サングラスをしていても分かるくらいに寂しそうにしているから、無視する事も出来ない。本当に、この数日で色々な事があったわ。
「ナミ……」
「ドフィ……」
ドフィからの言葉は、それ以上は無かった。ただ、静かに私をサングラス越しに見ていたドフィは、唇だけでまたなと言うと、シャンクスが騒いでいるのを無視して無理矢理船に戻って行く。
「シャンクス、ミホーク、ドフィ……次に会うのは戦場かも知れない。その時は、邪魔しないでね」
「おいおい、そこは〝助けて〟だろう」
ドフィの言葉に私は笑う。寧ろ関わらないで欲しい。
もしも戦場で会うならば、エースを助ける為に居るのだろうから。だから、そうならない事を祈って願っているけど、そうなったら邪魔だけはしないで欲しい。
「邪魔しないなら、それ以上は望まないわ」
そう言って背を向けると、歩き出す。ルフィの所へ帰る為に。
陸に足をつけて少し行くと、船が背後で動き出したのが分かる。それを見送る事無く歩き出せば、突如身体が浮かび上がり何事かと思った時には別れたばかりのドフィの腕の中にいた。
「……ドフィ?」
首を傾げる私に、ドフィは言う。微かにその巨体を震わせながら。
「駄目だ、帰せねェ」
「ドフィ!?」
「俺はもう、ナミを手放せねェ……!!」
「ドフィ、巫山戯ないで!!私はルフィの……!?」
叫ぶ私にドフィは覇気をぶつけて、意識が朦朧とした私を片手に何処かへと移動を開始した。でも、私……帰らなきゃ、ルフィが、皆が……待って……る……。
そのまま暗転しようとする意識の端で、ルフィを何度も呼んだ気がする。けれど意識が覚醒した時には、首と名のつく場所全てに鈴が取り付けられている状態でベッドに寝かされていた。
踊り子か、はたまた猫か。まぁ、舞う人はこういう姿になる事も多いからそれ程忌避感は無いけど、ドフィの考えが読めないわ。
現状把握がしたくて身体を起こすけど、思うように身体が動かない。なに、これ……?
その時ドアが開かれて、ドフィが姿を見せる。そして1人で頷いて見せた。
「その状態で動こうとするとはな。傷ができるから、無理するな」
そう言ってドフィが指を動かせば身体が動かしやすくなり、糸で関節を締められてたのだと気付く。何してくれてんのよ、コイツ。
苛立ちから睨むばかりの私にドフィは満足そうに頷くと、当然のようにベッドに腰を降ろして顎を掴んでくる。でも、私を傷付けようという意図は見えない。
「この部屋では好きにしていていい。ナミがいい子にしてるなら、無理に犯したりもしないと約束してやる」
「帰し「ただし、この部屋を俺の許可なく出た時は……二度と自力で歩けなくなる覚悟をしておけ」」
言葉を遮られて、本気だとわかる覇気を放ちながら言われる言葉。それに身を震わせると、ドフィはその口元を笑みの形に変えた。
「欲しい物は揃えてやる。仲間達や家族に会いたいって言うなら、持って来てやるよ。……〝生首〟をな」
「辞めて!!」
「なら、ここにいるんだな。家族も仲間も、1新された。忘れるな、ナミは俺の家族で仲間だ。俺のファミリーになったと自覚しろ」
そんな事、認められる筈も無い。でも、今の実力じゃルフィ達は瞬殺されるだけだわ。
ドフィは、私の故郷も全て知ってる。故郷と仲間が私の弱点なのは、考えるまでも無い。
戦っても無駄で、抵抗は皆を危険にする。私には今、他に選べる選択肢が、無い。
「……皆に、手を出さないで……それなら、ここに、いるから……」
言葉と共に零れ落ちた涙は、何の涙だろう。わからないけど、ドフィはそれに動揺して小さくない舌打ちをしてから私を解放する。
それから宝石もドレスも、紙やペン、インクも本だって揃えてやると言う。部屋にはバルコニーが併設されていて、そこにはガーデンチェアだってある。
その奥にはそれ程広くも無いけど、庭があって……その先は崖になっていて勝手には降りられないけど、城下町を見る事も出来る。隔てる物のないこの場所は、海も1望できて空も良く見えるのだ。
最高の場所だろうと言われれば、確かに原作のナミちゃんが昔望んだ幸福な生活と言うものに似てる気がした。でも、私もナミちゃんももうそんなものは望んでない。
望むのは、仲間達と冒険しながら自分の目で見た世界地図を描く事のみ。だと言うのに……どうしてこんな事になっているんだろう。
「……望みは、叶えてやる。俺はただ、ナミに側にいて欲しいだけだ」
「ドフィ、私は人形じゃない!私が本当に望むのは……!こんな所に閉じ込められていたら、叶わない事なのよ」
「言ってみろ。叶えられるように、考えてやる」
ここで答えを間違えれば、間違いなくルフィ達が狙われる。ドフィは多分、本気で私の望みを叶えようと考えてくれてるのだと言うのは理解しているけど、声を出す事さえ怖くて……。
だけど私は黙ってもいられなくて、世界地図を描く事が……自分で見たそれを描くのが夢なのだと話す。それにドフィは困ったように笑うと頷いた。
「……叶えてやる」
「え?」
「俺が出掛ける時だけだが、船にも乗せてやるし、寄り道もしてやる。望むなら世界を手に入れてもやる。俺がここから離れられない時は、ここにいてもらうが……その代わりになんでも揃えてやる。……何が、欲しい?」
私の欲しい物は、皆の笑顔だと言ったら……ううん、それは許されない。そんなのは分かってる。
だから、私の望みは叶わない。なら、せめて……少しでもその温もりを感じたいと願うのはおかしいかな?
「……楽器と、蜜柑の樹が欲しいわ。ベルメールさんの蜜柑の樹を……少し買ってきてくれる?」
「奪い取ったら泣かれそうだな。良いだろう。親と姉の生活も保証してやる。だから、俺のそばにいろ」
この時、抱き締めてきたその腕が震えていなければ何か違ったのか。その顔を、見上げてしまわなければ良かったのかな。
サングラスの隙間から見えた傷付いた瞳が、縋ってるのだと伝えてくる。震える腕が、身体が、怯えているのだと伝えて来るのだ。
悪のカリスマと呼ばれるこの子が、本当は家族を喪いたくないと、愛して欲しいと願ってる少年だと……気付かなければ……見棄てられたのに……!
「ドフィ、大丈夫、傍にいるから」
囚われたのは、心か、身体か。ここで無体を強いられたのなら、見捨てられるのに。
ドフィは私が逃げようとしない限り、何をするのも許したし、嫌がれば性的に触れようとはしなかった。身体を鍛えていても何も言わなかったし、連絡を取りたいならと言って電伝虫だって用意してくれたけど、本当に籠から出してはくれない。
それでも私は、ドフィが本当に海に連れ出してくれたら、その時泳いででも皆の所へ帰ろうと決めていた。それが失敗してから待つ地獄を想像もしていなかったのだ。
獰猛なその鳥は、失うくらいなら壊そうとするのだとは……そんな狂気とは無縁に生きてきた心優しい猫に伝わる筈もない。それ迄抑えていた凶悪な思想を、躊躇いなく実行し……壊れる直前まで追い詰め心も身体も縛り上げられるなんて事は、この時理解をしていなかったのだ。
「ナミ、海軍からの呼び出しだ。今回は参加するつもりだから、連れて行ってやるよ」
「海に、行っていいの?」
「あァ……傍にいろよ」
「うん、ありがとう」
兄に甘える妹のように、笑顔でそれに頷くとギュッと抱き着いた。やっと、皆の所に帰れる。
船に乗り込み、海軍の護衛だと言う人達に囲まれながらドフィが色々と注文を付けるのを黙って見ていた。これから向かう先は、海軍本部の筈で……そこでは欠番になっている七武海のそれを入れる予定になっている筈。
なら、必ず隙はある。人数も多いから、甲板に年中いればその内見張りの目も緩む。
潮風を感じていたいと、波を見ていたいのだと言えば甲板の一角に揃えられたガーデンチェアと呼ぶには立派過ぎる物達。それのソファに寝転ぶドフィと、その目の前でお茶を飲みつつ海を見詰め続ける私。
……後30分で嵐とぶつかる。そのタイミングで海に飛び込めば問題ないわ。
そう思って唇からカップを離して、そっとテーブルに戻した時……ドフィが寂しそうに笑っている事に気が付いた。どうしたのかと思った時、ドフィは私に手を伸ばして来て静かに頭を撫でて来るから、声を出せなくなる。
「俺を、裏切ってくれるなよ」
「なに、言ってるの?」
「俺を置いて行く事を決めたナミと、似てたんでな」
その言葉に自然と寄る眉に対して、ドフィは小さく傷付けたくはねェからなと言う。そんなドフィに何も言えずにいると、静かに重ねられた唇が妙に胸を締め付けた気がした。
そのまま目の前で本を読み始めたドフィを見て、本が駄目になってはと嵐の5分前にそれを告げると静かに私を見たドフィが、濡れる前に戻れよと言って去って行く。ギリギリまで海を見ていたいと言った私のそれを認めてくれた形だ。
けれども嵐に直面しバタつく船内で、私が静かに海に身を沈めるとその喧騒は遠ざかる。海流を見付けるのはさほど難しくもなく、それに乗って船から1気に離れて行く。
時折海面に顔を出して呼吸を落ち着けてまた海流に乗って移動するのを繰り返せば、その内に島が見えて来てとりあえずそこで陸に上がろうと離岸流を探す。離岸流のすぐ側には、島に向かう海流があるからそれに乗れば特に何もしなくても島に到着できるのだ。
そうして到着した島で岩場に腰を降ろした瞬間、ヒラリと目の前に落ちてきたのはピンクの羽根。どういう事かと顔をあげると、珍しい位に〝微笑んで〟いるドフィがそこに居た。
「海水浴は、楽しかったか?」
身体が震える。ドフィの怒りと悲しみが伝わって来て、呼吸さえ難しくなりそう。
無言で伸ばされた手が、動けない私を捕らえる。濡れる事を厭わずに抱き締めてきたドフィは、そっと耳元で囁きを落とす。
「ナミ、これは、お前が望んだ事だ」
「ドフィ……」
「逃げるなと、傍にいろと、そう言っておいただろ。……二度と、歩けなくなる覚悟は……出来てるな?」
抵抗しようにも長時間、下手したら2日近く海の中に居た私には体力なんて残ってない。抱き締められたまま空を飛んだ私は、近くのホテルに連れ込まれて抑え込まれる。
意識を失う度に、次に目覚めると違う場所に居るのを繰り返して、気が付けば飼われていた籠に戻されていた。けれどももう、庭に出る事さえろくに許しては貰えない日々。
穏やかな語らいが、嗚咽に塗れた謝罪へと変わる。楽器の調べと共に響く歌声は、肌のぶつかり合う音に塗れた嬌声へと変わった。
鳴き声が掠れて消え失せるその日は……遠くない未来。言葉を知らぬ獣のように、絡み合い離れられない2人は互いに傷つけ合う道しか今は選べていないのだ。
この2人がいつか、幸福な未来を見付けられる日が来るのかは、この話を目撃した貴方様のお心次第。男のおさめる国に相応しい愛欲の日々が、男の望む結末へと進む確率は如何程だろうか……。
男はただ、女にそばにいて欲しいと願い、愛して欲しいと乞うているだけ。女はただ、大切な人達に逢いたいと、自由な未来を夢見ただけ。
優しい牢獄に囚われた哀れな歌姫は、舞姫へと姿を変える。本人の望まぬままに。