歩進んで。
ちら、とこちらを見た。
「…………」
視界の端に入れていたのがバレたか、と目をそらしても視線を感じる。
勃起はなるべく隠すようにひけた腰が情けない。
バスタオルを巻いた姿がそれだけなのに目に焼き付いて。
あらわになっていた首から肩へのラインがひどく目に毒だった。
「まずは全体を流しましょう。温度にご注意を」
とりあえずと体を綺麗にしようということで雑なほどに石鹸を泡立たせる。
シャワーと無数の泡。
膨らんだ泡は水音と共にはじけ、余ったものは壁に丸く張り付き、重なり潰れる。
「……その」
湯気と水が視界をわずかに邪魔していく。
照れ隠しのような乱暴な洗い方で自分の肌をこすっていると。
彼女の声がやけにはっきりと聞こえた。
スルーズは視線が彼女を捉えた瞬間、きゅっとバスタオルの端を握りしめ。
染み込んだ温水がにじみ指の隙間から水滴を吐き出す前に。
バスタオルをほどいた。
「どこか、おかしなところは、ありません、でしょう、か」
肌を滑り落ちるように。
水を含んだタオルは彼女の指先の動きだけでたちまち落ち。
スルーズは何か懇願するような目で、水音でかき消えるような音で呟き、その裸身をさらした。
「…………」
下品過ぎない乳房がはっきりと見える。
肌は水を弾き、つんと立つ桜色。
髪の毛が張り付いてさざなみのように。
赤くなっているのはシャワーの熱だけではないだろう。
くびれ、へそ、そしてその下。
余すところなく見て、喉がなり。
思わず手が伸びていた。
「……ぁ」
触れた。
表面をつたう水を手が邪魔をする。
お腹を撫で、なるべく力が入らないように。
円を描くように手首だけを返して、指だけで表面を撫でた。
水面から光の膜をすくい取るように。
そういえば痛くなったりはしていないのだろうか、と頭に浮かんだ言葉をそのまま水のように垂れ流す。
触れながら問うとなんだか逆に恥ずかしいという気持ちになった。
のだけれど。
「……は、ぁ。……いえ、少しの違和感がある程度で。……え、と、むしろ。……喜びを、感じています」
大切な思い出を愛でている、スルーズはそんな顔を浮かべていた。
うわ、と。
ぞわりと全身に痺れるような感覚が走る。
思わず力が入り、ついと押してしまった。
ふっと息が漏れて体全体がぶるりと震えて。
そのおいたに、スルーズの手も伸びてきた。
「……わ」
彼女の手は股間に伸びて、すでに勃起していたものに手をかざす。
水が伝わり落ちて太い雨を降らせて肉棒が遊ばれるように揺れていた。
「あ……勝手がわからず、その」
はっきりとは見えていないからか多少は平気なようだ。
泡交じりですべって形を捉えにくいのもよかったか。
もちろん、それだけで吐き出してしまいそうで、股間にばかり熱がいかない今の状況に感謝し。
近付き、窮屈なまま彼女の体を撫で続けながら、とりあえずと彼女に任せた。
「はい。……む。っあ、と」
亀頭にスルーズの手のひらがかぶさり、跳ねたそれを抑える。
もう片方の手も伸びて、それは支えるだけに留まった。
シャワーの熱が互いの間を埋めるように落ちていく。
「つ、続けます」
石鹸の泡がつるりと滑り、気持ち、強く。
ぴくりと震える彼女と力の入る手、しかしぬるりと鈍い快感があった。
「痛くはありませんか?」
ゆるゆると。
形は手淫らしくなっていても五指で撫でるような、気持ちよさは十分でないものであった。
しかし真剣で、その最中もやめどきを失い彼女の下腹に触れたままで、体をまさぐられて色が混じる表情にそれだけで達することができそうだ。
胸に触ってみたくともいま触れると飛び跳ねてしまいそうな、そんなバランス。
湯気と水が手淫の音をかき消し、彼女の羞恥心を和らげているのか。
一時的に大胆になっているだけか。
いたずらに撫でていて、ついと不快かどうか聞くとスルーズはふるふるとしっかりと意思表示をして見せた。
「……いいえ。快感が、心地よく。触れられているだけで、敏感になっているようです」
つつ、と子宮の上あたりを撫で、指を沈めるように。
もちろんただ滑るにとどまっても、彼女の体は昨日の絶頂の名残か快感を得ているようだった。
そうして、一度手を離すと少しがっかりした声が漏れた。
ぞくりと背筋に何か快感が走り、もう少しいじめたいという気持ちになり。
手が女性器へと伸びた。
「ぁ、ふ。……あまり、そこ、は」
横から入れような動作にスルーズは体を斜めに、自然とやりやすいように動かしてくれた。
その分彼女の手は乱雑に。
手のひらで圧迫し、性器と体で挟むようになっていた。
そのまま互いにふれあい、磨き上げるような手首の動きにもっと、とつたえると丁寧に、まっすぐに。
それを好ましく思いながらも指は意地悪く彼女の膣内に滑り込んだ。
くい、と腰が引けたのを目で制すとおずおずと。
言い訳をするように腰が揺れた。
お互い立ったままの状態で手のひらで持ち上げるように水を受け止めながら。
愛撫をする。
「……はぁ、ん、あっ」
バスタオルは床に落ちてただ水音をなだめていた。
膣はぬめりを帯びて、撫でるようにゆったりと動かすとまぶしたように指先が重くなるような気がする。
嬌声がかすかに混ざる。
スルーズは頭を垂らすようにして、髪の毛が重そうに水気を含んで。
「……ッ……ぁ」
うなるように、低い声を漏らした。
膣壁がうごめき、愛液を吐く。
けれど糸引く前に水がかかり、流れる。
「……私も、ぁ、は。……存分に、どうか、お願い、します」
長い後戯の続きなのだろう。
水を感じながらのキス。
膨らんだ泡がどこかに当たって、石鹸臭いようなそんな気分。
穏やかに、どろどろと。
達するときもぬるま湯のようだった。
「……はっ、イッ、あっ、ふ……ぁ」
吐精の震えと、彼女の絶頂を互いに交換し。
しばらくの間、そのまま互いを洗っていた。
「……のぼせては、いけませんから」
一息ついて、お互いが性器から手を離すまでにしばらくの時間がかかった。
終わって、顔を合わせることの恥ずかしさ。
それからはいそいそと。
お互い綺麗にして、血と汗ともろもろで汚れたシーツを掃除して。
「今回は、その、暴走してしまいましたが」
こほん、と咳払い。
「公私をしっかり分けて、です、ね。……あっ」
最後にキスをして、部屋を出た。
少々遅れた一日のはじまり。
その後は普段のスルーズに戻っていた。
クールで、真面目で。
それでも。
わずかに滲む細かなもの。
距離の近さ。
いつもよりも近くで、けれどいつものように真面目で無言なのが余計に威圧感というか、少しばかり気圧されるというか。
ゲームをしよう、というときもソファーで隣に座り。
密着はしない、けれど。
ソファーに置いた指先がこっちの指先とかすかに触れるか触れないかの場所で沈んでいた。
一緒に空いた時間に読書をしているときも隣に座って、椅子の位置をわずかにずらしていたり。
ずっとそんな調子だった。
そんなわけで二人きりになった瞬間、スルーズに対して責任! という言葉が浮かんで。
すぐに伝えてみた、のだけれど。
彼女はぱっと嬉しそうに微笑んで、けれどすぐに真面目な顔で頷き。
「はい。巴御前の話ですと、その。……つ、妻、同士の関係は複雑で難しいようですが。全力を尽くしたいと思います」
と。
ぐ、と手を握り妙なテンションでよくわからないことを言って。
思考が停止し、遅れて気が付いて色々言ったころにはもうわかっていますと暖かい視線を向けられるばかりだった。
さらにはどこからかありもしない酒呑童子の視線を感じて言葉に詰まり。
現実逃避しながらダ・ヴィンチちゃんに相談すると。
万能の人はまばたきするほどの時間だけ視線をそらし。一言では表せない表情で頑張ってね、と。
数えきれないほどの意味がこもっていそうな言葉を呟いて。
それで話は終わったのだった。