※この作品はR-18です。

トキヨジセツ~第一部・愛した人はヴァンパイア~   作:氷ユリ

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23 つかの間の休息

 

 私は順調に回復を続け、ついに寛解の段階に入ったと先生に告げられた。

 

「良く頑張ったな。偉いぞ、ユイ」

 先生が私を優しく抱きしめ、すぐに体を離す。

 

 もう冬も近い。気温は一気に下がり出した。つまり、また彼とくっつけない日々がやって来たという事。当然私の機嫌はあまり良くない。病を封じ込められたっていうのに!

 

 案の定、彼が不思議そうに聞いてくる。「ユイ?どうした。嬉しくないのか?」

「だって…………。私、冬ってキライ」

 そう言って彼に手を伸ばす。

 すぐにその手を掴んでくれたけれど、一度絡んだ指はすぐに外された。

 

「ほらね?これだからっ!」

「我がままを言うんじゃない。仕方ないだろう?冷えは人間にとって大敵なんだ」

「分かってるけど!……分かってるけど」

 私は離されてしまった手を握り締めて下を向いた。

 

 そんな私の頭に、ひんやりした手が乗ってポンポンと上下する。

「気持ちは一緒だよ。そんなユイに朗報だ。年末はイタリアで過ごさないか?」

「イタリア?お母さんに会えるの!」

「ああ。会いに行くって約束してたしな」

 覚えていたんだ。やっぱり律儀な人!

 

 嬉しい、一年ぶりに母に会えるのね。これも病に打ち勝ったご褒美かな。

 

 向こうはこっちよりも温暖だと彼が微笑む。つまり、ここよりも彼にくっつけるって事!

 こんな調子で私は、未だにどこまでも新堂先生に首っ丈なのだ。

 

 

 ж

 

 

 そしてついに、母と一年ぶりの対面を果たす。

 

 ここイタリア・シチリア島は、太陽の光がサンサンと照りつけるイメージだけど、神様が味方してくれたのか今日は幸い太陽が雲に隠れている。

 

「ユイ!何だか、少し痩せた?」

 こんな母の第一声にドキッとする。さすが鋭い。再会は、もうちょっと体重が戻ってからにするべきだったかも……。

「ダイエットよ、ダイエット!太りすぎてたから?幸せ過ぎて!ね?センセ」私は彼を引き寄せて同意を求めたけれど……。

「私も、もう少し丸みのある方が好きなんですけどね」彼のコメントは微妙だった。

 

 もう!少しは話、合わせてよね?

 

 憤慨する私を他所(よそ)に、母は嬉しそうに横に立つ初老の男性に顔を向ける。

 濃いサングラスを掛けている。そんな姿は一見、ヤクザの元父を彷彿とさせるけれど、首元に巻いたスカーフがとても似合っていてお洒落だ。元父とは大違い!

 

[以下カッコ内は伊語]

 

「さあさあ!紹介するわね、あなた達の義理のお父さんよ」

「ピアチェーレ!(我が子供達。コルレオーネだ。よろしく)」

 恰幅の良いその人は、私達に満面の笑みを向けて言った。良く響くテノール歌手みたいな声で。

 

 この人がお母さんのお相手かぁ。ちょっと想像と違ったけど、いい人そうだ。

「(お会いできて嬉しいです。パパ、でいいのよね?)」

 私が、はにかみながらイタリア語で返すと、父は(早速父と呼ぶ事にする)とても喜んだ。

 父が視線を私から新堂先生に向けて、手を差し伸べた。

 握手を求められている様子。

 

 しまった!先に、この人冷え性だって言っとけば良かった。ああ、失敗……!

 

「ボン・ジョルノ、コルレオーネ。新堂です」

 先生は躊躇いもせず手を出し、笑顔で快く握手を交わした。

 

 ここはロシアと違って暖かいから、寒さで冷えてしまったという言い訳は通用しない。

 どうしよう!一人あたふたしていたけれど、不思議な事に父が表情を崩していない。

 ……あれ?冷たくないの?

 

「ユイ、通訳、してくれないかな」耳元でコソッと彼が訴えてくる。

 どうやらイタリア語は本当に分からないらしい。

「ああ!はい、もちろんっ!」考え事を中断して通訳に取りかかる。

 母がいろいろと話してくれていたらしく、ほとんど自己紹介の必要はなかった。

 

「(優秀な外科医だそうで!仕事、きついんじゃないか?)」

 これを通訳すると彼は言う。「いいえ、全く」

「先生!ダメよ、そんなふうに言ったら。私が適当に言っとくから」

 何かと問題ありの彼の発言を、上手く修正しては伝えを何度か繰り返す。

 

「(こっちでも仕事が入る予定なんです)」私はこう締めくくった。

「(そうかそうか!こんなに若いのに、優秀な証拠だ。将来有望だな!)」

 お父さん、お言葉ですが彼はずっと若いままですので!これは通訳できないけど。

 そして先生が出かける理由は決まっている。もちろん仕事なんかじゃない。いや、本当に仕事もしているのか。本当のところは不明だけど。

 

 

 室内に案内されて、ティータイムとなる。

 

 家の中でも、コルレオーネはやや薄めの色のサングラスを着けている。

 私達の視線に気づいたのか、父が申し訳なさそうに説明してくる。「(これかい?私の目は光に弱くてね。許してくれ)」

 私は先生と顔を見合わせ、慌てて全然何とも思ってませんからと返した。

 このやり取りを見ていた母が、今思い出したとばかりに「そうそう。話してなかったわ、ごめんなさいね」と付け加えた。

 

「(まあまあ掛けてくれ、二人とも。ミサコの入れたティーは美味しいぞ)」

「(あらやだ!お茶なんて誰が入れても一緒よ?あなた!)」

 そんな事はない!と大袈裟な身振りで言い返すコルレオーネ。テノール歌手から舞台俳優に早変わりだ。

 

「とても仲がいいな、ご両親は」先生が顔を寄せて私に囁いた。

「そうみたい」

 母はこんなに楽しそうな顔を、元父と一緒の時に一度だってしていただろうか。私の記憶の限りでは思い出せない。

 

「ユイったら、私の若い頃にそっくり。本当に幸せいっぱいって顔してるわ。ねえあなた!」

 お母さん、その言葉そっくり返すわ。とっても幸せそうな顔、してるよ。

「(全く、美男美女カップルだな!まるで映画のワンシーンのようだ)」

 両手でフレームをかたどり、私と先生をそこに収めて満足気に頷いてる。

「(パパったら。その私を生んだのは、あなたのお隣の人よ?)」

 

 あまり彼に視線を向けさせないように努力する。

 誘導にあっさり乗って、父の視線は母へ向けられた。そのまま愉快そうに肩を揺らして笑い、大袈裟に抱き合う二人。

 

 先生が私の方を見て優しい笑みを浮かべている。

 私はそっと先生の手を握った。彼も握り返してくれる。……ん?何かが変だ。違和感の理由がすぐには分からず。

 しばらく笑顔のままの彼の顔を見つめていて、ようやく気づく。手がほんのり温かい事に!食事の直後以外は、彼の体で温かい部分は一切ない(心を除いて!)はずなのに。

 

 先生の笑顔が含みのあるものに変わる。「おまえにしては反応が遅かったな!」

「ねえ、どうやったの?」二人がまだ抱き合っている(まだ!)隙に小声で尋ねる。

 先生はポケットから、丸い手の平大の何かを取り出した。触れてみると暖かい。

「電池式のカイロだ」

 なるほど。一時的でいいならこういう手もあるのか。

「考えたわね!」私は肩を先生に当てて押した。

 

 たちまちひんやりが伝わってきてゾクッとなる。全身温めておいてほしいわ!

 

 こうして父が先生を不審がる事もなく、楽しい団欒の時間は過ぎて行った。

 

 

 タイミング良く彼の携帯が鳴り響く。

「失礼」携帯を掲げて断ると、席を立つ先生。

 

 私はその姿を無意識に目で追った。

「相変わらず忙しいのね、新堂先生は」母も先生の去った方に目を向けていた。

「しょうがないよ。優秀なお医者さんって、皆こんな感じじゃない?」人間のドクターと付き合った事がないから良く知らないけど。

 

 母が隣りにやって来て私の肩に手を置く。「そんなに寂しそうな顔しないの!」

「っ!悲しそうな顔なんてしてないしっ!」こう言い返すも、私のテンションがさっきの半分にも満たないのは明らかだ。

 

 少しして先生が戻って来た。

「申し訳ない。今から少し出て来ても?夜には帰ります。できればこちらに泊めていただきたいので」私の方を見て通訳を促す。

「ユイ、いいわ」母が私に代わって父に説明してくれた。父はもちろん承諾した。

 

 そして先生は、抜かりなく夕食は結構と言い残し、出かけて行った。

 

 

 その晩、父と三人で母の手料理を味わう。食事中も話題は尽きない。

 

「(ユイ。お前達も、ここで一緒に暮らさないか?あの男は少し白すぎる。私のように小麦色になった方がいいぞ!どうだ?)」ワインも上手いし、ミサコの料理は絶品だと続ける。

 残念ですがお父さん、それ、無理ですから。彼はワインも料理も堪能できないし、あの肌は太陽でも焼けないので。これについては羨ましい限り!

 

 笑って誤魔化して、私達はロシアが好きだから遠慮します、とだけ答えた。

 

 でもこの程度の感想で助かった。目の良くないコルレオーネは、彼の異常さにはほとんど気づいていない。肌の感触さえクリアすれば怪しまれないって、先生は分かっていたんだ。

 相変わらず事前調査は抜かりない。恐れ入ります!

 

 

・・・

 

 

 ユイが寝静まった頃、新堂が帰宅した。こんな遅くに帰ったのには理由がある。

 

「済みません、遅くなってしまって。父上は?」出迎えたミサコに頭を下げる。

「少し前にベッドへ。気にしないで、お茶でも淹れるわ、来て」

「いえ、あなたももう休んでください、ミサコさん」

 こんな言葉をかけつつも、彼はその先の展開を知っている。彼女がイエスとは言わない事を。

 

 案の定、ミサコは聞く耳持たぬといった様子で新堂をダイニングに通した。

 勧められるままに腰を降ろし、新堂はお茶を淹れるミサコの後ろ姿を見つめる。

 

「遅くまで疲れたでしょう。ユイもずっと待っていたんだけど、もう寝かせたわ」

「ええ、それで結構です。ありがとうございました」

 状況は聞かずとも把握している新堂だが、それを感じさせてはいけない。

「どうぞ」トレイに載せたカップの一つを彼の前に差し出す。

「ありがとうございます」

 

 新堂はミサコから視線を外し、目の前に置かれたカップへと向けた。

 そっと手を伸ばして、湯気の立ち上るカップに触れる。その温かさは彼にユイの肌の温かみを思い出させ、自然と笑顔になる。その表情はとても人間らしかった。

 

 そんな彼を眺めながらミサコが言う。「私と新堂先生が親子になるなんてね。全然思ってもみなかったわ」

「私もです。娘さんが転校して来なければ、こんな未来はなかったのでしょうね」

 そうよねぇ、とミサコが感慨深げに同意する。

 

 そんな様子を不自然な程に見つめてしまう新堂。

 

「先生?どうかしました?」

「あ……。済みません、つい見惚れていました」これは強(あなが)ち嘘ではない。

 彼女をユイに重ねて見惚れていたのは事実なのだから。

「イヤだわ!新堂先生ったら。私はもう四十を超えてるのよ?それと、あなたの義理の母なんですからね?」

 

 母、という言葉に衝撃が走り、思わず彫刻になりかける。

 改めて瞬きや呼吸をいつも以上に意識する新堂。

 

 ミサコの笑顔に変化はない。この場は何とか阻止できたようだ。

 ユイと出会って以来、新堂は素のままでいる事に若干慣れた感がある。ユイ以外の人間との一対一は、久しぶりに気を遣うシーンだ。早々に退散しなければ危険だ。

 何しろ相手はあのユイの母親。意外に鋭い感性の持ち主で、娘同様に考え方が吹っ飛んでいる。

 

 こんな危険を冒してまでミサコと二人きりになる理由、それはユイに口止めされた例の件だ。

 娘の体調について、母親には知る権利がある。主治医を仰せ付かったからには、その義務は果たさねばならないと新堂は考えたのだ。

 

「ミサコさん。一つ、大事な報告があります」ついに新堂は切り出した。

「何かしら。まさか、孫の顔でも見せてもらえる?」ミサコは頬杖をついたまま楽しげに尋ねる。

「それは……それについては、申し訳ないですが、その予定はありません」

 まあ残念!とミサコが大袈裟に両手を広げた後に、冗談よ、と軽く微笑んだ。

「二人が元気で暮らしてくれれば、私はそれで満足だから。気にしないで」

 

「その事なんですが……」新堂は唇を噛む。演技ではなく自然にこんな仕草をしていた。

「どうしたの?」

 下を向いたままの彼に、ミサコが念を押すように言う。「私にウソはつかないでね」

 

 この言葉に観念したのか、新堂は顔を上げた。

 

「私はユイのパートナーであると同時に、主治医です。彼女の体調についての報告です」

「どうかしたの?」さすがにミサコも不安な様子だ。

「ご安心ください。事後報告です。病はすでに寛解の状態にあります」

 新堂は簡単に病の内容と寛解について説明した。

 

「まあ……。そうだったのね。あの子ったらそんな大事なこと内緒にして!」

「お母さん!ユイを責めないで下さい」

 新堂が初めてお母さんと呼んだ。

 ミサコもその事に気づいて、自分の主張を一旦引っ込めた。

 新堂は話を続ける。「ユイは、とても母親思いのいい子です。あなたをどうしても心配させたくなかったんです。それに、私が治せば問題は解決だ。私としては責任重大ですがね」

 ここで肩を竦め、安心させるような笑みを投げかけた。

 

 照明の元でも、彼の瞳はあり得ないくらいに美しく光り輝いている。

 吸い込まれそうなその瞳を、ミサコはただ見つめる。

 

「どうか許してあげてください。それから、私が話した事はくれぐれもご内密に」

「もちろんです。言いません。話してくれてありがとう、新堂先生」

 ミサコには彼の魔力が通じないのか、彼女は自分を見失う事はなかった。

 

「この際だから正直に答えて。再発も、あるのね?私よりも先に……あの子が死ぬ事は?」

 直球で来た。彼女が考えている事は新堂には分かっていたが、こんなにストレートに口に出すとは思っておらず、しばし固まる。

 だが答えは決まっている。新堂は口を開いた。「場合によっては、起こり得ます」

 それはどこまでも冷静な、医師としての回答だった。

 

 そんな自分の冷酷な言葉に後悔して、新堂は不安そうにミサコの反応を観察する。

 

 だが、ミサコの反応も冷静だった。「そうですか。正直に話してくれてありがとう」

 その様子に安心して、新堂は次の言葉を発した。

「大丈夫、そんな最悪の事態にはさせません。私がずっと側に付いています。きちんと体調管理をして行きますのでご安心ください」

 

 ミサコにとっての最悪とは、どんな事態だろうか。例えば生きながらえるために、人ではない存在になったとしたら?

 新堂がこれをする事はあり得ない。例えユイが切望しても。

 自分がすべき事は医師としての役目を全うする事。再発させない。したとしても、また寛解に持ち込む事だ。ユイが、人間として生を全うするために。

 

「新堂先生、娘の事、これからも末永くよろしくね。何があっても私は、ユイの幸せ、そしてあなたの幸せを願っているわ」

「もちろんです。ありがとうございます」新堂は深々と頭を下げた。

 

 娘の相手が人間でない事を知ってもなお、ミサコは自分の幸せまでも願うだろうか。あるいはすでに、全てを承知の上での言葉であるなら?新堂の中で様々な思いが錯綜する。

 

 そんな今の新堂の表情はなぜか、未だかつてない程に安らかだった。

 

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