それは、突然起きた。私にはそれはある意味で奇跡のような日で、同時に終わらない新たなる囚われの日々の始まりの日となった。
何度も祈り、願って来た。叶う筈も無いと分かっていながら、強い誰かの手による村の解放を……ずっと。
その願いが叶うならば、他には何もいらないの。私はそれが叶うならば死んだとしても本望だから。
その日も私はアーロンが1人の時を狙って攻撃を仕掛けて、返り討ちに合い、左足を負傷したもののとりあえずまた稼ぎに行こうと船に向かっている時に、それは現れた。巨大な鯨船に呼吸が止まりそうな程の衝撃を受けて、そして……瞬く間にアーロン1味は崩壊した。
私もまたアーロンの刺青を入れているからとアーロン達の側に捕えられて、けれども私はそれを不服とは思わなかった。だって、これで皆が助かるんだから。
「人間が混ざってるとは、思わなかったな」
「ナミはアーロンさんの物だから、特別だ」
「ナミ以外に、人間を迎え入れる事はこの先も無いと思うぜ!」
突然降って来た声に魚人達が反応する。そう言えば、アーロンのモノって事に、なってたっけ。
……そんなのはどうでもいい。インペルダウンに送られるのだとして、私は構わない。
アーロンがインペルダウンに囚われるのを確認したら、私は素直に眠りにつこう。もしかしたらいつか、ルフィが乗り込んでくるかも知れないけど、それ迄女の身で囚われるリスクを思えば……そして、開放されるその牢に私の場所が含まれない可能性を考えたら、迷い等ない。
「随分と大人しいな。人形みたいな女だな」
「元々、そう言う女だ。金の為なら、家族も村も友人も、全て捨てされる、能力だけ高い氷みたいな女だ。だが……能力だけは高ェ。俺の、大切な〝仲間〟だ」
アーロンが白髭さんの言葉に答えるのを聞いて、微かに肩が揺れそうになる。それを根性で押さえて、息をゆっくりと吐き出した。
落ち着いて、落ち着くのよ、私。もう少しだから……。
「裏切りはコイツの十八番。裏切りのナミ。泥棒猫ナミ。魔女ナミ。この近海でしか通じねェが全てコイツを示す言葉だ」
「アーロン、五月蝿いわ。黙って」
感情が凍り付くようだと、自分でも思う。こんな声だったかな、私の声って。
「なんだと?」
「私はアンタの仲間じゃない。手を組んでただけ、とんだ迷惑だわ。……その上五月蝿いなんて、本当にアーロンって……いい所無いわね」
「ナミ……てめェ」
アーロンが私を睨みつけるけど、逃げるつもりも無いからここに居る。だけど、私1人なら多分今なら逃げられるのは分かってるのよ。
それでも、その逃げるチャンスを失っても良い。だから……アーロンが引き渡されるのを見るまでは大人しくしていたいのよ。
「小娘……おめェ、こっちに来い」
言葉に従い立ち上がると、驚いたような視線が向けられたのがわかる。何を驚いているのかは、分からないけど。
「小娘……死にたいのか?」
「そんな事は、ありませんよ。ただ、この結末を見届けたいだけです」
「……理由があって共に居たと言えば、人間である事を考慮すれば助かるだろう。何故そうしようとしねェんだ?」
何処か優しさを含んだその声に、私はふっと笑う。もう、すべてがどうでもいい。
「私の望みは、後少しで叶う。そうすれば、後は全て……どうでもいいだけの事」
「ナミ……!そんなに、俺が憎いか?」
アーロンの声に振り向き、視線を向ける。何故か苦しそうな顔をしているアーロンに、私はクスリと笑う。
だって、何を言ってるのか分からない。それくらい奇妙な言葉だと思ったから。
「憎んでないわ。恨んでもいない。ただ、2度とこの近海に現れないで居てくれるなら、それだけで構わないのよ」
「ナミ?」
「恨んだりする程、私はアーロンに興味を抱いてないって言ってるのよ」
……嘘ばっかりね、私。でも、本当に疲れたの。
皆が開放されたのなら、もう、ゆっくりと眠りたいと思う位には、疲れているのよ。そう思った私の目の前で、アーロン1味が私以外全員吹き飛ばされて更なる怪我を負って意識を失った。
何が起きたのかと視線を白髭さんに向ければ、何故か怒りを含んだ視線に貫かれて、驚いている間に船へ、正確には船室へと連れ込まれた。そして、大き過ぎるベッドに投げ捨てられると、そのベッドに白髭さんが腰を下ろした。
流れるような1連の行動に私の頭はついて行かない。混乱する私に白髭さんは言う。
「サッチを助けてくれたエースの姉、魚人海賊団の幹部と言う肩書きの奴隷。どれか間違いはあるか?」
「サッチさんを助けた覚えは御座いません」
「……お前ェの願いはなんだ?」
「この村が、解放されてエースが生きていてくれる事を願ってるわ」
「叶ったな……」
「お陰様で」
私の返答を受けて白髭さんは静かに眼を伏せた。大き過ぎるこの人は、賢すぎる人だと言う事も知っている。
「なら、俺のモノになるか」
「え?」
「願いを叶えられた今、生きる活力が既にねェんだろう?」
「なんで……それ……」
「瞳を見りゃわかる。だが俺は、お前ェを失うのは惜しいと思った。いらねェ命なら、俺に寄越せ」
そう言って白髭さんは私の唇に己の唇を重ねて来た。何を言われたのか理解するより早く、私はこうして白髭さんに囚われる事となった。
何日もかけて私の体を慣らしてはくれたけれど、体が慣れてからは毎日抱かれ続けている。部屋から出る事も、死ぬ事も、拒む事も許されず、意味の分からないままに私はただ囚われている。
そう言えば、アーロンは、どうなったのかな。ちゃんと囚われているのかな。
ジンベエさんに引き渡されたのだろうから、しっかりと対応して貰えただろうとは思うけど、でも……だからこそ少し不安になる。可愛い弟分だから、手心を加えたかもしれないと。
不意に脳裏に浮かぶのは、ベルメールさんやノジコの事。窓の外を眺めながら2人が無事なのかと、怯えにも近いものを感じてしまう。
そっとベッドから降りて、ペンを手にして、文字を書いていく。白髭さんの不在の間は、部屋の中でなら何をしても構わないと言われているから。
ただし、死ぬ事だけは許さないと言っていたけど、私が死のうとしたら白髭さんには分かるのかな?
試してみて、本当にそれに気付かれたらと考えたら、死ぬ事を許されずにどんな目に遭うのかと不安になるばかりで、実行には移せない。けれどもやはり、死んでしまいたいと……そう思うのはどうしてかな。
生きる事に疲れたと思う。でも、2人の安否だけは確認したい。
手紙の書き出しはいつもと同じ拝啓で、2人や皆が無事なのかを心配している事を綴る。私は無事で、元気にしていて、アーロン達が収監されるのを確認する為に旅に出たけど、そのまま世界を回るから帰れないかもと明るい調子で記す。
そして、それを封筒に入れようとした所でそれが奪われた。その犯人に視線を向ければ、難しい顔で手紙を読み私にどうやって送るつもりなのかと聞いてくる。
それに対して笛でクーちゃんを呼び手紙を託して見せれば、こうやってサッチの危険を報せてくれたのかと言われ、私は首を横に振る。だって、私のそれはサッチさんを助ける為ではなくて、エースを助ける為の手段だったのだから。
「私は、エースを助けたかっただけ。だから、サッチさんを助けられたのならば、それは皆様の努力でしかありません」
そんな私を白髭さんはいつもの様に組み敷いて、私はそれに対して抵抗する気力も無い。助けてくれた人だし、海賊でもこの人はまともな人だと知ってるから……不快感は無い。
ただ、私を見て悲しそうな顔をするのだけは理解できないけれど……。そして、私を傷付けようとは決してしない事が不思議でならない。
「んっ……ぁ……」
「ナミ……抵抗の1つくらい、したらどうなんだ」
「はっ……ぅ……!……無駄な事、したくないわ」
「無駄?」
どうして、こんなにも優しく気遣いながら私を捕らえているのか分からない。分からないけど、その瞳は私を見る度に泣いているから、それが気掛かり。
「白髭さんが……本気ならば、抵抗してもかなわないし、逃げる事も出来ないのは分かり切ってるもの。それに、私はアーロンの件で恩を感じてるから……体は、好きにして貰って構いません。……それに」
「それに?」
「すぐに飽きるでしょう?飽きたら、解放してくだされば十分です」
その瞬間、白髭さんはその動きを変えて、私はその激しさに意識を保てなくなる。何がこの人を、こんなにも悲しませるのか分からない。
怒りならば、向けられる事に慣れている。憎しみも、怨みも、受け続けてきた。
でも、こんなにも切なさを含んだ悲しみによる暴力を私は知らない。誰か……亡くしたのかな。
その感情を私にぶつけているのかな。でも、それにしては、おかしいような気もする。
「ナミ……お前ェ、少しは生きろ」
「生きてるから……今も……こうして……」
荒い呼吸の狭間で、飛びかけの意識の中で私は謎の言葉に答えたけれど、白髭さんは生きていないと言う。本当に意味が分からない。
「ナミは肉体しか、生きていねェよ。いつからそんななんだ。まさか……あの小僧の側にいるようになってから、ずっとか?」
「え?」
「生きたいと、生きている事が楽しいと最後に思ったのは何時だ?」
問われて考える。多分あれは……。
「アーロンと契約を交わした時は、生きて守らなきゃと……思ったわ」
「……使命感の話じゃねェ。……なら、楽しいと思ったのは、何時だ」
「楽しい?」
考えて浮かんだのはシャンクス達で、ルフィやエース、サボが脳裏で笑った。あの頃は、多分楽しかった。
「……弟達と過ごしていた時、それと修行を、付けてもらってたあの頃かしらね。楽しんでる場合じゃないって分かってたのに、楽しかったわ」
「……エースと共に居たのは、10年前だと聞いてるが……ナミは、その頃が最後の……こりゃァ、手強いな」
「え?」
白髭さんは何故か優しく笑って私の頭を撫でると、手放してはやれねェと言って私に噛み付くようなキスをする。それを受け止めれば、代わりに、死ぬまで愛してやると囁かれた。
女の心はひび割れて、愛の受け取り方さえ分からなくなっていると気付いた男は、それでもいつか、その心が動けばと……そう願いながらも抱く事で解決しようとする。その行為が真実を隠して、伝える事を難しくしているのだとは気付かぬままに。
調べれば調べる程に、隠す事が守れる手段だと思わされた男は、部屋から女を出す事もしない。自然を愛する女の望みを、男は理解できてはいないのだろう。
いつか2人の心が向き合うか寄り添う時が来るのかは、皆様の心が紡ぐそれに、お任せしようと思います。