※この作品はR-18です。

寄生モンスター図鑑   作:それも私だ

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 胎内回帰後日談の導入部。本番は後編にて。今回はあんまりエロくないです。


 ├命の輝き(上)

(こんなお店(ばしょ)で待ち合わせするとか、何の嫌がらせよ?)

 

 アルディアは心の内で悪態をついた。

 

 彼女が人と待ち合わせている場所は、どこにでもありそうな喫茶店。

 しかし、客層の方はありふれているとは云えなかった。

 

 見渡すかぎり、自分(アルディア)以外の客はみな妊婦だ。

 大小の違いはあれど、誰しも胎(はら)に命を宿している。

 

 自分だけが違う……そんな奇妙な疎外感がアルディアの居心地を悪くしていた。

 

「ひさしぶりね」

「……遅いっ! この≪疾風≫のアルディア様を待たせるだなんて、さすがは≪鎧(てつ)の女≫って言ったところね」

 

 待ち合わせの時間にぴ(・)っ(・)た(・)り(・)とやってきた、鎧を着込んだ女・ファルサを、アルディアはたっぷりの嫌味と皮肉で出迎える。

 

「あら? 時間通りだと思ったのだけれど……ごめんなさいね?」

 

 しかし、ファルサは事実を以(も)って、やんわりとそ(・)れ(・)を受け流す。

 気分を害していたのは、早くに来ていたアルディアの自業自得だ。

 指定した時間通りに現れたファルサに責められる謂(い)われはない。

 

 彼女──ファルサは全身を鎧で堅め、待(・)ち(・)や防御を主体とした戦い方を得意とする傭兵だ。

 一方のアルディアは、まるで水着のような必要最低限未満の超軽装を好み、自ら切り込みに行く傭兵(タイプ)。

 

 見た目と言動。たったこれだけでも2人は対極……真逆の存在であることが分かってしまうものだが、意外にも水は合うようで、定期的に近況などを報告しあう程度には仲が良い。

 

「フン……まあいいわ。それより、あんたもついに引退か。あんたのことは、このあたしのライバルだと認めてあげてたんだけどね」

 

 認めているからこそ、現在(いま)のファルサの姿を見てアルディアは残念に思った。

 

「ええ? しないわよ? ほら、見れば判るでしょ?」

「はぁ?」

 

 見れば判る。その返しにアルディアは眉をひそめた。

 

 ファルサの胎(はら)は妊婦のそ(・)れ(・)だ。周りの女性客と同(・)じ(・)ボテ腹。

 とても戦いに身を置いていい身体ではない。

 

 何をバカな事を言っているのか。アルディアは苛立ちを深める。

 

「ちょっと……バカにしないでくれる? そんな身体で戦えるわけないでしょ」

「そんなことないわ。二つ名も新しくなったのよ。いまは≪妊婦(ルナ)≫って呼ばれているわ」

「ルナって、あんたの事だったか。臨月から取ったってわけ? ふざけてるわね」

 

 二つ名とは、有名人を識別するための記号だ。

 第三者から特別な名称を付けられるほどの実力者であることを示す。

 

 ゆえに二つ名には分かりやすい特徴をもって付けられる事が多い。

 通り名は文字どおり通じなくては意味をなさない。

 

 二つ名とは、いわば芸名だ。その人を簡潔に表す単語でもある。

 つまりは……そ(・)う(・)い(・)う(・)こ(・)と(・)だ。

 

「──って、臨月っ!? あ、あんた大丈夫なのっ!?」

 

 アルディアは自分ではじき出した推論(そうぞう)に大いに取り乱した。

 臨月の妊婦が鎧を着込んで働くなど、あってはならない。ましてや戦うなど前代未聞だ。

 

「大丈夫よ、問題ないわ。それどころか調子が良いくらい」

 

 対してファルサは極めて冷静に受け止め、答える。

 彼女の鎧は、臨月の胎(はら)に沿(そ)って造られている。

 

 それはブラジャーと同じように、大きな胎(はら)を支える役目も担っている。

 衝撃までは防げないが、胸と同じく膨らんだものと思えば別におかしくはない。

 ……少なくともファルサは大真面目にそう思っている。

 

「何言ってんのよ! 一歩間違えば死んじゃうわよっ!?」

 

 だがアルディアの言うとおり、妊婦の身体はとても繊細なものだ。

 その身体に何かあったとき。胎(はら)の子に引きずられ、連鎖的に命を落とすことはよくある話だ。

 

 我(が)が強く攻撃的なアルディアを真正面から受け止められるのは、ライバルであり温厚なファルサくらいなもの……。

 

 ある種の友人ともいえる貴重な存在を、こんなく(・)だ(・)ら(・)な(・)い(・)こ(・)と(・)で失いたくはない。

 

「≪鎧(てつ)の女≫の名も健在よ。ちょっとやそっとの攻撃なんて、へっちゃらよ」

 

 アルディアは心から、そして良識から危険を訴えかけるもファルサには通じなかった。

 

「……で、相手は誰?」

「相手って?」

「とぼけるんじゃないわよ。あんたをそんな胎(はら)にしたヤツはどこのどいつよ?」

 

 ならば、と。アルディアは別の切り口(くち)を考える。

 

 自分が言っても聞かないのならば、別の人間から働きかければいい。

 彼女(ファルサ)と結ばれた相手の言う事ならば、彼女(ファルサ)も聞くだろう、と。

 

 しかし、その切り方も≪鎧(てつ)の女≫は防いでみせる。

 

「こ(・)こ(・)よ」

「は?」

 

 ファルサは視線を下に落としながら、自分の胎(はら)をなでてみせた。

 

 なるほど。確かに彼女の胎(はら)を膨らませているのは胎児の存在だ。

 胎児が胎内(なか)に居るから、胎(はら)は膨らんでいる。

 

 非常にと(・)ん(・)ち(・)の効いた返しだ。嘘は言っていない。

 

「なるほどね。言えない相手ってわけね」

「嘘じゃないわよ」

「はいはい」

 

 守りが堅すぎて危機感のない友人に、アルディアはついに呆れ果てた。

 

 何を言っても無駄なら想像に任せるしかない。

 どうせお相手はお貴族様か何かだろう。もう面倒みきれよう。

 

「もう。本当なのに……──あっ! そうだわ!」

「なに? い(・)い(・)ひ(・)と(・)を見つけたから、ここのお代でもおごってくれるの?」

 

 脳が平和なこの友人(ファルサ)は、次はどんな突拍子もないことを言い出すのだろうか。

 アルディアが見守る中、ファルサはさ(・)も(・)名案を思い浮かんだふうに胸の前で両手を叩き──

 

「貴女も孕んでみたらわかるわ!」

 

 ──とんでもないことを口走(くちばし)った。

 

 わかってくれないならば、わからせればいい。

 

 攻めのアルディアと守りのファルサの攻守は、いまここで入れ替わる。

 

 ファルサは嘘は言っていないのだ。繰り返しになるが、これは本当のことだ。

 彼女の胎(はら)は、彼女の言葉どおり胎(はら)の中の存在が膨らませているのだから。

 

 ファルサは寄(・)生(・)体(・)を身篭っている。

 

 青い肌をした嬰児(えいじ)姿の≪プリミティベビー≫は、胎内に回帰する人型モンスターだ。

 その身体は、水の入った袋のようにぐ(・)に(・)ゃ(・)ぐ(・)に(・)ゃ(・)に歪む柔軟性を持つ。

 

 軟らかい身体と、赤子の容姿──……その特性を活かして女性の警戒心をこそぎ落とし、泣き喚(わめ)くことで母性に訴えかけ、自分という存在を文字通り受け入れさせる。

 

 だが赤子といっても、どこまでいっても擬(・)き(・)でしかない。

 本物ではないので、あるべき羊水も羊膜も胎(・)盤(・)も存在しない。

 母体とは直(・)接(・)繋がるしかない。

 

「……は? イヤよ、そんなの……」

 

 この寄生体のいやらしいところは、胎児の姿を模(も)していることだ。

 異形の卵や幼生ではないので、胎(はら)に異物があるとは自他共に思いも思わせもしない。

 人が人(・)を孕むのは常識である。そういった先入観が邪魔をするのだ。庇護意識も働くだろう。

 

 現に、アルディアは『男を作れ』と言われたのだと思った。

 孕め宣言の意図をそう受け取った。

 

 ファルサも異形に寄生されたとは匂(・)わ(・)せ(・)もしていない。

 ファルサの認識(なか)では、小さくも尊いひとつの命を救ったことになっている。

 仔(こ)に自分の胎(はら)を貸し、栄養を与え育んでいることを誇りにさえ思っている。

 

 ──自分(ファルサ)はそんな素晴らしい体験をしているのだ。

 ──ぜひとも、目の前のこの友人(アルディア)にも味わってもらいたい。

 

 こんなに素晴らしい事はほかにないのだと、心からそう思っている。

 

「言い忘れていたけど、実は貴女にも共感してもらいたくてここに呼んだのよ」

 

 だが、意識の高い友人(アルディア)はすぐには賛同してくれないだろう。

 女性のちからだけで、女性の社会的地位の確立と向上を目指して日々奔走している。

 身軽さを好む彼女が、二つ返事で身重になることを認めるとは思わない。

 

 だから、そのための根回しもした。

 

 ファルサがこの喫茶店を選んだのは偶然でも嫌がらせでもない。

 この店にいる妊婦は、みな彼女の同志なのだ。

 

 この店の妊婦全員に、異形の赤子は根(・)を(・)張(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)。

 

 羊水もない子宮の中、青い肌をした赤子から伸びるへ(・)そ(・)の(・)緒(・)が直接根を伸ばしている。

 

 それは別のテーブル席に座る、15になって成人を迎えたばかりの少女達の胎内(なか)にも。

 カウンター席に座る、働き盛りの20半ばの女性の胎内(なか)にも。

 注文を請(う)け、店内を歩く女性従業員の胎内(なか)にも。

 

 赤子は──寄生体は、根を回している。

 ファルサがそうさせた。

 

 アルディアが抱いた疎外感は確かなものだった。

 なにせ、アルディアを除く全員が胎児に寄生されているのだから。

 

 この中で寄生されていないのは、アルディアただひとり。

 

「でも貴女のことだから、断ると思って……店長に頼んでお茶に睡眠薬を仕込んでもらったの。その様子だと、やっと効いてきたみたいね」

「あんた……あたしを……売る、つもり……?」

「売るだなんてとんでもないわ。ただ、わかってもらいたいだけよ」

「……クソ……」

 

 意識を手放すのも、アルディアただひとり。

 この場に彼女の味方は、誰ひとりとして存在していなかった。

 

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