※この作品はR-18です。

トキヨジセツ~第一部・愛した人はヴァンパイア~   作:氷ユリ

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20 見えない未来

 

 私達は日本に戻った。

 

 私はずっとロシアで暮らしても良かったのに、彼はそうではなさそうで……。いろいろ話し合った結果、私が〝普通の十八歳の生活〟をするには日本が適していると言われ、戻る事にした。

 新堂先生は私に、人間としての生活をもっと満喫させたいらしい。

 

 なぜ〝人間として〟にこだわるのかは、説明されたけれど良く分からない。こういう日常生活ならヴァンパイアになってからでもできるだろうに。何しろ時間は無限にあるんだし?

 

 とはいえ、すぐにでも仲間になりたいと思っていた私も、今はちょっと違う。

 自分がいかに子供か、痛い程身に沁みている。カラダの事情もあるけれど、考え方や言動や諸々!こんなんで本当に新堂先生のパートナーになっていいのかって……。

 例え彼が満足しているとしても、私としてはもっと成長して、先生に釣り合う大人の女性になってから、胸を張って隣りに立ちたいと思う。

 

 そんな訳で、先生の要求をすんなり受け入れ、私はこの秋から初の会社勤めを始めた。

 自分磨き開始!と意気込んだものの、結局先生から自立できていないところがもどかしい……。

 

 

「それじゃ、行って来ま~す」いつものように黒ベンツの助手席から降りる。

 毎日新堂先生が送迎してくれる。

「ああ。行っておいで。帰りはいつもの時間でいいね?」

 

 頷いてから彼に手を振って、ベンツを背にする。

 

 本当は送迎なんていらない。だって交通手段はいくつもあるのだから。ここは母の故郷のド田舎ではなく、まあまあの都会。その方が仕事も選べると私がごねて(!)、居を移したのだ。

 送迎の件だけは彼がどうしてもと引かず、仕舞いには例の魔力でイエスと言わされた。

 それはこんな具合に……。

 

「先生だってお仕事あるでしょ。忙しいんだからいいよ」

 新堂先生が医者の職業を中断する事はない。食糧難に陥るのは何があっても避けたいから。ヴァンパイアにとってもそういう意味では、失業は死活問題か。

「仕事はある。だが行くのはおもに夜だし、多少忙しいとしても迎えに行く時間くらいあるよ」

 自分は人並み以上の瞬発力(?)があるから、と魔力が掛けられた訳だ。

 

 まあ、その通りだけど。だって待ち合わせ時間を教えなくても、誰かの頭の中を覗いて私の容姿を探して行けば見つかる。車は飛ぶように走らせる事ができる。もちろんパトカーに追われる事もなく。瞬間移動(?)はお手のもの!

 何だってスマートにこなしてしまう彼には、文句の付けようがないんだから。

 

 それにしたって、社会人にもなって職場まで送り迎えされるってどうなの?

 

 

 ж

 

 

 ある金曜日。仕事を終えて会社の前の通りで先生を待つ。

 いつもは先に着いて会社の前で待っていてくれてるのに、今日はいない。

 

「ああ~疲れたな、今日は」一仕事終えて気が抜けたのか、どっと疲れが押し寄せてきた。

 

 さっきまで、お遣いを頼まれて数個先の駅の会社まで、書類を届けに行っていた。用を済ませて電車に乗り込もうとした時、おかしな男にジロジロ見られた。

 別に何をされたって訳ではないけれど、執拗に見てくるそのイヤらしい視線(!)に、凄く不快で嫌な気分になった。

 

 久しぶりに暴れてやろうかとも思ったけれど、先に手を出したらこっちが悪者。それは癪なので我慢した。だからこの疲れは、きっとストレスに違いない!

「覚えてなさいよ?このクソ男が!」

 私ったら、こんな言葉を声に出していたみたい。それに気づいたのは、前を通りかかった若いスーツ姿の男性集団に、ギョッとした顔を向けられたから。

 

 慌てて作り笑いで誤魔化す。

 これから飲みに行くって感じで浮き足立ってたところを、ごめんなさいね。

 私は会社に入ってから、一度も飲み会というものに誘われた事がない。まだ未成年だからだと思うけれど。一度でいいから行ってみたいなぁ。

 

 去って行く彼らを見送っていると、数百メートル先の信号待ちをしている車の中に、黒のベンツを見つけた。来た来た!

 

 車はスムーズに近づいて、運転席に乗ったまま先生が助手席のドアを開けてくれた。

 

「済まない、待たせたな」

 遅れた事を詫びてくれた彼だけど、どこか不機嫌に見える。

「先生?何かあったの?何か不愉快な事でも……」

「いや。何でもない。それよりユイ、さっきどこにいた?」

「さっきって?」お遣いの事?

 

 答える前に先生が質問を変えた。「それはまあいい。体調は?どこかで何かされなかったか?」

「はぁ?」何のこと?

 あの駅での不愉快な出来事の事だったり?でもまさか、こんな事まで先生が知ってる?

「何もされてはないけど」あえて言うなら、むしろ私が暴れるところだった、かな!

「帰ったら念のため診察させて」サングラス越しに先生の視線が突き刺さる。

「いいけど……一体何なの?」

 

 

 自宅に帰り、宣言通り診察を受ける。例の無言の診察に加え、全身を診たいと全裸にされる。

 

「ねえ?一体何なの?何もここまでしなくても……」だって、あの部分を念入りに覗いてくるんだもの。それ、必要?こんな明るいうちから、変な気分になっちゃうじゃない……。

 もちろん私の体には何の異常もなかった。

「過剰反応だったようだ。この件は忘れてくれ。おまえを大事にし過ぎてるだけだ」

「そんなに大事なら、ずっと側に置いててよ」

 診察を終えてベッドから起き、シャツを羽織って胸元のボタンを留めながら訴える。

 

 私だってあなたと離れたくないのよ?一分でも一秒でも!先生が言うから仕方なくこうして会社にも行っているけれど。

 行ってはいても、離れている時も先生の事ばかり考えてるから、結局意味がない気がする。

 どうやったら自分磨きってできる?もう私は、彼無しでは何もできそうもないんですけど!

 

「側にいなくても、俺はいつでもユイを見守ってるよ。何かあればすぐに駆けつけられる」

 いつでも?見守ってる?「それって、どういう意味?」

 私の疑問に答えはなかった。

 会社を辞めていいとは言ってくれなかった。残念……。こうなったら、先生の秘書にでもしてもらおうかしら。そうすれば私達はいつも一緒!

 

 

 ж

 

 

 翌朝のニュース番組を見ていると、見覚えのある駅のホームが映し出された。

「あら?ここって昨日お遣いに行った駅じゃない!」身を乗り出してテレビを見る。

 

 どうやら事件のようだ。内容は、ホームで男性の遺体が発見されたというもの。しかも体内からは血が一滴も検出されず、失血死だとか。証拠は何一つないらしい。

 亡くなった男の写真を見てさらに驚く。私をジロジロ見てきた気色悪い男だったのだから!

 

 血痕を残さずに失血死させる事ができるのは、ヴァンパイアくらいだ。

 

 そう確信した時、後ろから声がした。「ああその通りだ。軽蔑したか」

「私の心、読めないんじゃなかった?」読まなくても分かるか。この状況では。

 私の問いには答えずに、先生は不安そうに私を見つめている。

 

 この人が人間を殺した。善良なヴァンパイアだと宣言していた先生が。

 私が彼を変えてしまったの?少し前のあの黒人女性も、やっぱり餌食にされていたのだ。

 

 でも待って。彼がこんな行動に出た理由を考えて。衝動的なものだったとしても、それは食欲じゃなく、怒り、のはずだ。だとすれば……。

「軽蔑なんてする訳ない。そもそも、私は殺生をとやかくいう立場にはないの」

 そうよ、ウチの実家はヤクザ!善良な人間だって殺し兼ねないんだから。その血は恐らく、私の中にも流れているのだから……。

 私の育った環境を思い出したのか、彼は少しだけ力を抜いたようだ。

 

「我慢できなかった。あいつの頭の中は、俺の理性を容易く吹き飛ばせるものだった」

「先生の理性の事は良く分かんないけど……あいつがイヤらしい事考えてたって事は分かる」

 あの目つきは完全に痴漢の目だ。

 手を出せないと分かって(私が!)、思い切り睨みつけてやったら、あいつ、目を反らすどころかイヤらし~顔で笑ったのよ?逆効果だったみたい。こんなの逆に悔しいだけじゃない!

 

「殺ってくれて良かったわ。でなきゃ私が手に掛けてたかも。キハラの拳銃でも借りてきて?」

 怒りがぶり返して、思わず語気が強まってしまった。

「何と………」先生は酷く驚いていた。「俺はまだ、ユイの事が分かっていないようだ」

「そうかもね~!」

 

 

 その晩は激しく愛し合った。とはいっても、きっと激しかったのは私だけ。何しろ先生はいつも優しすぎる。加減が分からなくて控え目にしてくれているんだろうけど。

 

「ユイの全てが俺を魅了する。血だけじゃない。……ああ、いつも思うよ。この香り!」

 先生が情事の最中に良く言ってくれる言葉。私も思わずこんな言葉を返す。

「……飲んでもいいよ。血。ちょっとだけなら?」

「おまえに傷を付けてまで、欲しくはないよ」

 彼はそう言うと、今最も敏感になっているあの部分に再び指を入れる。

「あん……っ!」

 先生の長い指はどこまで達しただろう。奥まで行くと一度クルリと掻き混ぜられる。

「はぁっ!あん……んっ」

 

 抜き取った指に絡んだ透明の液を、彼は口に運んで舐め取った。

「これで十分だよ」

「イヤだっ!恥かしい……そんな事しないでよ!」

「こんなに甘い蜜は初めてなんだ。もう病み付きでね」

 先生のバカっ!私は真っ赤になって足を閉じた。

 

 こんな事をする彼だけど、どこまでも私の体を思って動いてくれているのが分かる。

 彼はいつでも自分をセーブしなければならない。何しろヴァンパイアの皮膚はガラスも砕いてしまう強度を持っている。太い木だって、片腕一本で折れる訳だから?

 

 いつか先生にも、何も考えず思いっきり楽しんでほしいと願うばかりだ。

 

「ユイ、どこも痛くないか?」事を終えてベッドに横たわった後、先生が聞いてくる。

 このやり取りは、もはや恒例行事。

「うん。……ああ、でも足が、攣ってるかも!イタタ……」

 左の股関節が微妙に引きつっていた。股を開きすぎた?

「夢中になると危険だな。ユイも!」痛む箇所を擦ってくれながら、おかしそうに言う。

「お恥ずかしながら……」慌てて両足を閉じて俯く。

 始めはあんなに恥かしがっていたのに、今や堂々とこれだ。慣れというのは恐ろしい!

 

 夢中になりすぎるからなのか、この行為の後はやっぱりぐったりになる。

 

 

 ж

 

 

 翌朝、起きようとしたところを先生に引き止められる。

 

「まだ寝ていろ。今日は仕事は休め」

「え?大丈夫よ、少しだるいだけだし。これくらいで休めないわ」

「これくらい?鏡を良く見てみろ。そんな顔で行ったらすぐに追い返されるぞ」

 

 そんなに?と思いつつもドレッサーの前に行って鏡を前にする。

 そこには、いかにも病人ですって顔の女が映っている。

 

 後ろから彼が凝視していたので、思わずヘン顔をしてみた。

「百面相してないで、いいから寝ろ」

「あれ~、今の、面白くなかった?」

 

 彼は無言でニコリともせずに行ってしまった。どうやら、ヘン顔の類は笑いのツボじゃないらしい。つ~まんない!

 ため息をついて再びベッドに戻ったけれど、これだけ目が覚めちゃったらもう眠れない。

 

 私は寝るのを諦めて、顔も洗わずに食卓に向かった。

 

「先生」

「何だ。今日は仕事には行かせないからな?」

「分かってる。そうじゃなくて。寝込むほど辛くないから、起きててもいい?」

 

 静かに私を見下ろして、先生が口を開いた。「食欲は?」

「ない事もないけど、あるとも言えない」

 曖昧な答えに彼が固まる。

「ああ!食べれるから!心配しないで」固まった後は大抵良くない展開になる。こんな事はもう学習済みだから、すぐさま訂正した。

 

「そうか」と答え、彼が動きを取り戻した事にほっとする。

 どうやら許可が下りたらしい。ベッドに強制送還されなくて良かった!

 

 食事をしながらする事といえば、新堂先生を眺める事だ。彼は食事をしないから、何かと私の世話を焼こうとする。

 そうかと思えば、物思いにふけって微動だにしなくなる(これは固まって彫刻になるのとは違う)。なので、見ていて全然飽きない。最近のつまらない芸人だらけのテレビ番組より全然面白い!

 

 物思いに耽っていた彼が、ふいに口を開いた。

 

「もしかすると、俺とのセックスは、ユイの体には負担が大きすぎるのかもしれない」

「どうしたの、いきなり。さては、無断で診察してたわね?」

 先生は肩を竦めて一旦口を結ぶ。イエスって事?

「例え激しく性行為をしたとしても、おまえみたいに長く疲労感に苛(さいな)まれる事は考えにくい。それこそ毎日一晩中、激しくしてるならば別だが」

「一晩中?それって何回?」そんな事できる人いるの!

 

 彼はじっくりと私の顔を観察し続ける。

 細胞の中まで見透かされそうだけど、目を見られている訳じゃないから魔力は掛らない。

 

「待ってよ、それって、先生はもう私と……しないって事?」絶対にイヤ。断固反対!

「しないとは言ってない。しばらく様子見として控えようと、提案してるだけだ」

 そこで彼が、私の目を強く覗き見た。

 

 来た……、魔力が!分かっていても目を反らす事なんてできない。この世の全てを虜にしそうな瞳。たちまち吸い込まれて、骨の髄まで溶かされてしまいそう。

 

「そのくらいは、我慢できるね?ユイ」

「は……んん~!ダメっ!」脳の指令を無視して口が勝手に答えようとするのを、辛うじて阻止。

「何がダメなんだ?それはできないって事か。おまえはそんなに自制心がないのか」

「っ!ダメなのは先生の提案じゃない。こっちの話!分かりました、主治医の仰せのままに」

 自制心がないなんて言われて黙ってられない。って、上手く誘導されただけ?

 

 こんなやり取りは、どこかキハラを思い出させた。

 私の性格を熟知する我が師匠は、こんなふうに誘導するのがやたらと上手い。私はいつもそれに乗せられ、容易く手のひらで転がされるって寸法!

 そんな相手がもう一人現れた?ああ、やめて……。

 

 

 ж

 

 

 こうして夜の営みのない日々が続いた。

 

 会社でそんな話題になる。

 

「朝霧さんて新婚さんなんでしょ?いいな~!毎晩旦那さんと甘い時間を過ごしてるワケね!」

「ええ?!結婚はまだです、その、婚約の状態で……」どこから私が新婚だって情報が?

 慌てて否定するけれど、今やどっちでも一緒な気がする。

 それと、甘い時間は最近めっきりありませんが!

「そうなの~?いつも迎えに来てるベンツって、旦那さんでしょ!」

 ゲ……見られてた。女子の目は鋭い。

 

 左手中指の指輪にも目が行ったらしく、一人が釘付けになっている。今から隠すのもヤな感じか。

「ねえ、それ……。すっごくキラキラしてる!彼から貰ったんでしょ?」

「えっと、はい」

 すぐに話題が指輪へと移り、歓声を上げる皆に注目される。

「そんな色の石、見た事な~い!何て宝石?」

 一度聞いただけだから、はっきり覚えていない。何しろ初めて耳にした名前だったし。

「何だったか、忘れました!」

 

 珍しい宝石を前に、今度は私のお相手へと話題が飛ぶ。

 職業を聞かれ、これには外科医と即答した。出会いのきっかけを聞かれ、これもまた高校時代の校医だと教えた。ここまで来たら年の差も隠せない。あっという間に彼は、ロリコンでエッチでお金持ちの男というレッテルを貼られてしまったのだった。

 

 

 迎えにやって来たベンツの助手席に納まり、深いため息をつく。

 

「疲れてるみたいだな。昼食はきちんと摂ったのか?」すぐに指摘が入る。

「食べたよ。ちゃんと」食べてる時だけは話さなくて済むから!根掘り葉掘り質問攻めの連中で、大変だったのよ、こっちは!

「新婚さんでしょ、って言われた。あなたが迎えに来てる事皆知ってるし!どうなってるの?」

「どうって、始めに言ってあるからだ」当然のように言うけれど、私には訳が分からない。

 

 その後の説明で、私が採用された時に、こっそり彼が人事担当と話をつけた事が判明。

 必ず定時に上がらせる事。残業や出張や休日出勤は認めない。自分が送迎するので、ですって?!これじゃ当然飲み会のお誘いは望めない。

 

「何でそんな事……!」

 だから私は会社でも箱入り娘的扱いを受けていたのか。今になって合点がいった。

「言っただろ。おまえが心配なんだ」事も無げにまた同じ事を言う。

「過剰だったって、この間認めてくれたよね?これも過剰でしょ」

 先生は答えない。

「言っとくけど、私は自分で対処できるよ?先生に面倒見てもらわなくても!迷惑よ、はっきり言って!」思わずカッとなって言ってしまった。

 

 案の定先生は車を走らせたままだというのに、私を凝視して彫刻のように固まってしまった。

「危ないからどっかで停まろう」

 私が横からハンドルを掴むと、ようやく気が付いて前を向く。「分かった」

 そう答え、人気のない公園の駐車場に車を入れた。

 

 

「こんな事、言いたくなかったけど。この際だから言うわ」もうこうなったら、とことん思っている事を吐き出そう。

 彼は無言で、姿勢を正してこっちを見ている。

「あなたは私に人間らしい生活をしてほしいって言ったけど」ここまで言って様子を見る。今のところ変化はない。私は続ける。「それを自分が妨げてるって気づいてる?過保護な親だってここまでしない」というかできない。人じゃないからここまで執着できるんだろう。

 

「気づいていなかった。済まなかった」彼は素直に謝ってくれた。

 そっと私の頬に手を伸ばす。

「ユイに嫌な思いをさせていたんだな。気がつかなくて申し訳なかった」悲しそうな顔で呟く。

 

 愁いを帯びたギリシャ彫刻は、私の心を打ちのめすのには十分だった。どっと後悔が押し寄せる。言うんじゃなかった。

 こんな事を言って、もし新堂先生が私の前から消えたらどうするの?こんなに私を想ってしてくれている事なのに、私ったらそれにケチを付けて!

 

「あの、新堂先生?違うの、だからね、私…………」

 ああ、今の私の心を読んでもらいたい。言葉にするには矛盾がありすぎて、どう伝えればいいのか見当もつかない。迷惑な反面嬉しくて、怒りと同時に大事にされている優越感に浸るなんて。

 

「ユイにはまだまだ未来がある。もちろん人間としてのだ。俺との時間よりも、人間としての貴重な時間を、もっと味わってほしいんだ」

「だからそれを受け入れたじゃない」

「ああ。それでも、おまえが心配で仕方がないんだよ。強い弱いの問題じゃない。ただ大切で、不安なんだ。失うのが……」

「失うって、私が死ぬって事?だったら人間じゃなくした方がいいんじゃない?」

 

「その通りだ。それはもちろん理解している。だが俺は!ユイから何も奪いたくないんだ。……何一つ、俺が奪っていいものなどないんだ……」

 新堂先生の言っている意味が、私には分からなかった。

 何かを彼に奪われるなんて考えた事もない。例え奪われるものがあったとしても、それ以上に与えてもらうものの方が大きいのだから。それは、貴い永遠の愛だ。

 

 私が黙っていると、やがて先生が再び話し始める。

「俺だって葛藤してる。分かるか?百数十年ぶりに人を餌食にした。この短期間に二人だ。ずっと信条にしてきた事が崩れた。もう俺は善良なヴァンパイアではなくなった」

 沈黙する私を見て、彼が続ける。

「ユイはああ言ってくれたが、人間と共存するには、絶対あってはならない事なんだ」

「でも!それは私のためにした事。あなたの食欲を満たすためではなく。そうでしょ?」

「そうだとしてもだ!」

 

「私を守るためにしてくれただけ。だったら、あなたは殺人鬼でもなんでもない。人間だってそうやって人を殺す事はあるわ」

 私の言葉に先生が目を見開いた。何も言ってくれない。

 

 けれど次の瞬間に、彼が喜んでいると分かった。

 なぜなら先生は熱烈なキスをくれたから。どこまでも愛に満ちた、極上の口づけを。

 

 離れた唇から漏れ出た、彼の甘い吐息が顔に当たる。ああ、今すぐに抱いてほしい……!

 

「新堂先生……。今晩はいいんじゃない?ずっとご無沙汰だし……」

「そうだな。すぐに帰ろう」少年のような笑みを浮かべて、彼が答えた。

 

 

 

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