学校が終わってすぐ、私は携帯を片手に校門に向かって猛ダッシュした。
そんな私を見て、クラスメイトは一体何事かと顔を見合わせていたみたいだけど、そんな事はどうでもいい!
「もしもしっ!キハラ?もう来てる?」
『はい。いつもの場所でお待ちしています』
電話越しに聞こえてきたのは、いつものキハラの声だ。
「……良かったぁ」
ほんの少しスピードを落として進む。
校門を出たすぐ横で、白ベンツの横に立つキハラを見つける。ざっと見る限り五体満足、どこも欠けている箇所はなさそう。
「何なんです?ユイお嬢さん」ひたすらボディ・チェックに勤しむ私を不審がる。
まだまだ。どんな痕跡も見落とさないんだから。
「キハラ。拳銃。見せて」彼の前に手を突き出す。
「はい?」
「いいから!」さらに一歩踏み込んでから、出した手を上下させる。
「ここでですか。人目に付きます」
「んもう!だったらさっさと乗って!」急いで車に乗り込み、促した。
確かにこんな所で拳銃なんて出されたら私が困る。それでなくても県外ナンバーの白ベンツよ?
どう見てもヤクザだわ!
運転席に落ち着いたキハラが、懐から自分のコルト・コンバット・パイソンを抜き取ると、慎重に下の方から差し出す。
「一体何なんです?ここへ来てから、一発も使っておりませんが」
奪うように受け取った拳銃をすぐさま確認する。
「そう、みたいね……」弾も減っていない。何より、火薬の臭いはしない。
因みにこれの扱いは、訓練の一環ですでにキハラから手取り足取り教えられている。
今や射撃は体育全般(水泳を除いて)に加え、得意科目(?)の一つだ。披露する機会がありそうにないのは残念だけど!
チェックを終えてそれをキハラに返却し、ようやくシートに体を預けた。
「ユイお嬢さんが何を心配されているのかは、分かっています。ですが、それは元よりあなたが保証してくださった事じゃないですか」
キハラの身の安全を。「そうよ」
「ならばこの反応は?もしや自分が、こちらから殺し合いを始めるとでも?」
「いいえ!でもほら、短気でしょ、お互い……っ」あっちは良く分かんないけど。
「心外ですね」
「ごめんなさい!でも私、不安で不安で居ても立ってもいられなくて……」
半泣きになる私の肩を、キハラが優しく擦ってくれる。
「自分の事を心配してくださって、ありがとうございます。ご安心を。我々は大人ですから」
「はぁ~……そっか」少し落ち着いてきた。私が子供なだけか。余計な心配だったみたい。
「では参りましょうか」
そう言ってキハラは車を出した。
「私には聞く権利あると思うけど……。どうせ教えてくれないよね」諦め半分で切り出してみる。
「自分が話さなくても、あちらが包み隠さず話すと思いますが」
「え?」
「彼は、嘘はお嫌いのようですから」
キハラ、嫌いなんじゃなくて、全部分かっちゃうのよ。考えてる事が!
そこ、分かってるのかなぁ。
「じゃ質問を変える。キハラは新堂先生の事、どう思った?見る目……変わった、でしょ?」そうあってほしいとの願いを込めて尋ねる。
「そうですね。まあ、ああいう類のものに対面したのは初めてですが。偏見も少なからずあったのかもしれません」
「でしょ!案外普通でしょ!」毒され切っている(?)私が言っても信憑性なしか。
しばしの沈黙の後、キハラが神妙な口調で言った。
「ユイお嬢さん。あなたがご自分で選んだのならば、自分はそのご意思を尊重します。ですがもし、あの者が魔力で惑わせているのだとしたら、許す訳には行きません」
私は何も答えずに続きを待った。沈黙は、イエスって事になってしまう?
「しかし……。そうだとしても彼はあなたを手に掛けていない。ならば惑わせる理由は?どうやら本当に彼は、ユイお嬢さんに魅了されたようです。自分の代わりを二度もしていただいたからには、信じない訳には行きませんよ」
ほとんど笑わないキハラが、少しだけ笑顔になる。
二人は本当に、こんな穏やかな会話を繰り広げたのだろうか。キハラが嘘をついてるとも思えないから、そうなんだろうけど。全然想像がつかない。
「許してくれる、って事でいいのよね?キハラ」
「許すも何も、これはあなたの人生ですから。自分に新たな人生を歩ませてくれたユイお嬢さんには、どうしても幸せになってもらいたいんです」
こんな言葉は、キハラとの別れを予感させられた。もう自分は一緒にいてやれないからと。
それでも今の私は感謝でいっぱいだ。
「ありがと、キハラ……。あなたも幸せになってよね?パパ!」
またキハラが笑った。今度は照れているような、はにかんだ笑みだ。キハラが笑うようになったのは、子供ができたからかもしれない。
もうすでに新たな未来に突き進んでいるんだ。そう、見せ付けられた気がした。
アパートに到着して、私達は外に出る。
「さあ、そうと決まれば。あなたは彼女の所へ戻って!」
「いいえ。しばらくはこちらに滞在するつもりです。せっかくですし、ユイお嬢さんが卒業されるまで送迎します」
「何言ってるの!あと丸々一学期残ってるのよ?ダメダメ。妊娠初期って、大変なんでしょ?良く分かんないけど……。奥さんの側にいてあげて!」
キハラの申し出は本当に嬉しい。でももう甘えてちゃいけない。辛いけど。
「ユイお嬢さん……。お心遣い、心から感謝いたします」
キハラは今までで一番深々とお辞儀をした。
いつまでも頭を下げているキハラに、悪戯心で手を伸ばす。
けれど、まるで心を読んでいたかのように呆気なく掴まる。
「うわっ!」
「だいぶトレーニングを怠ってお出でのようですね、ユイお嬢さん」
バレバレだった……。
すぐに手を引っ込め防御体勢に入る私を、キハラが苦笑して見下ろした。
「ご安心ください。この場で投げ飛ばしたりしませんから」
「あっ、あのねぇ……当ったり前でしょ!」
私達にしか分からないこんなジョークを交わして、大笑いした。湿っぽい別れはゴメンだ。どうせならこうやって、笑ってお別れしたい。
そしてキハラは、その日に婚約者の元へと帰って行った。
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冬休みに入って引き籠もり生活を続けていた私の元へ、黒のベンツがやって来た。
窓から身を乗り出して覗いていると、新堂先生が車から降り立つ。
「やあ。元気か?」
二階から見下ろす私に向かって、軽く手を上げて話しかけてくる。
「新堂先生!会いに来てくれたの?」
「学校が休みになって、ユイの顔が見られないと不安でね。これからどこかへ行かないか」
デートのお誘いだ!
私はすぐに着替えて簡単に顔を整えると、外に飛び出した。
「本当は私も会いに行きたかったの。でも先生のお家知らないし……」
「そうだったな」
「お墓とかに住んでたら困るんだけど?怪談の類は苦手なのよね」わざとこんな事を言ってみる。
「俺もその手は好きじゃないよ」先生は肩を竦めて返してきた。
「あら奇遇ね!」
軽口を叩き合いながら、車に乗り込んで顔を見合わせる。
「元気そうで良かった」
「どうして心配だったの?」私のナイトが去った事を知って、落ち込んでいると思ったのか。
「車、出すぞ」質問に答えずに彼は言った。
「うん」
しばらく走って、ようやく彼が口を開く。「なあユイ。ナイトの代わりを俺ができるか分からないが、申し込んでみてもいいかな」
「代わりだなんて!新堂先生はもう私にとって、かけがえのない人よ?」
こんな本音を口にしたのは初めてだろう。
だって、彼が心底驚いた顔をしていたから。私の心境がすでに、良い方向に変化していた事に気づいていなかったらしい。いつも自信満々な割には!
「嬉しいよ。そう言ってもらえて」先生は素直な心の内を打ち明けたように思えた。
「どういたしまして」私は微笑み返した。
自分から告白めいた事を言ってしまってちょっぴり不安になっていると、先生がこんな事を言った。私を少しでも安心させたかったのか。
「あの男に言われた。ユイを不幸にしたら許さない、とね」
このセリフを言う我が師匠の鬼の形相が目に浮かぶ!
「不思議な男だ。ユイへの恋愛感情は全く見当たらず、かといってだたの師弟関係でもなさそうだ。ユイはあいつをどう想ってる?」
「あら。新堂先生ったら、今になって嫉妬?」私はもう完璧に失恋したっていうのに。
質問に答えない私を、先生が強く見つめてくる。
「今程、おまえの心が読みたいと思った事はないよ」
私は逆に、読まれなくて大助かりだけど!
「強いて言うなら、そうねぇ家族、かな。血の繋がらない家族なのよ、私達は。キハラはずっと孤独だったから、何でも言う事聞く私みたいな妹?欲しかったんじゃないかなぁ」
こんな言い分は、失恋の腹いせと言えなくもない。でもきっと、キハラはそんな事を思っている気がした。
「だから、切っても切れない関係だと?」
婚約者と私を天秤に掛けてしまう程に。それでもキハラは一度は私を選ぼうとしてくれた。
きっとそれが先生には不思議なんだ。
「新堂先生は、家族は?その……人間だった時のって意味だけど」
「母親はロシア人だ。父が仕事でロシアに滞在中に知り合った」
「やっぱり!ハーフだったのね」
クラスメイトが初めの頃に教えてくれた、先生はロシアから来たという話は正しかった。言われて見れば、ロシアって言葉がピッタリくる顔してる!……ような?
「俺も長らく孤独だ。これから先もずっとだけどな」
「ヤダっ、先生!この私がいるじゃない?」笑って言ってみる。
「ありがとう。例え束の間でも嬉しいよ」先生は悲しく笑いながら答えた。
「束の間だなんて!私は、ずっとでもいいよ?」私は心からそう思った。
これは魔力なんかじゃない。絶対違う。
先生の仲間に、ヴァンパイアになってもいいと思うこの気持ちは。
「そんな事は、俺は望んでいない」彼が毅然と言い放った。
「そうなの?先生の望みは、それじゃないの?」
なら、一体何?私の血を飲む事でも仲間に引き入れる事でもないなら?
「俺は、人間としてのユイに惹かれたんだ。同じ存在になるなんて考えた事はない」
「なら考えてよ。孤独はもう、さすがに飽きたでしょ?」
「仕方のない事だ。所詮は呪われた存在。この程度の苦しみは当然なんだ」
「先生は呪われてなんかない!だって悪い事、何もしてないじゃない!」
ついムキになってしまう。だってそうでしょ?むしろ医者として人間を救っているのに。
「考えてみろ。おまえがヴァンパイアになったら、俺が医者をやってる意味がなくならないか?ヴァンパイアは滅多にケガもしない。病気にも罹らない。俺は用無しだな!」
声のトーンを上げて自虐的に言い始める。
突然の変化について行けない。
「用無しって……。ならやめれば?医者なんて」私は元々嫌いだし?
「そうすると、たちまち食糧難に陥るだろうなぁ」
「う……。それは……」答えに詰まる。
「別に!私の世話焼きをしなくてもいいでしょ!」
「ダメだよ。俺の楽しみを奪う気か?」
「楽しみ?」
「そうさ。それに、脆く壊れやすい人間のくせに、危険な事にすぐ首を突っ込みたがる誰かさんにとっては、重宝されるはずなんだが?」
「壊れやすくて悪かったわ!どうあっても優位に立ちたいってワケね」
先生がハハッと乾いた笑い声を上げた。「快感だからね」
あっそ!
海岸線に出ると、また雪が降り出した。
「寒くないか」
「大丈夫。今日は厚着して来たから」ちゃんと学習してますから!
「俺と一緒にいた事で、風邪を引かれては困るからな」
「でもそうなったら、先生の本領が発揮できるじゃない?」
「バカ言うな。そのためにユイが苦しむなど、あってはいけない。勘違いするな」
「何よ、どう勘違いなの?」
「おまえの世話を焼くのが楽しみと言ったが、訂正する」
急に怒ったように眉間にシワを寄せて話し出す。
「俺が望んでいるのは、ユイが人間として穏やかに苦痛なく暮らして行ける事だ」
「何で先生がそんな事を望むの?」
彼は何も言わない。ただ私を穏やかな瞳で見つめ続ける。
どちらからともなく、そっと手を重ねる。
凍りそうな先生の手に触れた途端、まるで電気が流れたような刺激が走って、ビクッと反応してしまう。
それに気づいたのか、彼はすぐに手を離した。
「イヤ!離さないで…………お願い」離れて行く手を掴んで訴える。
凍えそうな青白くて硬い手を、思い切り握る。
「離すんだ。血流が滞って、しもやけになるぞ」
「いいの!それでもいいから。先生、どこにも行かないでね?お願いよ……」
「どうした、急に」
「何だか先生が、急にどこかへ行ってしまう気がしたの」
私が仲間にしてほしいなんて言ったから、この人は困って私の前からいなくなる。そんな気がした。今新堂先生にいなくなられたら、この失恋の痛手は誰が癒してくれるっていうの?
それじゃむしろ二重の痛手になるじゃない!
「どこへも行かない。安心しろ。さあ、離すんだユイ」例の、何とも言えない有無を言わせない声で、先生が囁く。
そして私はいつものように、その声に安心しきって従うのだ。「…………はい」
「いい子だね」
私が離したその手が、頭の上に乗る。
そっと撫でられて、そのあまりの心地良さに目を閉じた。
「そろそろ帰ろう。今晩は冷えそうだ。暖かくして寝るんだよ」