意気込んで周辺の聞き込みを始めるも、これといった情報も入らず。
いつの間にか、どんどんショッピングモールから遠ざかっていたようだ。
気づくと人気のない通りに出てしまっていた。
「いっけない……。ここ、どこ?」辺りを見回す。
寂れた商店街が並び、シャッターを閉める音があちこちで響く。
「あ!あのっ、すいません!」
店の前に出て来た中年男性に声をかけるも、「もう店はお仕舞いだよ。また明日ね!」と一方的に告げられ背を向けられる。
店には用はないの!聞きたい事があっただけなのに門前払い。
「今日はもう諦めよう」
来た道を戻ろうと振り返ると、改造車が(ヤンキーが乗るような!)止まっている。
「めんどくさそう!関わらないようにしよっと」
通り道なので仕方なく横を歩いて行くと、予想通り声がかかる。
「よう!おネエちゃん一人?どこまで行くの。乗ってかない?」
「結構です」
目を合わせないようにして答え通り過ぎるも、車は徐行運転でついて来る。
車内からは、嫌な感じでゲラゲラ笑う男達の声が響く。
「おい、待てよ」
「しつこい!」私は小声で呟き、全力で走った。
当然車は難なくついて来る。余計に面白がっている様子だ。
とうとう男が二人降りて来た。
「つれないなぁ、ネエちゃんよ!楽しい事しようってば……」
男が私の肩を掴んでグイッと引っ張った。
もう我慢の限界だ。周囲に見物人もいない。こんなヤツらは私の敵じゃない。
私は振り返る事もなく、肩に置かれた男の手を掴むと、前方に思い切り引っ張る。
男はバランスを失ってよろめいた。仕上げにちょっと足を引っ掛けるだけでいい。これで男は倒れ込む!
「お~い、何やってんだよ!焦り過ぎだって、お前!」
私に倒されたとは夢にも思わない男達は、倒れ込んだ男を囃し立てる。
「んじゃ、俺と先にイイコトしようぜ?」
振り返って私は次の敵を待ち受けた。
秘かに体をほぐして身構えたその時、車のヘッドライトが曲がり角を回り込んで来た。男は危うく轢かれそうになり、慌てて歩道に飛び
ライトの眩しさに目を細めていると、その黒のセダン車は大きくスリップして私の目の前で急停止した。
「ユイ!早く乗れ!」
いきなり助手席のドアが開き、名前を呼ばれて驚く。
激高した声に命令されて、咄嗟にドアに手を伸ばし、車に飛び乗った。
車内は暗くて、フロントパネルの放つ光で僅かにドライバーの顔が認識できたくらい。
「新堂、先生?……どうしてここにいるの」それは新堂先生だった。
タイヤを軋ませながら旋回すると、彼はアクセルを吹かして男達目がけて突入しようとする。
男達は慌てて逃げ出して行った。
「シートベルトをしろ、早く!」
「あ、はい!」
私がベルトを装着した事を確認するや、彼は左へ急カーブを切り、猛スピードで直進しながら(いくつか信号を無視して)先を急ぐ。
どうしてこの人がここにいるのか。こんな疑問も忘れて、薄明かりの中でも完璧な横顔をつぶさに観察した。そこで、彼の表情が危険なくらい張り詰めている事に気づいた。
「先生、一体どうしたの?何をそんなに怒ってるの」
「…………大丈夫か?」
「ええ、全然、何とも」むしろせっかくの暴れる機会を逃して落胆中だ。
「こんなに怒りを感じたのは、何年ぶりだろうか」
先生はとても小さな声で、こんなふうな事を言ったのだと思う。
良く聞き取れない。「何が何年ぶりって?」
「また余計な事を口走ったようだ。何でもないよ」
いくらか表情が和らいだみたい。訳も分からず私もほっとする。
そして思い出す。「ヤバっ、今何時?!多香子達待ってるわ……戻らなきゃ」
「今向かってる。もうすぐ着く」
「え?どうして待ち合わせ場所を知ってるの!」
彼は答えなかった。
皆と別れた店の前に、黒ベンツを横付けして降り立つ。なぜか新堂先生まで降りて来た。
「ユイ!遅いじゃない、心配したのよ?あれ……新堂先生?何で?」知子が言う。
「こんばんは。そこで偶然会ってね。急いでいるようだったから乗せたんだ」
先生は爽やかな笑みを浮かべてサラリと答える。
「新堂先生、ご無沙汰しています!」多香子の彼氏が挨拶している。
この人も先生を知っているのか。
「赤尾君か。卒業以来だね。元気にやっているみたいだね」
しばし二人の談笑が始まり、その隙を狙って二人が私を質問責めにする。
「偶然会ったですって?あんた達、もしかして待ち合わせとかしてたんじゃないの?」知子はまだ疑っているようだ。
「違うって!そんなワケないじゃん!……信じてよぉ」
不良グループ相手の方が全然楽チンだ。私は半泣き状態で訴える。
「知子。そんなに責めないの。ユイがウソつくような子じゃないって知ってるでしょ」
こんな時でもやっぱり多香子は優しい。ありがと、多香子!
「多香ちゃん、知ちゃん、僕と帰ろう」赤尾先輩が二人に声をかけた。
「え?ユイは?」
「ユイちゃんは新堂先生が送ってくって。ほら、家の方角の関係?だってさ」
私が時々先生に送ってもらっている事を知っていた二人は、何の疑問も持たずに頷いた。
「それじゃユイ、また明日学校で。バイバイ!先生、さようなら」
「あ!待ってよ。行かないで……!」
手を掲げて訴えたはずが、さよならのジェスチャーと取られてしまう。
あっさり三人は行ってしまった。
「さて。君は何か食べておいた方がいいな。ちょうどいいからここに入ろう」
「私、お腹空いてないから。いいです!」
「そうはいかない。保護者責任遺棄になる」
先生は一歩も譲らないといった表情で店のドアを開けると、片手で押さえて私を見下ろす。
しばし睨み合うも、降参して中に入る。
店内はまだ疎らにしか客が入っていない。
だから夕食には早すぎるって言ったでしょ?ああ、だけど!またもキハラの言いつけが守れないじゃない……!
案内係は女性だった。新堂先生を見た途端に態度が一変し、わざとらしいくらい愛想良く迎え入れられる。
こんな光景が無性に気に障る。こんな気持ちになるのは初めてだ。
「二人だ」
彼の声はどんな時でも魅惑的だ。こんな何気ない言葉でも、ついウットリしてしまうんだから!私だけじゃなく、この案内係も。
こうして一頻りウットリした後、案内係の視線は、私と先生の微妙に空けられた距離に向く。
それで親密度が分かったとでもいうのか、満足気に中央のテーブルに案内される。
「もう少し、静かなところはないかな」
拒否されるとは思ってもいなかったらしく、案内係が驚いている。
私も目立ちたくないから賛成。いくらガラガラだからって、何も真ん中に座らなくても?
気を取り直した案内係はクルリと向きを変えると、衝立を回り込んでボックス席が並ぶ方へ進んだ。そっちにはお客は誰もいない。
「こちらはいかが?」
「完璧だ。ありがとう」
彼は輝くような笑顔をぱっと浮かべ、案内係をノックアウトさせた。
案内係の女性は、言い慣れたはずの決まり文句すらまともに言えずに、覚束ない足取りで去って行った。
「ねえ先生?そういう笑顔、やたらに見せない方がいいですよ」
「そういう笑顔って?」
何の事か全然分かっていない。無自覚?!「その気があるとか!思われちゃうって事!」
「ユイはどうなんだ。そう思った事、あるとか?」
「それ、言わせる?」
こんなやり取りをしているうちに、注文取りのウェイトレスが現れた。満面の笑みを浮かべ、先生の顔を一目見て満足そうだ。
きっと、さっきの案内係が噂を広めたに違いない。今来店した奥のテーブルのお客が、あり得ないくらいイケメンだって?
「ご注文はお決まりですか?」ウェイトレスは、先生だけに向けて言った。
「何にする?」対する先生は、私に向けた視線を離す事なく聞いてくる。
「じゃ、ミネストローネと、この単品のブリオッシュ一つ」
先生は頷いて、ようやくウェイトレスに目を向けた。「それを頼む」
「お一つですか?お客様は?」
「私は結構だ」
この回答に戸惑いつつも、ウェイトレスはやり過ぎなくらいの笑顔を作って、小走りに厨房へ向かった。
残念だけど、あなたのその笑顔は先生の目には入ってないから!だって、もうすでにその視線は、私の方へ向いているもの。
店の女性達の誰よりも、私はこの人の視線を独り占めしている。それについて誇らしげな気分なのは間違いない。だからって私達はただの校医と生徒よ?
「何ですか?さっきから私の事、ジロジロ見て」痛いくらいの視線を浴び続けて、ついに訴えた。
「どこか具合が悪かったり、しないかと思ってね」何ともぎこちない聞き方だ。
「別にどこも。強いて言うなら、お腹も空いてないんです、本当にっ!」
食事は必要ない事を再度念押しする。
「そうか。だが、何か少しでも腹に入れておいた方がいい」
そんな事は分かっている。今さら帰る訳にも行かないし?
これ見よがしに不機嫌な顔を作って聞く。「私、具合悪そうに見えます?」
「いや。ただ……あんな事があった矢先だから」とても言いにくそうなもの言いだ。
「実を言うと、おまえがショック状態になるのを待っているんだ」
一変して意地悪っぽく微笑みながら言ってくる。
あんな事?不良共に絡まれた事か。そんなのでショック状態?ウソでしょ!
そういえば、さっきの先生は異常なくらい怒っていたんだった。
「ねえ先生。さっき、どうしてあんなに怒ってたの?」
私の質問はスルーされた。
「なって当たり前だ。普通はそうだ。それなのにおまえは動揺すらしていない」
驚いた事に、彼の今の瞳はとても明るい色をしている。心が穏やかって事?
「だって怖くないもの。見てなかった?私、二人目を倒すところだったのよ」
「思っていたより、ずっと厄介だな…………」
独り言を呟く彼を無視して、私にだけ運ばれて来た料理に手をつけた。
何が厄介よ?それはこっちのセ・リ・フ!