キハラが姿を消してから、もう一週間になる。
携帯は相変わらず電源が入っていないのメッセージだ。県外ナンバーの白ベンツの目撃情報も(刑事みたいに聞き込みまでしたのに!)一件もない。
そんな最中、担任がいきなり係の再任を始めた。それも保健係だけ。二学期も終わりに近づくというのに。今の係の子が何かやらかしたとか?
「朝霧さん、保健係頼むな。仕事内容は、新堂先生の指示に従ってくれ」
「適任じゃん?やったな、朝霧っ!」クラスメイトからはこんな声がかかる。
何が適任だ!これは何かの陰謀に違いない。
「先生、辞退しますっ!別の係なら何でもやりますから、別のでお願いします」
「悪いが他の係は変更なしだ。残念だけどご指名でね。よろしくな、朝霧!」
担任は聞く耳持たずといった様子で出て行ってしまった。
どうして寄りにも寄って?これじゃ、近づかない訳に行かないじゃない!キハラもどこか行っちゃうし。どうしよう……。
こんな事を考えながら廊下を歩いていると、突然声をかけられた。
「朝霧さん。いいところに。君が保健係だってね、今後よろしく頼むよ」
どこからか新堂先生が現れた。またしてもこの人は気配がないんだから!
「びっくりさせないで下さい!先生が指名したんでしょ?どうしてですか」
「一緒に過ごすなら、気の合う人間とがいいからね」
「気が合う?過ごすだなんて大袈裟です!」
「さっそくだが、今度の健康強化月間に配る小冊子を、全学年の担任に渡してくれるかな」
「各教室に配って回るんですか?」
「そんな力仕事はしなくていい。職員室の私の席の横に積んである。人数分に分けて各担任の机に置いてくれればいい」
「そうですか」やっぱり私は
「それから……」そこで言葉を濁す先生。
私を見下ろす瞳は、やや暗い。目の下のクマがまた濃くなっている。
沈黙は私の不安を増幅させる。
もしこの人、いやモンスター(だとして)がキハラを手に掛けたのだとしたら?この人は私にとって敵だ。師匠がやられたなら、私に勝ち目なんかない。
「何ですか……?」私の声はか細くなる。
「放課後、時間あるか」
ないです、そう即答するはずだった。学校での接触は仕方ないけれど、プライベートは別。
でもこの抗いがたい魅力的な声が、私の思考能力を掻き乱す。
「ユイ。付き合って、くれるね?」
「…………はい」いけないと分かっていながら、私の口は答えていた。
答えた後も、吸い込まれそうな瞳に引き寄せられてその場から動けない。
「それでは後ほど」
私に金縛りを掛けたまま、先生は行ってしまった。
放課後。クラスメイトが全員帰るのを待って、校庭横の駐車場に向かう。
「早かったな」
新堂先生はもう愛車のベンツの元にいた。魅惑的な笑みを浮かべて私を見る。
「受験に向けて、皆すぐに帰っちゃうので」
「君は受験しないのか?」
本当は大学に行ってもっと学問を究めてもいいかもと、思った事がない訳じゃない。
「しません」でもきっぱりこう答えた。そんな経済的余裕は家にはないから。
先生は軽く微笑んだだけで、何も聞かずに静かに助手席のドアを開けた。
「失礼します」
「どうぞ」
自分は今、キハラの命令に背いている。師匠が不在だからって?……そうじゃない!そうじゃ、ないもん。
車が走り出した後も、沈黙が続く。
「いいのか?君のナイトが不在中に、誘惑に乗っても」
まるで心を読まれたみたい。ギクリとして横の新堂先生を見る。
「もう君を、帰さないかもしれないぞ?」先生は悪戯っぽく目を輝かせて言う。
息が詰まりそうになる私を前に、彼は声を上げて笑った。「心配そうだな」
「まさか!」と言ったけれど言葉が続かない。
どうしてこの人がキハラの事を知っているのか。やっぱりキハラは…………。
私は、この人に本当に殺されるかも。
「先日も言ったが、俺はおまえと距離を置くのに疲れたんだ。もう諦めた」
彼の顔はまだ微笑んでいるけれど、瞳は笑っていなかった。
「諦めたって……どういう事ですか?」生かしておくのを諦めた?
「善人ぶるのはやめたって事さ。これからは自分のしたいようにする。結果がどうなろうとね」
その口調には、どこか厳しさが滲んでいる。
したいようにする、邪魔なヤツは消す?
「ユイと話していると、いつも余計な事まで口にしてしまう。これは問題の一つだな」
「そうみたいね。私、先生の事誤解してたかも」
「どういう意味だ?」
黙り込んでいる私を、先生は不安げに見つめ続ける。「何を考えている?」
「心が読めるなら、私の心、読んだら?その方が手っ取り早いでしょ」
核心に迫るのが怖かった。
私がそれを口にする事で、この人は世にも恐ろしいモンスターに変身するのだろうか。
「できるものなら、とっくにそうしてるさ」
こう答えた彼はどこから見ても人間。少なくともモンスターには見えない。
「この間言ってたじゃない。いつもできるって」
「いつもはって言ったんだ。おまえの心は、なぜか読めないんでね」雰囲気が変わる。瞳に憂鬱そうな色が浮かんでいる。
おまえの心は読めない、って事は、他の人のは読めるの?ウソみたいな話!でもそうだとして、何で私のだけが読めないのか。
「どうして?」純粋な好奇心が私にこう言わせる。
「さあ。どうしてなんだろうな」
彼は強烈な視線を向けて来た。顔を背けずにはいられない程の!
「それで?今、何を考えていた。誤解してたって?」彼が話題を戻す。
「先生が何を求めているのか」
ただの人間の男なら、若い女性のカラダとかを求めるのだろう。でもヴァンパイアなら?若い女性の生き血だ。そしてそれは、命そのもの。
「何を求めてるって?」好奇心いっぱいの瞳で聞いてくる。
その色は暗い。その闇色が私を不安にさせて止まない。
きっと車内が暗いからだ。そう自分に言い聞かせて口を開く。「それ、私に言わせるんですか」
黙ってしまった彼に構わず続ける。「先生は、危険、って事よね?」
だから私を遠ざけようとしている。それは、私を襲ってしまう可能性があるからだ。……まあ、どっちの意味にせよ。
「そうだ、と言ったら怖いか」彼の目は真剣そのもの。本気で言っているのだ。
けれど、なぜか私に恐怖心は芽生えなかった。今ここでレイプされるか、もしくは血を吸われて殺されるかもしれないのに!
「全っ然。バカにしないで。私を誰だと思ってるの?ヤクザの娘よ!」
両親が離婚しても、あの人が私の父親である事実は変えられない。
「そうか、ヤクザか。なら、ユイに手を出したら、ただじゃ済まなそうだな!」
「……新堂先生?」口調の変化について行けず、目を瞬く私。
「男は皆、血に飢えたオオカミだ。うら若き乙女よ、せいぜい気をつける事だ!」
何だか上手くはぐらかされた感じ。結局、キハラの事も聞き出せずに家に帰った。
ж
翌日、学校にて。
「ユイユイ!今度さ、多香子と隣町にできたショッピングモールに行くんだけど、一緒に来ない?」
授業の合間の休憩時間に、知子が誘ってくる。
「それって結構遠くない?なにで行くの」
「私のカレがね、車出してくれるの」多香子はどこか自慢げに言った。
「カレ?多香子、付き合ってる人いたんだ!」
初めて会った時から、多香子には大人っぽさを感じていたので、思わず納得。
「ねえ、行かない?」知子が促す。
「ここへ来てから、引き籠もりみたいになってない?ユイ」
多香子はいつも痛いところを突いてくる。交通手段も発達していないこの地で、私が自由に出歩く事は困難だ。ましてやこの雪に閉ざされた中では!
「じゃあ、行ってみよっかな」
隣町でキハラの情報が、何か手に入るかもしれない。そんな期待もあった。
その晩、さっそく母に許可をもらう。
「いいじゃない。行ってらっしゃい、大賛成よ!」
母は転校生の私に友達ができないでいるんじゃないかと心配していたから、これを聞いてとても喜んでいた。
「でも、雪道運転には十分気をつけてって、その彼氏さんに伝えてね」
「はいはい。こっちの人達は皆慣れっこよ。心配ないと思うよ!」
こうして、知子と多香子とそのカレと私の四人で、週末の土曜にショッピングに出かける事になった。
ж
当日は快晴でポカポカ陽気。こんな事はとても珍しい。積もった雪がどんどん解けて行く。この分なら、来週は自転車通学復活かも?!
「初めましてだよね?赤尾です。多香子がお世話になってるみたいで。いつもありがとう」私に向かってこう切り出す。
多香子のカレはとっても素敵な人だった。背が高くて頭がちっちゃくてモデルみたい。
新堂先生とは違って健康的な肌色だ。
「お久しぶりです、赤尾先輩。何だかスイマセン、運転手させちゃって」知子が言う。
「いいのいいの!知子ちゃん、また背、伸びたんじゃない?」
「ヤッダぁ~!センパイったら!伸び盛り終わってますって」透かさず突っ込む知子。
こんな光景を笑顔で眺めてはいたものの、私はどこか疎外感を抱いた。転校生って、こういう事が時々ある。仕方のない事だけど。
とはいえ、先輩は優しい人だったし、二人とのショッピングはとても楽しかった。
けれど、楽しんでばかりはいられない。私には別に重要な任務がある。
「ねえ二人とも。ちょっと別行動しない?夕方に落ち合おう」私は持ちかける。
「ユイも見たいものあるの?私ら一緒に付き合うよ。ね、多香子」
二人はこう言ってくれたけれど、やんわりと断る。
「お母さんに仕事用の品物買って来てほしいって頼まれちゃってさ」
「ユイのお母さんて、確か洋服作ってるんでしょ?」
「作ってるし、今は直しが多いみたい。探してるの特殊な糸なんだ。時間もったいないからさ。せっかく来たんだし、二人は満喫して」
「そっか。了解!じゃ、この店の辺りで待ち合わせよっか」
「ありがと!」
二人と別れる事に成功して、晴れて単独行動開始だ。
夕方までといっても冬季はすぐに暗くなるから、あと一時間ちょっとしかない。
「よ~し、頑張るぞ!」