第一話
「あの……だからしほさん、事情は今説明した通りなんです。そう怒らないでくださいよ……」
戦車道連盟・横浜支局の休憩室。紙カップに入ったコーヒーを揺らしつつ長椅子に座る和明は、自分と距離を置いて座る西住しほにそう言った。
「
「(さっきから近づきにくいオーラが漂ってるんだよなァ……)」
やはりコーヒーを手に座るしほは、こちらを見ようともせずに答える。
和明の腕にはボランティアスタッフを示す腕章が巻かれている。今日は試合ではなく、支局で行われる戦車道イベントのスタッフとしての参加だ。窓の外を見てみれば黄色いイチョウの葉が舞い散る中、イベントを楽しむ来場者の賑やかな歓声が聞こえてくる。
「……家元、そろそろお時間です」
「分かったわ」
無言で二人の間に座っていた井手上菊代は袖から懐中時計を取り出し、しほを促す。しほはコーヒーを飲み干すと紙カップを握り潰し、ごみ箱に入れる。
「篠原君、今日は『大丈夫』だから、そのまま帰りなさい」
「(やっぱり怒ってるよ……)」
和明にそう言い残し、しほは部屋を出てゆく。彼女が「相手」すら拒むのは相当だ。和明は内心で頭を抱える。
その時、彼女の後に続く菊代がサッと和明の耳元に口を寄せると小声で言った。
「状況は把握致しました。お膳立てはお任せください」
「……助かります」
こんな時に菊代の言葉は心強い。和明はやはり小声で感謝を伝える。
考えてみれば──立場があるとはいえ、しほとセックスをした事は何度もあっても「デート」をした事は一度もない。それがこんな形で問題になるとは。
二人が部屋を出ていったのを確認し、和明はすっかり温くなった手元のコーヒーを傾けた。
そもそもの発端は、西住みほのある依頼からだった。
「あの、篠原さん……お願いがあるんですけど、聞いて貰えますか?」
和明の部屋。試合後のみほの欲求不満の解消の相手としてひとまず一戦を終えた和明は、彼女からそう言われた。
「お願い?」
「はい、その……デートの相手をして欲しいんです」
「デート?」
セックスの相手を散々しておいて何だが、みほから出てくるには違和感のある言葉である。和明は問い返した。
「デートって……みほさんと?」
「えっ!? あ、いいえ、違うんです! ごめんなさい、そうじゃなくって……一日でいいので、私の友達の、その、彼氏のふりをしてくれませんか?」
「友達?」
「はい。武部沙織さんっていう、大洗女子の頃からの友達なんですけど……」
胸元まで毛布を引き上げつつ、みほは説明した。
武部沙織、大洗女子学園でみほが戦車道の隊長を務めていた頃からの親友で、Ⅳ号戦車の通信手。現在はみほと同じ大学の二年で、大学戦車道でも共に戦車に乗っているという。
「それでこの前の休みに大洗女子に行ったんですが、そこで……」
問題はOGとして母校である大洗に行った時に起こった。後輩、特にみほ達が伝説を作った三年前の戦車道大会の後から入学した女生徒たちにとっては彼女らは英雄である。様々な質問攻めにあう中で、「大学に上がって彼氏はできたのか」という質問に沙織は「大学に上がってすぐに彼氏ができて、交際して一年になる」と答えたのだ。
「それが……嘘だった?」
「はい。勢いで、見栄を張っちゃったらしくて……」
実際、沙織は恋愛願望こそ強くて社交性もあるのだが、押しが強くて逆に引かれてしまうのだそうだ。見栄を張った事も含めて、珍しい話ではない。
「うぅん……こう言っちゃ何だけど、そこは素直に『勢いで嘘を言った』って謝った方がいいんじゃないかなあ。そりゃがっかりされるだろうけど……」
「それが、その……『今度、紹介する』とまで言ってしまって……」
「………」
また随分と勢いをつけてしまったようだ。苦笑しつつ和明は言った。
「大体は分かった。それで俺が、一日だけ武部さんの彼氏役になればいいんだな?」
「はい、ダメ……ですか? 沙織さんに相談されたんですけど、私も頼れそうなのが篠原さんしか居なくて……」
「……いいよ。日頃からみほさんには世話になってるし、俺で役に立てるなら」
少し考えたものの和明はみほに頷いた。デートとなると自分もかつての、和明の巨根に怯えて別れた彼女とした以来だが、まあ相手も初めてとの事だし何とかなるだろう。
それに実際、みほには色々と恩もあった。みほはこうして部屋に来る際には必ず大洗のお土産を持参し、また事を終えた後には簡単ながら料理なども作ってくれたりしてくれる。
幾ら和明とのセックスが体調不良の解消も兼ねているとはいえ、此方も気持ちよくなっている手前あまり五分とは和明も思えていなかった。日頃のお返しとしては丁度よい、そう感じていた。
みほはぱっと表情を明るくすると、和明に礼を言った。
「ありがとうございます、篠原さん!」
「いや、そんな……それで、日程は?」
「今度の週末で……時間は篠原さんの都合に合わせますから、後で教えてください。それじゃ……ひとまず、『お礼』をさせて下さいね」
「え?」
そう言うとみほはスルスルと毛布の中に潜り込んだ。和明が怪訝に思う間もなく毛布の中の膨らみはモゾモゾと移動し、やがて和明の股間の位置で止まった。
「みほさん、何を……うぅっ!」
かぷりと和明の亀頭が咥えられた。先ほどみほの膣内に射精したばかりの肉棒は愛液と精液に塗れたままだが、それでも躊躇なくみほは呑み込んでゆく。
「み、みほさん? う、うわっ!」
「じゅるっ、ちゅ、ちゅうぅ……」
毛布を持ち上げた和明だったが、普段と違うみほのフェラの挙動に思わず声を漏らした。いつものみほならばここで舌を使ってくるところなのだが、唇で竿を締め付けてきたかと思えばそのまま強く息を吸い、頭を上下し始める。
「んぷっ、じゅるぅ……」
息苦しかろうと毛布を避ける。ダブルベッドの上に全裸で、和明の腰に被さるようにみほは身体を寄せて肉棒を深く咥え込んでいた。頬をすぼめ、鼻で息を吐きながらバキュームフェラを続けるみほの顔は実にいやらしく、普段の大人しげに微笑むみほの姿しか知らない者からすれば想像も出来ないような有様だろう。
「んぼっ、ちゅうぅ」
「くうっ……み、みほさん、いつもより、凄いっ……!」
「っぱ……あ、ありがとうございます。篠原さんを気持ちよくさせるのに、ちょっと新しく覚えたのを試してみたくて……」
和明の感想に、口の端から唾液を零しつつみほが嬉しそうに返す。
「『覚えた』って……練習とかを?」
「はい。一方的に私だけ解消させて貰ってるだけだと悪いので、雑誌のテクニック特集とか、その、動画を見て勉強して……」
「真面目だなあ、みほさん」
「そ、そうですか?」
「ああ、俺も頑張らないと」
この三年間、しほや千代を筆頭に彼女らの「相手」を続けているが──その中でも最も油断ならないのが彼女、西住みほである。
ここ最近はすっかり甘えてくるようになったしほや、和明に無理をさせない千代。適度に自分を律し、こちらに合わせてくれるまほ。次第に主人と奴隷に近い関係になってきた愛里寿。
そんな彼女らとみほを比べた場合、みほは「大人しそうな外見と裏腹に、自分のペースを維持しつつ名器と日々成長するテクニックで容赦なく精液を搾ってくる
「篠原さんも頑張られていると思います。胸やお腹の筋肉も初めて会った時と比べて、全然逞しくなってますし……」
「そう言われると嬉しいね……ここからはどうする、みほさん?」
「えっと、続けてもいいですか? 一度、口に……」
「ああ、いい……よっ!?」
「あむっ、ンッ、ンンッ……」
今も彼女なりに我慢していたのだろう。和明の返事が言い終わるのも待たず、再び肉棒を咥え込んでくる。頭の動きと口だけで奉仕を続け、空いた手は自身の乳房と秘所を弄ることで興奮を昂らせているようだ。
「じゅるっ……んぼっ! んふっ……んぶぅっ!」
「んくっ!」
「ふぉ、ふぉうれふは、ふぃのはらふぁん……?」
「ああ……いいよ、みほさん、堪らないっ……!」
「んふっ……ちゅうぅ、じゅるるっ!」
「うっ、ぐうっ!」
頭を持ち上げ、亀頭だけを唇で包んだ状態から一気に降下させて肉棒を口全体を使って扱く。みほはしほ程にがっしりしている訳ではないが、体幹を相当に鍛えているのだろう。一見ハードな動きでも嬉々としてそれを行ってゆく。
「大洗の戦神」の異名を持ち、戦車道を修める少女たちから羨望の眼差しを向けられる優しき天才。そんな彼女がじゅぽじゅぽと下品な音を立てつつ自分の肉棒から精液を吸い取ろうとする様は、幾度の交合を経てもなお和明に堪らない支配感を覚えさせる。
腰の震えが強まる。和明はみほの頭を撫でつつ、射精が近い事を伝える。
「み、みほさん、そろそろっ……あぁっ!」
「あむっ、んっ、んぶっ!」
口内射精を望んでいたみほは更に口と頭の動きを激しくしてゆく。その動きは大きく、それでいて和明の反応を探りつつ丁寧に射精を促してくる。「大胆かつ繊細で、時に予想外」とは戦車道における彼女の評価だが、それはベッドの上でも同じのようだ。和明はそんなみほの与えてくる快感に抗うことなく、自身を解き放つ。
「くうぅっ! で、射精るっ!」
「……っ!」
どくん、と和明の腰が跳ねた。体の奥から放たれた精液の迸りが、みほの口の中へと噴水の如く下から上へと噴き出してゆく。
「あっ、あぁ……!」
「……ンッ」
びくびくと肉棒が脈動する度に精液が吐き出されてゆく。数度の射精を経て、みほは無言で口を離した。
「ふぅ……みほ、さん?」
「ン、ンンッ……」
口を閉じたまま、みほは身体をずり上げて和明の耳元へと顔を寄せた。
「……んくっ」
【ごくん】
「っ!?」
精液を飲み干す嚥下音。
それを和明に聞かせたみほは白濁液の残渣を口元に残しつつ、瞳に淫蕩な光を宿して言った。
「……篠原さん。もう一回、いいですか?」
「ああ……今の『音』で、また元気になってきた」
これは──今晩の彼女の相手は、覚悟が要りそうだ。
期待と悪寒が混じった寒気を背中に感じつつ、和明はみほの首筋に唇を押し当てた。
──和明がみほに二桁近い回数を搾り取られた、その数日後。
「たたっ、武部沙織ですっ! きょ、今日はよろしくお願いしますっ!」
ショッピングモール、大洗シーサイドステーション。
ジーンズに水色のシャツに黒ベストというシンプルな格好で待ち合わせに来た和明に、ブランド物で服装どころかハンドバッグや帽子まで揃えた少女、武部沙織はガチガチに緊張しつつ頭を下げてきた。
「沙織さん……初めてのデートって設定じゃないんだから、もう少し落ち着いた格好でも良かったんじゃ……」
「そ、そう? あの、派手でしたか?」
「いや、まあ……いいんじゃないかな」
ファンデーションや口紅の色は薄め。クリーム色のワンピースに腕と首にはアクセサリー、つば広帽子に飾り付きのハンドバッグ。大学生のデートと言うよりは保育園に子供を預けている若妻みたいな感じではあったが、和明はそれを言わずに無難に頷く。
「改めまして、篠原和明です……って言っても、何度か会った事はあるよね?」
「え!? あ、そういえば……連盟スタッフのお兄さん? みぽりん、知り合いだったの?」
「ま、まあ、
そこでようやく沙織は、今日の偽装デートの相手が多少は見知った相手である事に気付いたようだった。繋がりについて尋ねてくる沙織の質問をみほは曖昧な笑みで受け流す。話の流れを変えようと和明は沙織に言った。
「あー、とりあえず今日はよろしく、武部さん。それで……俺はどうすればいいんだい?」
「あ、はい! えっと……今日この後、ここで後輩と買い物をする約束をしていて、その間……2、3時間だけ彼氏のふりをお願いしたいんですけど……」
「なるほど……ちなみに、どの程度の距離で?」
「距離?」
小首を傾げる沙織に和明は言った。
「ほら、彼氏と彼女って言っても、まともに手も繋げていないのから、まあ、その、腕をしっかり組んで人前で憚らずイチャついたり……『
「あ……!」
そう言われ、沙織は初めてその事に気付いたようだった。偽の彼氏とデートするという一件だけで、おそらくは一杯一杯だったのだろう。
「どどど、どうしようみぽりん!?」
「う~ん……沙織さんの話だと『交際して一年』って事になってるから、最低でも腕を組むくらいはしないとダメじゃないかな?」
「そっ、そう、だね! 篠原さん、いいですか?」
「ああ、俺は大丈夫」
有難い事にと言うべきか、普通のデートよりはスキンシップが強い方が慣れている。和明は沙織に身体を寄せ、彼女の側の腕を出した。
「はい、どうぞ」
「うぅ……えいっ!」
バンジージャンプをする寸前のような顔で沙織は息を呑むと、飛びつくような仕草で和明の腕にしがみ付いた。
「ど、どうですか?」
「あの、沙織さん。それだとぶら下がってるから足を置いて、もうちょっと背筋を伸ばして……うん、そのくらいで」
和明のナビを受け、沙織は姿勢を直して腕を組んだ。
「どうかな、みぽりん?」
「うん……いい感じ、かな? これなら大丈夫だと思う」
みほのお墨付きを貰い、そこでようやく沙織は緊張を緩めたようだった。
「それで、その後輩との待ち合わせの場所は?」
「あっ、はい。中央広場で……あーっ! もう時間まであと五分しか……」
「OK、それじゃあ行こうか」
「はっ……はいっ!」
出来るだけ「頼れる年上のお兄さん」としての態度を崩さずに和明は沙織を促した。正直なところ和明自身も緊張しているが、同時にどこか自身の腹が据わっているのも感じていた。普段は人目を避けて交わる関係ばかりだったからか、逆に新鮮さを覚えている程だ。
「あ! 西住先輩、武部先輩!」
「こんにちわ、武部先輩! この人が言ってた彼氏さんなんですね!」
「ああ、どうも。うちの沙織が行く度に騒がせてるみたいで悪いね」
待ち合わせ場所には大洗女子学園の白と緑を基調とした制服に身を包んだ、数名の少女が待っていた。自分もほんの数年前までは彼女らと同じ立場だった筈だが、大学四年になってから彼女らを見ると何故か幼く感じてしまう。キャッキャと賑やかに迎えてくれた彼女らに和明は冗談めかして言った。
「ちょっ!? 酷いよ篠は……和明くん!」
和明を名字で呼びかけ、危ういところで名前呼びに変える。やはりまだ恋人のふりが完全には出来ていない。自分とみほが随時フォローして、ボロが出ないように注意しなければならないだろう。
「それじゃあ、一緒に買い物に行こう。私たちが卒業してから出来たお店とか、あるかな?」
「あ、それならいい所がありますよ! タピオカティーの店が大洗にもオープンしたんですけど、行列ができる程の人気なんです!」
「じゃあ、そこから行こうか。沙織もそれでいい?」
「う、うんっ、和明くん!」
できるだけ何気ない仕草で沙織に語り掛ける。沙織は腕を組んだまま頷き、些かギクシャクとした動きで歩き始めた。
広場から大洗港に目をやると、少し古びた感じの中型学園艦が寄港しているのが見える。大洗女子学園の学園艦だ。
「なるほど、今日が寄港日だったから君らも買い物に出てきたんだね」
「はい、ちょっと予定外の事とかもあって大変でしたけど、何とか間に合って……ええっと、こっちです」
女生徒のひとりに話しかける。はきはきとした態度で彼女は答え、和明たちを先導する。やがて一同は件のタピオカティーの店の行列に着いた。後輩たちの話の通り、10分ほどは待たされるようだ。
「あの、西住先輩。Ⅳ号の旋回について聞きたいんですけど……」
「うん、そこはね。確かにアスファルト上では滑りやすくはなるけど、直前の加速や減速の調整で……」
「なるほど……あとあの、後輩から頼まれてる質問があって……」
前に並ぶみほは二人の後輩に挟まれ、戦車の事で質問責めを受けていた。自分が会ったばかりの頃のみほならば少なからず混乱を見せた場面だったろうが、今のみほは落ち着いた態度で後輩たちの問いかけに答えている。やはりみほも成長しているという事だろう。
そんな事を考えていた和明だったが、後輩のひとりが自分を見ている事に気付いた。
「えっと……どうしたのかな?」
「あ、あのっ……篠原さん、武部先輩ともう、一年お付き合いされてるんですよね?」
黒いお下げ髪のその女生徒は緊張した面持ちで和明に尋ねてきた。腕を組んだままの沙織が答える。
「うん、もう付き合って一年になるよねー、和明?」
多少は慣れてきたのか、
「それなら……あの、もう、セッ……クスとかも、したり、してますか?」
「セッ……え? え!?」
沙織の表情が凍る。
ここは俺が答えないとダメか。和明は少し息を吸ってから彼女に答えた。
「ああ、まあ……人並には、ってところかな? 何か、
「っ!」
どうやら図星だったようだ。他の女子に聞こえないような小声で女生徒は和明に聞いてきた。
「……その、私、彼氏が居るんですけど、ええっと……初めての時に『サイズ』が合わなかったのか、上手くできなくって。彼氏とも最近ちょっと、気まずくなってるんです。どうすればいいとか、ありますか?」
「なるほどね……」
何とも他人事とは思えない話だ。腕を組んだまま硬直中の沙織を気遣いつつも、和明は少女に答えた。
「君は……どうしたい?」
「えっ!?」
「その彼氏に……まあ、君の『初めて』をあげたいって、思う?」
「……はい。思います」
「君の彼氏は果報者だな」
和明は素直に思ったままを言い、言葉を続けた。
「何か道具は使ってみた?」
「道具……ですか?」
「ああ、ローションとか、ローターとか」
「つ、使ってません!」
顔を真っ赤にして女生徒は否定した。その初々しさに和明は微笑んで言った。
「ああいうのは別に『使ったから変態』って訳じゃない。例えばいきなり挿入するんじゃなくってローションを使って滑らかにしたり、互いにローターで気持ち良くし合ったり。そういう『初めて』を補助するために使ったりもする。今はネット通販もあるから、秘密に買うのは難しくない」
「……はい」
「あと恥ずかしいかもしれないけど、ああいう時ってのは出来るだけ女の子がリードしてあげた方がいい。童貞を卒業できるって思った男ってのは、挿入する事しか考えられないお猿さんだ」
女生徒の緊張を解こうと、最後の辺りを冗談めかして言う。
「……分かりました、ありがとうございます」
全てが伝わったかは怪しいものだが、それでも彼女の悩みを幾らかは軽くできたのだろう。最初より明るい表情で女生徒は頭を下げた。
「だってさ。良かったな、沙織」
腕を軽く揺すり、沙織に呼びかける。ハッとした沙織は和明を見上げて言った。
「お、大人だ……」
「……二つ違いだろ?」
何とか誤魔化す。周囲に聞こえていなかったのは幸いか。
そんな話をしている最中に行列の待ちは減り、和明たちの番が回ってきた。ミルクティーやミルク杏仁などをそれぞれが注文し、渡されてゆく。やがて和明と沙織の番が来た時、店員が声をかけてきた。
「お客様。カップル専用のダブルサイズミルクティーは如何ですか? 今なら写真撮影も無料でしておりますが……」
「あ、いいえ、普通の……」
「お願いします!」
断ろうとした和明だったが、カップルらしい演技をしようと思ったのか沙織が前に出て注文してきた。
「ありがとうございます。それではこちらをお二人で持たれて、一緒にお飲みください」
嬉しそうに店員は言うと、文字通りバケツサイズのカップに二本の太いストローが差さっているタピオカミルクティーを差し出してきた。会計を済ませてから行列を離れ、待機していたカメラマンの前に立つ。和明と沙織は一つのカップを二人で持ち、同時にストローを咥えた。
「はい、いいですよー……チーズ!」
にこやかにカメラマンがシャッターを切る。
「ふぅ……」
「お疲れ様でした。プリントは10分ほどで終わりますので、少ししてから来てください」
何と言うか、こういう如何にもなカップルらしい行為は先ほどのセックスの質問よりも緊張する。ため息をついた和明にカメラマンが言った。
「……ん?」
ふと、きゅっと腕に絡む手が強くなる。和明が沙織を見下ろすと、彼女は嬉しそうに笑っていた。
「ありがとうしのっ……和明くん! 私、こういうの憧れてたの!」
「……そっか」
それは、新鮮な反応だった。
確かに自分はセックスに限って言えば、沙織らより遥かに多く経験している。だが──恋愛においては、自分も大概初心者なのかもしれない。
そんな事を思いつつ、和明は待っているみほ達と合流しようとした。容量があるだけにミルクティーもなかなかに重い。早めに飲み切らなくては。
「行こう、沙織。行儀は悪いけど、飲みながら……ンッ」
「わ、分かった……んくっ」
「あっ、篠原さん!」
ふと、向こうのみほから声が飛んできた。何かの注意かと思う間もなく、横の通路から人影が足早に現れる。
「ととっ……!?」
「っ!?」
危うくその人影と衝突しそうになり、和明はストローから口を離して謝罪した。
「す、すみません!」
「いいえ、こちらこそ……」
相手の言葉が途切れる。服を汚したかと思い、和明は顔を上げた。
見慣れた西住しほの、今まで見た事が無い程の無表情な顔。
「……え?」
しほの視線が和明の顔から沙織と組まれた腕、二人飲み用のミルクティーへと移り、再び和明の顔へと戻る。
「あ、あの……」
「……
和明の言葉を待たず、しほは土産用の紙袋を片手にその横を歩き去る。
突然のしほの出現は娘のみほにも驚きだったようだ。傍らの女生徒に焦りを隠せないまま聞く。
「な、何でお母さんが……?」
「あの、それがさっき言ってた予定外の事なんです。理事長は今、戦車道をしている学園艦の巡回視察をしてるんですけど、予定していたサンダース大付属が嵐に巻き込まれたとかでウチが前倒しになっちゃって……」
彼女らの言葉がやけに遠く感じる。
「……どうしよ、これ」
ヤバい。そんな感情だけが渦巻く中で、和明はぽつりと呟いた。