ちょっとした朝のハプニングの後、私達はより親密になれた気がする。気兼ねなく下ネタ(!)も言えるようになったし?
今日は南下して避暑地ソチに来ている。目の前にはロシアっぽくないビーチが広がる。
本来なら真っ青な海と空を拝めるところだけど、今日は生憎どんより。私達にとっては、生憎なんかじゃないけれど!
「海、入らなくていいのか?曇ってるから日焼けもそれ程心配ないぞ」
「いいの。水着姿、自信ないし」
本当は泳ぎたくないだけ。
……でもないか。自信がある訳じゃないから、胸に?ああ、胸筋の方だったら自信あるけど!
「新堂先生は?」
「俺の海パン姿が見たいって?」サングラスを押し上げて魅惑の瞳で訴えてくる。
想像して、思わず後ずさりそうになる。だってそれこそギリシャ彫刻じゃない!
「そっ、それはどうかな~!」
「その前に、ユイは泳ぎが得意じゃないんだったな」
何よ、知ってたの?もう!「飛び込みは得意ですけどっ!」つい口にしてしまったけれど、これは言わない方が良かったかも。
「飛び込んだ後はどうなるんだ?泳げないヤツが」
「失礼ね!泳げないって決め付けないで。これでも体は浮くから!ただ前に進まないだけで」
ここまで言って、彼が透かさず返す。「それは泳いでるうちに入らない」
「何よっ。溺れてる事にもならないでしょっ!」
一息ついて問いかける。「先生はどうなの?」
「泳ぎは、ヴァンパイアならば誰だって得意だろうね」
「どうして?」石みたいに硬いのに軽いとか?
「呼吸をする必要がないんだ」
「え!だって先生、ため息付いたり、空気を吸い込んだりしてるじゃない」
「ああ。単なる習慣でしてるだけだ。それと、息をしないと匂いも感じられないのでね」
「そう、なんだ……」
まあそうか。心臓、動いてないんだもんね。改めて人間じゃない事が証明されてガッカリする。私達は生きている世界が違うのだと。
「泳ぐなら夜だな。プライベートビーチで。それで手を打たないか?我がフィアンセ」
こんな抗いがたい声で命令されてノーと言える人がいたら、是非とも会ってみたい。
「もちろんよ」先生に体を預けて、上目遣いで答えた。
真夜中の海水浴は、幻想的過ぎて現実感ゼロ。
まず第一に、目の前の彼が最も現実味がない。青白い月光によって、その肌はさらに白さを増したよう。首、肩、腕の流れるようなラインが浮かび上がる。そんな姿はどこから見ても完璧。
対する私は?水着姿に自信がないって言った事を大いに後悔した。だって、私が今、どんな姿を晒していると思う?彼の美しさの足元にも及ばないっていうのに!
「自分で言ったんだからな?」彼が遠くから意地悪そうに私を見ている。
その瞳は月明かりに煌き、この距離からでも宝石のように光っている。
水着に自信がないなら着るなと言われて、勢いあまって承知してしまった私はお察しの通り、一糸纏わぬ生まれたままの姿で立っている。
「恥かしいから、あんまり見ないで!」
例え月明かり程度だって、恥かしいものは恥かしい。それにヴァンパイアの目には、バッチリ見えているんでしょうし?
「見ないでいるなんて、拷問だな。こんなに美しいおまえを」彼は目を細めて呟く。
美しい?私が?本当だろうか。
キハラには一度だって言われた事がない。あの人が言うワケないけど!やっぱり先生には、私は違うふうに映っているに違いない。
「もっと近くにおいで」海水に腰まで浸かった先生が手を差し伸べてくる。
その手に吸い寄せられるように足を進めた。
「あったかい!」海水は思いのほか温かかった。
「きゃっ!」
砂に埋もれてた石に躓いて海面に頭からダイブしそうになる。
「おっと……大丈夫か?」先生の手はいつの間にか私の腕を掴んでいた。
「あ、ありがと」
「そんなに焦るなよ!」余裕綽々と言った様子で彼が笑いかける。
随分と今日は心に余裕があるようね。
裸の私を前にこんな余裕の態度なんて、ちょっぴり悔しい。
先生のやや筋肉質な体をまじまじと見る。その胸にそっと手を当ててみた。
ひんやりして気持ちがいい。海水がより温かく感じる。
すると彼が私の手を取った。「ここなら、凍えなくて済むだろ?」
「うん!先生、大好きっ!」私は躊躇わずにそのまま彼に抱きついた。
好き過ぎてどうにかなりそう。何をされてもいい、今、心からそう思った。
いっそ餌食にされても。
自然な流れで、先生の唇が私の唇に重なる。抗う必要もない。
離れたらもう二度と近づけないかも……そんな不安から、しっかりと彼の腕を掴まえる。だっていつ先生の気が変わるか分からないもの。やっぱりやめだ、とか?
例え傷つけられても、その代わりにこんな素敵なキスをもらえるなら、私はキスを選ぶ。でも先生はそうは思っていないのだろう。
「もし、俺が理性を失ったら……とにかく離れろ。いいな?」
海中で抱き合うその耳元で、やや緊張した声が響く。
「離れるのは、……無理かも」正直に答える。
彼の強大なパワーの前ではという意味だけじゃない。離れたくない。何があっても。
「なら、声に出して言ってくれ。おまえの声を聞き漏らす事は絶対にないから」
「それならできそうよ」至近距離の彼を見つめて笑顔で頷く。
それを確認して彼も満足したように微笑んだ。
やがて、私の体が海面に浮き上がる。彼が抱き上げたのか、海水の仕業なのか分からない。
そして私の胸に、冷たくて滑らかな手が触れる。
とても繊細な動きで胸の先端の敏感な部分を魅了され、私は無意識に声を漏らし悶えた。今まで覚えた事がないくらい淫らな気持ちが、私を支配して行く。
心配する必要なんて何もなかった。こういう時にどんな反応をすればいいかなんて。そういう事は本能に任せていればいいのだと、今分かった。
彼の愛撫は次第に下へと降りて行く。そして冷たい指は、ついに私の今一番熱を持っているであろう場所にやって来た。
一瞬、私は体を強張らせたけれど、どこまでも優しいその動きに安心して、徐々に力を緩める事ができた。
「そう、それでいい……大丈夫か?」
「全然大丈夫っ、ああん……先生っ!どんな事されてもっ、んん……先生、大好きよ」
彼に回した腕に力を込め直す。
「ああ。俺も大好きだ、ユイ」
こんなやり取りの後、先生の指は奥へと繋がるポイントへ迷う様子もなくスムーズに入った。
奥へ、奥へ。たったこれだけで、私の体はたちまち歓喜の渦に飲み込まれる。私はひたすら先生への愛を口にし続けた。
私の中を散策し終えて、先生が指を引き抜く。そこには海水にも流せないくらいの粘着性を持った液が絡みついている。それを彼が月明かりに翳してうっとりと眺めている。
「いやだ、先生!そんなの見つめないでっ、恥かしいから……」
「これは血液と同様、おまえの生きる証ともいえる神聖な蜜だ。極上の香りがするよ」
先生はこんな事を言って指先を口に含んだ。
「さあ。準備は整ったな。それじゃ、行くよ、ユイ」
一瞬、彼に緊張が走ったように見えた。けれど先生がくれた濃厚なキスのせいで、そんな事はもうどうでも良くなった。
そして今度はあの部分に強い痛みが走る。またも裂けるようなあの痛み。
「あっ!い、痛い!……っ」
私の声を受けて動きを止めてくれる。「ごめん、やはり少々きついな……」
「どうする?やめるか?今ならまだ引き返せるが……」
「やめない!先生、して、最後まで……!」先生が引き返せても、私は無理!
こんな痛みになんて負けるもんか。これに根を上げていたら、きっとヴァンパイアになる試練なんて乗り越えられっこない。
「分かったよ。ならば覚悟しろ?」先生は再度挿入を試みた。
またも襲う引き裂かれるような痛み。
「ユイ、力を抜け。さあ、ゆっくり呼吸して……」
ただただ先生の指示通りにするしかない。どうすればいいのかなんて、私には分からない。
やがて痛みが和らいでくる。少しずつ少しずつ、先生は辛抱強く私の中に入って来てくれた。
ようやくきつく閉じていた目を開けてみると、いつしか目の前の彼は、余裕のない表情に変わっていた。だけどそれはこっちも同じ。自分のではないような声が、口から零れているんだから。
「ああ!……んん、先生……っ」
「ユイ、大丈夫か?痛くないか」
私の声に反応したのか、すぐに彼の気遣わしげな声が聞こえてきた。良かった、彼はちゃんと正気を保っている。
「痛かったけど、今は平気。もっともっと!先生、愛してるわ……」
「俺も、愛してるよ、ユイ」
優しく口づけられながら、こんな言葉を与えられる。何て幸せなんだろう。この言い表しようのない快感といったら!
恍惚のあまり、私にはその後の記憶がない。
この夜の出来事は、本当に一部始終夢だったのかもしれない。
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翌朝になって太陽が真上に昇った頃、私はようやく目を覚ました。
ベッドの上。私の横には彼がいる。
「おはよう、というにはもう遅いな」先生がおかしそうに告げる。
「今何時っ?!寝すぎたぁ!」シーツを捲って起き上がる。
「ちょうど昼になったところだ。食事を摂った方がいい。体調は問題ないか?」
ベッドから立ち上がって気づく。いつの間にか下着を身に付けている。
「先生が着せてくれたの?」
「ああ。いつまでもそんな姿だと、また襲ってしまうぞ?さあ、早く服を着て」
彼も立ち上がると、後ろ手を上げて部屋を出て行った。
「は~い」
失敗した。きっと先生は一人で暇を持て余していたんだ。私が起きるのを、ずっとああやって待っていたっていうの?「もう!起こしてくれればいいのに!」
食堂にて。食事する私を前に、笑いを堪えている様子の彼。
「ユイの寝言は面白いな。それに寝相がまた一段と……」
「何よ、何て言ってた?……寝相、そんなに悪かった?」
「俺の名を何度も呼んでいた。それに、何度か蹴りをいただいたよ。ご馳走様」
「ヤダ……っ!避けてくれたんでしょ?」ご馳走様って何?表現間違ってますけど!
「この俺に、避ける必要があると思うか?」とても不思議そうに聞いてくる。……確かに。
恥かしくなって身を竦めると、昨夜の名残がほんの少し体に残っていた。
「ユイ?体、どこか痛むのか」目ざとく察知して聞いてくる。
「カッとなったら、あの場所が疼いただけ」こんな事を説明してさらに頭に血が上る。「変な事言わせないで!ああ、暑い暑い!」
手をパタパタさせて顔を扇いでいると、先生が近づいて来て両手で私の頭を包み込んだ。
「ああ~っ、何て気持ちいいの!ずっとやってても冷えたままって、最高ね」
この手が温度を持つ事はない。多少温まってもすぐに冷える。
「お役に立てて光栄です」
私達は顔を見合わせて笑った。
食事を終えてソファに並んで座って一息つく。
「さて、今日はどこへ行く?」
楽しそうに先生が聞いてくるけれど、何だか体がだるかった。「そうねぇ……」
生理は終わったのに?これってエッチのせい?何しろ初体験だから、行為の後に体がどうなるか知らない。
「ユイ?どうした。何だか疲れた顔してるな。眠れてない事はないはずだが……」
先生が顔を寄せて私を観察する。寝ている姿は余さずチェック済みと言いたいらしい。
あまりに真剣な目を向けられて思わず顔を背けるけれど、すぐに顔を先生の両手で挟まれて正面を向かされる。
「あん!……強引なんだから。きっと、寝すぎなのよ!何でもないから!」
「外出はやめよう。今日は家でゆっくりする。いいね?」
一瞬反論しようとも考えたけれど、「うん。それでいいよ」少し笑って頷いた。
だってやっぱりぐったりだし。朝なのに!いや、昼か。
「念のため診察しよう」先生はそう言ったものの、ただ目を閉じて私の前にいるだけ。
「あの、先生?診察するんでしょ」
「しゃべらないで」彼まで囁き声だ。だから私も囁き声で返事する。「ハイ……」
数分後、首を傾げる私にようやく種明かしをしてくれる。どうやら彼は音を聞いていたらしい。聴診器なんかなくても聞こえるんだって!心音や血流が直接。
どこまで便利なんだろう?ヴァンパイアって。こんな診察ならいくらでも受けられる。
「今日、部屋の清掃のために業者を呼んであるんだが、別の日にしてもらおう」
彼が思い出したように言った。
いつも部屋が清潔なのは、業者に頼んでいたからか。この人の魔力の一部なのかと思った。私の中で彼はすでに魔法使い同然だ。
「別にいいのに。なら、私がお掃除しよっかな」
「何のために外出を取りやめたと思ってる?そういう事ならば、予定通り来てもらう」
「あははっ、安静にって事ですね、そうでした!……スミマセン」
やがて清掃人が四人程やって来た。
アフリカ系の黒人達で一人女性が混じっている。
その女の人の視線を、どういう訳かやたらと感じる。初体験の後でぐったりしている姿なんて、見ただけで分かるものか。それに気づかれたんだとしたら、恥かし~っ!
こんな事を思いながら半日を過ごした。
「ユイ。どうだ?具合は」
「先生ったら、私はどこも悪くないってば!結構元気になってきたし。ねえ、どっか行こうよ。このまま一日が終わっちゃうのは、もったいないもん」
こんな言い訳を付けてみたけれど、彼には本当の理由が分かっていた。
「やっぱり気になるか」
私達がこうして会話している時も、例の女性が廊下から凝視。その表情はどこか怯えている。
彼も私の視線の先に目を向ける。
彼女は先生と目が合うと、慌てた様子で仕事に戻って行った。
「あの人、何だか私の事ずっと見てるの。気のせいかな」
「……いや。彼女は、俺の正体に薄々勘付いている」
「ええっ!?」そんな事は微塵も考えていなかったから、彼の言葉にはとても驚いた。
あの人の頭の中を探ったのだろうか。「考えてる事、読んたの?」
「まあね……」曖昧に頷いて続ける。「俺への恐怖心は別として、彼女はおまえを心配してるんだ」
「どうして?」心配されそうな程ぐったりは、してないと思うけどなぁ。
「なぜ俺が、おまえ一人を連れてここに来たのかって」
それはつまり、手に掛ける獲物をお持ち帰りしたと思われてるって事?
「私……どうすればいい?」
「何も心配いらない。そのうち自分の見解の誤りに気づくだろう」
「ならいいけど……」私が説明に行くのも変だ。どうせ魔力で騙されていると思われる!
私は気にしない事にした。
その後、先生が私から離れたのを見計らって、例の女性が声をかけてきた。
[以下カッコ内ロシア語]
「(あの!奥様……)」
「私の事?(私、奥様じゃないから!未来の、ではあるけど)」
「(出しゃばった真似をお許しください。どうかここから、すぐにお逃げください!)」
女性は切羽詰った様子で私に訴えかける。
「(はい?)」
「(とてもお疲れのように見えます……。貧血、ではないですか?)」
私の顔色はいつも悪い。そう思われても仕方ない。色白は損だ!ちょっとムッとして答える。
「(例えそうだとしても、私には主治医が付いていますのでご心配なく!)」
そう答えてその場を離れようとすると、勢い良く呼び止められる。
「(お待ちください!まだお若くてあなたくらいお美しければ、もっともっと別の世界が開かれているはずです!どうか目を覚まして……!)」
泣きそうな顔で訴えられ、どうしたものかと足を止めた。「目は、覚めてるけどねぇ……」
そこへ新堂先生が戻って来た。女性は途端に凍りつき、目を見開いて震え出す。
「ユイ?どうかしたのか」
「あ、先生。いいえ、別に何も。若くて美しいって褒めてくれたの、この人が」
私は彼女のためにこう言った。けれど、彼が考えを読んだら簡単にバレる。
先生が女性を無表情で見つめている。今、きっと読んでる最中よね?
何とか気を反らそうと、腕を引っ張って注意を引く。「新堂先生!私、お腹空いたよ」
こんな子供染みたセリフしか咄嗟に思いつけない自分が情けない……。
「ん?ああ、今日は起きるのが遅かったから、変な時間に食事したんだったな。夜のディナーにはまだ早いし……」
彼のこの〝ディナー〟という言葉を聞いて、女性はさらに狼狽し小さく悲鳴を上げた。
普通の人から見ると、やっぱり新堂先生は恐ろしく映るのだろうか。彼といる事に慣れ切っている私には、もはや分からない。
「さあ行こう。俺が何か作ってやろう」彼が私の手を取って背を向ける。
「やった!先生の手料理!ちゃんと作れるんでしょうね?不味かったら承知しないよ!」
わざと楽しげに彼女の前を通り過ぎてみた。こんなんじゃ何の効果もないだろうけど。
私は逆にあの女の人が心配になった。彼にあんな態度を晒して!先生は間違いなく気分を害している。前を行く彼を見上げて思う。
私を心配したがために、ヴァンパイアに目を付けられたなんて申し訳ない。
そして私の不安は的中した。この日以来、彼女の姿が見えなくなったから。
「最近見ないけど、あのお掃除の女の人は?」
「ああ。辞めさせたよ。何か不都合があるのか?」
辞めさせた。辞めざるを得なくなった?そうよ、本当は自分が手に掛けたのかも。
けれどこの場で尋ねたりはしなかった。だって違うかもしれないもの。
「ううん。ないよ、何も」
彼は言っていた。もう百年近く人を手に掛けていないと。医師としての誇りとか志をちゃんと持っている人だ。だから違う!自分にそう、言い聞かせた。