碌に戦う力を持たない私は、ただ原作知識に頼った予言に近い能力を持ってるだけ。それでも、前世の知識により事務方の仕事は楽にできている。
有難い事にこの世界にも印刷技術はあるから、仕事用のフォーマットを提案して受け入れて貰ったりして、多少の効率アップはできたと思う。そんなこんなで、思い出したお菓子を作ってはおつるさんとお茶してる日々だけど……明日から半月のお休み。
「……休みなんかいらないのに」
「何贅沢言ってんだか。休めるなら永遠に休みたいよ、俺は」
「クザンさんは、そうでしょうね。……そんなに休みたいなら、どこか休日を有意義に過ごせるオススメの場所ありますか?」
私の呟きに嫌そうな顔をした大将青雉。けれどもその後は、なんでか会話が成り立っている。
半分くらいは会話が成立しないので、物珍しく思えてつい見上げてしまう。それを誤魔化すように質問した、先程よりも更に嫌そうな空気を醸し出す。
「有意義な休暇なんてものがよく分からないけど……キューカ島なら、海軍の人達が多く過ごしてるから、変なのに絡まれても助けて貰えるよ」
「ありがとう。行ってみます」
休暇は寝てられるから休暇でしょうよ。家に引きこもって寝てるのが最高だと思う……なんて言ってるのを背後に、早速ETERNALのログポースを貰って向かった。
それは、自力で向かえば寄り道して海図や地図を描くのに便利だと思ったから。でも、その寄り道が、運命の分かれ道だなんて……誰が思っただろう。
船を出して少ししたら、見えて来た立ち寄った事の無い島に私は上陸した。そこは話には聞いた事があっても定期的な見回りの他に海軍が来る事は殆どない、ジャングルのような森に支配された島である。
住民はいるものの、小さな集落がいくつかある他は、港町だけの素朴な島。四皇の縄張りでは無いけど、海軍基地が近い事もあり平穏な生活を営んでいる……筈だった。
……のに、見た所女や子供の姿が少ない。見える女は老婆と妊婦のみ。
嫌な予感がして森の中に潜んでいると、村から離れた海岸にボロい船が泊められ、そこに若い女が運び込まれていくのを見た。その後聞こえて来る悲鳴や泣き声に、何故村の男達は戦わないのかと掌に爪が食い込む程に強く拳を握る。
けれども耳をそばだてていれば、聞こえてきた会話に私の理性はプツンと切れる事となった。だってそれは、あまりにも非道。
「この間のガキ、いくらで売れた?」
「一応親付きだったのもあってソコソコだな」
「あ?女も売ったのかよ!?」
売ったとの言葉に息を飲むのと同時に、人を人とも思わぬ会話に背筋が寒くなる。怒りで手が震えるのが、自分でわかる程。
女を売った事に怒りを見せたのも一瞬で、代わりになる存在がいるなら構わないとでも言う勢い。でも、その代わりって……アンタ達の誰かが父親なんじゃないの?
「昔は美人だったらしいが、そろそろくたびれたババアになってたからな。あれの産んだ娘なら、そろそろ使える頃だろ。お頭が初モノを楽しんだ後だが、俺らにも回してくれるさ」
「母親が売られたら今度はその娘が俺らのオモチャで、奴隷製造機か!野郎共は売り飛ばして、女達は俺らのオモチャで……最高の塒だな!」
「海軍様々だよ!近いからこそ、見落とされてるんだからな」
「違ェねェ!」
汚らしく笑う男達を咄嗟に殴って気絶させた私は、そいつらの衣服を剥ぎ取り、その衣服で作ったロープで縛り上げた後は余った布切れをその口に押し込む。その状態で木に縛り付けて、水で薄く伸ばした蜂蜜を身体中に塗ってその場を去った。
全裸で身動きの取れない、甘い香りのする状態にあれば……全身を虫が襲うだろう。その虫を求めて鳥や小動物が集まり、それを求めて大型の獣も集まるだろうが……さて、それによる命運等知った事ではない。
拷問を兼ねた処刑のひとつでもあるから、これで苦しむのは間違いない。問題は歴史的に見ても、これが理由で死ぬのには随分時間がかかった事だけだろう。
精々苦しめばいいと意識の無い男達に思いながら、正義のマントを翻して問題の船から続く道を進んだ。船が楽しむ場所ならば、何処かに使われる順番待ちしている人達を閉じ込めている場所がある筈。
状況確認ができたら、とりあえずおつるさんに報告だけ入れてすぐに救出に向かおう。一人で行って解決できなければ困るから、報連相だけはシッカリしておかないとね。
これが別な作者様の漫画なら、小窓からおつるさんが「馬鹿お言いでないでよ!すぐに連絡入れて帰って来な!」とか言ってるのだろうが、この漫画にそんな仕様は無いし、ナミにはそれを察する能力が無い。その上……通常であればこの程度簡単に解決できるだけの能力は、持ち合わせている所が厄介な点だろう。
そうして情報を集めたナミは、鳥笛で伝書バットを呼ぶとおつるさんに届けてくれと頼んでから侵入した。鉄とイカの臭いが立ち込めるそれは、衛生面なんて少しも配慮されてはいない。
……これだから、海賊は嫌いなのよ。それでも、あえて正義のマントを翻して侵入したのには二つの理由がある。
ひとつは助けるべき人達が、海軍だと分かる事で安心するだろうと言う事。もうひとつは……最悪の場合、自分が囮になれるから。
何があっても、被害者だけは助けなければ。あの日……おつるさんが私の故郷を助けてくれたように。
そうして見付けた囚われている人達。出口を確認して戻ると約束して、避難口らしい場所を守る海賊を倒して戻ると、いつでも逃げられるように待っている人達の姿に気付いた。
その様子に少し笑ってから、鍵をヘアピンで開ければ歓声があがる。それを指を唇の前に立てる事で押さえると、背後を気にしながら出口へ向かう。
背後から声が聞こえたら戻るとして、基本的には私が先導するのが逃げるにあたっては最適だから。そうして表に出た時、数人の男達が潜んでいる事に気付く。
被害者を誰も潜んでいない側の近くの木の影に移動させてから、声を掛ける。移動中に彼等が襲われては、なんの意味も無い。
「出て来なさい。素直に投稿するなら、生命までは取らない」
「クッ……!無血の海兵さんが、そんな事を言うとはな。どちらにしても、生命を取りはしないだろうに」
そう言って姿を見せたのは、四皇の海賊。四皇とは戦うなと言われているのもあるけど、読者だった頃のイメージで良い側だと思っていた相手の登場に頭の芯が冷えていく。
四皇……赤髪海賊団。その副船長が、目の前にいる。
「所詮……その程度の海賊だった……って事ね」
勝ち目は無い。そんなの分かりきってるけど……この人達を守る義務が、私にはある。
十代半ばから、三十代半ばまでの女性が4~50人。そして、三歳以上十歳未満の子供達が20人程度の団体を……苦しめていたのがまさか、赤髪海賊団だとは思わなかった。
「……何か、勘違いしてないか?女海兵」
「勘違い……?」
「俺達は正義の味方でも無ければ、英雄でも無い。ただのゴロツキ。海賊でしかない。……それでもな、民間人を食い物にするようなやり方は好まねェ。海軍に見捨てられ、助けの来ないこの島を哀れんで、ウチのお頭が潰して来いと言ったから来ただけだ」
その言葉に身体から力が抜けた。私一人では、この人達をこの場から逃がす事はできても、その後援軍が来るまで守り切れるか不安だったのだ。
泣きそうになるのを自覚して、それでもそれを耐えて言葉を告げた男を……ベン・ベックマンを見詰める。顔は自然と綻んでしまっていたけど。
「勘違いして、ごめんなさい。良かった、これでこの人達は……助かる……」
その言葉を告げた直後、向けられた殺気。咄嗟に放たれた矢を短剣で払い除けるけど、それとほぼ同時に放たれた次の矢が隠れている人達に向かうのに気付いて、慌てて矢の前に飛び出す。
間に合え……!
矢の進行方向的に狙われた筈の少女を胸に抱いたまま衝撃を待つのに……背後から来る筈の衝撃が、来ない。まさか誰か別な人が射られたのかと見渡すけど、怪我人のいる様子は無くて……振り向けば呆れた顔をした男が私を見下ろしていた。
「……呆れた、お人好しだな」
視線を動かせば、矢が折れて落ちている。そのすぐそばにダガーが一本落ちているから、投げて矢を防いでくれたのだと気付く。
けれども呆けては居られない。この人達を狙う相手が……と思ったら、先程までベン・ベックマンの周りにいた人達が姿を消していて、その後集まって来た彼等は何かを引き摺っていた。
「副船長、すいません。二人程の奴さんに、俺達が到着する前に勝手されました」
「問題無い。……こちらの女海兵さんが防いでくれた」
「あ!流石は無血の海兵!そんで、こいつらどうします?俺らで始末するか、この女海兵さんに任せるか」
「このお嬢さんでは……まともな罰を与えられそうもない。俺達でやるぞ」
それだけ言って踵を返すから、咄嗟に声を出して引き止める。流石に海軍としては、海賊を勝手にリンチされては困るのだ。
その人の罪状に合わせて、死罪を含めた量刑を化す事が私達の仕事でもあるから。おつるさんの事だから、すぐに援軍も来てくれると思うし。
「勝手は許さないわ!海賊の処分は海軍の職務。赤髪海賊団は〝四皇〟である事を加味して、今回手を出さないけれど、それだけよ。……縛ったままで良いから、置いて行って」
「気に入った」
「ほぇ?」
「俺のものにする」
「……その、海賊達、そんなに気に入ったの?赤髪に入れるの?女の人達や子供に酷い事したのに?」
「………………少し、黙れ」
意味が分からなくて首を傾げた直後、腹部に衝撃が走って……暗転した。当身がやったら上手いのか、次に目覚めた時には、痛みも苦しさも何も無かったのだから恐ろしい。
ただ、倉庫のような所とか、色々想定してたのに全て裏切られた。清潔感のある本棚の割合が高い居室にあるベッドの上で、寝かされているのは想定外。
左足首にある拘束具だけが、囚われてる事を如実に伝えて来る。鎖で繋がれてる先はベッドの柵で、これなら最悪破壊する事も可能だと思うけど……大きな音が出ては逃げにくくなるわよね。
そうなると普通に、鍵穴から針金入れて逃げるのが良い。そうなった時の問題点は、この部屋の外が未知の世界である事のみ。
少し状況把握して、単なる交渉目的ならもう少ししてから帰ればいい。衣服の乱れも何も無いみたいだし、焦る必要は無いと判断した。
私が逃げられるのだと教えては、今後に差し障るから……怯えたふりでもしておくべき?涙を流して、震える……とか?
「起きたか。痛みは?」
「……な、何が……目的……なの?」
咄嗟に良くやったと自分を褒めたい程には、小動物感を出せたと思う。なのに、ドアを開けた男は可笑しそうに私を見て、無遠慮に近付いたと思ったら頭を撫でて来た。
なんなのこの人……と思いつつも、潤んだ瞳で身体を小刻みに震えさせてみせれば、何故か納得したように頷く。賢い男だと聞いていたけど、既に理解不能である。
「良い、演技力だ。大抵の奴は騙せるだろうな」
その言葉にバカバカしくなって、演技を辞めて睨み付ける。そんな私に妙に優しい眼差しを向けて来るから、戸惑うばかり。
こんなにも簡単に見破られたのは初めてだと思う。……でも、あの頃も結局アーロンにはバレてたらしいから、演技力が足りてないのかも……。
「俺と会ったのが何度目か、理解してるか?」
「……二回目、かしら?」
「覚えてたのか」
「殴られる前と、今でしょ。覚えてるわよ」
私の言葉に深い溜息を落として、首を横に振られる。それが馬鹿にされたみたいで、物凄くイラついた。
なんでほぼ初対面なのに、そんな対応されなきゃいけないのかしら。それにしても、この男は何を言いたいのか。
「前にも、子供を庇いながら戦ってるのを見た事がある。……その後、その時指揮していた上官が気に入らないと、愚かだと嘆きながら酒を呑んでいたな?」
「な……んで……」
基本的には海軍本部から離れない私が、上司と動くなんてのは数える程。だからこそ、思い当たる事はひとつだけ。
確かにあの時、世界的に有名なカバの妖精とお友達である人間の男性を思わせる風貌の人が隣に居たわ。色が緑ではなく、灰色だったけど。
まさか、アレが、ベン・ベックマンだったの?だとしたら、私随分前後不覚になってたって事よね。
「……あの時は、耐え難かったのよ。まさか……10歳の女の子が、自分の子供を抱えてる姿を見る事になるなんて……思わなかったのっ!」
この世界は、生命が軽い。そして、女の尊厳なんて守られる筈も無いような時代。
だからって、女の子にさえなっているかあやふやな頃から慰み者にされて、生き抜いてはいても子を産まされているなんて……思わなかった。妹さんかと問い掛けた私に、娘よと答えたあの子を、保護する権限さえ私には無かったの。
今思い出しても悔しくて、情けない。それにより荒れ狂っていた時に出逢っていたのかと思えば、何か話があるのは理解できた。
「……取り乱したわ。ごめんなさい。それで、話は?」
「気に入ったから、俺の女にならないかと提案している」
「へ?」
「……拒むなら、ペットとして、この部屋で飼ってやる。どちらにしても……手放す気はねェ。だから、好きな方を選べ」
男好きするナミちゃんの身体だものねと思うのと同時に、何が違うのかと呆れてしまう。どちらにしても、頷くつもりは無い。
唇を閉ざしたまま、口内を広げる。歯と歯の隙間に舌を差し込み、上と下の歯の隙間にクッションのように舌が入った所で思いっ切り噛もうとした所に……口を塞ぐ形で掌が覆い被さり、顎の繋ぎ目を両側から指で押された。
激痛と共に口が勝手に開いて、舌を噛めなくなる。そんな私を見ながら、ベン・ベックマンはその瞳を細くして私を見下す。
「俺が目の前にいて……死ねると思うな」
反論しようにも、声は呻き以外出せそうもない。でも、そんなの海賊相手に出せる筈も無いから、キッと睨み上げたらその手がゆっくりと離れる。
冷静な瞳が私を見据える。その瞳が、妙に綺麗に見えた。
「……ただの馬鹿か、熱血な馬鹿か、花畑住民系馬鹿か……籠絡系の女だと思ったが、どれも違ったか」
……今、この男、私を馬鹿馬鹿と何度言いましたでしょうか。これでも、頭だけで生き抜いてきたのに……!
元々ナミちゃんは賢いから、それを元にして知識と経験を積み上げてきたのに……!こんな言われ方する筋合いは無いわよっ!
「失礼にも程があるわ!これでも数字には強い方よ!」
「……天然お人好し系の、お勉強はできる阿呆か」
「阿呆!?」
「クッ……!馬鹿は、嫌なんだろう?」
楽しそうに笑うその様子に、既に怒りしか湧かない。何がなんでも逃げ出してやる。
後で吠え面をかかせてやるわ。人の事誘拐して来てこの言い草……!
って、待ってよ。あの子達はどうなったんだろう。
「島の、被害者達はどうなったの?」
「お頭がウチの縄張りにして来たから、今後は大丈夫だろう。ケア的な事は俺達の管轄外だ」
「なら、帰らせて!私達海軍の仕事に、そのケアは含まれるわ」
「……今更?」
その言葉に身体が強ばる。でも、なら、どうしたらいいの……?
それに。〝今更〟なんて、本当に現在進行形で苦しんでる人は思わないわ。
「今更……なんて言える人は、誰かに助けてもらうのが当然だと思ってるのよ。もしくは、もうそこから這い上がって自力で生きているの。それだけ、余裕があるんだから、助ける必要なんて無い!!……助かった事が奇跡だと、開放されたと思うから、喜べるの。心が壊れているから、傷付いているから、癒す必要があるのよ。壊して奪うしかやらない海賊に、とやかく言われる筋合いは無いわ!」
「海賊が、嫌いか」
「そうよ!何かおかしい!?」
海賊なんか、嫌い。大っ嫌い!
人を、物を、全てを破壊して奪い尽くす。悲しみと怒りだけを量産する存在。
それでも、赤髪海賊団は違うと信じていたのに。なのに……どうして……?
「いや……思ってたのと違って、本当に可愛い」
「はぇ……?」
「……あざといな」
「何が!?」
突如意味不明な事を言われて混乱する。この男は、私を玩具かなにかだと思ってるんだろうか。
それにしても……危害を加えて来る気配は無いわね。そんな事を考えていたら、また妙な事を言われる。
「演技だとそれが分かる為に、苛つくが……素なんだな。だとしたら、ペット希望って事で良いな」
「良くないわよ!!」
ガルル……と唸りたくなる。そんな私を軽くあしらって、ベン・ベックマンは部屋を後にした。そのまま様子を見ていると、どうやらここは船長室の隣にあるらしい事が理解できた他、本当にこの部屋の主は賢いのだと気付かされる。
そうしていると時間は瞬く間に過ぎて、日が沈む。それに合わせて人の動きが変わり、夕飯時だと気付いた時にはベン・ベックマンがトレイ片手に戻って来た所だった。
「俺の女になるなら、運んでやる。ペットになるなら食わせてやる。……どちらが好みだ?」
「それならいらないわ」
「机に置いておく。次来るまでに、どちらにするか決めておけ」
楽しそうに笑って、ベン・ベックマンは去って行く。ボルサリーノ大将でさえ望んでは戦いたくは無いと言う相手に、どうしたらいいのか。
本来ならば鎖の為に届かない位置に置かれた食事。不貞腐れて寝るか泣くかして過ごすのが一般的だろうと分かるけど、そんな事をするつもりは私には無い。
完全にドアが閉まり、その足音が遠のく。そのまま食事に向かったのだろう事はわかるので、そっとピンを取り出すと錠を外してドアに近付き静かにドアノブへと触れる。
鍵がかかってない事を確認して、耳をすませて神経を集中させて、漸く見聞色の覇気を使える。……何もいない、か。
使えるようになってまだそれ程立たないから、扱いが下手なのよね。おつるさん経由でベガパンクから貰ったクリマタクトで、姿を隠して逃げ出す。
縛り付けられてる船を解くのは流石にリスクだからと、空の樽をひとつ拝借して海へ落とす樽が落ちた事に反応する人達が集まるのを横目に、もうひとつ樽を貰ってクリマタクトで樽も隠して逆側から海へ入る。樽は厚みがあってビート板の代わりにはできないけど、浮き輪の代わりにはなるから、少し離れたら上に乗ろうと決めて水しぶきを出さない程度にバタ足で進む。
そうして船が小さくなった辺りで樽に乗って、呼吸を整えれば後はこっちのもん。クリマタクトをクルリと回して風を起こせば、服も渇くし……何より、漕がなくても移動可能。
そんな事を考えながら進んで行くと、目的地の方向にサイクロンが発生するのが分かって方向を変えた。その直後、何故か逃げて来た筈の巨大な船が目の前に現れて……。
「散歩は、楽しかったか?」
「散歩って……」
「今帰るなら、許してやる。……おいで」
私の帰る場所は、海軍か、家族の所よ。……なんて、言える雰囲気じゃない。
だからって素直に従って、手を取る気にもなれないの。この場合、どうしたらいいんだろう。
「……私は、海兵よ」
「ペットか女か、選ばせてやるとは言ったが……海軍に帰らせるつもりは無い。俺から逃げられると思うなら、随分甘い」
真っ直ぐに見据えられては、息を飲んだのも当然。そんな私の様子に、その船の船長がおおらかに笑いながら声を掛けてきた。
ただし、その瞳は笑ってないけど。どうやら、自分の右腕に逆らうのは気に入らないらしい。
「まさか、ベックから逃げ出すとはな!気に入った!赤髪海賊団のペットになるってのも候補に入れさ「お頭……アレは、俺のモノだ。手を出すなら覚悟しとけよ?」」
突如低くなった声。けれども、表情は笑顔だ。
それが怖い。そして、この隙に逃げようと思ったのにそれさえできない位に隙がない。
下手に背を向けたら、撃たれる。比喩ではなく、間違いなく。
「……お嬢ちゃん、可哀想にな。……ベックにここまで入れ込まれたら、逃げ場なんかねェぞ」
「何が、目的なの……?私は、海軍の機密とかには触れてないわよ」
私の言葉に呆れを隠さずにベン・ベックマンは言う。まるで、理解力の無い子供に言うかのように。
「何度言えば分かる……?気に入ったから、俺の女か、ペットにすると言ってるだろ」
「……えっと……?」
本気で意味が分からなくて首を傾げたけど、サイクロンが近付いてる事を思い出して仕方なしに船に向かう。流石に樽ではどうにもならない。
帰る為にも、生き残らないと。帰ったら、おつるさんと蜜柑ゼリー食べるんだから!
「そんな事よりも、サイクロンが来るわ!10時の方角に逃げて!!」
いつもの癖でそう言った直後、ベン・ベックマンと赤髪のシャンクスがそれに従えと言って……私はベン・ベックマンに部屋へと連れ戻されてしまった。それから不思議そうに私を見下ろしたベン・ベックマンは、私の髪をひと房手にして指先で弄ぶ。
それだけの事が妙に色っぽくて、この男魔性だわと素直に思う。そう言えば、最近ゲンさんが大人しいわね。
前はベルメールさんやノジコへの連絡を利用して、色々言ってきたりしてたのに。……具合でも悪いのかしら?
「ゲンさん……」
「この状況下で他の男を呼ぶとは……本当に命知らずだな。噂は当てにならないと思っていたが、噂を色々な意味で上回ってきたな」
「え、あ……ごめんなさい。少し考え事を「好きに過ごせばいい。俺のそばに居るなら、融通してやる。……次に逃げたら、その足……失う事を覚悟しとけよ」」
優しく微笑み、物騒な事を言い捨て、戸惑う私の腰を抱く。身長差が理由で足が地から離れると不安で慌ててその服を掴んだら、気付いた時には唇が重なっていた。
抵抗しようと顔を動かしたらバランスを崩して、声が出そうになる。その隙をついて、舌が口内に侵入して掻き乱す。
「んっ……ぅ……!」
「……未経験か。鼻で呼吸しろ」
「やっ……待っ……!んぅ……!?」
僅かに唇が離れた時に呼吸を整えてたらそんな言葉を告げて、またすぐに塞がれてしまう。でも、なんで……分かるんだろう。
過去には恋人が居た筈なのに、そう言えばキスってあまりした記憶が無いわ。……まぁ、不要な行為ではあるから当然だろうけど。
「……なに、考えてる?」
「私の頭の中にまで入って来ようとしないで!」
「クッ……!この状況で、それを言うか」
「状況って何よ!私は自由……」
顔を上げたら、唇が目の前に。今、触れてた……柔らかくて、思考が止められる身体の熱くなる……不思議な行為。
……ペットと恋人って、何が違うのかな。恋人って、都合のいい穴の事よね。
ペットって……そうなるとどんなものかな?
穴として使わない間は、愛でられるとか?
……服を着るのを許さないとかなのかも。だとしたら、逃げにくいわよね。
「ナミ……?」
「あれ?……私、名前教えた?」
「それくらい、知らない訳あるか」
いや、名乗ってないんだから、普通知らないわよ。でも、相手はベン・ベックマンだもんね。
溜息を飲み込んで、問い掛ける。素朴な疑問を。
「……恋人とペットって何が違うの?」
「恋人は人間で、ペットは猫とか犬とか、そんな扱いだろ」
「……結局、都合のいい時に使える穴でしょ?」
その言葉を向けた直後、ビリッと聞こえて音の発生源を探す。その為に視線を動かしたら、胸元が裂けていて……思わず声が出そうになったのに、結局声は出せなかった。
それは、無表情で見下ろしてきてるベン・ベックマンの存在が理由。でも、何でか腕を震わせてるから、力加減を間違えただけなのかもとか思う。
「海軍には、二度と……返さねェ」
「何で!?帰りた「この部屋から、俺の許可無く出たら、甲板で犯してやる」」
その言葉に身体が震えて、声が出せなくなる。そんな私に、ベン・ベックマンは表情だけは優しく笑った。
その笑顔が本当に優しそうで、絆されてしまいそう。敵意も悪意も、蔑みや嘲りを含まないその眼差しが心を縛る。
でも、痛くて、気持ち悪くて、苦しむだけの行為に嫌悪感を抱かない方がどうかしてる。そう思うのに、その眼差しと声が、言葉が、信じていいと告げて来るから混乱してしまう。
「いい子にしてるなら、大切にしてやる。それは、恋人でも、ペットでも変わらねェ。ただ穴にするなら……ひん剥いて縛ってるさ。……下手な事して、俺を怒らせるなよ?」
これ迄知らなかった甘やかな愛情が、甘やかな猛毒だと気付く頃には、歩く事も何する事もできないようにされた後である事等、当人は知らない。悪意も敵意もなくとも、愛情故に人を何も出来ない廃人にする事等……賢すぎるこの男には容易かったのだろう。
勝手に動くと叱り、お仕置きとしてベッドに繋ぎ、移動は抱き抱えられての日々を過ごせば……足はあっても弱るのは当然。心を壊さないように、抵抗さえしなければ甘やかして大切にして、全ての事をやって何一つ男がいなければできなくさせて依存させるのは……本当に優しさなのか。
少なくともこれもまた、狂った愛情だろう。歩く事も、食べる事も、着替えや風呂さえ、手を借りねば何もできない程に世話され続けて、一人になる事は危険だと刷り込み教育を施した男。
逆らうと酷い目に合うと教えこませた男のそれにより、逆らうという思考を奪ったそれは、ある意味でDVと呼べるのかもしれない。真綿に包むように隠された少女を助ける手が届く事があるのか、通常の恋愛関係になる日が来るのかは……この話を目撃してしまった貴方のお心次第。