誰でも学校に通っていれば、一度は忘れ物をするという事はあると思う。その日、私こと詩原笹子は自宅に帰り宿題をやろうとして持ち帰り忘れた宿題のノートを学校に取りに戻っていた。残暑の熱のこもった廊下。窓からは赤い夕焼けの日が差し込み、私は窓の前を通り過ぎるたびにその光に目を細めねばならなかった。
自分の教室は、特別教室の並ぶ特別教室棟を通って、2年生の教室の並ぶ一般校舎に入った、その一番奥の2-Dだ。特別教室棟、名前ではわかりにくい人もいるかもしれない。ただ単に家庭科室や理科室、視聴覚室などがまとめられている校舎をそういうらしい。
もっとも、普段いちいちそう呼ぶ生徒はいないし、意識したこともない。せいぜい科学の授業や美術の時間に、自分たちのクラスのある校舎から渡り廊下を渡っていくときに『ああ、ちょっと匂いが変わったな』と思うくらい。理科室の授業で使った薬品のにおいや、美術部室から漏れてくる油絵の画材のにおい。後は、ほんの少しだけ私たちのクラスの入っている校舎より換気が悪いのか、空調が整備されていないのか、そして今のような暑い時期だと特に強く感じる蒸れたような空気。そうした、嗅覚でのほうが、この校舎の雰囲気を感じる事が出来た。
夕焼けのまぶしさで目の網膜が少し焼かれていた、といえば大げさだろうか。そして、視覚に意識が向かなかったせいで普段より敏感になった嗅覚のせい。今にして思えば、そのせいだったのだろうか。私は、理科室から漏れてきた二つのもの…普段と異なる……におい、そして音に気が付いた。
グチュ・・・グチュ・・・ヌチュ・・・
あふ んぅ・・・・・・ ・・・
ぁ・・・・・・
~~~~~~~っっっ
理科室の薄いドア。初めは、単純に聞いてはいけないものを聞いてしまった、と思っただけ。女子しか在籍しない、女子校ならは放課後の熱を帯びた空気にあてられただれかの一人遊び、またはパートナーもいるのかもしれない。相手の声は聞こえないけれども。
好奇心に勝てず、悪いと感じつつも聞き耳を立てる。やがて、足のつまさきはドアの方にむき、少しずつ歩みを進めていく。音、あるいは声。それは、理科室よりさらに奥から聞こえてくるようだった。理科準備室。もし音や声を目で感じる事が出来たなら、禍々しく、濁った桜色に夕焼け色を混ぜたような、淫靡な色をしていただろう。そして私は、甘く腐った果実に惹かれる虫のように、理科室のドアに手をかけた。
これは、私、詩原笹子(うたはらささこ)が正気のまま発狂し、正常なまま異常な体に侵され、快楽に脳を妬かれる物語。頭蓋骨の内側、脳細胞までクリトリスより敏感な性器に改造され、人のままヒトでなくなる物語。人間を辞め、小便姫としてただ快楽に悶え地獄のような天国で痙攣する肉塊になる前の、・・・・・・・・・遺書。
少しずつ続きます