「注文通り用意したが……本当にこの娘も戦わせるのか?」
「私から離れないのだから仕方ない」
ミスティルが方針を固めてから数日後、鍛冶屋にて。
彼女はリリィのための装備を受け取りに来ていた。
「……」
「相も変わらず、ぼうっとしとるのぅ」
「たまに正気に戻るから問題ない」
現在の肉体の割り当てはミスティルが
「正気に戻っている時に受け取りに来てくれたら、ワシも安心できるのじゃが」
「細かな調整ならこいつひとりで行かせた時に終わっているはずだ。後は支払いを済ますだけだ。そこに何の不都合がある?」
「お主も相変わらず横暴だの。少しはこの娘の謙虚さを真似れば、かわい
ミスティルはそう
真似も正気も中の
本体を
単独で出歩ける日は魔物が昼寝をした日だったなと思いながら、彼女は支払いを済ませた。
「──ここで装備していくかい?」
「更衣室を借りる。覗いたら斬る」
「なんじゃ、つまらんのぅ」
ジジイのブラックジョークに睨みを利かせるミスティルだったが、ジジイも本気ではない。
リリィの小さなお尻も胸の膨らみも細い腰でさえ、専用防具を打つうえで知り尽くした情報だ。
もっと言うなら、棒状の物を握ったときの手のひらの開き具合までも記憶している。
採寸には参加できなかったものの、どんな身体つきをした少女なのか武具を通して知っている。
その気になれば
創造力豊かな、とんでもない変態ジジイである。
だがそれも
鍛冶屋の腕前はもちろんのこと、この配慮も彼女は気に入っている。
「さて──……
ミスティルはリリィを抱きしめると、肉体の交換を小さく命じた。
──重なり合った胸部を通り道に2つの魂が交差する。
通常であれば無防備な霊体として、肉体から一度切り離されてしまうところであるが。
密着すれば境界線を乗り越えるようにして素早く肉体を入れ替えられると分かった。
これから先、
その顔に嫌悪感といった負の感情は浮かんでいない。むしろ……。
「よし……
彼女がリリィに憑依し直した理由は言うまでもなく、ここで装備していくためだ。
ミスティルの手でリリィに着せていくよりも、リリィ自身の手で着たほうが早い。
なにより──
(打ち合わせや試着の時から思っていたが、
男と無縁のミスティルは、リリィの肉体を自分のものに変えていく事に興奮を覚え始めていた。
ある種の破滅願望とも変身願望とも云える、所有欲に塗れた変態性。
リリィが元々持っていた衣類を着用するのとはまた違った背徳感。
それは心の安寧のための精神の変容か。いつか抱えていた漠然とした不安は何だったのか。
リリィの肉体への興味と依存という形にすべて置き換わっていた。
それまで着ていたワンピースがパサと床に落ち、リリィの下着姿があらわとなるも。
すぐさまミスティルと同じ赤色のミニスカートに隠される。上着も同様だ。
脚も保護具を兼ねたニーソックスに包みこまれる。
他人の服を着て他人になりきるのではなく、自分の色を着せて自分に近づける。
やっている事は、オスがメスの身体に射精して征服するのと同じだ。
どちらも自分色に染め上げている。
リリィの
元の自分の手よりも少し小さな手でリリィは征服されていく。
リリィ
(サイズ違いとはいえ、鎧の下に着るインナーのデザインは殆ど同じ……)
着終わった姿を早く見てみたい。その一心で手を進めていく。
リリィに纏わせる鎧は少女の体格に合わせた軽いものであるため、まったくの同一デザインとはいかなかったが……。
頭部を除いて唯一露出する部分──スカートの見える絶対領域──は、本体と同じだ。
(ほう……これはなかなかどうして。心に
更衣室といえば鏡は外せない。鏡に写る自分の姿に
──鏡の中では鎧の色だけでなく髪の色も眼の色も
(最後に顔を隠すための仮面を付ければ……リリィの
実際にミスティルの魂はリリィの肉体に閉じ込められている。自分ひとりでは抜け出せない。
だが先ほど肉体交換の短文命令を発したとおり、彼女が焦燥感を覚えることはない。
リリィの肉体はミスティルの所有物だ。自分の肉体に
あとはリリィの体格に合わせて打たれた剣を腰に差し、小さな盾を腕に装着すれば完成だ。
剣も盾も本体が使うものと比べたら短いし小さいが、共通項を作ることは肉体を乗り換えた時の混乱を少なく抑える効果を期待できる。
初日いや2日目こそ、あれこれと悩みに悩んだものだが、すぐに現在の形に落ち着いた。
(
そんな事を思いながら、本体の顔にもリリィの手で
彼女本来の肉体に手ずから魔物を閉じ込めた。
──これで見られて困るものは何もない。
わざわざ2人で店を尋ねたのは、これがやりたかっただけだ。
彼女にとってのある種の
この鍛冶屋での短い時間に多くの意味合いが含まれている。
──これでリリィの
ミスティルの姿で店と交渉したのも。店の中で入れ替わったのも。
リリィの手で黒い鎧を纏ったのも。リリィの手で仮面を被せたのも。
そしてこの後の事も。全て総てに。
──これからは
「着替え終わりました。ステキな鎧を打ってくれて、ありがとうございます」
「おっ? 《黒騎士》様が2人に増えたな! 流石ワシ。いい仕事してるのぅ」
外へ出るには一旦、
ミスティルはリリィの手で更衣室の扉を開き、
いつもならしない事だが、リリィならそうする。だからそうした。
リリィとしての立ち振舞も少しずつ慣れてきた。今もこうして慣らしている。
本物の《黒騎士》様はリリィの
「……」
「そのおかげでミスティルさんが不機嫌になっちゃいました」
「ふてくされるとは珍しい事もあるもんじゃなー」
ふてくされるも何も、もう一方の
その仮面の下では
我が主・ミスティルの命令に従う以外は何もない操り人形だ。
さて、ここでの用事は済んだ。長居は無用だろう。
これから彼女は今日一番やりたかった事を行なう。次の行動が
「文句なら家に帰ってから聞きますから。──
「……」
ミスティルを引き連れたリリィは、笑顔で鍛冶屋を後にした。