※この作品はR-18です。

トキヨジセツ~第一部・愛した人はヴァンパイア~   作:氷ユリ

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29 迫られた決断

 私のケガも順調に回復し、年が明ける頃には薄っすら痕が残る程度になった。

 けれど今でも、それらの部分はほんの少し熱を持っている。

 

 ヴァンパイアの毒が本当に恐ろしいものだと、身を持って体験してしまった。

 彼がいなければ、私はその毒に侵されて苦しみ続けるか、その場で血を全部吸われて死ぬかのどちらかだった。転生の際の痛みは、きっとあれに近いのだろう。……確かに試練だ。

 毒を吸い出す行為は免疫を持つ者にしかできない。つまりできるのはヴァンパイアだけ。それも、魅力的な血の(特に私みたいな!)誘惑に負けない精神力を持ったヴァンパイア。

 

 私を危険に晒したと落ち込んでいるけれど、彼が私の命を救ったのも事実だ。

 

 その後新堂先生は、カーライルの予言について一部始終教えてくれた。

 前に、私がもう長くない事は話してくれたけれど、訪問者の件は伏せいていた。怖がらせるような事を言う必要はないと判断したから。それは、自分がその危険を排除する自信があったからだ。

 何にせよ、やっぱり先生は優しい。

 まあ、こんな話を聞いていたとしても、私は単独行動していただろう。だから今回の事は、どこを取っても彼のせいではない。

 

 そして、この訪問者の件がきっかけで例の病が再発する。薬が効かなくて助からない。なぁんて聞かされてもねぇ……。

 今のところ私の体調には何の変化もないから、全く信憑性なしだ。

 

 

「ユイ、頼むからもっと安静に過ごしてくれないか!」

 先生がこんな事を言ってきたのは、私が前にも増してトレーニングの時間を増やしたから。

「安静って……。病人じゃないんだからそんな必要ありません!」

 あんな事があって、私がさらに強くなる必要性を実感したのは、言うまでもない。当然じっとなんてしていられない!

「たまには先生が相手になってよ。かなり理想の対戦相手なんですけど!」だって、襲ってくるのはヴァンパイアなんだから。

 

 でも、彼が相手をしてくれる事は絶対にない。

 

「どんな時だって、おまえは無茶をせずにいられないんだな!」

「だから何が無茶なの?それを言うなら、新堂先生はマイナス思考過ぎるの。病は気からって言うでしょ?」

 彼が人間でなくて良かったのかも。いろんな事を気に病んで、病気になり兼ねないもの!

 

 こんな口論をしつつも、先生は私のトレーニングを黙認してくれている。

 私がこうして無茶(?)をするからか、先生が無言で私を見つめている時間が増えた気がする。

 本当に監視されている場合もあるけれど(!)、それが診察だと気づいた時は、なるべく動かないようにしたりとか、私も何かと気を遣っているつもりだ。

 

「新堂先生?診察したなら、結果、私にも教えてよね?」無言で見つめていたくせに、何も説明してくれない彼に不満をぶつける。

「診察?してないけど」

 しらばっくれているのか、本当なのか判断が付かず。「だからしたなら、って言ったでしょ!」

 先生から顔を背けて答えたのに、いつの間にか彼は正面にいた。

「うわぁ!ビックリした……っ、脅かさないでよ」

「ご要望があったから診察する事にした」

 誰も要望なんてしてないけど!こんな反論は無意味なのでしない。

 

 案の定この後、寝室に連れて行かれ服を脱がされ、あちこち眺められた後に採血されて悲鳴をあげる羽目になる。

 

「脈はやや速めだ。時折心拍に乱れがある。だが、血液には異常はなさそうだ」

 今度はちゃんと説明してくれた。

「それなら文句ないでしょ?」彼がやや微笑んで頷く。

「しかし、俺がこんなに側にいるのに、最近、体温が高めなのが気になるな」

「だから!体も慣れたって事よ。いい事じゃない?」こう答えて先生に抱きつく。

 

 彼は拒絶しなかった。

 

 

 

 そして何事も起こらず、私は二十一歳になった。

 

「ユイ。ちゃんと薬飲んでるか?」

 病が再発した訳じゃなく予防措置で飲んでいる。薬を飲むだけなら異論なしだ。

「もちろん。点滴注射、断固反対なので?」

 そうは言っても、血液検査の時は容赦なく針を刺されるんだけど。

 

 先生は徹底的に私の体調を管理している。食事、運動量、睡眠時間に加え、生理周期や基礎体温まで!それはやり過ぎなくらいに。もはや彼の趣味みたいになっているような気が……。

 こんな人間離れした執着ぶりに、またも我慢の限界がやってきそうだ。

 

 あくる日。

 

「ちょっと!何?何なの!」

 ネヴァ川沿いを気持ち良くランニングしていたはずなのに、気づいたら車の助手席に座っている。

 一瞬、軽いパニック状態に陥る私。

 

 運転席の先生が、前も見ずに私を見つめている。

 ようやく状況が飲み込めた。

 

「先生!私はあなたのオモチャの人形じゃないのよ?勝手に何かするのやめてくれない?」

「段々距離が長くなってる。これ以上はダメだ。昨日も言っただろ」

 そう、昨夜そんな事を指摘された気がする。

 だけど距離なんて一々計っていないし、気分でルートを選んでいるだけだ。

「とにかく、こういう事はしないで!誰かに見られたらどうするの?」

「見られる訳ないだろ。見える訳がない」

 

 ああ、そうか。……って、納得してる場合じゃない!「先生ってば!」

 あまりにも頭にきて、ドアノブに手を掛ける。「降りるっ!」

「おい。危ないだろ、開けるな」

 

 私達の乗った車内はあり得ない光景となる。ドライバーは一切前方に目も向けず、助手席の私と揉め合っているのだから。

 それを目にしたのか対向車が減速するけれど、私達の車は蛇行すらしない。

 

「その余裕っぷりなとこも、何だかイラつくのよ!」

 何でも完璧にできる彼。対する私はどう足掻(あが)いても足元にも及ばす。キハラといる時よりも酷い有様なのだから!

 ドアノブに掛けた手に力を入れる。死にはしないわ!ここから飛び降りたって?

 

「ユイ。いい加減にするんだ」

 

 心の奥底まで響くような声が、車内にこだました。それは決して耳を聾するような音量だった訳でもないのに、私はしばらく何も聞こえなくなった。

 続けて瞳の魔力が久々に私を金縛りに掛ける。

 

「……先生、前、見て……ください」辛うじてこれだけ訴え、私の口はポカンと開いたままになる。

「そうだったな。俺とした事が!」

 ふと我に返ったように言うと、ようやく彼は私から目を離して前を向いた。

 途端に自分も冷静になる。「先生……私、何だかイライラしてた。ごめんなさい」

 

 私はやっぱり子供だ。二十一歳になっても何も変わっていない。こんなふうに彼に当たるなんて……何て情けないの?

 

「新堂先生……いい加減、私の事嫌いになったでしょ?本当に私が先生の運命の相手なのか、もう分かんなくなっちゃった」

「どうした、急に。散々俺にマイナス思考はダメだって言ってたのはユイだぞ?」

「だって……。私、いつまでたってもこんなで!嫌われても仕方ない……っ」

「嫌いになる訳ないだろ。あり得ないよ。何があっても。それにこう見えて、普通の人間よりは打たれ強いはずだ」

 

 こんなおどけたような答えにさえ、荒(すさ)んだ心が安らいで行く。声にも魔力があるのか。

 

「カチカチの氷のハートって言いたいんでしょ。固いように思えて、衝撃で粉々になるのよ?」

 脈打つ事のない、氷のような冷たいハート。

「自身は決して傷つかない、ダイヤモンドのハートの方が正しいかな」悪戯っぽい目で言ってくる。

 そう来たか。ようやく私にも笑顔が戻った。「それなら安心ね。もう少し痛めつけても?」

 ドンと来い、と彼が答えた。

 

 この言い合いで私の気持ちを分かってくれたのか、先生は過剰だった私の体調管理を見直してくれた。前にもこんな事があったなぁ。思っている事はちゃんと言わないとダメね。

 

 先生は自分のハートを自身は決して傷つかないって言ったけれど、そんな事はないはずだ。ヴァンパイアのハートだって傷つくと思う。

 そして私は、いっぱい彼の心を傷つけているに違いない。

 

 

・・・

 

 

 その日、新堂は勤務先の病院から家には帰らず、南下してイタリア、ヴォルトゥーリの本拠地へと向かった。

 

[以下カッコ内英語]

 

「(早々に済ませていただきたい。彼女に何も言わずに来ているのでね)」

「(冷たい事言わないでよ、ドクター・シンドウ。私の事は知っているわね?)」

「(ヴォルトゥーリ唯一の女性ヴァンパイア、ミス・ジェーン。お噂は兼々)」

 

 彼はヴォルトゥーリからの呼び出しを受け、この日の夕方面会に訪れた。対面するのは小柄のとても若い女。ユイと同年代か。

 色素の薄い金髪に切れ長のアイスブルーの瞳が、冷たい印象を植えつけている。

 

 片膝を立てて自分の前にひれ伏している新堂に向かって、威厳たっぷりに言い放つ。

「(なぜ呼び出されたか、分かってるわね)」

「(私の交際相手の事でしたら、すでに解決済みかと思いますが)」

「(どの辺が?)」

 ジェーンは品定めをするような目で新堂を見下ろし続ける。

 

 嫌な予感がした新堂は、あえて彼女の心を読まないようシャットアウトした。

 

「(ねえ聞いて!私ね、いい事思いついたの!あなた、とっても素敵。私のタイプ!そんな人間は放って置いて、私のパートナーになりなさい。そうすれば無罪放免にしてあげるわ)」

 恐れていた展開となり固まる新堂。

 微動だにしない彼に、顔を寄せて囁く。「(あなたの事、とても気に入ったって言ってるの)」

 

「(ご冗談を!)」

 無罪放免には惹かれるが、ユイを手放す事だけはあり得ない。

「(お断りします。とにかくその件でしたらもう、カーライルの方から説明が行ったかと)」

「(ええ聞いたわ。ユイ・アサギリがもうすぐ死ぬって。だ、か、ら!そんな人間はどうでもいいじゃない?私とここで楽しくやりましょうよ、シンドウ!)」

 

 ユイは死なない。そんな事はさせない!新堂は心で強く訴える。

 

「(あら。何?その目は)」

「(いえ、何でもありません)」

「(あなた、他人の心が読めるのよね?私の心、読みなさいよ)」

 言われるまでもなく、新堂は彼女の心を探る。

――(例の件が解決したら、スカウトしろって言われてるのよねぇ。心が読めるなんて、この組織に打って付けの人材ってワケ!断っても、ムダな労力使うだけよ?)――

 

 こんな彼女の明け透けな心が新堂に伝わる。

 

「(どうかしら)」

「(どうもこうも。どちらも辞退しますよ)」

「(あらぁ?ちゃんと最後まで読んでくれたのかしら。断ってもムダって!)」

「(とにかく、今日のところはご勘弁を。それと今後、あなたの単独の要請にはお答えでき兼ねますのでご了承ください)」

 

 今回の呼び出しが組織からではなく、ジェーンの独断であったと確信した新堂は、有無を言わさずこう伝えその場を後にした。

 

「(残念だなぁ。可愛い可愛いユイ。可哀想なユイ!あなたを手に掛けなきゃならないなんて)」

 どこか楽しげにジェーンは呟いた。

 

 

・・・

 

 

「ただいま」

「お帰りなさい!今日は遅かったね。お仕事、大変だったの?」

 残業なんて珍しい。だって彼の手を煩わせるものなんて、この世に存在しないもの。

 一体どんな理由だったのか凄く興味がある。もしかして〝お食事〟の方とか?

 

「まあね」

 説明してくれる気配もない先生を見て、そのお食事に手間取った方の線が濃厚になる。

「ユイは食事は?」

「えっ!わっ、私の?」ビックリした……心、読んだでしょ!

「きちんと栄養を摂らないとダメだぞ」

「食べました!先生の献立通りに!お薬も飲んだし。ご心配なく」

 

 先生が満足気に頷いて、一人掛けのソファーに腰を下ろす。

 途端に彫刻と化した。全く微動だにしない。何か考え事に耽っているとみえる。私も真似して固まってしばらく彼を見つめていたけれど、バカバカしくなってあっさり降参した。

 

「ねえ先生。今、何考えてるの?」

「…………ん?」

「また心配事ができたとか」

「相変わらず鋭いな、ユイは」彼がほんの少し笑みを浮かべた。

「心配事なの?どんな?私に、何かできるかな」力になりたいと心から思った。

「いや。いいんだ、こちらの話だから。大丈夫、自分で何とかするさ」

 

 こちらの話。それはヴァンパイアの話って事か。またカーライルさん達と何かあったのかな?

 そう思ったから、これ以上は何も聞かなかった。

 

 

 けれど、この日から先生は遅く帰る事が増え、固まる事も増えた。

 そして帰宅後の先生の体は温かくない。つまり食事をしてきた訳じゃないという事だ。

 じゃあ、この人は一体何をしているのか?

 

「先生?今、他の女の事なんか、考えてたりしないよね?」

「何だって?」どこか焦ったように彼が顔を上げる。

「何となくそう思っただけだけど…………そうなの?」

「あり得ないよ」

 この答えを信じていいのか、私に判断する術はない。

 

「私は、あなたの事、どんな時でも独り占めしたい」

「してるだろ?第一、俺の目にはいつだってユイ以外入ってない。それはこれからもずっと変わらないよ」全ての生きとし生けるものを虜にしそうな笑みを浮かべて言う。

 そしてそれが蠱惑(こわく)的な笑みに変わる。「断然、朝霧ユイの方が美しい。俺は金髪は好みじゃない」

「え?金髪?それ何の事?」まさか金髪女に口説かれたとか!

「あ……いや、何でもない」

 

 絶対に怪しい。私は確信した。新堂先生に言い寄ってくる女が現れたのだと。それが人間かヴァンパイアかは分からないけれど?

 

「新堂先生……正直に言ってよ」

「何をだ?どうした、急に」

「隠し事は、もうしない方がいいって、お互い分かったはずでしょ?」

 ここまで言っても、先生はまだ口を開かない。ただじっと私を見つめているばかり。

 慌てて彼の瞳から目を反らす。こんなところで魔力を掛けられる訳には行かない。

 

「そうよね。新堂先生にはもっと、大人な女性がお似合いなんだよ」

「……なぜそんな事を言うんだ」

 今度は私が口をつぐんだ。

「なあ。もしかしてユイは、俺が他の女と密会してるとか、思ってるのか?」

「なっ!何、密会って!言葉古いよ?先生…………」声の勢いが次第に萎んで行く。

「ユイ?」

 

「だって先生、最近頻繁に一人で外出するじゃない?帰りも遅いし……食事に行ってる訳でもなさそうだし?」意味深な目を向けて訴えてみる。

 無反応の彼を前に、左手の指輪に目を落とす。それは変わらずに美しい輝きを放っている。

 

 しばらくして、彼の大袈裟なため息が聞こえた。

「そうだったな。隠し事は悪い結果を招くって、学習したはずなのにダメだな。正直に話そう」

 私は顔を上げて先生を真っ直ぐに見た。

 どんな言葉が出てくるのか怖い。でも耳は背けない。背けたくない。

 

「少し前の、帰りが遅くなった日があったろ。あの日、女性ヴァンパイアに会った。ユイを狙っているようでね。それからずっと警戒している。ただそれだけだ」

「女のヴァンパイア……。きっと、物凄く美人なんだろうね……」その人が金髪なのか。

 すぐに白雪姫のようなエズミを思い浮かべた。だとしたら、私なんかが敵いっこない。

「おいおい!しっかりしろよ、朝霧ユイ!誰がそいつを好きだって言った?」

「だって……っ!」

 

「俺が愛してるのはおまえだけだ。例え目の前に絶世の美女が現れても、それは変わらない」

 先生は正面から私の顔を見据える。

 いつの間にか溜っていた涙が、その拍子に流れ落ちた。それを綺麗な長い指が拭ってくれる。

「ああ、それと、その女ヴァンパイアは全然タイプじゃない。むしろ嫌いなタイプだな」

 真剣な顔で先生が言った。

 

 こんな事を言われたって、まだ涙は止まらない。

 呆然と彼を見つめていると、口づけが頬にそっと落とされた。

 

「また不安にさせてしまったな。済まなかった」

 私はブンブンと首を横に振る。「私こそ!やっぱり子供だね、変な誤解してヤキモチ妬いたりして……」

 先生は優しく微笑んでから、私を抱き寄せた。

「ヤキモチを妬いてもらえるくらい、俺はユイに愛されてるって証拠だろ」

 

 ああ、私は何てバカなんだろう。こんなにも深い深い愛を与えられていながら疑うなんて。

 私は力いっぱい彼を抱きしめながら、そんな反省をしたのだった。

 

 

 

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