ローちゃんと同盟を組んで、指示に従い遠回りしながらドレスローザに向かう途中でそれは起きた。ドフィが、空から降りてきたのだ。
既にローちゃんは喧嘩を売った後だったし、まだ色々な意味で準備が整ってないルフィ達では戦いにならない。何より船を破壊して沈めるだけで事足りるドフィと、船を傷付けないように戦う事を余儀なくされるこちらでは、それだけで分が悪過ぎるのだ。
「久しぶりね、ドフィ」
「……まさかナミが、俺に刃を向けるとは思わなかったがな?」
せめてもの時間稼ぎに、皆が傷つけられるより先に前へと飛び出した私は、先頭でドフィと対話する。全て経験して来た私としては、どうしても可愛く思えてしまう部分もあるけど、許してはいけないと分かってもいるの。
「そうね……私もこんな事になって悲しいわ。ところで、なんのご用かしら?ここ、私の船なんだけど」
「あの時と船が違うから、分からなかったと言えば、納得してくれるか?」
「理解したなら、壊さないでよね。それで、何をしたくてここ迄来たの?」
「お前を迎えに来た……と言いたい所だが、ここでシーザーを返してローを差し出すなら、見逃してやってもいい。ナミと俺の仲だからな」
ドフィの言葉に、皆が戦闘態勢に入るのが分かる。私も勿論、ローちゃんを見捨てるつもりは無い。
こんな流れ知らないとか、そんな事言って居られる状況でもない。深く深呼吸してから、私は馬鹿にしたように笑ってドフィを見る。
「シーザーは私の逆鱗に触れたの。解放なんかしないわ。それに……ローちゃんを差し出しもしない。あぁ、そう言えば……あの雪の日の事、思い出したわ……ドフィ」
「雪の日の事だけか?」
「さぁ?ドフィは、どう思う?」
これは明らかな挑発。それにドフィが気付かない筈もなく、肩どころか全身を震わせて笑い出した。
そして、それが落ち着くとその表情は明らかなる怒りの色に染め上げられていた。つまり、その瞬間に戦闘の火蓋は切って落とされた訳だけど。
私が会話をしている間に整えられた戦闘準備のおかげで、そして、意外にもお願いを聞いてくれて船を破壊しないドフィのおかげで、それなりに戦えていた。最初は。
途中で飽きてきたのか、ドフィは覇気を撒き散らし、覇気を扱えない仲間達がその場で意識を失ってしまう。私は咄嗟に近くにいたロビンを支えて、船室のドアを開けて中に押し込む。
それに気付いたルフィがサンジと声を掛ければサンジ君が、ウソップ、チョッパー、ブルック、フランキーを拾って中に入れてくれる。そのついでとばかりに、ガスも蹴りこんでくれた。
今はまだ、ウソップが覇気を使えないから、必然的に残されたのは、ルフィ、ゾロ、サンジ君、ローちゃん、そして私となる。これは……正直キツい。
「……ナミが倒れないのは、予想外だったな」
「あの頃から、私は覇気を使えたのに、今更?」
挑発的に笑う私に、ドフィは愉しそうに笑い返す。そして、呟いた。
「やはり、俺のモノにするか……」
ゾワリと全身が総毛立つ。それを合図にルフィ達が挑み掛かり、私は雷を落とす。
けれどもルフィ達は私の目の前で切り刻まれて、サニーに落ちてくる。冷静さを失えば、覇気は使えなくなると言うのに、動揺してしまう。
「ルフィ!皆!」
甲板に倒れる皆に駆け寄ろうとした時、私の動きが糸により封じられた。動けない私にドフィが嗤いながら近付く。
「さて、交渉といこうか。ナミ」
ここで有利な話など出る筈もない。それでも、今ここで短気は起こせない。
「ここにいる奴ら全員を俺が切り刻んで、船とお前だけをここに残すか……。お前だけ俺に着いて来るかだ。好きな方を選べ」
「ナミ、行くな……」
「ルフィ!」
その瞬間、ルフィの鮮血が甲板に散った。そして、意識を保っているかも定かでは無いルフィが、甲板に転がる。
「辞めて!お願い!ルフィを、皆を傷付けないで!」
「なら、俺と来るんだな?」
私は小さく頷いて、でも、少し待ってとお願いする。それにより糸から開放された私はルフィに駆け寄り、脈と呼吸があるのを確認してから、ログポースをルフィの腕に移動させる。
「ごめんね、ルフィ」
必ず、助けに来て。そう願って、私はそっとルフィの額に口付ける。
その瞬間私はルフィから引き剥がされ、ドフィの腕に囚われる。その腕が懐かしく思えるなんて、私はなんて情けないのか。
「別れは済んだな、帰るぞ」
抵抗すれば皆が殺される。私は皆に唇だけ動かして、別れる。
『迎えに来て』
ゾロ、サンジ君、ローちゃんはそれを受けて頷くけど、悲痛な声で私の名を呼ぶのも忘れなかった。それに対して私は、名演技だよ皆……と少し内心で笑う。
空を飛びながらドフィは、電伝虫でドレスローザに連絡を入れていて、私の扱いは戦利品らしいと知る。それよりも、ルフィは……大丈夫よね。
ローちゃんもいるし、覇気に当てられただけでチョッパーもいる。ログポースもあるし、ウソップとロビンとフランキーには、万が一に備えて航海術等を色々教えてあるもの。
それに、船長の経験もあるブルックがいる。私が居なくても、助けに来る事は充分可能な筈。
大丈夫よ、私は……大丈夫。勝手に震えるなと、自分に言い聞かせていたら、ドフィが飛びながら声を掛けてくる。
「寒いか?」
「そう、かもしれないわ」
「コートの内側にいろ。マシな筈だ」
「……ありがとう」
気遣ってくれるのは、2年前の事があるからかな。でも、そんな簡単な男の筈も無い。
ロシーには怨まれていた。ドフィも恐らく同じだろうと思ってる。
でもそれは私の予想の域を出ない。ドフィの考えが全く分からなくて、何故自分が求められているのか分からなくて、私はドフィに視線を向ける事も出来なかった。
この、空の旅が終わるまで。幼いドフィと、青年になったドフィと、今のドフィを脳裏に並べて泣きそうになるのを耐える。
ドレスローザの王宮に、窓から帰ったドフィを出迎えたのは幼い少女の姿をしている人と、ハイヒールをはいた少年。ドフィは私を下ろすと2人に歩み寄って、幼い少女の頭を撫でた。
……私達はつい先程、彼女の姉を殺して来たのだ。それなのに私はルフィ達を傷付けないでと、取引に応じた。
私はなんと浅ましいのだろう。それでも……私はルフィを喪えなかったのだ。
「……その人は?」
「アタシも気になる!」
2人の視線と声が向けられて、私は小さく息を吐き出してから冷たい視線を向ける。心は、ルフィ達の元へ置いて来た。
もう、心を揺らす必要は無い。こういった事には、慣れてるもの。
「こいつは、俺の女だ」
「若様の?」
ドフィの答えにシュガーが首を傾げて、デリンジャーは興味深そうに、視線を向けて来る。私はそこで口を開く。
「ドフィ……妙な事を言わないで。彼女から見れば私は仇なのよ?」
「……ナミがシュガーの?」
不思議そうに私を見るドフィに、私は答える。確かに直接手は下してないけれど、同罪よ。
それに、分からない筈はない。ドフィが気付いてないなんて有り得ないわ。
「モネを直接殺したのは、愚かなマスターよ。でも、その作戦を立てたのは私の仲間だもの」
ふっと微笑みを浮かべればシュガーは、ピクリとその表情を変えて私を真っ直ぐに睨み付けた。この姉妹は、姉の方が素直なのね。
「モネはね、マスターが心臓を貫いて殺したの。そのマスターは私の仲間が……っ」
突然首をドフィに締められ、壁に背中を打ち付けられる。足は浮いていて、首に体重の全てがかかる。
ドフィを見ても、サングラスでその表情は読めない。私は着いてくると言う約束は、果たしたのだからと足にそっと手を伸ばす。
「ナミ、悪ぶるな。お前がお人好しの馬鹿なのは既に分かっている。……だが、そうかシーザーがモネを殺したか」
そう言ってドフィは、私をソファに投げ飛ばす。見事にソファに落ちた私は、カハッと息を吐き出してから深呼吸して呼吸を整える。
ドフィの様子を見ようと体を起こしたら、シュガーが泣きそうにその顔を歪めているのが見える。それを見たら、触られたら存在が消えて無くなるのに……私は、シュガーに腕を伸ばして抱き締めていた。
中身が私よりも歳上でも……関係無い。幼い少女が泣く事も出来ずに居るのを黙って見てるなんて、私には出来ない。
「……何も見てないし、誰にも見えないから、大丈夫よ」
そっと背中を撫でれば、シュガーは体を小刻みに震わせて、私の胸元は確かに冷たくなる。それでも、仇でしかない私に隠れてでも、抑えられないものはあるだろうと思った。
私には、謝罪する資格さえ無いのは分かりきっているから。ただ、その背中を優しく叩きながら、時折頭を撫でる事が、今の私に出来る精一杯の事だった。
そのまま泣き疲れて眠ったシュガーをそっと抱きしめて、ソファに寝かせるとハンカチでその目元を拭う。そのままハンカチを瞳の上に被せる。
そのまま視線をドフィに向けて、蒸しタオルとタオル、氷水が欲しいと唇の動きだけで伝えてみる。それにドフィは1瞬眉を寄せて、けれども即座に手配してくれたので余程シュガーが可愛いらしいと分かる。
1式揃えられたのを確認して、蒸しタオルをシュガーの目元に置くとそのまま渇いているタオルを氷水に浸して、それを絞る。少ししたら蒸しタオルと、冷たいタオルを入れ替えて冷やす。
それを数回繰り返して、最後にまた冷たいタオルを置いてそのまま寝かせて置こうと体の向きを変えると、すぐ近くでドフィが私を監視していたと分かり息を呑む。何してるのよ、私。
ここは敵地なのだという事を、泣いている女の子を見て、1瞬全て忘れていた。体が緊張しているのが自分で分かる。
「……お人好しは相変わらず、か。何故あれ程の経験をして、お前は恨みや憎しみを抱かない……?」
過去を、知られているらしいと気付いてドフィを見れば、その傍にデリンジャーが静かに控えている。私ではデリンジャーにも、勝てはしないだろう。
「私は私の大切な人に、直接危害を加えた相手だけは、許してないわ。でも、それ以外を怨んだり憎んだりする理由は無いもの」
「……なら、俺が憎いか?」
何故と、問う事は出来ない。ルフィ達が目の前で切り裂かれたのだ。
ルフィに息があったから、多分大丈夫だと信じる事しか出来ないけれど……。それだけじゃなくて、私はドフィを恨めないだろうと思う。
「……敵だもの、仕方ないわ。だからこそ、私を連れて来てどうしたいの?まさか、私が宝玉だからって理由だけで連れて来たのでは無いでしょう」
私の問いにドフィは薄く笑った。それは初めて見るもので、真意は分からないけれど、不快な気持ちにもならない。
「言った筈だ。俺の女だと」
「……冗談じゃ」
言葉は途中で遮られた。ドフィの唇で。
下がればシュガーの上に倒れるし、前にはドフィがいる。私は身動きを取れないまま、ドフィに口内を貪られるしか道が無い。
それをデリンジャーがキャーとか言いながら見ていて、私は短剣に手を伸ばすとサッと引き抜いて、ドフィに切り付ける。それを難なく躱したドフィは、私を静かに見ている。
「私に、触らないで」
「……2年前も、そうして抜いていれば違ったかもな」
「いいえ、あの時は抜かなくて正解だったと思ってるわ。無駄に人を傷付けたくないもの」
「それで、俺に何度も犯されたんじゃ意味無いだろ」
ろくな抵抗も出来ずに会う度に抱かれた事は、覚えてる。それでも初めての時は2人のおかげで、あの時は10億にしてから島へ帰れた。
その後だって、クリケットさん達は無事だったし、カジノでのお金だって助かったもの。文句を言える権利を私は持たない。
「私の事はいいのよ。あの時のお金で、皆を救える予定額になったんだもの」
「……何故、俺に助けを求めなかった。俺がナミを気に入っていたのは、自覚していただろう」
問い掛ける声は静かで、何処か優しい。声自体に色気があるとか、既に卑怯だと思う。
それに……その声は、幼いドフィを彷彿とさせる。ロシーの前で兄として振舞っていたドフィを、思い出してしまう。
「……助けて貰える理由は無いと判断したの。もしも助けを求めて裏切られたら?それか元で今までよりも状況が悪くなったら?そう考えても仕方ないでしょう。ドフィがドレスローザの国王であり、JOKERだと私は知っていたのだから」
「……剣を下ろせ、ナミ。お前に俺は倒せねェし、お前は優し過ぎる。抵抗しねェと言うのならば、ナミに危害を加えるつもりは無ェ」
「なら、私をどうしたいの?」
何度でも繰り返される問い掛けは、ドフィの真意が分からないから。ドフィはそれに溜息をついて、私の体を操ると短剣を足に戻してから、共に部屋を移動し始めた。
何処へ行くと言うでもなく、ただ動かされる体はなんだか違和感があるけど……。到着した部屋は窓さえ無い最上階の部屋で、整えられてはいるけれど何故か生活感を感じない。
「ナミはここにいろ。ここに居る限り、ナミにも、その故郷にも手は出さねェし……逆らわないと誓うならば、大切な〝仲間〟も、もし俺に逆らって来たとしても殺さずにいてやるよ」
「その代わりに、人形にでもしようって言うの?」
「……何故、それを知ってる」
ドフィの気配が変わる。そして、やはりそうかと思ってしまった。
誤魔化したところでどうにもならないけど、正直に話せる事でもない。困ったものだと溜息を落とせば、ドフィはドアを後ろ手に閉めて、間合いを詰めてきた。
勿論私とドフィの実力差を考えれば、間合いなんてあっても無意味なのだけれど。ドフィは私の顎を掴むと、同じ言葉を繰り返した。
私はそれに、小さく笑う。嘘をつく事に、随分と慣れてしまった事を自覚しながら。
「……私、時々人の過去や未来が見えるの。悪魔の実じゃ無いから、泳げるけど……制御も出来ない。それにより、今のドフィが何をしているのか知っているのよ」
その瞬間私は床に押し倒されていた。掴まれている肩が熱を持っている。
それでも多分、ドフィが知られたくない事なのだと分かっていて口にしたのだから、仕方ない。ドフィは、私に汚い所を知られたくなかった様子だもの。
「……知っていたのか。このドレスローザの事を」
「えぇ、そうよ。シュガーが人形に変えてるのよね。だから、私も触れられれば人形になっていた」
「分かってて……?」
「放置なんか、出来なかった」
「ナミは、相変わらず……甘ェ……」
低く唸るようにドフィは言った。そして、この時男は決断を下してしまった。
2度とナミが海へと出られないように、非情なる決断を下したのだ。その事をナミだけが知らなかった。
それからドフィは、暇を見つけては私の元に来た。窓もない部屋な上に、ドフィしか訪問しないので、時間も何も分からない。
当然時計も新聞も無い。明かりは恐ろしく細いランプだけで、他には明かりさえない。
恐らくは普通の女ならば気が狂っていただろう。けれども私は狂う事さえ出来ない。
恐らくはもう、光を見れば視力を失うだろう事は想像にかたくない。閉じ込められているから、筋力も恐ろしい速度で衰えている。
ドフィが来る時に食事を運ばれて、その時だけ明かりが灯される。明かりの他は揃ってる部屋で、ただ、軟禁されているけど、どうしてもあまり食べる気にもならない。
私は1人の間、歌い続ける。ルフィへの愛を、仲間への信頼を。
そうしているうちに、ドレスローザの王宮には歌姫が居るのだと噂が広まっていた。それを知ったドフラミンゴは、ナミを暗闇の中で抵抗する小さな女を幾度と無く犯す。
声は外に聞こえるのだと教えながら、声を出す事を強要して、幾度も。希望を、救いを願うその歌声をナミが響かせる事が出来ないように。
体力を……声を……奪う為に。愛しい初恋の女を自分のものにする為に。
その部屋から響く歌声がどちらになるのかによって、王の機嫌が変わるのは有名となった。そして……その噂を頼りに、ルフィ達がナミを取り戻しに来たのは必然だっただろう。
閉じ込められているナミが知らない間に、戦いは進む。ナミは部屋が壊れた時、仲間の元へと駆け出した。
だが悲しいかな、その体はまともに動かず、光を長く奪われていた瞳はそれに耐えきれない。ただ、痛みに喘ぐ事しか出来ずに倒れそうになる。
それでも、戦いが起きていると知りふらつく足取りで急いだ先には、見聞色を使わずとも分かる事態になっていた。ナミは絶望の中にあって尚、諦める事を是とはしなかったのである。
ローちゃんが悔しそうに叫ぶ声を聞き、ドフィの高笑いが聞こえて……私は思わずローちゃんのその体に覆いかぶさる。死なせたくないし、殺させたくなかった。
ドフラミンゴはそれに驚くが、足は既に止まらない。ルフィはその振り下ろされようとしていた足を止め、ドフラミンゴと怒りを全身に纏わせて対峙する。
自らが1糸纏わぬ姿だと知らず、ナミは僅かな期間に白さを増した肌を晒して、見えぬ瞳で仲間を想う。それは仲間にも、ドフラミンゴにも衝撃的な事で、隙が産まれる。
その隙をつくように、シュガーはナミを奪われない為にルフィに触れた。そして、ナミの大切な〝仲間〟達全てに触れて行く。
「いや、ルフィ!皆!辞めてシュガー!皆から声を奪わないで!」
光を失った自分には、声まで奪われては何も出来ないと必死に頼む。何故ルフィ達を忘れていないのか、そんな事はこの時どうでも良かった。
悲痛なナミの声に、玩具の元が誰であるか忘れているシュガーは、小さく頷いた。自分を優しく抱き締めてくれたのは、能力を得てからナミが初めてだったから……。
愛に飢えた彼等に、ナミの甘さは猛毒に近い。麻薬のような猛毒に、彼等は逆らう事等出来はしないのだ。
「ナミの命令は絶対。ナミに仕えなさい」
そうして、麦藁の1味とローは全員ナミに仕える玩具となった。その中でも希望はある!とナミは考える。
それからは窓のある全ての揃った部屋で、ナミは軟禁された。見聞色がある為に生活にはあまり困らなかったけれど、光に触れた肌は焼け、瞳は痛みを訴えるから、薄暗い部屋の中で生きるしかもう道は残されていなかったけれど。
「ナミ、お前は俺の女だ」
「ドフィ……私は……」
毎日繰り返されるドフィからの愛の囁きと、それを信用出来ないナミの返答。時折無邪気な笑顔でナミに懐くシュガー。
そんな日常の中で、ナミは仲間達に〝ドフラミンゴの前では、声を出さずに大人しくしている〟事を命じていた。それしか、ナミには選択肢が無かった。
人形となった彼等を守るには、他には何も出来なかったのだ。そうしなければナミの事を覚えている仲間達の前で毎日抱かれるナミを想って、彼等は人形の身で戦いを挑んでしまう。
罵詈雑言を浴びせかけて、かなう筈もないドフィに挑み、壊されてしまう。それだけは避けたかったのだ。
監獄の主たるドフラミンゴが居ない時、幽閉された部屋の中で、ナミは仲間達に何度も置いて逃げるようにと話して聞かせた。その合間を縫うようにして、シュガーを懐柔していく。
半年かけて彼等を人に戻してから逃がす事に成功したナミに、いつか強くなったら必ず迎えに戻ると約して、彼等は涙を飲んで旅立って行く。それは、優しい偽りの約束だと双方が理解して居る。
何せもう、ナミが海に戻る事は出来ないだろうと、仲間達もナミ本人も分かっていたから。光を失い、筋肉が落ちて、雪よりも白くなった肌は、海に耐える事等出来はしない。
立ち去る仲間の背を、私は見えない瞳で見つめながら1筋の涙を落とす。狂気と情熱の国とは、なんと絶妙な事だろう。
夢も仲間も失い、光も体力も失い、人の形をした人形となった私に、なんと似合の国なのか。どうして……こんな事になって尚、私は狂う事も出来ないのか。
「どうした、あいつらに泣かされたのか?……消してやろうか?」
「そんな事をしたら、私は舌を噛むわ」
「俺には不思議なんだが……ナミは何故、人形になってからも奴等を忘れなかったんだ」
「私にも、分からないわ」
恐らくは過去の記憶や知識のお陰だろうとは思うけど、それを教えるつもりは無い。ルフィ達がいつか海賊王になったのだと言う報せを待ちわびて、私は唯一のよすがとなったドフィに身を預ける。
「……ドフィは、私の傍にいてくれるのでしょう?」
甘えるように愛称で呼ばれたドフラミンゴは息を飲み、ナミを強く抱き締めると、笑った。やっと堕ちたと思い、昏い嗤みをその表情として。
「……あァ、ナミを死んでも離すつもりはねェよ。永遠に、傍にいてやる」
その言葉に何処か安心してしまった私もまた、狂っているのだろうか。いつ果てるとも知れない運命の中で、波間を見る事さえ出来ない日々の中で、元凶たるドフィに縋ってしまうのだから。
ドレスローザの王様は、迦陵頻伽を手に入れた。その歌声は美しく、その微笑みは優しく、狂気の国の唯一の光。
けれどもその光には、どんな光も届かない。光の中に連れ出せば、苦しみ倒れてしまうから。
迦陵頻伽は王を宥め、幹部を癒し、微笑み歌う。狂った王の愛を、1身に受けながら……。
終わりなき狂気に満ちた愛情は、迦陵頻伽を捕らえる鎖。けれども迦陵頻伽は唯一の、王の狂気を抑える秘薬。
迦陵頻伽の名は、ナミと言った。