立ち去り損ねたのだと気づいた時には既に、本来関わらない筈のドン・クリーク戦が始まっていた。どうしたらこの場から逃げられるのか。
私は帰らなくちゃいけないのに。皆を守る為にも。
なのに、逃げる隙も無く、ゾロが目の前で倒れるのを見ているしか出来なかった。ルフィが飛び出そうとしているのを見て、私が代わりに飛び出す。
今のルフィでは鷹の目相手にすると言う意味では、ゾロよりも戦えないだろう。それに何より、ルフィはこれから戦わなくてはいけない相手がいる。
「ルフィ、ここは私が」
「ナミ!」
ルフィの声が悲痛で、私の心を表してるような気がしてくる。それでもルフィの事も、大切だからたまには前に出る事を許して欲しい。
勝てる筈も無い事は、私が1番よくわかってる。私はシャンクスの右手、それも木刀レベル。
そして眼前に立つは、シャンクスのライバル。目の前の男とシャンクスが同格で競い合っていたと言うのは、有名な話だもの。
負け戦かと思いながらも、ウソップ達がゾロの手当をする時間だけでも稼ぎたいと思ってしまった。こんな事してる場合じゃないのに。
「……引き続きで悪いけど、相手して貰えるかしら?鷹の目さん」
「……ロロノアの仲間か」
「いいえ、今は手を組んでるだけ。でも、弟のような幼馴染が大切にしている仲間だもの……私も1矢報いる程度はしたいのよね」
言いながら左手でクリマタクトで雷雲を作り、右手に短剣を構える。鷹の目は私をじっと見つめてから、呆れたように息を吐き出した。
雑魚認定ありがとう。そう言いたくなるのを抑えてサンダーボルトテンポを落としてクリマタクトを仕舞うと、即座に地を蹴り短剣で鷹の目の懐に入り込む。
鷹の目は1瞬驚いた顔になり、愉しそうに笑った。それにゾクリとして身を翻すと、斬撃が真横を通り抜ける。
避けなければ死んでいただろうそれに怯んでいる場合ではなく、ゾロが宣言しているのを耳で拾いながら鷹の目相手に遊ばれている。そう、私は明らかに遊ばれている。
「……誰に習った、その剣」
「シャンクスに」
「成程、剣の軌道がよく似ている。だが、アレより主が軽い為に動き自体は似ていないな」
「右手で、しかも木刀しか使って貰えませんでした」
私の言葉に鷹の目はククッと笑うと、何故か夜を抜いて私と対峙した。単なる雑魚から、シャンクスの弟子に格上げしたのかしらね。
「さもありなん。だが、ロロノアと同じ結末で良かろう?」
「……出来るなら、1矢報いてから散りたいところだわ」
軽口を言い合っていられるのも今の内だけ。ベルメールさん、ノジコ、ゲンさん、ドクター、ごめん!
短剣を構えて覇気を纏う。そして……吹き飛ばされた私はほぼ無傷なのに、身動きが取れない程の痺れを感じていた。
斬撃は覇気で防げても、衝撃はモロに受けたらしい。震える手で短剣をしまうと、鷹の目を見る。
「……叶うならば、センゴク元帥に、言伝を」
「構わぬ。言ってみろ」
「東の海コノミ諸島ココヤシ村を起点に、魚人海賊団がアーロン帝国を作ろうと近辺の人間を奴隷にしており、買収された海軍がそれに加担。赤犬以外の大将または中将の派遣を要請する、と」
言いながら私は体を起こして、立ち上がる。ゾロがそうしたように、私もまたトドメを刺してもらおうと手を広げれば、鷹の目はルフィに視線を向けて、良い仲間を持ったなと笑う。
そして視線を戻した鷹の目は問い掛けてくる。その声は恐ろしく無機質だ。
「筋肉のない主では、死ぬぞ」
「村が……助かるならば、思い残す事はありません」
「……そうか、惜しいな」
夜は振り下ろされず、代わりに腹部に走る衝撃が、当身であると気付いた時には、鷹の目に抱き抱えられていた。
「これは貰い受ける。悪く思うな」
掠れ行く意識の奥で、ルフィの悲痛な叫びを聞いた気がした。それに意識が途切れる寸前まで手を伸ばそうとして、微かにしか出せない声でルフィを呼んだ所で、意識は完全に潰えた。
私が目覚めた時、私は広い部屋の中にあるベッドの上にいた。揺れていない事を考えると、ここが陸地だとわかる。
相手が鷹の目だと言う事を考えれば、現在位置はシッケアールだろうか。無駄にゴテゴテしたものがあるでも無く、古いながらも品のある家具が使われている。
体を起こして見ると、痛みはほぼない事から当身まで上手いのかと思わされる。当身は上手ければ上手い程、後遺症が残らない。
痛みや吐き気がある場合は、当身の下手な奴にやられたという事になる。……そういう意味では、赤髪海賊団のトップ2人はやたらと当身が上手かったわね。
他の人達は基本的にそういった事に関わらなかったから、どうなんだろうと思うけど……。そんな事を思っていても、見聞色で調べても鷹の目は近くにいないらしい事しか解らない。
……少なくとも建物の中にはいないらしい。私の見聞色は範囲がそれ程広く無いので、島全体は解らないのだけどとりあえずルフィの元へと帰る為に立ち上がる。
確認してみると、武器は全て揃っているし、目立った外傷もない。これなら帰れそうだと窓へ近付き下を見れば、鷹の目は居ないと分かる。
サラサラとテーブルにあった紙に、お世話になりましたと書き残して窓から外へと飛び出す。着地した地面はその名の通り湿っていて、野菜や稲を育てるのに向いていそうだと思う。
1番近そうな海岸を目指して進めば、途中でヒヒの群れに囲まれた。忘れていた私は、はァと溜息を落としてクリマタクトを構える。
こればかりは流石のヒヒも真似出来ないからと言うのが大きい。私の剣での戦い方を覚えられたら、腕力でも足力でもかなわない私が勝てる筈ないもの。
雷で感電させ、気絶させ、痺れさせ、麻痺させて、私は窮地を脱して海岸へと到着する。それから近くにある木の中から同じ程度の太さの枝を短剣で切り落として、蔦がどこかに無いかと視線を巡らせた時、鷹の目の気配を感じてその場を飛びずさる。
移動してから見れば私のいた所に鷹の目が細身の剣を突き刺していて、咄嗟に動けなければ私は死んでいたと痛感する。それなのに鷹の目はさして気にしたふうでもなく、私に視線を向けるとニンマリと笑った。
「……やはり、覇気の使い手か。何故それ程の実力を持ちながら、東の海に居たのか甚だ疑問だ」
「家族が、人質に取られていたのよ。それで、元帥はなんと?」
「……すまなかったと、伝えるよう言われた。これで良いか」
「赤犬以外なら、誰が向かってくれても構わないから、助かりました。それで、何故私を殺そうと?」
「あの程度で死ぬとは思っていなかった。それに、主は無傷で生きている」
……全く持ってその通りでございますね、鷹の目様!とは言えないので、私は深く溜息を落として項垂れるに留める。それから、要件を聞こうと顔を上げたところで唇を奪われた。
強引に侵入して来る舌は、歯列を割って口内に侵入し当然のように蹂躙する。キツく吸われた舌は、すでに痛みに近いものを感じさせる。
呼吸さえも奪うようなそれに私が対応出来る筈もなく、ただ翻弄されてしまう。抵抗しようにも元々の力が違い過ぎるのに加えて、徐々に頭もボーッとしてくる上に、力も入りにくくなっている。
唇を離された時には、膝から力が抜けており座り込みそうになるのを軽々と支えられる。その余裕な態度が気に入らなくて睨み付ければ、愉しそうに笑われてしまう。
「……ルフィ達は、どうしたの?」
「さてな。俺は主を連れ帰ったのみ。あの場を生き残れたかは、俺の知った事ではない」
航海士のいないあの船がこの先へ進めるとは思えなくて、私は不安になる。ルフィが冒険出来なくなるのは困るわ。
ルフィは海賊王になる男なのだから。早く、ルフィの元へ帰らないと……。
「……私を連れて来て、どうするの?覇気を使える女ならば、九蛇にいくらでも居るじゃない」
強さも美しさも、ハンコックには遠く及ばない。何故私を連れてきたのか。
拐われるのは、美しい者、弱い者、価値のある者と相場は決まってる。その中で私は決して弱い者では無い筈。
確かに鷹の目に比べれば弱いけれど、そういう事ではないと思うから。だとするならば、価値のある者かな。
でも、それには問題がある。私は何かを書いたりしてる所を鷹の目に見せては居ない。
知らないのであれば、そういう意味での価値は見いだせない筈。では価値ある者でも無いのかな。
となれば、残るは美しい者。確かにナミちゃんの肉体は美しく、顔立ちは少し幼いが故に可愛らしい。
でも、それだけが理由で攫う?
いつか超えてみろと言ったゾロの前で?
有り得ない。そうなると、私を拐った理由が全くもって解らない。
「……名は、なんと言ったか」
「私?」
「他に誰がいる」
「ルフィとか、ゾロの名前を確認した可能性も……」
「……本気では、無いだろう。主は馬鹿ではない」
今この人、私を本気で馬鹿にしたよね。ま、有り得ない事を言った私が悪いんだけど。
これで誤魔化されて興味失ってくれたら良いな。なんて甘い事を考えていたけど、その視線の鋭さから考えてそれは無さそうだと判断する。
「主の名は?」
「ナミ」
「ではナミ、いくつか話がある。屋敷に帰るぞ」
「いえ、私はルフィの元へ帰ります」
「ここが何処だか分かっているのか」
「シッケアールですよね。穏やかな人の傍にいれば、穏やかに育つヒヒも戦乱の続いたここではそれを吸収してしまった。私には、こんな危険な場所で生き抜く術はありませんので」
「……よく言う。先程も見事な戦闘だった」
何処から見ていたのか。見聞色には引っ掛からなかったのに。
それとも実力が違い過ぎて、見聞色からも姿を隠せたとでも言うのかな。だとしたら、逃げ出したいと思っても許可が無ければそれは不可能。
鷹の目に実力で勝つのは不可能。隙を付けたと思ってた今でこれなら……と考えていたら、突然腕を捕まれ正気に返った私は咄嗟にその犯人を睨む。
けれども犯人たる鷹の目は私を無言で見詰めて、ゆっくりと歩き出す。その腕を離さないままに。
「ちょっと!離して!」
「帰ると言っただろう。それとも、抱かれて持ち帰られたいか?」
何も言い返せずに私は悔しさをぶつける所もなく、引きずられるようにして屋敷へと連れ戻される。屋敷の中にある1室で、ソファに投げ落とされた私は体を起こして鷹の目を見る。
鷹の目はそんな私を無言で観察していたけど、興味を失くしたのか突然視線を逸らすとドアや窓を閉めて歩く。それから私の目の前に腰を下ろすと、徐に口を開いた。
「これから先ナミは俺と共に、ここに住む事となる。拒否権はない」
「……巫山戯ないで!私はルフィの航海士なっ……」
言葉を最後まで言う事は出来なかった。いつ立ち上がったのかさえ分からないのに、鷹の目は私をソファに押し倒して首を平然と締めているから。
細く呼吸が出来るギリギリの締め方で、鷹の目に余裕があるのは嫌という程分かる。どうして……こんな事になっているのか。
「拒否権はないと言った筈だ。すでにナミは俺のモノだ。逆らうならば、ナミが言う仲間やセンゴクにより救われた筈の村人の首を、目の前に並べてやっても構わぬが?」
声を失うとは、まさに。血の気がひいて行くのが分かる。
震え始める肉体を、上手く鎮める方法も分からずに、私は鷹の目をただ見つめるしか出来ない。そんな私に鷹の目は淡々と言葉を紡ぐ。
「……抵抗せずにナミが俺の元に留まるならば、そのような事はすまい。どうする?」
「……わ……たし……」
声が上手く出せないでいたら、鷹の目は首から手を離してその通り名の所以となっている瞳を僅かに細めた。捕らえた獲物を弄ぶのは猫の特権かと思っていたのに、鷹にもそんな趣味があったのかと言いたくなるような眼差しに、私は体を震わせる。
逆らえない、逃げ出したい。帰りたい、帰れない。
交錯する思考が理性を破壊して、感情のままに動けと命じてくる。でも、それをした所で解決もしないと分かっているから、深呼吸してから鷹の目を真っ直ぐに見据える。
何も話を聞かずに受け入れては、いつ逆鱗に触れるか分からない。受け入れたくないと言っても無駄なのは、分かりきってるから……私には今、進む事しか許されない。
「……何処までが許されて、どこからが抵抗になるのか、教えてくれる?そうしないと、何も出来ないわ」
「そうだな、俺も人形が欲しい訳では無い。その勝気な瞳が欲しいと思っているのだから」
そう言ってから鷹の目は私の頬に指を這わせると、話し始める。屋敷から無断で出る事が許されない行為として、生首が並ぶ要因となると無感情に言われる所から始まる。
屋敷の中であれば攻撃を仕掛ける等の抵抗をしても、生首は並ばないがそれに見合ったお仕置きはあると言われる。だが、余程の事が無ければお仕置きにはならないようで、屋敷に留まってさえいれば良いのだと分かれば多少は気が楽になる。
そもそもお仕置きとは何だろうか。拷問の類いならば慣れてるから耐え切ってみせるけど。
でも諦めきれないのはルフィの事。正式な仲間ではなかったけど、やはり可愛い弟のような存在だから。
「……鷹の目が1緒なら、外に出られるの?」
「ああ」
「……もし、強制的に誰かに私が連れ出された時は?」
「連れ出した者の首が飛ぶだけだ」
……誰かに助けを求めるのも、だとしたら難しいか。帰りたいな……。
私は首から掛けている笛を服越しに握り、シャンクスなら逃がしてくれるかなと1瞬考えて、シャレにならない戦争の引き金にはなりたくないとその案を却下する。それに、こんな事で頼ったら弟子として誇って貰う事は出来なくなる気がする。
「ナミが必要と思うものは、言えば何でも揃えてやる。俺の側から離れるな」
「何故、そんなに私を傍に置いておきたいの?」
鷹の目は私の作家活動も知らなければ、海図や地図を描く能力も知らない。それなのに、何故?
鷹の目はそれには答えなかった。ただ、真綿で包むように鷹の目は私を屋敷に軟禁した。
求めればベルメールさんの蜜柑だって購入して届けてくれたし、文通するのもチェックは入ったけどさせてくれた。鷹の目が本を読むからか、欲しいと言えば本だって紙やインクだって揃えてくれたし、家具は少し古いけど問題のない物を揃えてくれている。
共に生活するようになって半月程大人しくしていれば、屋敷の庭に当たる所までならば、1人でも出て良いと言われたので、ベルメールさんの蜜柑の木を数本入手して貰って育て始める事が出来た。庭の中を畑にしようとしたら花にしておけとは言われたけど、ハーブ系の花を育てるのは何も言われなかった。
カモミールを芝生として育てれば、歩くだけで良い香りが広がるようになったし、花壇を作りその中でローズマリーやジャスミン、メリッサにラベンダーをと育てて行けば、お茶やお菓子にも困らなくなる。いつの間にか頼んでもいないのにガーデンチェア等が庭の1角に揃えられて、そこでお茶を飲みながら本を読む事も増えていた。
鷹の目を伴ってさえいれば、屋敷の前に広がる空き地を農園にしても許されたし、衣服も鷹の目が土弄り用とその他用で用意してくれたので困ってはいない。消耗品だって必要な物を書き出せば揃えてくれたし、不自由な事はあまり無い。
夢が途絶えてしまった事と、ルフィ達の元に帰れない事だけが、心に影を落とすけど。そう思った時、鷹の目が気遣うように声を掛けてきた。
「……何か、不満があるか?」
「いいえ……いえ、そうね。夢が叶えられなくなった事を受け入れるのに、時間がかかってるだけ」
「夢?」
「……私は〝自分の目で見た世界地図を描く〟事が夢だから」
「……俺が航海に出る時ならば、連れて行ってやる」
「え?」
「主を1人残すつもりは無かった。丁度良い、その時に島をいくつか追加で回ってやろう」
それで文句は無いなと無言で問われれば、私に是以外の何が示せただろう。好きなお酒も、お茶も食べ物だって、言えば用意してもらえた。
私の意志じゃないけど、お世話になってるからと家事は私がやっているから、気分は住み込みの家政婦さんだ。そう、突然現れた見知らぬ男達に私が拉致されるまでは。
植物の世話以外で基本的に外出をしていなかった私は、恐ろしい程に色素が薄まっていたのは知っていたけど……暗い所で、その白さは亡霊のように浮かび上がるなんて知らなかった。おかげで逃げ出す事も出来ない。
鷹の目を狙ったけど途中のヒヒに敗れて半数を喪い、生き残った半数は鷹の目に瞬殺され、逃げ帰る時に偶然見付けた私を攫ったそうだ。生首を送り返せば、多少気が晴れると思っているらしい。
私は単なる家政婦だと話せば、何か変わるだろうか。とは言え、家政婦と言うには豪華過ぎる衣服を身に纏っているので信用はされないだろうけど。
どうやら私は鷹の目の娘か恋人だと思われているようで、違うと言っても聞いて貰えそうもない。思わず溜息を落とした所で、血の気の多い男達が私を取り囲んだ。
折角抜け出せたのだからと、これらを始末してこの船でルフィの元へ帰ろうかとクリマタクトを構えたけど、何故か視界が歪む。クラりとした私は、クリマタクトに縋るようにして立っているのが精一杯になる。
「お前を閉じ込めていた部屋に充満させていた薬が、やっと効いたか。通常の3倍は使ったぞ」
飲まされるものとかじゃなくて、空気からかと気付いても今更無意味。この倦怠感は何の薬だと言うのか。
「……効果、薄いな。まァ、抵抗出来ないならそれでいいか」
「恋人でも娘でも、散々犯した後で殺して、その死体をとなれば流石に冷静では居られないだろう」
そんな会話が聞こえてきて、巫山戯るなと叫びたくなるけど、声が出ない。手から力が抜けて、クリマタクトがカラリと音を立てて転がった。
引き裂かれる布を動けない体を持て余した私は、見ているしか出来なくて、肌を這う無数の手が吐き気がする程に気持ち悪い。助けを求める事が怖くて、でも脳裏にはルフィやシャンクス、ベック……そして鷹の目が浮かび、そんな馬鹿なと冷静になる。
誰も彼も遠くて、現実味は無い。そんな時、体を貪っていた男達にどよめきが広がり、あぁ、気付かれたかと何処か遠い所で冷静な自分が思う。
誰にも暴かれた事が無かったこの体は、今過去にない最大のピンチを向かえようとしている。脳裏に幼い時、別れ際にシャンクスに言われた言葉が蘇る。
『何かあったら呼べ。必ず助けてやる』
馬鹿な事を。どうやって呼べと言うのか。
けれども男達はその真実により、私を鷹の目の娘と判断したらしい。ザワつくのは、分からなくもないわね。
誰が最初に入れるかで揉め始めた時、船が大きく揺れた。これは沈むと思った時には、動かない体は簡単に海に沈み、咄嗟に共に落ちていく武器に手を伸ばしてそれらを集めた私は、武器を抱いて沈んで行く。
海を愛して、海に沈むならそれもいいかと思った。なのに、無理矢理私を引き上げる腕があって、良く知る船にあげられたと理解した時に、私の意識は安堵から当然のように途絶えてしまう。
意識を取り戻した私は、いつもの部屋に戻されている事に少し笑ってから体を起こす。軽い目眩はあるけど、他には問題も無い。
サイドテーブルにはベルメールさんに貰った武器と、シャンクスとベックに貰った武器がしっかりと置かれていて、ホッとする。ベッドから降りようとした所で、漸く何も衣服を身に纏っていないと気付く。
仕方なく毛布を体に巻き付けてベッドを降りると、鷹の目が部屋に入って来るのとかち合った。私は、いつの間にかこの男に絆されていたらしい。
「……無事か」
「ええ、お陰様で」
「ナミ程の者がどうして、あの程度の輩に囚われた」
「気を抜いてたみたい。ごめんなさい」
確かに前なら、あの程度の奴らに囚われる事がそもそも有り得なかった。無意識の内に、私は鷹の目に甘えていたのだろう。
そう思った時、鷹の目の唇と私の唇が重なっていた。それに抵抗すると言う概念さえ浮かばない。
私は弱くなった。けれどもそれでも傍に居るならばそれだけでいいと甘やかす人が出来た。
ただ、囚われの身として泣き暮すか、逃げ出す算段をと思う心は確かにあるのに。どうしてだろう、この人の傍は居心地がいいと感じ始めている。
狂っているのは私を拐った鷹の目なのか。それとも、そんな相手に心を揺らす私なのか。
見えない鎖に繋がれて、私はもう、何処へも行けはしないだろう。絡み合う2人の影が、ベッドに倒れ込んだのを見ていたのは、空で輝く事さえ難しい朔の月だけ。