(こんな
アルディアは心の内で悪態をついた。
彼女が人と待ち合わせている場所は、どこにでもありそうな喫茶店。
しかし、客層の方はありふれているとは云えなかった。
見渡すかぎり、
大小の違いはあれど、誰しも
自分だけが違う……そんな奇妙な疎外感がアルディアの居心地を悪くしていた。
「ひさしぶりね」
「……遅いっ! この≪疾風≫のアルディア様を待たせるだなんて、さすがは≪
待ち合わせの時間に
「あら? 時間通りだと思ったのだけれど……ごめんなさいね?」
しかし、ファルサは事実を
気分を害していたのは、早くに来ていたアルディアの自業自得だ。
指定した時間通りに現れたファルサに責められる
彼女──ファルサは全身を鎧で堅め、
一方のアルディアは、まるで水着のような必要最低限未満の超軽装を好み、自ら切り込みに行く
見た目と言動。たったこれだけでも2人は対極……真逆の存在であることが分かってしまうものだが、意外にも水は合うようで、定期的に近況などを報告しあう程度には仲が良い。
「フン……まあいいわ。それより、あんたもついに引退か。あんたのことは、このあたしのライバルだと認めてあげてたんだけどね」
認めているからこそ、
「ええ? しないわよ? ほら、見れば判るでしょ?」
「はぁ?」
見れば判る。その返しにアルディアは眉をひそめた。
ファルサの
とても戦いに身を置いていい身体ではない。
何をバカな事を言っているのか。アルディアは苛立ちを深める。
「ちょっと……バカにしないでくれる? そんな身体で戦えるわけないでしょ」
「そんなことないわ。二つ名も新しくなったのよ。いまは≪
「ルナって、あんたの事だったか。臨月から取ったってわけ? ふざけてるわね」
二つ名とは、有名人を識別するための記号だ。
第三者から特別な名称を付けられるほどの実力者であることを示す。
ゆえに二つ名には分かりやすい特徴をもって付けられる事が多い。
通り名は文字どおり通じなくては意味をなさない。
二つ名とは、いわば芸名だ。その人を簡潔に表す単語でもある。
つまりは……
「──って、臨月っ!? あ、あんた大丈夫なのっ!?」
アルディアは自分ではじき出した
臨月の妊婦が鎧を着込んで働くなど、あってはならない。ましてや戦うなど前代未聞だ。
「大丈夫よ、問題ないわ。それどころか調子が良いくらい」
対してファルサは極めて冷静に受け止め、答える。
彼女の鎧は、臨月の
それはブラジャーと同じように、大きな
衝撃までは防げないが、胸と同じく膨らんだものと思えば別におかしくはない。
……少なくともファルサは大真面目にそう思っている。
「何言ってんのよ! 一歩間違えば死んじゃうわよっ!?」
だがアルディアの言うとおり、妊婦の身体はとても繊細なものだ。
その身体に何かあったとき。
ある種の友人ともいえる貴重な存在を、こんな
「≪
アルディアは心から、そして良識から危険を訴えかけるもファルサには通じなかった。
「……で、相手は誰?」
「相手って?」
「とぼけるんじゃないわよ。あんたをそんな
ならば、と。アルディアは別の切り
自分が言っても聞かないのならば、別の人間から働きかければいい。
しかし、その切り方も≪
「
「は?」
ファルサは視線を下に落としながら、自分の
なるほど。確かに彼女の
胎児が
非常に
「なるほどね。言えない相手ってわけね」
「嘘じゃないわよ」
「はいはい」
守りが堅すぎて危機感のない友人に、アルディアはついに呆れ果てた。
何を言っても無駄なら想像に任せるしかない。
どうせお相手はお貴族様か何かだろう。もう面倒みきれよう。
「もう。本当なのに……──あっ! そうだわ!」
「なに?
脳が平和な
アルディアが見守る中、ファルサは
「貴女も孕んでみたらわかるわ!」
──とんでもないことを
わかってくれないならば、わからせればいい。
攻めのアルディアと守りのファルサの攻守は、いまここで入れ替わる。
ファルサは嘘は言っていないのだ。繰り返しになるが、これは本当のことだ。
彼女の
ファルサは
青い肌をした
その身体は、水の入った袋のように
軟らかい身体と、赤子の容姿──……その特性を活かして女性の警戒心をこそぎ落とし、泣き
だが赤子といっても、どこまでいっても
本物ではないので、あるべき羊水も羊膜も
母体とは
「……は? イヤよ、そんなの……」
この寄生体のいやらしいところは、胎児の姿を
異形の卵や幼生ではないので、
人が
現に、アルディアは『男を作れ』と言われたのだと思った。
孕め宣言の意図をそう受け取った。
ファルサも異形に寄生されたとは
ファルサの
──
──ぜひとも、目の前のこの
こんなに素晴らしい事はほかにないのだと、心からそう思っている。
「言い忘れていたけど、実は貴女にも共感してもらいたくてここに呼んだのよ」
だが、意識の高い
女性のちからだけで、女性の社会的地位の確立と向上を目指して日々奔走している。
身軽さを好む彼女が、二つ返事で身重になることを認めるとは思わない。
だから、そのための根回しもした。
ファルサがこの喫茶店を選んだのは偶然でも嫌がらせでもない。
この店にいる妊婦は、みな彼女の同志なのだ。
この店の妊婦全員に、異形の赤子は
羊水もない子宮の中、青い肌をした赤子から伸びる
それは別のテーブル席に座る、15になって成人を迎えたばかりの少女達の
カウンター席に座る、働き盛りの20半ばの女性の
注文を
赤子は──寄生体は、根を回している。
ファルサがそうさせた。
アルディアが抱いた疎外感は確かなものだった。
なにせ、アルディアを除く全員が胎児に寄生されているのだから。
この中で寄生されていないのは、アルディアただひとり。
「でも貴女のことだから、断ると思って……店長に頼んでお茶に睡眠薬を仕込んでもらったの。その様子だと、やっと効いてきたみたいね」
「あんた……あたしを……売る、つもり……?」
「売るだなんてとんでもないわ。ただ、わかってもらいたいだけよ」
「……クソ……」
意識を手放すのも、アルディアただひとり。
この場に彼女の味方は、誰ひとりとして存在していなかった。